仕事してない?職務はちゃんと全うしていますよ?
どうやら私は仕事をしていないことになっているようだ。
そう気付いたのは、必要な質問をしようと声をかけ、まるで汚物を見るような目をされた時だった。あんな人、こんな人――これで合計五十三回目である。
「サボって押し付けてるくせに何を一丁前に仕事してますって顔してるんだよお前」
「……それ、誰が言っていたんでしょうか」
「言った奴をとっちめようっていうのかよ。みんなだよみんな!みーんなお前がサボって怠けて仕事してねえって言ってんの」
みんな。ということは一人ではなさそうだ。……それにしても『みんな』ほど恐ろしい言葉はないなあ、と、さっき私に怠け者発言をしていった男の後ろ姿を見ながら考える。
「どうしようかなぁ」
余計なものが混ざるが、基本的に与えられた業務自体には問題はない。直接お世話になっている人たちの印象もそこまで悪くない。
しかし本人を褒めそやして、その裏ではこれってこと……?中都市にはそこそこギルドがあるから、ギルドで働くにしてもみんなもっと別のところに行っているのかな。
森や山が近いエリアのギルドはこうはいかないだろう。都市部だからこその甘えか。
確かにこれでは人が定着しない。道理でここだけずっと求人を出しているわけだ。
「みんなグルなのか、それとも主犯がいるのかな」
ずっと受付に立っていると、中のことってあまり見えないもんね。先輩には、人が来たらすぐわかるように受付に立ってて、って……。
「まずは先輩かぁ」
「ええ!?仕事してないって言われた!?」
受付の先輩が大声を上げた。
「……そうなんです」
「すごく頑張ってくれてるけどなぁ」
先輩は首をかしげている。
「先輩が隣にいる時は良いんです。私だけの時だとものすごく横柄で、怖くて」
「それは困ったわね。しばらくあなた一人だけになるのはやめた方が良いわ。あたしもマスターに伝えとく」
というわけで私は受付で一人になることはなくなった。先輩の代わりに、何かあればバックヤードに入っていく。
職員室に入ると、中にいた男性たちが一斉に顔を背けた。
「すみません、」
手前に座っている鑑定士のおじさんに声をかける。返事はない。
「すみません、鑑定をお願いします」
「……」
「聞こえませんか、鑑定、お願いします」
「……」
さて、どういうつもりか。
「お願いしましたからね」
そう言ってフロントに戻ろうと背を向けると、背後から小さな声が聞こえた。
「サボり魔のお前に頼まれたって聞かねえよ。せいぜい叱られろ」
「……あ、そうですか。わかりました。先輩に頼まれて呼びに来たので、先輩に」
そう伝えておきます、と言いかけると、急に身体を押し退けられた。
「それを早く言え!!このグズ!!」
そして鑑定士はバタバタと私の横を抜けてフロントへと走って行った。
部屋に残っているのは、会計担当と訓練教官、そして、ギルドのサブマスター。
「私が仕事をしていないとか。信じるのは勝手ですけど、自分の首を絞めるだけですから、気をつけてくださいね。私は統括本部に知り合いがいますので」
振り返り、誰も視線を合わせない部屋に向かってそう言い捨てると、私はドアを閉めた。
***
受付の先輩はおそらく犯人ではない。もし私へここまで気遣いをしてくれながらも犯人なら、私は今まで以上に深い人間不信に陥りそうだ。
自分の見解を書き留めると、その紙の端をちぎる。こうすることによって特定の人間にしか読めなくなるのだ。
ギルドの上は住み込みの寮になっている。さらに上の数フロアは宿屋。ギルドが入っているこの建物は領主の所有で、ギルド職員に領主の息子が在籍している。
「怪しいのは息子か?いや、領主に取り入ろうとする誰か、って線もあるな……」
考えているうちにだいぶ遅くなってしまった。食堂のラストオーダーが迫っている。
食堂は一階にあり、これは宿泊客をはじめ我々ギルド職員や、一般客も利用できるものだ。
寮の部屋からはギルドを抜けないと下に降りられない。ギルドの廊下を歩いていると、もう誰もいないはずの部屋から物音が聞こえた。
「誰かいるの?」
ドアを開けて中を見る。……入口からは誰も見えない。中は灯りがついているが、この部屋は誰もいない時も灯りはつけたままだ。
