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400光年のハルチカ

作者: 夢丸力丸

先日美術展に行った時、どうみても偽物っぽい作品があって、これが作られた時の状況を考えてたらこの短編を思いつきました

「偽物だな」男はそういうと再びベットに横たわった。

そばにいた奥さんが、起こしていたベッドのリクライニングをちょうど新幹線の

座席を一番倒した角度くらいに調整し直し、男は息苦しそうに話を続けた。

「だいたい三条華月は花鳥風月画の巨匠だが、今まで人物画は見たことがない。

まあ仏などは書いていたようだが、こういう女性は華月は描かないよ。

それに筆が違う。華月は江戸時代の藩主の三男坊で金には困らない身分だったから、絵の具も最高のモノを使っていたし、筆だってそうだ。この画の髪の部分は筆先がぼさぼさで捨てる直前のような筆で書かれている。

絵の具もなんだか見たことのないような光沢が混ざっているし。

弟子がふざけて描いたものかもしれないが、華月の作ではないといえる。

まあ、この落款は見事に真似てあり、本物と極めて近いが。もしかして弟子の誰かが師匠の死後に持ち出したのかもしれん。

あの「雪月花椿画」だって、本当は屏風仕立てを、分割して掛け軸にしてしまった。

知らないところで、弟子か誰かが高く売ったのだろう。まあたくさんの弟子が出入りしていたのだから、不埒なやつもいたんだろうな」


男は話し終えると、奥さんが差し出した水をゆっくり飲み。ベッドに沈んだ。

「そうですか、わかりました。入院中にもかかわらず鑑定をお受けいただきありがとうございました」

そういうと骨董商の青井は額を箱にしまい、風呂敷で包み始めた。

「そうですよね。僕もこれはサイズ的には中途半場で軸でもないし、今でいう色紙サイズですから、何かの画の一部かとも思いましたが・・・」

その画は走り書きしたようなタッチで、女性が窓辺に寄りかかって外をみているよう

な構図で、背景はない、顔は、浮世絵風のモデルのようにやや右を向いている。

しかし筆運びは滑らかで、明らかにたくさん画を書いてきた人のタッチ。シンプルの中にも

何か作者の思いが感じられなくもなかった。

「華月の人物画はないと思っていましたので、これですっきりしました。お時間いただきまして恐縮です」と丁寧にお礼を繰り返すと

「そうだ先生の好きなあずま屋の水ようかんは来月あたりから発売するそうなので、いの一番に持ってきますから楽しみにしてくださいね」と辞する前に病人を元気づけた。

包み終えた風呂敷を抱えて病室のドアをあけ、振り返ってお辞儀をした。

「では失礼いたします」

しかし大御所先生はもうベッドで目を閉じていた。


病室を出てエレベーターに向うと、奥さんは見送りをすべく青井と長い廊下を一緒に歩きだした。

「今日はご苦労様でした」

「いえ、こちらこそご無理をいいまして・・・あの~先生の具合はいかがなのですか?」

「まあ、そろそろらしいんですけど・・・・」

「そうですか」

そういうと奥さんは意外なことを口にした

「あの~。その絵 私に売っていただけませんか?」

「えっ、偽物ですよ」思わず“偽物”と口にしてしまった骨董商は何か後ろめたく、そう言い切った自分に驚いた。

「いえ、別にいいんです。青井さん、私、その持ち主の方にお会いしたいんですけど、

家にお越しいただけないでしょうか? できれば来週水曜あたりに」

「ええ、はい、わかりました。今日この件で連絡をするつもりなので、お話してみます」

「変なお願いでごめんなさいね」

「いえ。それでは失礼します」ちょうどエレベーターが来たので青井はそれに乗り込んで頭を下げた・

偽物なのにどうして欲しいんだろう・・・・青井は奥さんの不可解な申し入れに困惑していた。

店に戻り、依頼主に電話をすると、相手方は何のためらいもなく、申し出を受け入れて、「では来週の水曜あたりで・・」と話を進めた。

青井は、まだ曜日の話はしていないのに、その「水曜」が一致したことにちょっとびっくりした。


曇天の水曜日

大御所鑑定家の家は根津の閑静な住宅地にあり、広い敷地に古い平屋の日本家屋が建ち、周りは立派な庭園に囲まれていた。

入り口の門は格子戸の意匠なのだがインターホンがつけられてそこだけミスマッチな佇まいだった。格子戸をあけ玄関までのアプローチは石畳が10メートルくらい続いていた。両側には手入れの行き届いたクロ竹や沈丁花などが植えられ、まるでどこかの料亭のような風情があった。

