夫の王太子じゃなくて年下義母が毎夜私の寝床に来る~白い結婚どころか白百合が咲きそうだけどおかあさまがバチクソ可愛くて逃げられない~
この地域一帯に広まる教義には、「白百合」という寓話が入っている。
それは頼るものを失くした女性同士が、寄り添って生きる伝説。
※王太子妃×年下後妻義母の百合です。
ちょっと長くて、8000字ほどになります。
『お前を愛することはない』
新婚早々の夫にそう言われたのは……100歩譲って飲み込めました。
彼が私に興味を持っていないのは、よくわかっていましたから。
結婚まで少々長いこと、かかりすぎたのでしょう。
ですが今、私の目の前にはそれ以上の……愛らしい衝撃が。
「……やはりご迷惑でしたか? スカーレット」
鈴の鳴るような声、とはこのようなものを言うのでしょう。
静かで小さいのに、非常に澄んでよく通る音です。
「いえ。いつ来てくださってもいいと言ったのは、私です。コルネ様」
少し背の高い私より、三周り近く小さなお体。
青く大きな宝石のような瞳が、とても可愛らしい。
髪は私と同じ、赤。鮮烈で、鮮やかな。濃くてくすんだ私の色とは、違う紅。
寝巻にいくらかの羽織をまとっておられて。
それでも今の時期は、少し寒そうです。
私が淹れたお茶のカップを両手で持っているあたり、冷えが来ているご様子。
彼女……コルネ王妃は少し茶を口に含むと、ゆっくりと飲み下しました。
が、苦い顔をしている。これは味が合わなかったのではなく、熱かったと見えます。
「ゆっくりとお飲みください」
「ありがとう」
失敗した、というかのようにはにかんで笑う義母。
そう、彼女は私の義理の母……夫の父の妻に当たるお方。
近年亡くなった王妃様の後に嫁がれてきた、国王陛下の伴侶。
私からすると、体格だけでなく、年も半周りほど下の母です。
その方がなぜか夜分、結婚初日の私の部屋に来ました。
聞けば、陛下と寝屋を共にしようとしたら、追い出されたのだそう。
自室に戻ろうと彷徨っているうちに、私の部屋の近くを通り、夫が出て行くのを見たのだとか。
……コルネ様に説明されたことを、思い返してみると。
つまりこれは私、気を遣っていただいたのでしょうか。
「本当に、いつもお世話になっておりますので。どうかお気兼ねなく」
「お世話になっているのは私の方です、先生」
彼女の浮かべる笑みに、ついつられてこちらも笑ってしまいます。
コルネ様は元々、国教ネイション教の信徒です。
お若いながら、助祭でもあらせれるらしく。
そんな方が陛下に見初められ、いろいろあって王妃となりました。
しかし、貴族であったものの幼いころに教会に入り、優雅な暮らしなどまったく経験がなかったコルネ様。
教育が必要ということで……長年、王子の婚約者として王宮に出向いていた、私がその教育係に選ばれました。
ですが彼女はとても聡明で、努力家。お教えすることなど、ほとんどありませんでした。
こうした場でまで、礼が行き届いているわけではありませんが。
王妃を務めるには、十分すぎるものを身に着けておられます。
「でも……きっともっとお世話になってしまう」
彼女の零した、少し沈む声に、私はその先を察しました。
今後も夜ごと陛下の元には、通われるのでしょうが。
……おそらく、これからも。
「いつでもいらしてください。私は、夫には愛想をつかされているようなので」
「サフィードのあの態度は、あんまりだと思うのです」
彼が部屋を出た時の礼を欠いた言い分を、コルネ様はお聞きになっていたようです。
何か、我がことのようにお怒りになられています。
彼女は小顔ゆえか、少しむくれるとすぐほおがぷっくりされて。
……本当に、愛らしい。私とは大違いです。
しかし。
このような方をわざわざ伴侶に選びながら、受け入れぬとは。
私も、ふつふつと怒りの感情が湧いてきます。
「不敬ながら、陛下もそうだと思うのですが」
……いけません、思わず口にしてしまいました。
コルネ様は目を丸くした後。
少し吹き出し、口元を押さえられました。
そして。
「本当ですね」
言って、微笑まれました。
……笑顔が、陽光のように温かい。
しかし続けて彼女は。
「……その、スカーレット。実はお願いがありまして」
少し深刻そうに、切り出しました。
どうしたのでしょう。少々笑顔が、曇られたような。
言い出しにくいことでしょうか。
「なんなりと仰ってくださいませ」
私は少し前のめりになって、続きを促しました。
「それでは、その」
カップをソーサーに置いてから。
コルネ様は私のことを、少々上目遣いでみました。
「いっしょに、寝ていただけないでしょうか」
耳まで赤くなった彼女の紡ぐ言葉に。
私は思わず息がとまって。
たぶん鼓動もとまって。
「はい、お義母さま」
理由も聞かずに、頷いていました。
◇ ◇ ◇
それからコルネ様は、毎夜私の部屋に来るようになりました。
他愛のない話をしたり、少しお茶をしたり。
そして……身を寄せ合って、眠って。
気づけば。
夜以外も、よく一緒にいるようになりました。
……奇妙な関係です。
義母と義娘。生徒と教師。
それから――――それから?
