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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

相思相愛な魔王と勇者が最終局面で喧嘩してる話

作者: 佐藤風助
掲載日:2025/11/04

「さっさと軍門に降れこのバカチン!」


「こっちのセリフじゃクソボケ!」


 と、凛々しい男の子の声と可愛らしい女の子の声が魔王城の最奥部、つまり魔王がおわすところに響き渡ったのは、日本時間に換算すると午前二時、つまり丑三つ時ぐらいの時だった。


「世界平和とかクソほどどうでもいいっつってんだろ! とりあえずお題名目上あんたが軍門に降ってくれりゃあ多分丸く済むんだって! とりあえずは回避できるかもって何遍聞きゃわかるんだよ!」


 我慢ならないとでも言いたげに地団駄を踏んだのは、ギンギラギンに光り輝く鎧を身に纏った、そりゃもう麗しい金髪の男の子である。手には神々しいぐらいの聖剣。しかし周りには男女様々な人間の死体が三人分転がっていて、ついでに剣も血に濡れていたから、この男の子が男女を殺害したのだと一目見てわかるようになっていた。黒い煉瓦の床が、男の子に踏まれるたび凹んでいく。おっとっとと言いながらやめる。崩落したら怖いもんね。

 彼は勇者、レッドフィールド。


「このあたしが人間の軍門に降ったらおかしいでしょーが! よく考えろスカポンタン! ここにアンタが来ちゃった時点で殺すか死ぬかの二択なの! にたく! にーたーくー! どっちがが死ぬしかないんだって!」


 ヒステリックに叫びながら駄々っ子のように王座で手足を暴れさせたのは、真っ黒い衣装に身を包んだ、こりゃもう美しい黒髪の女の子である。手には禍々しいぐらいの御杖。しかし周りには魔族の死体が三人分転がっていて、ついでに杖も血に濡れていたから、この女の子が魔族を殺したのだと聞かずともわかるようになっていた。金に縁取られた椅子が、女の子の手足が当たるたび曲がっていく。おっとっとと言いながらやめる。壊れたら悲しいもんね。

 彼女は魔王、ガートルード。


「ばか!」


「あほ!」


 この二人は盛大に揉めていた。


「だいすき!」


「あいしてる!」


 しかし愛し合ってもいた。



 ……



「状況を整理しよう」


 ひとしきり罵りあった後。いくらか冷静になった勇者、レッドフィールドが言った。重かったのか聖剣を乱雑に放り投げながら、息を切らしながら言った。腕を回すとぼきぼき音がする。


「ええ、そうね。同意するわ。ここで怒鳴り合ってもどうしようもないもの」


 魔王、ガートルードが賛成する。王座に腰掛け直しながらため息を吐いた。こちらも疲れていたらしい。


「まず、ぼくらは勇者と魔王だ」


「そう。勇者は魔王を殺すために国民から税金搾り取って悠々自適な旅路でここまで辿り着いたわけね」


「そう。魔王は勇者を殺すために慕ってくれている部下の皆々様を乱雑に使い潰してきたわけだ」


「は?」


「あ?」


 睨み合う。視線が交差し、三秒ほど経ってからどちらとも気まずそうに目を逸らした。レッドフィールドが咳払いをして続ける。


「とにかく! ぼくらは敵同士! 本来ならば愛し合ってはいけない禁断の関係……! まさにロミオとジュエリット! タイタニック! エンドレス・ラブ!」


「何それ?」


「ぼくの故郷の映画。……それは置いといて。つまり、結ばれない恋ってこと。ぼくらは殺し合わなきゃいけねえし、憎み合わなきゃいけねえんだよ」


「それは承知してるわ。どう足掻いても変わらない、絶対的なお互いの立場だもの。勇者は魔王を殺す。魔王はそれに受けて立つ。世界の命運を握る敵同士だわ。でも──」


 ガートルードが悩ましげに続ける。


「あたしはあなたが好き」


「うぎゅ……ぼくもおまえが好き。大好き愛してる。おまえのためなら何遍でも死ねるし殺せる」


 心臓を抑えながらレッドフィールドが答え、また沈黙がこの場所を支配する。どちらも頬を赤らめたままもじもじして、どことなく甘ったるい雰囲気が漂い始めたため、それを打ち消すように勇者が口火を切った。