玄関はすでに開けられていて、奥さんが上がり框で座して出迎えてくれた。今日は鶯色に扇模様の小紋に臙脂の名古屋帯を締めていた

「いらっしゃいませ、本日はお運び頂きありがとうございます」と奥様が頭を下げた。

青木は後ろにいる女性を紹介した。

「こちら臼井ひいろさんです」

「はじめまして」そういってお辞儀をする40くらいの女性も着物姿で、紺地に小さな花のモチーフが紅型であしらわれた単衣で、緋色の帯がコントラストを演出していた。

「さ、どうぞこちらへ」

促されて入った家は青井にとっては何度も来ているので、勝手知った間取りだった。

昔風の田の字に部屋が別れていて、廊下がぐるりと囲み、その向こうには日本庭園がひろがり、その廊下は縁側のような役割も果たしていた。


すると奥さんがまた不思議なことを言い出した

「青井さんは悪いけどそちらの部屋でお待ちいただけないかしら?お食事を用意してありますから、しばらくごゆっくりしていてくださいな」

「はあ、わかりました。ではお言葉に甘えさせていただきます」

奥さんとはもう10年ほどの付き合いではあるが、そんな対応をされたのは初めてだった。もちろんお昼をここで食べたこともあるし、庭も少しだけ散策というか探索したことはあったけれど。そういえばいつも用事は大御所の先生で、奥様とはプライベートで用事を頼まれたこともなかった。そんなことを思い出しつつ、案内された部屋に入ると座卓の上にはすでに黒漆のお重があり、傍らにお茶の用意もしてあった。

ふかふかの分厚い座布団の模様が縞なのだけれどなぜか雨のようにも見えた

「なぜ、僕は外される?」少しモヤモヤした気持ちにはなったが、自由時間になり

食事もできるので「ラッキー」と思うことにした。

奥さんは例の額入りの風呂敷包みを持った臼井さんと向こう側の部屋に入った。

この家は4つの部屋が田の字に配置されているので、ちょうど対角線上の部屋ということになる。


誰もいない部屋は何をしてもいいような開放的な気分とちょっと秘密めいた気持ちになるもので、座卓に座って、さっそくお重を開けてみた。

そこにはおいしそうな松花堂弁当が待ち受けていた。青井はこの朝コーヒーだけだったのでこのお弁当はたいへんありがたかった

静かにお茶を注ぐと、迷い箸をしないように、まずどれから食べようかと手の込んだおかずを眺めていが、やはりここは卵焼きと箸を伸ばそうとした時に、対角線の部屋から奥様の声がした。


「ハルチカなのね」

「はい、かかさま、お久しゅうございます」 

二人の穏やかなトーンが時代劇のようでもあった


秘密の会話

「えっ」と思わず箸を持ったまま部屋を見渡した。

対角線上の部屋の声が筒抜けなのだ。どうしてだろうか?どこから聞こえてくるのだろう?それになぜ?断熱材が入っていないから? 部屋には欄間がないし、一応壁で仕切られているが・・・。

よっぼど壁が薄いのだろうかと思ったが、それなら声はこもっているはずなのに、

なぜか同席しているかのように会話ははっきり聞こえた。

聞いていいものかとも思ったが、聞こえてくるものは仕方がない。聞こえてしまったことは黙っていればいいと思い、お弁当を食べ始めた。

「ということはこちらの音も聞こえているかもしれない」と気が付き、できるだけ音を立てずに食べることにした。


「元気そうね。今はどうしているの?」

「はい、とある銀行家の家にいます」


あれ顔見知り?親子なのか?奥様には子供がいないはず。隠し子?

でも「かかさま」って言ってたよな。なぜ今まで音信不通?