友人、でしょうか。
宮廷でそのような気安い関係などと。
それも、王族の妃同士で、などと。
とても不可解で……得難い。
「スカーレット?」
おっといけません。
今はこの、黄金のような時間に集中しなくては。
今日は庭園の東屋で、二人で読書です。
私の膝の上、腕の中でこちらを見上げるコルネ様の髪を、そっとお撫でし。
手にした本のページをめくります。
彼女の視線が文に戻ったのを見て。
「こちらの寓話は解釈の余地が多く、読み解きが難しいのですが」
「スカーレットは難しく考えすぎです。こちらは――――」
昼、私たちは書を読み合ったり、少しの議論をしたり。
そんな時間を、よく過ごしています。
私は法や行政、政治に多少のたしなみがあります。
コルネ様は宗教、哲学、文化風習にお詳しい。
そしてとても聡明です。
わからないことでも、ご自身の知識になぞらえて即時に理解される。
お話が途切れることが、ありません。
とても、楽しい。
お話しつつ、またページをめくると。
「……白百合」
飛ばそうと思ったところで、コルネ様がぽつりとつぶやかれました。
手を止めて、彼女の言及した「白百合の伝説」の箇所を開きます。
伴侶を失った女性同士が、身を寄せ合い、助け合って苦難を乗り越える。
そういう寓話がこの地域には多く……それがまとめられたと思しき物語。
ネイション教の教本にも入っており、人々に広く知られています。
「お好きなのですか?」
「はい。ああ、今の議論にはあまり……」
寓話と法成立の影響、という主題でお話していましたが。
白百合は、その点からだと大いに関係があります。
…………知っていたはず、なのに。
私は無意識にその話を、避けようとしたのでしょうか。
「いえ。この伝説を基盤に作られた制度が、クリム王国にはありますよ」
「ぇ?」
例外的なものなので、通常の教育では説明などされません。
それこそ、専門の人間しか知らないことでしょう。
私はコルネ様に、かいつまんで説明しました。
家の継承相続絡みで、女性しかいなくなった場合の措置です。
その法ができるまでは断絶扱いでしたが、現在は家が維持されます。
転じて、この国では家の継承は男系男児絶対ではありません。
例外措置の範疇ではありますが、女性継承は認められているのです。
「……他の国では、聞いたことがありませんでした」
「クリムは、白百合伝説発祥とも言われていますから。その影響でしょうか」
戦で極端に男手が減ることがたびたびあるため、かもしれません。
この国は、あまり穏やかな状況にあるとは言えないのです。
特に内側には、いつも火種を抱えている。
権謀術数が蠢いているわけ、ではないのですが。
王宮が、荒れやすいのです。
……王と王太子が、正妃に手を出さぬというくらいですから。
どこか、おかしいのかもしれません。
私が少し思案していると。
膝の上からコルネ様がすっと降り、隣の席に座り直されました。
私は単に人が来たのだと、思ったのですが……訪れたのは。
「スカー? だったか」
巻き髪、細身の……王太子殿下。
私は座したまま、少し頭を下げました。
顔を上げると、我が夫たるサフィード様は不機嫌を隠そうともしない有様でしたが。
それはこちらも、同じこと。無礼は承知の対応です。
一つ。私の名前を覚えていない。
二つ。彼は礼をとっていない。明らかに不躾です。
三つ。この男は――――お義母さまを無視した。
私が礼を尽くす必要性は、どこにもありません。
少々、冷たく見えるだろう笑顔を浮かべ、彼を見返していると。
「サフィード、何かご用件が?」
コルネ様が、口を挟んでくださった。
…………今、舌打ちしましたねこの夫。
「これはこれは、コルネ様。ご機嫌麗しゅう」
しかもわざとらしく、大仰に一礼した。
