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13/13

不安と幸せと新妻と

結婚してから1年。

「ねえ、旦那様」


 苦いお茶を飲み下しながら、夫が目線だけ返してくる。

 感慨深いものを感じながら、わたしはゆっくり上目遣いで尋ねる。


「わたしのこと、好きですか?」


 彼は眉をひそめ、次の瞬間には飽きたようにため息を吐いた。


「何度言わせりゃ気が済むんだ?」

「何度も言われてません!!」


 のっけからまともに取り合ってもらえず、うっかり噛み付いてしまったが、ここは一呼吸をおいて落ち着く。彼は夫で、わたしは妻。わたしたちは立派な夫婦である。


「…………旦那様がいつまでもそのような態度をお取りになるつもりなら、わたしにも考えがあります」


 一度前のめりになりかけた姿勢を正し、コホンとまた一呼吸。

 彼は訝しむような、それとも全く無関心なような表情でわたしを見遣る。


「実家に帰らせていただきます!」

「却下だ」

「え?!」


 好きにしろ、とでも言われるんだろうと構えていたわたしは彼の即断に驚く。あまりに予想外な反応過ぎて脳がフリーズする。

 彼はまるでバカを見るような目で私を見つめる。


「お前、ついこの前に体調崩したばかりだろ。馬車で移動したらまたぶり返すぞ」


 彼の言うことは最もで、ここ半月ほど私の体調はあまり芳しくない。

 気候の変化による体調不良だろうとかかりつけの医師に言われたけれど、生まれてから今年に至るまで季節替わりの風邪などわたしは引いたことがなかった。

 身体が成熟したことで免疫が落ちてるからとか、知らぬうちに疲れをためてるのではないかとか言われたけれど、経験がないからこそ戸惑いが強い。

 その不安がより風邪を長引かせているのか、なかなか体調が上向きになることがなかった。


「でも、明日から遠征なんですよね?」

「…………」


 騎士団でもトップクラスの実力者である旦那様は、婚姻後もなかなか休暇を取れない。新婚時は周囲が気遣い、多方面からの圧力でむりやり休みを取らされていた彼も、段々と休日返上で出勤することが増えている。

 今ゆっくり寛げているのも、明日からの遠征に向けた準備休暇だ。

 やっとの休みも、明日からしばらく帰ってこないためだと思うとあまり素直に喜べない。どちらかといえば寂しさが募る。


「俺がいないから、実家に帰るのか?」


 旦那様が遠征などで数日家を空けるときは、彼の両親なり義姉なりが様子を見に来てくれる。しかし、それでも埋まらぬほどの空虚感が、我が身を巣食う。

 彼は、一度考えるように頭をガシガシと掻く。まるでおとぎ話の王子様みたいな容貌が、そのガサツな態度で少し台無しになる。


「今回の遠征は早けりゃ3日で済む。お前が実家に行って帰ってくるより早い。それでも不満か?」

「どうしてそんなに引き止めるんですか?」


 普段の彼ならどうでもいいと言いそうなのに、やけにわたしを説得しようとする。

 どうせなら有無を言わさず「待ってろ」とでも言ってくれれば力強いのに、それもない。


 おかしい、と黒いモヤのようなものが胸中を漂う。


「自分の体調くらい自分で管理できます。馬車に乗って実家に帰るくらいなんてことないです。少し前までわたしは通い妻だったんですよ」

「……婚約者だろうが」

「それとも、わたしは自分の体調も分からず無理を通すと?幼子じゃないんですから、無理だとわかったら引き返すなり近場の宿屋を手配するなり自分で対処できます!」


 モヤを認識するとどんどん大きく広がってく感覚がする。胸のうちに染み込むような、にがくて苦しい。


「何怒ってんだ」


 彼がわたしの肩を抱き寄せようと腕を伸ばす。

 やっぱりおかしい!前の旦那様なら逆に肩を押して、わたしを押し倒すなりして黙らされてたのに。

 気遣われているのか、今まで隠されていた優しさなのか。


「なんで、最近そんなに優しいんですか!夜っ、も、何もないし、朝寝坊しても怒らないし!この前なんて、貴方が帰ってくるのを待てずに眠ってしまって、あとから旦那様が運んでくれたって使用人から聞いて」