たくさんのはてなマークを抱えて、青井はいけないと思いながら聞き耳をたてて

お茶をすすり、残りの弁当を食べた。


「あの絵はどうして?」

「先日義理の母が亡くなり遺品を整理していたら見つかりました。私も全く知らなくてびっくりしました。そこで相続税のこともあり、鑑定に出して評価額をもらうことにしたんです」

「そうだったの」


えっ、奥様はあの絵を知っていたのか?どうして?なんで偽物なのに?

青井の頭は混乱していたが、この謎の結末を聞きたいとますます関心が湧いてきた


「生活はどうなの?」

「相変わらずです、お金の心配はないのですが、やはり子宝に恵まれず、家族運はないようです。夫も地方転勤が多くて一人の時間が多く、どこにいってもさみしい人生のような気がします」


どこにいっても?どういう意味なんだ?


「大丈夫よ。また次の人生があるじゃない。生まれ変わるんだから」

「そうですよね。それよりかかさま ととさまの画ですが・・・」


生まれ変わる?なんじゃそれ。

トトさまの絵だって? じゃあ贋作者の正体を知っているのか?というか最初から偽物だとわかっていたのか? じゃなぜ鑑定を?誰なんだトトさまって?

どんどんわきでる謎とこれから謎が解明するわくわく感。すでに弁当は大方たいらげ、お茶を継ぎ足すためポットに手をのばした。


それにしてもどこから聞こえてくるんだろうか?その声が聞こえる部屋の方向を見上げた。

まるで隠しマイクがあるかのように会話は鮮明だった。


「ねえ、おかしいわよね、ととさまの絵を偽物だなんてね」

「でも大御所の鑑定家のお墨付きになってしまったら、この画は二束三文で扱われてしまいますよね」

「だから私が買い取ることにしたの」

「それでどうしますの?」

「私が死んだらまたこれは誰かの手に渡る運命だから、なんとかなるのよ」

「そうしたら、またかかさまに会えるんですね?」

「ええ、今日見たいにね、でも次はどこのだれかになるかはわからないけど」


また会える? 何を言ってるんだこの人たちは? 虚言癖?なりきりコスプレイヤー? ますますわからない。

青井はお茶をなるべく音を立てずに飲んだ。

それにしてもととさまって誰なんだ?


「でも、燃えてしまったら? 私たちはもう会えないのでは、かかさま」

「そんなことはないわ、戦争中もこの画だけは疎開品に紛れて無事だったし、この画は引き継がれる運命にあるのよ。

そうそういつだったか水害の被害に遭った時にはこの画はその前日に引っ越しでまぬがれたのよ。覚えていない?」

「私はほどんど前の記憶がないのです。ただこの画を見ると突然思い出して、すると成り行きで、こうやってかかさまにたどり着くのです」

「私もよ、これはあなたが鑑定を頼んだことで鑑定家の主人に回ってきたの、今は入院しているので病室でこの画を見た時に、私も思い出してハルチカに会えるんだって感じたの。いつも突然なのよね。」

「でもととさまの画が偽物だって、言われた時はどう思ったの?」

「あの時を思い出したの、あの絵を描いたあの日あの時、ととさまとハルチカがいて、あの部屋の光景が浮かんできたわ」

「ととさまはなぜあの絵を描いたのかしら?」

「あれはおふざけだったのよ、私が失くした紅筆を見つけた時に、筆先がボサボサだったので、面白がって私を描いたのよ、あの時」

「では正式に出さないものになぜ落款を?」

「あれはととさまではなく私たちが死んだ後に弟子の誰かがお金欲しさにやったのかもしれないわ、そこは今の主人が鑑定家として見抜いたので、私も納得がいったの」

「そうね。あれはかかさまを描いたものですものね」

「そうよ、華月が書いた唯一の人物画なのよ」


ひえ~何だこの話は?あれは本物だったのか?なぜ?どうしてそれを知ってる?

誰なんだこの人たち?

この話が本当なら日本画壇はパニックになる。これは大発見だ。

でも悔しいかなこの謎を聞くことは出来ない。この証言の裏付けも無理だろう

第一私が盗み聞きをしていることがばれてしまう。

でも知りたい、この謎を・・・・もしやドッキリ?いやいや一介の素人をだまして何の得がある?