……目上に対して、手を胸に当てていない。侮っている。
その上、名前で呼んだ。非礼だ。相手は王妃。敬称か、義母と呼ばなければならない。
…………私、こめかみに青筋立っているかもしれません。
「用件というかまぁ、ご様子をうかがいに」
彼は私とコルネ様を交互に、無遠慮に見た。
「スカーレットにはよくしただいております。何も――――」
「そこですよ! コルネ様。夫を差し置いて、女と仲睦まじく過ごすなど!」
また。
目上の発言を遮った上、この言いよう。
どういうことだ、サフィード。
「ですが陛下はっ」
「とにかく! 忠告はさせていただきますよ」
彼は肩を竦めると、東屋の入り口へ向かう。
「サフィード!」
「それもです、コルネ様」
そして一度だけ振り返り。
「あなたは、私の、母では、ない。
気安くしないでいただきたい」
噛んで含めるように、言い残した。
気づいたらコルネ様が、私のすぐそばにいて。
私の手を、掴んでいた。
……そうされなければ激昂し、立って彼を罵っていたでしょう。
痛ましそうな彼女のお顔を見て、私の怒りは霧散しました。
「おぉぉ、サフィード」
「父上! こちらから伺いましたのに」
東屋の外から、声が聴こえる。
私は無意識に、コルネ様の手を握り返し、抑えました。
飛び出そうとした彼女は思いとどまり、私の方を鋭く見ています。
私は静かに、首を振りました。
先ほどの……コルネ様とサフィードのやりとりが、少々気になる。
おや? 陛下がこちらを、指さしているのが見えます。なんでしょう。
「……息子よ、あの女どもは誰だ?」
「――――ッ!」
……とんでもない発言を、聞いてしまいました。
コルネ様も、息を呑んでいらっしゃる。
いや、この様子はおそらく……何かご存知なのですね。
「父上、こちらへ」
サフィードは慌てた様子で、陛下の肩を押して歩み去って行った。
……私は耳がいい方でして。彼が陛下にした耳打ちの内容が、聴こえていました。
「あれはただの宮廷雀です」、と。
自分たちの妻を。
どこの者とも知れぬ、貴族の夫人だとのたまったのだ。
怒りのあまり。
奥の歯を、かみ砕きそうになりました。
◇ ◇ ◇
「……眠れませんか、スカーレット」
夜。
私は義母の、腕の中にいました。
ベッドの中、横に向かい合って抱き合う格好です。
寝床に入って早々、なぜか抱きしめられました。
……意外と起伏がおありになる。
そっと、小さな手が私の後ろ頭を撫でました。
髪を、上から下へ。ゆっくり、何度も。
「……忘れましょう」
「そんな! ではお義母さまは!」
私は以前、コルネ様と陛下が一緒のところを何度も見ています。
仲睦まじいご様子でした。
後妻に選ばれたことに、納得するくらいには。
そも私だって、陛下にはずいぶん目をかけていただいていたのです。
あの方が私を覚えていないはずなど、ない。
何か、ある。
「いいのです。婚姻してから陛下は、ずっとあのご様子で」
強張り憤る私を、コルネ様が言葉で優しく諫め。
その手で撫で、心を沈めていく。
しかし冷静になっても、驚きが収まりません。
……なんということでしょう。
お二人がご結婚なされたころから、ということは。
私がサフィードとの婚姻に向けて、忙しくなった時期です。
以降は政務を引継がせて遠ざかっていたので、陛下と差向う機会がありませんでした。
今は妃となったので、行政に関わることはありません。
そのため、陛下と接触したのは……一年ぶりくらいでした。
この間に、意識がまだらになられたのでしょうか? だが陛下はまだ、そこまでご高齢ではない。
「ご寵愛をいただけないのは、元よりわかっていましたから」
ゆっくり続いたコルネ様のお言葉に。
私の驚きは、もはや限界まで瞳孔を開かせていました。
「それは、どう、いう」