「夫が妻に優しくしたら悪いのか」

「それも変ですっ!いつもの旦那様なら、そんな簡単に優しくした、なんて認めてくれません!」


 怪訝な顔付きでわたしを見遣る旦那様。

 嘆息を吐いたと思えば、睨むような鋭い目付きでギロリとわたしを射貫く。


「なら、勝手にしろ。どうやら、俺の妻は夫に優しくされると調子が悪くなるらしいからな」

「…………っ、そうさせていただきます!」


 彼の投げやりな言葉で頭に血が上ったわたしは、部屋を飛び出した。旦那様の機嫌を伺ってた当初の自分も忘れて、自室に戻って手近な荷物だけ旅行カバンに詰めていく。


 悲しい。それ以上に寂しい。


 結婚前は旦那様が遠征に行くのも笑って見送れたのに。彼が帰ってきたら、笑って出迎えて、一番に「おかえり」を言ってあげたいと思えてたのに。

 結婚してから、騎士団の皆さまが気遣って旦那様の遠征行きを止めてくださっていたし、夕方には帰るようにしてくれていた。

 だから、今回は結婚してから初めての遠征だった。

 婚約時と同じように送り出したい、とわたしも思ってた。

 でも、なかなか体調が良くならなくて、そんなわたしに珍しくもわかりやすく気遣ってくれる旦那様の様子が、かえって不安を呼ぶ。


 久しぶりに一人にされる寂しさもあれば、変に優しい旦那様がもう帰ってこないんじゃないかと思うおかしな不安さえ出てくる。


 だから、ちゃんと言葉が欲しかった。


 好き、とか旦那様は言わないってわかってるけど、帰りを待てる自信が欲しかった。

 でも、やっぱりだめだとわかると、寂しさと不安が一気に大きくなる。

 前までは気にならなかったのに、こんなにも不安になるのはやっぱり、わたしがまだ子供だからだろうか。


「おい」

「っ…………」


 扉のノックオンがしたと思えば、彼の声がけが聞こえる。

 実家に迷惑だからやめろ、と止められるのだろうか。

 それとも、さっきは喧嘩みたいになったから、気にしてくれたのだろうか。


「本当に一人で行く気か?」

「…………行きます」

「どうしても実家に帰りたいなら、迎えを呼んだらどうだ」

「一人で行きます!」


 わたしが癇癪を起こしたように声を荒げると、彼は少し黙った。

 子供じゃないんだから、一人で実家に行くことなんてなんでもない。

 やっぱり彼はわたしを子供扱いしているんだ。

 体調が悪い私を気遣ったのも、子供だからだ。


 寂しさが悲しみを含んで一気に増す。


「なら、絶対一人で勝手に帰ってくるんじゃねぇぞ」

「…………っ!もう、帰ってきません!」


 売り言葉に買い言葉。この場合最初に売ったのはわたしだったのかもしれない。

 でも、やっぱり旦那様も酷いと思う。


 わたしは最大限の荷物だけ抱えて、そのまま馬車に乗った。今は夕方だけど、実家に着くのは夜だろう。

 両親を驚かせるかもしれない、そう頭でわかっていても家に戻りたくなかった。

 戻ったところで、明日の朝には旦那様はもういないのだから。




「こんな時間に急に帰ってくるんだから、驚いたわよ。騎士様と喧嘩でもしたの?」

「…………うん」


 考え事しながら不安な気持ちで馬車に乗っていたら、何度も気分が悪くなって、休み休みに実家にたどり着いた。夜中といいところで、両親はもう寝入る準備万端な姿だ。

 わたしは両目に涙を溜め込みながら、それが零れまいと必死だった。


「…………もう、仕方のない子ね。貴方の部屋はそのままだから、荷物持ってそのまま休みなさい。夕食は?」

「食欲が無いから、いらないです」


 もしかしたら、眠いだけなのかもしれない。頭がぼんやりして、でもやっぱり気持ち悪くて、今は何も考えられない。

 フラフラとした足取りで荷物抱えてかつての自分の部屋に向かえば、お父様が代わりに荷物を持ってくれた。

 父は基本無口だ。指示か叱責ぐらいでしか言葉を聞かない。


「体調は?」


 でも、珍しく尋ねる言葉がかけられた。

 馬車酔いが見てわかるほど酷いのだろうか。それとも、この前から体調を崩していることを、誰かから聞いたのだろうか。