「ぼくは王の命令でおまえを殺さなきゃいけねえ」


「あたしは魔族としてあなたを殺して食わなきゃいけない」


 ここまでは事実だ、とレッドフィールドは区切って。


「で、ぼくはおまえを殺して犯したいぐらいに愛してる」


「で、あたしはあなたを食べちゃいたいぐらい愛してる」


「両思いだな」


「ええ、相思相愛ね」


 レッドフィールドは屍体愛好者(ネクロフィリア)で。

 ガートルードは人肉嗜食家(カニバリスト)だった。

 そう、それこそ二人が揉めている理由。レッドフィールドは前世──つまり現代世界の日本で、気に入った女性を殺害しその死体を辱めた変態殺人鬼である。弩級のクズである。最後の最後は被害者の家族にボコボコにされて死んで、なんの因果か勇者として生まれ変わったってわけだ。運命の女神様は目ん玉が付いていらっしゃらないらしい。

 だからこそ、彼はガートルードを殺して、その死体を犯したい。

 前世からの性根は、勇者になっても治っちゃいない。

 反対に、ガートルードは魔族として真っ当な精神を持っている。魔族の主食は人間だ。いや、人間以外も食うけど基本的には人間だ。だから愛するレッドフィールドを解体してステーキにして、本人の生首の前で味わいたい。骨の髄まで喰らって一緒になりたい。それでこそ魔王だ。魔族だ。

 だからこそ、彼女はレッドフィールドを殺してその死体を喰らいたい。

 種族としての本能は、魔王だからこそ発揮される。


「おまえの気持ちはよくわかるし叶えてやりたいとも思う。けどよ、それって生きてるうちじゃダメなのか? 左手ぐらいならやるから、それ食ってから殺されるじゃダメなのかよ」


「やだ!」


「なんで」


「多分、抑えが効かなくなっちゃうから。左手を食べたら、もっと食べたくなっちゃうから。約束なんて頭から吹き飛んじゃうわ。……何遍も言ってるはずだけど」


「一応確認しておきたかったんだよ。気が変わってるかもしんねえだろ」


 大袈裟にため息を吐いてレッドフィールドは頭を抱える。最初の譲歩はそれだった。何遍も話し合い確認し、結局多分、の二文字で実行されることはなかった初期案。

 ガートルードが指先を合わせながら、頬を赤らめながら言う。


「それを言ったら、あたしが生きてる間にその……えっと、あのー……え、えっち、しちゃ、だめなの? あ、あたしは全然いいわよ! あ、あなただし! ね! え、えと、はじめて、だけど……」


「言い方エロいけどやだ。ぼくが犯したいのは死体のおまえだ。てか死体にしかぼくの息子は反応しねえ。いくらおまえが超絶可愛い現世の天使で愛くるしいの語源だったとしてもそこは譲れねえんだよ」


「……? 子持ちじゃないわよね?」


「比喩だよ比喩! ちとんで構成される四文字のあれ!」


「ばか!」


 ガートルードが投げた杖がレッドフィールドの額に直撃する。ぐらっと倒れそうなところを踏ん張った。こんぐらいで倒れちゃ勇者の名折れだ。日本男児たるもの耐えろ。脳震盪を気合いで押し除けながら、レッドフィールドはひたすら耐える。泣きそうである。


「そもそも」


 と、ガートルードがうめくレッドフィールドを見つめながら、事実を確認していく。最大にして最高の障壁。二人の愛を阻む運命の女神のおせっかいを。ただひたすらに憎々しそうに。