「ごめんなさいスカーレット。実はサフィードの次が決まっているのです」
コルネ様の寂しげな声に、私はなぜか急に頭が回りだしました。
そして理解してしまった。
亡くなられた王妃様の末のお子で、サフィードから見ると弟にあたる王子がいらっしゃいます。
彼が次代の王だと、まことしやかに言われているのです。
そしてそれは……内定している、と。言ってしまえば、サフィードはそこまでの繋ぎ。
私やコルネ様が子を設けると、一度決まった話が蒸し返され……揉めることになるということです。
「お義母さまは、悪くありません。そういうこと、なのですね」
それだけではない。
私にしろコルネ様にしろ、単純な影響力が大きいのです。
私は長く宮中にいたせいで、男女問わず味方が多い。その気はないが、勢力を築いています。
コルネ様は、市井から人気が高い。
時折、ともに視察に回ることがありますが……人々から、とても慕われておられます。
ネイション教助祭として、積み上げたものがあるからでしょう。
この結婚は。
敷かれた道筋を崩しかねない女を、封殺するためのもの。
だからこその、白い結婚。
だからこその、この仕打ち。
(…………いや、おかしい)
ひとつ、欠片が埋まらない。
彼が、それで飲み込むはずが。
自身に利益がある? どのような?
「もう良いのです、スカーレット」
耳元で囁くコルネ様のお声に、意識が引き戻され……一瞬気が遠くなりました。
心地よすぎて、昇天するところでした。
しかし、流されるわけにはいきません。
「ですが」
「私は、あなたがこうして、いてくれるなら」
――――それでいい。
頭に回った彼女の手に、力がこもり。
私は柔らかな胸元に、押し付けられました。
そう言ってくださるのは、嬉しい……ですが、納得がいきません。
…………あのご様子。陛下はいずれ、お隠れになるかもしれない。
そうなったとき、サフィードが王に、私が王妃になり。
この方は。私のおかあさまは。
「いけません。我々が何かすれば、陛下だけでなく」
コルネ様に、釘を刺されました。
この話は、思ったより大きい、ということでしょう。
サフィードや、他の者たちにもきっと関わる。
ならば。
――――私の覚悟は、決まりました。
力を入れ、身を離し、顔を上げます。
間近に見える、コルネ様の愛らしくも美しいお顔。
彼女の瞳が揺れ、眉が下がり、首が弱弱しく振られる。
「私がお傍にいれば、よいのですね?」
その言葉は、予測の外だったのか。
コルネ様の青い瞳が、大きく見開かれました。
「お嫌だったら、跳ねのけてください」
私は目を閉じ。
顔を少し傾けて。
彼女との最後の距離を、縮める。
彼女の、小さくも厚みのある唇も。
私の、薄い口元も。
乾いた、感触で。
私は自分の唇を、少し湿らせ。
その水気を塗り込むように……もう一度、彼女に重ねた。
撫でるように、ついばんで。
互いの唇と、吐息と、瞳が濡れて。
「いやな、わけが、ありません」
彼女のささやきに。
その滑りが揮発しそうなほど、すべてが熱をもった。
あなたが、白百合を誓ってくださるのならば。
私もまた、いつまでもおそばにいると誓いましょう。
愛しい、私の……小さなおかあさま。
◇ ◇ ◇
過ぎて見れば、あっという間のことでした。
貴族が結託し。
民が怒れば。
王族など、簡単に首を括られるのです。
「……大丈夫ですか、おかあさま」
「ええ、スカーレット」
そうは言ってもコルネ様は、少し顔が青い。
悪趣味だとはわかっているのですが、関係者として必要なことゆえ。
我々も、その顛末の見物に来ていました。
広場の檀上で吊るされたサフィードは、かなり悶え苦しんでいましたが。
ようやく、静かになりました。
「いきましょう、スカーレット」
「はい」
手をとり、繋ぎ。
人混みの中をすり抜け、王城へ裏から入り。