「もうなんともありません」


 少し尾を引いてるが、本当にもうなんともない。

 強いて挙げるなら、最近考え込みすぎて気持ち悪いことや食欲が湧かないことだ。


「本当に?貴女、今酷い顔よ。治ってないんでしょう?」

「ただの馬車酔いです!」


 部屋の前について、お父様からむりやり自身の荷物を取って、わたしは部屋に一人閉じこもる。

 きっと、これだけでわたしの気分が参ってくることが両親に伝わってしまっただろう。


 でも、今はそんなことどうでもいいくらい一人になりたい。


 寂しくて実家に帰って来たのに、一人になりたいなんてわたしはやっぱりどうかしてる。

 でも、どうしたらいいのかも分からなくて頭の中も気分もグチャグチャだった。

 一人で寝衣に着替えたわたしは、以前まで当たり前のように使ってた自分の寝台に上がり込む。

 不思議と、布団は暖かく感じた。

 でも、最近は旦那様と一緒に寝ていたから、一人で寝てるんだと思うとどんどん寂しさが寒さに変わる。

 凍えたような気持ちで、わたしは眠り落ちた。




 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




「こんな時間にすみません」

「いいのよ。あの子なんて、もっと遅い時間に帰ってきたんだから。あら、遠征に行ったと聞いていたけど、もう帰ってきたの?」

「はい」


 十日を通した遠征をひたすら巻いて二日半で終わらせた俺は、去年嫁いできた妻の実家に訪れていた。

 部下や後輩共からは鬼だ魔王だなどと嘆かれながら、動けず帰り支度もできないボンクラ共を置いて馬を走らせてきた。

 妻の実家は俺の家からそれほど離れていないが、馬車で一刻はかかる。

 今から帰るにしても、着くのは夜中だ。


「あいつ、どんな様子でしたか」

「変よ。もう、いい歳なのに子供のままなの」


 妻の母親は、妻ほどではないがところどころ幼い。

 見た目は成熟した立派な女性だが、時々虚をつかれることがあるので、今でも気を抜けずにいる。


「ねえ、あの子はもう体調は良くなったって言ってるけど、本当?なんだかあの様子見てるとどうも、あの子らしくないのよ」

「…………」

「ウチの旦那からは、いつまでもあの子を子供扱いするなって言われたんだけど。…………もしかして」


 妻の母親が言葉を切る。有無を確認するように俺を見つめるところから見て、見当はついているのだろう。


「やっぱりそう思いますか」

「そう言うってことは、貴方も心当たりがあるのね」


 この季節一巡りほど体調を崩し続けている妻は、婚約前に比べても幼い言動が多い。

 情緒が安定しないのはもとからだが、明るさや前向きさにも影がある。

 俺の前では我慢して飯も食ってるようだが、無理して詰め込んでいるのが傍目に見てよくわかる。

 布団で寝てても体温が高いからか、熱さに熟睡もできていないのかもしれない。ここ最近は昼間も船を漕いでると使用人から聞いていた。


「もう、こんな時間だし貴方も泊まっていく?」

「いえ。俺は先に帰ります」


 遠征先から家に帰る途中で寄っただけだと伝えると、義母は気にせずに「そう?」と返してくる。


「連れ帰ってあげなさい」


 妻の様子だけ見に来た、と口にするか迷っていたところで、回廊の先から低い声が響く。


 この声にも、いまだ慣れない。


 声の主が妻の父親だとわかっていながら、回廊の先を振り返ると、響かない足音で長身の男が歩み寄ってくる。


「君がいなければ、あの子の不安は晴れない」

「…………ですが、俺は馬で来たので」


 妻の体調を意図した言葉を俺が口にすれば、義父は首を左右に振った。


「場所より馬の背のほうが気分は晴れる。君なら落とさないだろう」


 一瞬細められた視線から、娘を抱えて走れないのか、と詰りを受けたように感じた。

 てっきり、あんな状態にした娘をお前に返すか、ぐらいは言われると覚悟して来たが、どうやらその点は杞憂だったらしい。