400光年のハルチカ

「そういえばいつだったかしら、天文学者の家に嫁いだことがあったの」

「かかさまは色々覚えていらっしゃるのですね」

「いえ、私もほとんど忘れているけど、時々思い出すことがあるの」

「ととさまがなくなってから400年くらいたつと教えてくれたことがありましたね」

「ええ、それでその時の主人がね、夜空の星を見て面白いことをおしえてくれたの?」

「面白い事?」

「その時は北斗七星が見えて、北極星の探しかたを教えてくれたのだけど、ハルチカ北極星は知ってるわよね?」

「ええ、北斗七星も見たことがあります」

「北極星ってね、431光年先にある星なんですって、それって光の速さで431年かかるってことで、今私が見ているあの星の輝きは431年前のものなのですって」

「431年前!それってもしかして」

「そう、ととさまが生きていた時代の光を見ているわけなのよ」

「ととさまが空からささやいているような光なんですね」

「そう、時を超えて私とハルチカが会えるのは400年前にととさまが描いた画があるからでしょ。あなたとわたしはあの星の光のように400年時空を旅しているわけね」

「なんだかととさまが空からいつも私たちを見守っている気がします」

「そうね、あの画も私をモデルに描いたけれど、もしかしたら400年後のハルチカを書いたのかもしれないわね」

「私を?」

「ええ、あの時はハルチカはまだ9つくらいだったけれど、とと様はいつも言っていたわよ。この子は美人になるだろうってね」

「そういえば、かかさま、ずっと聞きたいことがあったのですが、でも聞いていいのかわからなくて・・・、」

「なにかしら、今となっては400年もたっているのだし、何があっても気にしないわ」

「あの、私の本当の母は誰なのですか?」

「ああ、そうよね。気になるわよね。でもごめんなさい、それが、わからないのよ。

あなたは大火事の時にはぐれて泣いていた所を保護されて、うちの養女になったのハルチカが3つ頃の時かしら」

「ハルチカはととさまとかかさまが付けた名前ですか?」

「ハルとかチカとか片言でいっていたみたいなの、それであの時それを手掛かりに色々探したんだけど、見つからなくて・・・・」

「でも私はととさまとかかさまの子供で幸せでしたし、私を育ててくださり感謝しています」

「まあ、何をいまさら、でも私たちも子供がいなかったから、うれしかったのよ。

きっとあなたの生みの親も星になってあなたを見守っていると思うわ」


・・・・・・・


「青井さん、青井さん、起きてくださいな」

いつのまにか座卓に突っ伏して寝ていたようできまりが悪くなり、恥ずかしさで早々にお暇することになった

この日の商談はまとまり、画は奥様に渡ることになった。

お代の振り込みも現実に決済ができ、これはドッキリではなかったことがわかったが、

一体どういうことなんだろうか

鑑定家はまもなく鬼籍に入られ、青井はこの日のことを聞き出せぬまま

そんなモヤモヤをかかえてこの先24年生きていかなくてはならなかった

やはりあれは夢だったのかもしれない


24年後の曇天のある日

「私もそんなに長くはないし、終活をはじめようと思って、青井さんには昔からお世話になって、夫の遺産の処分もお手伝いしていただいたけど、今回も最後の蔵出しだと思ってまた手伝っていただけるかしら」

奥様からの電話で久しぶりにあの根津のお宅におじゃました。

家というのは手入れをしても古くなっていく、造園業者も世代交代なのか、昔のような職人技が消えて、そこかしこに雑な雰囲気が漂っていた。

この家ももうすぐ売りに出すようだ。

場所が場所だけに相当高く売れるだろうし、相続人もいないのでいたしかたない。

どうやら奥様は老人ホームに移るらしい。

今日は家の骨董品の買取りに来たのだけど、なんだかさびしい。


「夫が死んだときに、書画骨董は処分したのだと思ってたけど、まだ部屋ごとに置物や書画があることに気が付いたのよ。それにこのあいだ不動産屋の人が空けてない天袋に気が付いてね。そこにも色々入っていたので今回お願いしたわけなの」