入口からぐるりと室内を見回す。
「……気のせいか」
この部屋のドアノブ、最近調子悪いんだよなあ。
内側からカチャカチャと数回ドアノブを回して機構を直すと、ゆっくりドアを閉めた。
夕食はカツレツ定食にした。ご飯はおかわりしてしまった。カツが大きかったのが悪い。そして何より美味しいのが悪い。
一部の同僚たちは冒険者に交じって酒盛りをしていた。こちらに視線が向くはずも、声がかかるはずもなく。私は黙々と食べ、静かに席を立った。
ギルドのフロアを通って寮に戻る。先ほどの部屋を帰り際にもう一度のぞいてみる。……やはり誰もいないようだ。
人目を盗んでなにかするとしたら帳簿関係か、はたまた誰かを連れ込んでの逢引か……いや、逢引ならまだ良い、立場を笠に着て関係を強いたパターンが一番まずい。
これは早急になんとかしないとダメそうだ。部屋に戻ると、私は帰り際に確認したドアノブの異変も含め、紙に書き留めた。
***
その二日後、私はギルドマスターに呼び出された。
「コラから報告を受けたが、冒険者たちに仕事をしていないと思われているというのは本当か」
「はい。誰に言われたかリストが必要であれば、すぐ書き出せます」
「わかった、後で出してくれ。
……それと、職員の中から『統括本部に知り合いがいる』と脅されたという訴えが上がっているんだが、本当か」
おお、そうきたか。
「統括本部に知り合いがいるのは本当です。ただそれは、みなさんも私が仕事をしていないと根拠もなく信じ切っていたので、知り合いがいるから自分の首を絞めないように気をつけて、と忠告したにすぎません」
「忠告、か」
「はい、忠告です。
あとマスター、一昨日の業務時間外に職員室で物音がしました。夕食のために寮から食堂に降りる時にたまたま聞いたのでのぞいてみましたが、中に入ってまで確認はしていません」
「……なぜだ?」
「みなさんから嫌われているようなので、入って襲われでもしたらたまらないじゃないですか」
「お前はそこまで仲間を信用していないということか?」
「あからさまに敵意を向けてくる相手を信用しなければなりませんか?私は冒険者ではありませんが、誰かと組んで依頼をこなす冒険者の方たちだって、よほどのことがなければ敵意がある者同士で組んだりしませんよね?」
そう返すと、ギルドマスターは黙り込んでしまった。
「……それじゃあまだ仕事があるので戻ります。失礼しました」
「おい」
ドアノブに手をかけたところで、マスターに呼び止められる。
「何でしょうか」
「統括本部の知り合いというのは、一体誰だ」
「教えません。統括本部も受付から本部長まで立場は広いですからね。第一、それを教えて態度が変わるような職場の方たちなら、なおさら信用できませんよね?」
「……」
「失礼します」
マスタールームを出て、廊下を歩いているとサブマスターがこちらに向かってきた。
「おい」
……さっきもそう呼び止められたな、と思いながら立ち止まる。
「何でしょうか」
「統括本部に知り合いが本当にいたとしても、こんな王都から何日もかかるような街に助けに来るわけないだろう。仕事をしない理由としてそんな稚拙な言い訳をしてくるやつに用はない。辞めろ」
「……あれ、それは命令ですか?人事権はサブマスターにはないと思」
思いますが、と言葉を続けようとして、思い切り突き飛ばされて床にすっ転んだ。
「こっちには子爵様がついてんだよ。お前が何を言っても無駄だ。マスターには尻尾巻いて逃げてったって言っといてやるから心配すんな」
なるほど、それを堂々と言えるくらい親密、ということですね。
「……はぁ、そうですか。よくわかりました。荷物をまとめて出ていきますね。尻餅までご馳走になっちゃってすみませんでした」
立ち上がり服のホコリを手で払うと、サブマスターを真正面から見つめた。
「それじゃあ私は出ていきますので。お世話になりました」
思った以上に良い笑顔を浮かべてしまったらしい。サブマスターが一瞬たじろいだ。
「は、早く出て行けよこの役立たず!」
「はいはい、出て行きますよ、さようなら」
さてさて、報告書、清書しなくちゃなぁ。
インクは足りるだろうか。いや、戻ればいつものインクがちゃんと用意されているはずだ、おそらく瓶にたっぷりと。
