若い旦那様と新しい騎士様
娘ちゃんの婿候補です。
『なぁお前さ、幼女趣味って本当?』
騎士団の訓練中、フザけた調子でそう話かけてきたのは、兄達からいらぬことを吹き込まれた同僚だった。
思わず交えていた剣に力が入り、相手の模造刀にヒビが入る。『ウゲッ』と相手が慌てて仰け反ったところで、団長から次の訓練内容が指示された。
同僚との会話はそこで打ち切りとなった。
「お前、幼女趣味なんだってな?」
「ブフッ」
上司に注がれた酒をありがたく頂戴し口に含んだところで投下された言葉に、自分はうっかりその酒を吹き出してしまった。
「キタねぇな」
文句を口にしながらも不機嫌な表情になることのない上司の様子に安堵しながら、慌てて吹き出したものを布で拭う。
他に誰かがいる状況でなくてよかったと思いながらも、とんでもない発言をした上司をほんの少し恨めしく思う。
そんな事実はありません。何かの間違いです。以前から噂の的たる貴方に言われたくはありません。
とにかく否定したい一心だったが、頭を冷静にするためにどうにかそれを抑えた。
しかし、上司は自分の反応に何かの確信を得たように「なるほどな」やら「まぁそうだわな」やらの怪しい納得の言葉を口にする。
流石にこの誤解は不味いと自覚した自分は、どうにかそれを解かなければと口を開こうとした。
「ま、どうでもいいけどな」
しかし、有無を発言する間もなく、他でもない上司の言葉によりそれは叶わなかった。
ここからどんなに言募ろうとも、それは言い訳がましいものでしかないと思えば、より一層自分は落ち込んだ。
そもそも、自分は幼女ひいては幼い子供との関わりなど、普段の生活では一切ないのだ。
甥と姪はそのぐらいの年齢だが、領地にいるため年に数回も会わない。この前、姪の生誕祝で休暇に戻った時など『ダレ?』と首を傾げられた。
元々長兄が騎士団から領地に戻ると入れ違いに自分は入団したのだ。兄夫妻の結婚式には顔を出したが、甥や姪が生まれた時はそれぞれ訓練や遠征に出ていた。
二番目の兄達などは常から調子のいいものだから、確かに、年はたのいかない幼子に自分はあまりに印象が薄く見えるだろう。
だが、ここまで考えてしまえば、やっぱり自分が『幼女趣味』などと言われる筋がないと思う。
一体何故そんな噂がつきまとっているのか。
…………兄達のおフザケは置いておいたとしても。
「それにしても、さっきはうちの娘が異様にお前に引っ付いて離れなかったな?」
「はい?…………ぁ、いや、それは自分も不思議に思い」
上司と酒を飲み交わしていたにも関わらず頭を抱えてしまっていた自分に、再度彼から話を振られた。
彼が本日の酒を選ぶ少しの間に、いつの間にか現れたその娘さんが明るい調子で話しかけてくれた。
愛想のない自分に寄り添って会話を広げてくれる彼女は良くできたご令嬢だと思う。どこか兄嫁に似ているような気もする。
「…………なんだ、てっきり趣味かと思ったが」
「……?…………っな?!ですから、違うのです!自分は決してそのような趣味など!!」
ふと先程の上司の娘を思い出していれば、ボソリと上司がとんでもないことを言ってきた。慌てて否定するが、聞いてもらえているのかは予想がつかない。
「…………そもそもっ、貴方のご息女は『幼女』と呼ばれる年齢ではなかったでしょうっ!?」
自分が最後にそう上司の発言を責めれば、上司はほんの一瞬ポカンと目を丸くした。しかし、刹那の間にそれはニヤリと不敵な笑みに変化する。
「そういうところだ、お前は」
辟易としたように今度は眦を歪めため息とともにそうこぼされれば、自分はどう答えばよいのか分からなかった。不覚にも、上司が不敵に笑った様は同じ男からしてあまりにカッコいいものだった。
そうなのだ、この上司はカッコいいのだ。大衆が認めこそすれ否定できぬほど、自分の上司はカッコいいのだ。かつてはその様に憧憬を抱いていた身には、言いしれぬ興奮が蘇る。
しかし、今この場でかつての憧れを思い出したのが悔やまれる。彼の発言を忌々しく思えば、その次には嫌でも罪悪感に蝕まれるのは他でもない自分なのだ。
トクトクと、互いに酒を酌み交わし合う。
今日は泊まっていけ、と上司に言われれば、是と答える以外に方法はない。
ふと、先程別れの挨拶を交わした上司の娘の声を思い出した。
『おやすみなさい、お客様』
夜にも関わらず愛らしく、小鳥が鳴くように可憐な声を思い起こせば、カランとグラスの中の氷が倒れた。
きっと明日の朝にはまた愛らしく、けれど元気な調子で朝の挨拶を向けられるのだと思えば、自然と頬が緩んだ。
酒で酔いが回っていた間、上司が己をどんな目で見ていたのか、自分は気が付くことはなかった。
彼も葛藤しています。