久しぶりの奥様はすっかり洋装になり、上品な普段着で迎えてくれた。

「いや~この家にお邪魔させていただくのも久しぶりです、なんだか懐かしい感じですよ」青井はお世辞ではなくこの家の雰囲気が好きだった、この家の古さと書画、骨董との相性がとてもマッチしていて、都会では珍しいオアシスのような存在に感じていたからだ。

「あなたも、ずいぶん大人になられて、あの頃はまだ20代でしたよね。いまはお店はお子さんが継いでいるの?」

「いや~どうなるか、まだ学生気分が抜け切れていないので、もう少し修業が必要なんですよ。だから知り合いに預けようかと思っているところなんです」

確かに青井の息子は20(はたち)そこそこでやりたいことがたくさんある時期なので、無理に店は継げとは言いにくい。何かやりたいことがあるならやらせてやりたいし、でも跡を継ぐならと修業先も考えている。

「私もまだ頑張りが効くので、本人次第ですかね」

青井は部屋に積み重なった、骨とう品をジャンルごとに分けて並べ始めた。

「今日はお昼をご用意していますが、お時間はありますか?なければお弁当ですのでお持ちかえりいただけますが・・・」

「ありがとうございます。実は今日は店は休みなのでご心配なく、お言葉に甘えさせていただきます」


外は曇り空で雨が降りそうだったので、湿度に影響のある書画や絵画などから始めることにした。

「これらは天袋に入っていたのですか?」

「ほとんどそうですね、私も見たことのないものばかりでした」

「そのせいか、保存状態はいいようですね」

てきぱきと仕分けをして最後に風呂敷にくるまった額が残った

「あっ」風呂敷をほどくと見覚えのある品が出てきた

それは24年前のあの日の美人画だった。そういえば、あの日の『不思議』が蘇ってきた。あれは夢だったのか、もしそうでなければあの謎は何だったのか主が無くなる前に聞いておかねばと思った

「これはどうしますか?」

「ああ、これは私が死んだ後に・・・」

「えっ、死んだあと?・・・どういうことでしょうか?」

「そうね、お願いがあるんですが、私の死後できれば24年後くらいに、お店に飾っていただけないかしら」

「えっ、それはどういう意味ですか? これは確か偽物でしたよね。 うちはそういうのは扱わないんですが・・・」と口ごもった。

「そうね、ご迷惑よね。でも大事に保管していただきたいの」

「そしてなぜ24年後なんですか?」

「その時には私はもうこの世にいないでしょ。青井さんならまだ元気でいらっしゃるだろうから、託したいのよ」

「託したい?」

これはもしかしたらあの謎が解けるかもしれない。そう思うとはやる気持ちを抑えて

「よろしければ、お話していただけないでしょうか」 24歳も年を取ったので物言いはうまくなった。

「そうね」 


鑑定がひと段落してお昼を食べ終わったころ、お茶を持ってきた奥様が語りだした話はとても奇異だった。


「これはね、たぶん信じてもらえない話だけど、24年後あなただけにわかることなの」

「はあ、覚悟はできています」

「あら、そうなの?」

「実はこの際私も告白しなくてはいけないことがあるのです。24年前のことを覚えていらっしゃいますか、大御所がお亡くなりになる前入院していた頃です。

大御所が「にせもの」といった画を奥様が買いたいとおっしゃって、この部屋で売主様とお会いになった時のことを・・・」

「そうね、あれはもう24年前なのね」

「申し訳ありません」青井は突然土下座した。

「どうしたの?」

「実はあの時私は違う部屋で食事をよばれてたのですが、その時奥様達の会話が聞こえてきて・・・聞いてはいけないと思っていたのですが・・内容を聞いてしまったのです。もちろん誰にもそのことは喋っていません」

青井はそういうと顔をあげてもう一度謝った。

「そうなの。まあそれもととさまの仕掛けかもしれないわね」

そういうと座卓の上にあの額をそっと置いた。


400年前のあの日

「信じてもらえないでしょうけど、これは確かに華月が描いたもので、この画の人物はわたしなの」

「えっ、まさか」

この人は何を言っているのだろう?まさか虚言癖なのか?

どう対応すればいいのだろう?青井は戸惑った。だとしたらあの時の娘役は初めて会ったのに対応できたのはなぜだろう?