***
その翌々日。私は制服を着て統括本部長の隣に立っていた。
一昨日クビになった冒険者ギルドの受付で。
騒ぎを聞きつけてギルドマスターが受付に出てきた。統括本部長を見てその表情をこわばらせる。
「と、統括本部長、なぜこちらに」
「私が大切に育てたお気に入りを随分可愛がってくれたようだな」
統括本部長の言葉を受けて少し考えると、今度は顔が真っ青になった。
「お気に入り……って、まさか!!」
受付カウンターの前で先輩を守るように立つ冒険者たちの間からこちらをのぞいた先輩は気がついたようだ。
「え、……こ、後輩、ちゃん?」
制服を着ているだけでそんなに印象が変わるのか、と思うほど、仕事のたびにみんな新鮮に驚いてくれるから、そうなんだろうな。
ギルドマスターはもちろん、冒険者たちもざわついている。
「数日ぶりです、先輩。今日は本業?で来ました」
「本業、って」
「監査員です」
今回は悪質なケースと上司が判断したため、このまま監査結果を冒険者たちもいる前で公開することになった。
サブマスターや会計担当など、ギルド職員も全員下に呼び出される。誰も彼も、顔色は悪い。
「今回の監査は、本ギルドに登録している冒険者からの投書が直接的な動機ではあるが、以前から新人職員の離職率の高さは問題視されていた」
統括本部長が周りをぐるりと見回す。鑑定士と訓練教官が気まずそうに目を逸らした。逸らした時点で自分は黒だと言っているようなものだ。
「それで今回、うちの監査員に新人職員を装って入ってもらった。受付職員に対する業務時間外の交流の強要、相手によって極端に横柄な態度を取る専門職、帳簿の改ざん、所在領地のトップへの忖度に癒着。我々が任命しているギルドマスターも郷に従ってしまっては最早なんのための統括か」
部長がここまではっきり言うことは珍しい。いかつい体格のギルドマスターの顔が、まるで貴族夫人のように真っ白になっている。
「結論を言おう。このギルドは認可を取り消す。好きに運営するが良い。もっとも、補助金は打ち切り、認可取り消しについてはきちんと公示するから、まともな依頼は来なくなるな」
「取り消すだなんて!」
「俺たちはどうなるんだ!?」
ギルドマスターの叫び声が響いた。周りにいる冒険者たちもざわついている。
「所属の冒険者は別のギルドに移籍することも可能だが、ランクを三つ落としてのスタートになる。もっとも、優秀な冒険者であればすぐに取り返すことができるだろう」
「そんな……」
三ランクの違いは大きいなんてものじゃない。暮らしを大きく変えなければいけない人もたくさんいるだろう。しかし、本部長の前ではそんなことは関係ないのだ。
「甘い蜜を吸ってきたんだろう。以前より不正を申告してきた者や、ギルドの移籍を申し出てきた者には相応の対応をしている。貴君らへの対応も相応になるだけだ」
「言いがかりだ!!」
サブマスターが声を荒らげた。
「部下の言うことを鵜呑みにするんですか!?」
そうだそうだ、と他の職員たちが続いた。
ちなみに領主の子息は空気である。以前から空気だったので話題にする必要もない。ギルド内で任されている職務も簡単な書類整理だけだった。
「第一お前、ろくに仕事をしていなかったじゃないか!!」
一歩前に進み出て、肩をすくめ両手を広げてみせる。やれやれ、困った人たちだ。
「ギルド職員としての仕事は、人並みにはしていましたよ。本分は内部調査と監査ですので、一生懸命に、とまではいきませんけど。
第一、あなたがたがやるべき業務を押し付けておいて、それをしていないと騒がれても知ったことではありません」
「なっ!?」
「これが働いているところはちゃんと記録として残っている。職員や冒険者との会話も、全て記録として提出されている」
「記録……?」
ギルドマスターが怪訝そうな表情を浮かべた。
「建物内に配置されている記録魔道具は、防犯だけではなく監視の役割もある。まさか貴君らは、記録魔道具が飾りだとでも思っていたのか?これが仕事をしていないと言い出したのが誰かも、既に割れている。言及する必要がないから今ここでは言わないだけだ」
一部を除いた全員の顔色が土気色になった。