「片方が死んじゃ意味ないでしょうに」


 二人は勇者で魔王で、やはりその役職をこなすには、特別でミラクルでスペシャルな能力が必要不可欠だった。

 いや、その能力こそが彼彼女を特別にしていると言ってもいい。その力を扱えるからこそ勇者であり魔王なのだと、そう言い換えてもいい。どちらにせよ力を持っているという事実は変わらないので、本人たちにとっては超絶どうでもいいの極みなのだが、そこは置いといて。

 二人は同じ能力を持っている。


「あたしたちは、どちらか片方でも死ぬと世界が巻き戻る。そうでしょう?」


「……ああ。嫌になるぐらい知ってるぜ。そのせいで、そのおかげで勇者としておまんま食えてんだからな」


 レッドフィールド、ガートルードが死ぬと、時間は巻き戻り元通りになる。

 勇者が例えると、それはテレビゲームでいきなり電源を抜くような力らしい。セーブされる前に無理やり切って、なかったことにする力。それが彼を勇者たらしめる。

 魔王が例えると、それは本の数ページを破いて真っ白いページを勝手に付け足すようなものらしい。その部分をなかったことにして、新しく構成する力。それが彼女を魔王たらしめる。


「そこをなんとかしないと、どちらの願いも達成されないわ。あなたがあたしを死体にした瞬間に世界は巻き戻って最初からになっちゃう。逆も然りで、あたしがあなたを喰らった瞬間にやり直しよ」


「わかってる……だからさっさと軍門に降ってくれって言ってんだよ。魔王が勇者を殺す、勇者が魔王を殺す筋書きをちょっとでも変える。そうすりゃ運命の女神とやらも予想外に慌ててくれるんじゃねえかって算段なんだが」


「絶対いや! だったらあなたが人間を裏切ってこっちについてよ! あたしはあたしなりに頑張ってこの椅子に座ってるのよ!」


「ぼくだっていやに決まってんだろ! あのハゲデブセクハラ王を裏切ったと知られたら騎士総出でここに攻め込んでくるぜ?! そんなのごめんだ!」


「わからずや!」


「わがまま!」


 両者とも息を切らす。何度も何度も深呼吸をして、カッとしやすい己の頭を冷やす。二人は好き好んで怒鳴り合っているわけではない。お互い愛し合っているし、大事に思っているからこそ、自分の意見を押し通そうとする。勇者が魔族に食い殺されないように。魔王が騎士なんかに傷つけられないように。そんなこと絶対ないとは思っているけれど、どうしても心配してしまうから。


「……一旦考えようぜ。どうしたらこの繰り返しを抜け出せるのか。毎度毎度じゃんけんで負けた方が殺されてたけど、そろそろ飽きてきたんだよ。好きなオンナ殺せんのは楽しいけど、やっぱその後がないのはつまんねえ」


「うん。ちょっと冷静になりましょうか。女神とやらの鼻っ面叩き折るその作戦を、ちゃんと考えなきゃいけないものね。……あと何分ぐらいかしら」


「えーっと……三分あるかないかぐらいだな。仲間殺しに手間取ったから」


 物語はいつか必ず終わる。

 いわゆる強制終了である。ゲームは機械そのものが壊れたらその先は永遠に見られないし、本だってページがなくなればどんなに途中でもそこで終わる。そういう『終わり』が、刻一刻と近づいてきているのだった。ちなみに死んだ判定なのか、強制終了後はちゃんと巻き戻る。ありがた迷惑である。

 強制終了は癪だ。

 だから、片方が片方を殺して終わらせる。じゃんけんで負けた方が死ぬ。勝った方が殺す。今度こそはお互いの願いが叶いますようにと、思いが伝わりますようにと、祈りながら。


「やっぱどっちかが折れるしかねえんだよな……てかそれ以外思いつかねえ。死を偽装してもいいが、生首用意するのも手間だしな」


「そもそも、強制終了の範囲って感じがするわ。物語の意外性がない。運命が動かせない。どうせ戻っちゃうわよ。あたし達が目指すべきなのは、予想されていない行動をとってばぐらせる? 使い方合ってるかしら? とにかくそれをするの。想定されていない行動で無理やり引き延ばすの」