頭の中がハテナで埋め尽くされているようだった。


「あの時私は失くした紅筆を見つけてぼさぼさになった穂先を整えようとしていたのだけど、それをあの人が見つけて、いたずらにそれで画を書き始めたの。

ハルチカが画を書いていたので絵皿に墨もあったしね。

私を「ちょっとそこの窓に寄りかかって」って言ってね、そして、ササっとね。ほんの一瞬のように感じたけれど。

2,3枚描いたかしら。ちょうど紅皿の紅がほんの少し残っていて、それを絵具代わりにね。だから分析してもらうとわかるけど、墨の中にベニバナの紅が混ざっているわ。

私が紅筆を探して見つけたときにちょど部屋の前を通りかかってね「紅筆で絵を描いたらどんなふうになるかなとか」というようなことを話をしたような記憶があるけど、そうじゃなかったかもしれない。

でやっぱりこの筆は使いにくいとかいって、皿と一緒に筆も洗ってくれたような気がするわ。とにかく、ほんのひとときのことだったわ。


まるで昨日のことのように話す中身は細部までとても具体的だった。

しかし、ますます謎だらけだった。

三条華月はもう400年前の画人だ。そうだとしたら、輪廻転生としか思われない、前世の記憶を持っている人なのだろうか。

「ということは奥様は生まれ変わりということですか?」

「たぶんそうかもしれません・・」

青井はあの時のことを思い浮かべた

「そういえば、あの時お相手の方は「カカさま」っていってらっしゃいましたが」

「ええ、ハルチカは私たちの養女で可愛がっていたのよ。書も画も教えたのだけど。あの頃は女性が画を描くなんて社会が許さない時代だったし、私たちの養女だってことすら歴史から消えているようだわ」

たしかに華月は吉原から身請けした才女をそばに置いていたが名前は残っていない、まして養女の話は聞いたことがなかった。もしこれが本当なら美術史に残る大発見なのだが、この証言だけでは説得力に欠けるだろう。信じるかどうかは別にして、でもなぜかもどかしい

「ハルチカさんはどうなさっているのですか?」 

「それが・・・私たちは時々現世のだれかに生まれ変わるみたいなの、私もよくわからないけど・・そしてあの画によって私たちはまた再会するの」

「どうしてわかるのですか?」

「どうしてかしら、あの画を見るまでは普通に生きているんだけど、見たとたんに昔の記憶が蘇るの、そうするとしばらくしてハルチカがあらわれるのよ。彼女も普段は普通に暮らしているのだけど、どういうわけかあの画が自分の元にきて成り行きで行動すると結果的に再会できるみたいで、あの画がある空間ならふたりともあの時に戻れるみたいで・・・・」

あの時の会話はこの部屋のあの空間だけのできごとだったのだろうか?


「華月さんは出てこないのですか?」

「ええ、たぶんあの人は有名だったので死んだ時は手厚く葬られたからではないでしょうか。私たちは何か災害のどさくさで死んだようでまだ魂がさまよっているのかもしれないと思っているの」

「ハルチカさんとはその後、行き来はあるのですか?」レポーターのような追及になってしまったが、これが作り話でも面白すぎるのでもっと聞きたいと思った

「いえ、あの画がなくなれば普通に戻るので、今私に会ってもわからないと思うわ。

私もこの画を手放したら普通の人になると思うの。だからこの画は死ぬまで手元に置いておきたいの、

そしてを24年後お店に飾ってほしいの、お願いします」奥様は頭を下げた。

「でも私が生きていなかったら?」

「それでも不思議なものでこの画は誰かの手元に届くはずなの」

「はあ、確かに信じがたい話ですね。あの画が唯一の人物画だということも、華月に養女がいたことも・・・・、他に何か私たちが華月について知らないことはありませんか?」

「といわれても、あなたたちが何を知らないかがわからないですし・・・」

「そうですよね」

その通りだと思った。でも何か証明できる何かが欲しかった。

「う~ん例えば娘さんが作品にいたずら書きをしたとか、知られてない作品がどこかにあるとか・・・」

「そうね・・・、ハルチカがうちに来たのは3歳くらいの時だから、時々いたずらしていたかもしれないわ」

ここまで聞いてうそでも面白い話だと思った。業界紙に投稿すれば「店主のひとり言」

コーナーに掲載されるかもしれないと青井は思った。


「そういえば「雪月花椿図」にハルチカが何かを書いてしまって、その部分を切り取ったことがあったわ。全体的にちょっと窮屈な構図になってしまったので、落款を押した後だったけど手放さずに手元においていたみたいだけど・・・」