「本ギルドにおいては監査員が入った段階で音声の記録も全てこちらで精査している。記録魔道具は日々高性能になっていてな、ここのようなホールの会話でも、きちんと人物ごとに音声を見分けることが可能なのだよ。……事実、このギルドに設置してあるものは同時に百人が会話していても正しく個人を判別する」
統括本部長のその言葉に、誰かがゴクリと喉を鳴らしたのが聞こえた。
「冒険者とは血の気が多い者が多いからな。欲に関する話が多いのは当然だ。たとえば受付担当で疑似恋愛をすることも自由ではあるし、それを咎めるつもりもない。だが度を越えてくれば話は変わる。……な?」
ただでさえ重かった空気が、一段と重くなった。
「今回の監査にあたって、過去に退職した職員たちへ任意調査を行っている。ここには女性もいるから多くは語らないが、己の言動を家族に対してもできるのか、自分の胸に手を当てて考えたほうが良い」
統括本部長の切れ味がいつもに増して良い。久しぶりに現場に出たから張り切っているのだろうか。
「ああ、自分の言動にやましいものが一切ないと言える者は、今この場で名乗り出てくれ。記録を精査して虚偽がなければランクダウンはひとつに留めよう。他人の目が気になるからこの場で手を挙げられない、などとは思うな。この自己申告に伴ういかなる不利益も我々は認めない」
……息の音、衣擦れすら聞こえない、沈黙。
「いないようだな」
統括本部長が猶予の終わりを告げた。
「この場にいない者に対しては後日申告方法について通達する。今この場にいる者は全員把握している、後出しは無用だ。
……以上で監査および結果報告を完了とする。帰るぞ」
本部長が踵を返すと、出口までの直線上にいた冒険者たちが一斉に退き、道ができた。本部長は私の返事を待たずに出口へ向かって歩いていく。
「はい、部長」
その後を追いかけようとした時。
「そんなの認められるか!!」
突然サブマスターが叫ぶと、本部長に飛びかかった。それに倣って数名が本部長に対して攻撃を仕掛けようとする。本部長は背を向けたまま、こちらを振り返らない。
ギルド内が騒然となった。
「やめろ!」
ギルドマスターが大声で制止しようとする。
「その方は……っ!」
ああ、まったくなんと浅慮な。
「それは一番やってはいけないやつですね」
腰を落として構えると一気に踏み切って、襲撃者と統括本部長の間に入る。サブマスターの首元と、剣を抜こうとしたA級冒険者の右手に、両手に握った愛剣である短剣二本それぞれの刃先を当てた。
「!!」
サブマスターと冒険者の動きが止まる。
「動いてはいけませんよ」
淡々と告げながら二人の顔を見る。今度は青か。顔色をそんなに変えられるなんて器用な人たちだ。
周りにいた冒険者をはじめ、ギルドマスターも大きく目を見開いたまま動かない。
「……それは私の子飼いだ。言っただろう、大切に育てたと」
足を止め振り返った本部長がため息を吐くと、「もう良い、帰るぞ」と私を呼んだ。
「はい、部長」
剣を引き、顔面が真っ青なサブマスターと冒険者を見つめると、私ができる精一杯の笑顔を向けてやる。
「命拾いしましたね」
「……っあ……」
剣を収めて小さく息を吐く。
室内を見回す。空気はさっきまで本部長が放っていた威圧ではなく、驚愕と畏怖で溢れていた。……まあこれも、いつものこと。
「それではどうも、お世話になりました。皆さんお元気で」
いつも通り、名残惜しさもまるでない。ここは他よりも長かったんだけど、まあ、そんなものか。
ギルドの外にも集まっていたギャラリーは放置。馬車に乗り込むと、本部長がちらりと私を見遣った。
「お待たせしました、御主人様」
「どうということもない。次は領主のところか。すぐ終わらせて土産を買って帰るぞ」
「はい。陛下は蒸留酒をご所望でしたから、お喜びになるでしょうね」
――私の名前はミリィ。国王陛下の兄君で、冒険者ギルドの統括役をなさっているルイス様の……ルイス様お抱えの、何でも屋?である。
誤字報告ありがとうございます!
なお、本部長が「魔道具は音声を『見分ける』」と言っているところは、魔道具が識別しているためあえて『見分ける』にしています。
そしてジャンル別日間1位もいただきました。ありがとうございます。
ご感想でいただいた疑問や、メイン二人の設定など活動報告にあげておりますので、ご興味があればお読みください。