 妻の部屋に案内され、俺は逆らうことなくついていく。


「今は疲れて眠っている。起こさぬように連れて帰れ」


 しかし、扉の前で立ち止まったときにかけられた言葉は、とんでもない無茶振りだった。

 彼女の荷物は最小限のものだったようだが、また後日取りに来る旨を伝え妻を寝台の上から抱え上げた。

 その瞬間にも義父は顔を顰めたような気をしたが、俺はそしらぬふりをして退出の挨拶をする。

 最後に、やはり視線が気になって視線で問えば、彼は目をしばかせて小さく答えた。


「私はうっかり落としかけて怒られた」


 誰に、とも、何を、とも言わない口調から、大体の察しはついた。


「夜分に失礼します」


 もう一度退出の挨拶をすれば、彼は一振り腕を降って許可してくれた。




 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




「………………だん、……な、さま?」


 涼し気な風を全身に感じながら、己を包み込む温かな感触に無意識に呼びかける。

 目をこすろうと腕をあげようとするが、酷く重くて動かせない。

 夢現、頭でそうわかっていたから、どうか覚めないで、とわたしは願うように温かな感触に身を擦り寄せた。




 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 気がついたら家のベットの上だった。

 実家ではなく、家である。


 不思議に思いながら、枕元の水差しを取ろうと腕を伸ばすと部屋の扉が同時に開いた。


「だん、なさま、……お帰りになられたのですか?」


 実家から帰ってきた記憶がないわたしは、不思議に思いながらも尋ねる。

 なんだかたくさん寝たからか気分がスッキリしているようにも感じるし、まだ夢の続きのような気もする。

 旦那様はスタスタ歩み寄ってくると、ゴロリと次の瞬間にはわたしの隣で横になっていた。


「今から寝られるのですか?」

「ん」


 布団の中に潜り込む彼に、少し惜しいような気を感じながら、つい先日喧嘩別れしたことを思い出す。

 固まったわたしを気にすることもなく、彼は目を閉じた。遠征から帰ってきてきっと疲れているのだろう。


「なぁ」


 しかし、まだ眠っていなかったようだ。


「はい」


 わたしは怒った風にすればいいのか、拗ねたようにすればいいのか迷いながら答える。

 彼は無理矢理わたしの体を手繰り寄せて、彼の体で包むように抱え込む。

 多分抱きしめられた状態なのだろうと、変に冷静な頭で考える。


「もしかして、謝ろうとしてるんですか?」


 少し不思議な気持ちで尋ねると「お前はバカか」と貶された。ひどいです。

 せっかく夢心地で気分が良かったのに、また悲しさと不安が戻ってくる。


「それ、本当に自覚症状ねえのか?」


 彼が何を言いたいのか、わたしはまるで理解できない。

 いつもの意地張りで豪胆な態度と違い、少し弱々しさを感じる。

 こんな旦那さまは初めてで、どういうことなのか余計にわからない。


「旦那様?」


 でも、こうして抱きしめられてると本当に気分がいい。不安も寂しさと溶けるように消える。

 愛されてる自信が、湧いているのかも、しれない。




 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 散々わたしを抱き枕にした旦那様は、次に起きたときにはいつもの旦那様に戻っていた。

 いつもより遅い朝食を取っていると、頭はスッキリしているはずなのに何故か食欲はまだ戻ってなくて。

 そんなわたしに、いきなり旦那様から爆弾を降ろされた。


「お前、妊娠してんだろ。それ」

いつもお付き合いくださりありがとうございます。


少しでも面白い、続きに期待を感じて下されば、ご気軽に評価コメントしていただけると嬉しいです。

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