「えっ、あの「雪月花椿図」って、構図がおかしいと日本画壇で偽物ではないかと議論になった、あの画ですか?」

それが本当なら真偽騒動に決着がつくのだが、いかんせんこの証言では・・・それに現代の解釈では、何か大きな絵の一部を切り取って後世の人が切り売りしたのではということで落ち着いているし。


しばらくの沈黙があった。その時小さな風が吹いて障子がガタっと揺れた。なぜか誰かが「頼むぞ」と言わんばかりに

青井が意を固めた

「わかりました、この画のことはお約束いたしましょう」

「ありがとうございます。ちゃんと遺言には青井さんにお渡しすることは記しますから」

「いえいえ、そんなことおっしゃらずに長生きをしてください」


ライトバンに書画骨董の乗せると青井は店に戻った。不思議な気持ちは消えなかったが、なぜか否定する気持ちになれなかった。

数年後、奥様はなくなり、遺言通りあの画は青井のもとで保管されることになった。



それから24年後

「じゃ、オヤジ、出かけてくるから店番たのむね」

「おおわかった」

すでに70を過ぎた青井はほとんど息子に店を任せ、こうしてたまに店番をしたり、孫の送り迎えなどをしていた。

静謐の店の中で古い時計がボーンとなった。

それを見上げて「そういえば、そろそろだな」と腰を上げた。

隣の倉庫部屋から箱を取り出すと中に入っていた額をとりだした。

あれから24年、あの話が気になっていくつかの検証をしてみた。

確かに墨にベニバナの成分が混ざっていたのには驚いたが、その後の奥さんや養女のハルチカについてはどこにも情報は見つけられなかった。

あの頃は女性の地位なんかはないようなものだし、もう400年以上たっているのでしかたがない話かもしれない。

しかし、あの話が本当ならば、次の受け取り手が現れるはずだ。一塁の望みを託してその画を壁に飾った。

それにしても私はすごくヤバいものを聞いてしまったことになる。まるで「王様の耳はロバの耳」でどうにかして残しておきたいと思っている。そしてだれか有名な三条華月研究家にたどり着き、この話をしたいと思っているのだが、この作家自体今は人気が無くなり、第一人者がいないというのが悲しい現状だった。

しかし今はネットの時代。コツコツとあの日の話を小説にしたててこっそり残すことにした。


「オヤジ、あの額どうしたの?」新しく壁にかかった額を見て息子が聞いた

「ああ、あれは売主の遺言でな、24年後に店に飾ってほしいと頼まれたんだ」

「24前?遺言?なんだよそれ」

「うん。ま、お前にはいつか話さなくてはいけないんだが、今はとにかく、ワシのいうことを聞いてくれ」

「ふ~ん、わかった、まあ邪魔にはならないからいいよ」

それからしばらくして、また店番を頼まれていた日のこと

金髪のギャルが店のドアをあけて入ってきた。

「いらっしゃいませ、なにかお探しですか?」骨董店には不釣り合いなギャルだったので少々びっくりした。まさかね、このギャルが継続者?現代のハルチカさんなわけないよな。そう思いつつも奥様の言葉を思い出した「24年後にあなただけにわかることなの・・・」