「それはそうだが……あー! わっかんねえ! デバッグ作業してる気分だ! もうあと数十秒か?!」


「じゃんけんする?」


「する……」


 最初はグーで始まって、勇者がチョキ、魔王がパーを出したので、今回死ぬのは魔王となった。

 レッドフィールドは一度放り投げた剣を手に取る。カツカツと音を立てて近寄って、真正面に陣取って。

 王座に座るガートルードの真横に、剣を突き刺した。

 中綿が飛び出る。魔王は揺らぎもしない。


「愛してるぜ」


「あたしもよ」


 そのまま横薙ぎに剣を引いて。

 魔王の首が完全に切られて、床に落ちそうになった生首を拾って、巻き戻るその瞬間、彼女にキスをした。


 さて、もう一回。



 ……



「勇者様?」


 ガタゴトと揺れる馬車の中。

 隣に座っている魔法使いに声をかけられて、レッドフィールドは正気に戻る。ああ、戻ってきたと思う。心配そうにこちらを見やる、魔王と出会った瞬間に勇者が殺す旅の仲間に曖昧に笑いかけておく。

 何か言っているが、それはレッドフィールドに届かない。

 愛するのはただ魔王だけだから、有象無象の声がうまく判別できない。どうせ最後は殺すおじゃまぷよ。どうでもいいの極致。適当な相槌と笑顔でこの三年ほどの旅路を乗り切って、数十分の逢瀬を楽しみ、その先を見んともがいて苦しむ。それがレッドフィールドの今の人生。ガートルードもきっと似たり寄ったりだ。そう信じている。


「どうしたもんかね……ひひっ」


 唇に触れる。

 初めてのキスは、やはりレモンの味がしたのだろうか? 前世で散々っぱらキスどころか本番までしたレッドフィールドからしたらそんな純情の塊みたいな妄想はできないのだけど、純粋無垢な彼女のことだ。感想が聞きたい。そう、また会える。聞いてみよう。ああ、今度こそ誓いのキスでもなんでもしてやりたい。

 ぐるぐる回るこの物語の中で、彼は彼女を愛するために足掻き続ける。



 ……



「魔王様?」


 しいんと静まり返った魔王城の王座。

 側に仕える魔族の男に声をかけられて、ガートルードは正気に戻る。ああ、戻ってきたと思う。クールな鉄仮面を保ったまま、心配そうにこちらを見やる、勇者と出会った瞬間に魔王が殺す同胞(はらから)に目線をやる。


「……う、わあ!」


 いきなり素っ頓狂な声を上げた主である魔王にびっくりしたのか、召使が肩を震わせた。


「どうかなされましたか」


「どっか行ってて!」


「かしこまりました」


 主人の奇行に慣れ切っている召使は早々に退散し、この場に残るのはガートルードのみとなる。だから、自由。めっちゃ自由。ガートルードは赤く染まった顔を手のひらで覆い隠す。


「ちゅ、ちゅーされた! ちゅーされた! ちゅーされた!」


 切り離された首で感じた、あのむず痒い感触。重ねるだけのお遊びのようなキスだけど、この魔王には刺激が強すぎた。色恋もおめかしも何もかも放ってただひたすら強さだけ求め、その結果として魔王になった彼女からすれば、天地がひっくり返りそうな出来事だった。世界が続いているのがおかしいぐらいの衝撃だった。


「ちゅーされた……」


 まだ心臓がバクバクしている。

 確かにあいつはキスをした。しやがった。いや、やがったって言い方はあんまり相応しくないけど、咄嗟にそう思ったので、キスしやがった。

 ぺろり、と己の唇を舐める。あの肉肉しい感触。柔らかい。そして血の滴るような匂いがした、口。


「美味しそう……食べたい食べたい。待っててね」


 ぐるぐる回るこの物語の中で、彼女は彼を愛するために足掻き続ける。

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