よく訪れていた庭園の、東屋を目指します。
あの誓いの夜から、数か月。
調べてみると、我々のような「白い結婚」は王国で横行していました。
加えてその影で……不貞のあっせんがなされていました。
なんとその主犯は、私の実家。ベル公爵家です。
長い年月続いていた、ある種の因習らしく。
父はそれを引き継いだだけのようでしたが……自身も利益を甘受していたので。
実母と二人で追い詰め、今回の国家転覆の立役者にさせました。
風聞を国中にばらまいた上で、保身に走る貴族を抱きこんで結束させ。
焚き付けて、サフィードに向かわせました。
穏便に片づけても、よかったのですが。
実の父に薬を盛って、自身の在位期間を長くしようと画策し。
その間に弟を始末しようと目論んでいた男など、必要ありませんので。
陛下は……時すでに遅く。
その御心は、亡くなられた先の王妃様との思い出に埋没されてしまわれたので。
コルネ様は正式に、離縁なさいました。
「……ふふ」
隣を歩くそのコルネ様が、何やら嬉しそうです。
つないだ私の左手。その薬指の金属を、指でそっと撫でています。
彼女の空いた左手にされているものと、同じ指輪。少し前に、そろって取り替えました。
どさくさに紛れて、白百合制度を少し推し進め……婚姻法と統合しただけなのですが。
お喜びいただけたようです。
「わざわざすみません、スカーレット」
庭園にまで辿り着き、コルネ様が私を労いました。
言うほどのことは、していないはずですし。
あなたとなら、どこへでも行くのですが。
「いえ、おかあさま」
「もう義母ではありませんよ」
本当に楽しそうに、コルネ様がころころとお笑いになる。
……いえ、ちょっと笑いすぎでは。
ほっとしたとき。癖で、つい出てしまうのです。
「それで、お話とは」
長椅子に腰かけ、恥ずかしいので本題を促すと。
彼女は自然に私の膝に乗って、背を預けて来ました。
コルネ様の胸の少し下あたりに手を回し、お体を支えます。
「……スカーレット。私は、かわいいですか?」
「はい? ええ。とても」
「そう」
……なんでしょう、今の問いは。
何かとても、深くお悩みのように見えます。
「演じている、というほどではないのですが。
わかっていて、そう振舞っているのです。
陛下にも、そう見えるようにしました」
国王陛下に取り入った、ということでしょうか。
……ですが、何のため?
当時のコルネ様は、ネイション教の助祭。
王妃になってから、何か大きなことをなさったわけでもなく。
目的が、見えません。
……いえ、強いて言うなら今回、国をひっくり返しましたが。
しかし今一つ、繋がらない。
「私がほんの子どもの頃、この庭園に迷い込んだことがあるのです」
コルネ様の始めたお話が要領を得ず、私はそのまま聞きました。
「本を静かに読む……綺麗な人に逢いました。
丁寧に、私を家まで送り届けてくださって」
「それは、もしや」
思い出し、ました。いえ、覚えては、いる話です。
ただ今の今までその子が……コルネ様と繋がらなかっただけで。
失礼ながらその時は、男の子にしか見えませんでしたから。
不意にそこから、連鎖的に話が見えてきました。
「ではまさか」
つまり、陛下に取り入ったのは。
知っていながら、白い結婚に甘んじたのは。
すべて、最初から。
彼女がそっと、私の左手に。
自身の左手を、重ねました。
陽光を受けて輝く銀の指輪が、二つ。
「やっと手に入れました――――私の白百合」
「白百合」の物語には、二つの源流がある。
うち一つは、この地域に伝わる数々の寓話。
もう一つは、この国が共和制に移行した頃の、話。
それは、二度国母となった小柄な女の伝説。
彼女は愛らしく振る舞いながらも、聡く。
長く議会の長を務めた伴侶を、影から支えたという。