「何か画とかありますか?」

「あのどういうな事情でこちらに?」

「こないだ占い師から、青いところに行って画を探しなさいって言われたの。

全く意味わかんなくない?で、今日バイトの帰りに、ここら辺ぶらぶらしてたら、看板に青井ってあったんで、入ってみたわけ・・・」

「そうなんだ」思わず青井はタメ口になっていたがあわてて

「ここは骨董屋なんで、画は今これしかないですけど、これかな」

そういってあの額をはずしてギャルに見せた

「あっ、これかもしんない」ギャルの顔がさっと変わった、それを見逃さず青井は聞いた

「どうして?」

「どこかで見たことがある気がする」

「どこかな」

「う~ん、 そういえばこないだ母さんみたいな人がこれを私にくれる夢見たような気がする」

「で、占いの人これをどうしろとか言ってた?」

「う~ん、何か壁に飾るとなんか変わるとか、まあ、魔法のツボみたいなっていうか・・・ねえこれって、霊感商法じゃねえ」 ギャルは我に返ったように言った

「なるほど、じゃこうしましょうか」青井は確信はないけれどあることを試すことにした

「これ、お持ちください、お代はいりません。でもちゃんと壁に飾ってくださいね。それで一年たっても何も起きなかったら、ここへ返しに来てくれますか?」

「ええ、いいの? わあ~なんか起きるかな、一年後たのしみ~」

そういうとギャルは風呂敷包みを抱えて軽いノリで帰って行った。


次のハルチカ

「さあ、『今日のかたずけまショー』は一人暮らしのギャルのワンルームからお届けしま~す。さっそく中に入ってみましょう、すごい、結構ひどいレベルですが、ギャルさんいらっしゃいますか~、あっゴミに埋もれていますね。大丈夫ですか~」

「は~い」ゴミに紛れて声がした

「今回はお友達が見るに見かねて番組に応募したそうですが、」片づけは苦手なんですか~」

「なんだかメンドクサクなっちゃって」

「そうですね、これは一人暮らしあるあるでついつい自分を甘やかして散らかるパターンなんですね。でも大丈夫こういう部屋を片付けて早45軒、今回も片づけで人生をリセットしましょう~」画面はCMに変わった


この番組をキッチンでご飯の支度をしながら見ていたのはテレビ局員の妻だった。

「あたし、この番組好きなのよね、あなたの局でしょ?」

「ああ」、リビングでパターの練習をしながら夫が答えた

「人の家でもさ、すっきりきれいになるのはなんかこっちもスカッとするしね」

そういってカウンターキッチンの向こうからテレビを見ながら野菜を洗い始めた


「さあ、どこから手を付けましょうか?まず片っ端からいらないゴミはこの袋に入れて、残すものはこの箱に、保留するものとか売りに出すものなどはこちらの箱におねがいしま~す」てきぱきと片づけのプロとタレントが動き出した

「は~い、なんか手伝ってもらうとやる気ができきますね。」とギャル

「そうなのよ、ギャルちゃんも見た目よりいい娘なんだからさ、ちゃんとできるはずよ」

「え~初対面でわかるっすか、ヤバイ」

「まあそうなんだけど、あのね、片づけ終わったらどんな部屋にしたいとかある?」

「特に考えてないけど、広くなったらヨガでもできるかなと」

「そうね、とにかく片づけて、どのくらい広いか感じてみようね」

「はい、あっ床が見えてきた」

「ギャルちゃん、床見たの何日ぶり?」

「え~まじで1か月とか」

「そうなの、じゃ、どんどん床みせようよ。ギャルちゃん、床はゴミだらけだけど壁はほとんどなんにもないね、つみあげた服をどかせば壁もすっきり見えるよ」

「壁にフックとかないから、服もかけられなかったんだよね、わたし・・」

「でも額がひとつ、この部屋には不釣り合いだけど・・どうする?」

「あっ、それまじでそのままにしておくの、もらったの、形見みたいな感じ」

「じゃ、このままで、それじゃベッドの下のゴミに移るね~・・・・


野菜を切り終えてふとテレビをみると、壁にかかった画がアップに映し出されていたところだった。


「あっ」奥様が何か感じたのかもしれない

「あなた、この番組のディレクター後輩だっけ?」

「うん、そうだけど?」

「ちょっと話させてくれない?」

「なんで?」

「この娘に会ってみたいの」

「どうして?」

「あの画を見てみたいの」

「なんで?」

「もしかしたら、私が美大時代に模写した友達の画かもしれないの」

「だとしたら何なの?」

「行方不明のその友達の消息が分かるかもしれないのよ」

「ふ~ん、そうなんだ、それならちょっと電話してみようか」

「そうね、お願い」



続く


一回目の再会を書きましたが、この先元気があれば続編も書けるかもしれません。何せ後期高齢者で白内障の手術もいずれと言われているので、毎回遺作のつもりで綴っています

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