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ダブり集

俺は副署長 杉下左京の心意気

作者: 神村 律子

 俺は杉下左京。


 G県M署の副署長に収まり、すっかりのんべんだらりとした生活になっていた。


 かつて愛した女、神戸蘭が警視庁の特捜班復帰を持ちかけてくれたのに、俺はそれを辞退した。


 それもこれも、あの御徒町(おかちまち)樹里(じゅり)のためだった。


 俺は昔のように正義感に燃える事もなく、不正に対して怒りを爆発させる事もない。


 若い頃の俺が今の俺を見たら、多分唾を吐きかけているだろう。


 こんな事を考えているのは、決して評価欄で「ダメな人」と書かれたからではない。


 このままではいけないと自分で思ったからなのだ。


 俺は蘭に連絡を取った。


「あの時の話なんだけど」


 俺は恥を忍んで蘭にもう一度警視庁で頑張りたいと告げた。


 しかし。


「ああ、その事なんだけど、貴方が辞退したので、その足で亀島君を説得しに行って、復職してもらったから」


 死ぬより辛い現実を突きつけられた。


 あのミスター無能が復帰したというのだ。


 俺はまたしても安全な道を進もうとしていた事に気づかされた。


 間違っていたのだ。


 人が用意したレールを走るのは、杉下左京の流儀に反する。


 俺は俺のやり方で生きる。


 副署長なんて関係ない。


 現場第一。何よりも現場だ。


 俺は官僚主義の署長に願い出て、捜査の陣頭指揮を執れるようにしてもらった。


 あの署長がよく了承してくれたものだ。


 何かあるのかも知れない。


 俺は常に背後に気を配りながら、署内を歩いた。




 そんな決断をした数日後。


 M署管内で、殺人事件が起こった。


 俺は早速副署長権限で、捜査班を編成し、指揮を執った。


 犯人は多数の目撃者がいたため、すぐに特定できた。


 そして捜査班の中から選りすぐったメンバーを選び出し、犯人の元へと向かった。


 犯人は俺達の動きを察知し、逃走。


 隣のT市に逃げ、ある富豪の屋敷に立て籠ってしまった。


「まさか……」


 俺はその富豪の屋敷の表札を見て唖然とした。


「田町耕造」


 それは、俺の最愛の女、御徒町樹里が住み込みで働いている家だったのだ。


 しかも、あろう事か、犯人はサバイバルナイフで樹里を脅し、人質にしてしまった。


 田町氏とその一人息子の栄一は、涙を流しながら、


「彼女を助けて下さい」


と俺に懇願した。


 相変わらず、男共を虜にしてやがる。さすが、俺の愛した女だぜ。


 俺は嬉しかったが、そんな感情は押し殺した。


 最優先すべきは人質の命。


「彼女の妹達はどうしました?」


「わかりません。逃げ出した時、樹里ちゃんとは一緒にいませんでした」


 栄一が答えた。


「何て事だ……」


 あの幼い妹達は、まだ屋敷の中なのだ。


 場合によっては、容疑者の標的になってしまう。


 俺は一計を案じ、夜を待つ事にした。




 そして夜になった。


 俺達は夜陰に紛れて屋敷に突入し、犯人を確保する事を計画した。


 突入部隊は皆息をひそめて屋敷の庭を進む。


 時折、


「キャーッ!」


と叫び声が聞こえる。


 思わず焦りかける。しかし、人の命がかかっているのだ。


 何としても無事に助け出さなければならない。


「イヤーッ!」


 まただ。あの声は妹達か? まさか、見つかってしまったのか?


 俺は計画を変更し、突入開始を早める事にした。


 幼い子達はそれほど逃げ回る事はできない。


「突入!」


 俺達は裏口のドアを蹴破り、屋敷の中に入った。


「キャーッ!」


「イヤーッ!」


 また声が聞こえる。どっちだ?


 俺はその叫び声を頼りに、部隊を率いて屋敷の廊下を走った。


「ダメです!」


 あっ。今のは樹里か? まずい、犯人め、妹達を追いかけるのをやめて、樹里を!


 気がついた時は、俺は先行していた。


 頭より早く身体が反応する。


 かつて「動物的勘」と評された俺の研ぎ澄まされた感覚が甦った。


「樹里ーっ!」


 俺は声のした方へと全力疾走した。


「あの向こうか?」


 俺は長い廊下の果てにある部屋の扉に気づいた。


 明かりがわずかに漏れている。


「樹里ーっ!」


 俺は状況判断をせずにその部屋に飛び込んだ。


「杉下さん」


 そこには仲良く七並べをする御徒町姉妹がいた。


「……」


 全身から闘争本能がまるで水蒸気のように消えてなくなった。


 俺はホッとすると同時に、


「おい、犯人はどこだ?」


「犯人さんですか? キッチンですよ。ワインをお召しです」


 樹里はキョトンとした顔で俺に言った。


「ワインだと?」


 俺達はキッチンに走った。


 犯人はキッチンのテーブルの上に大の字になって眠っていた。


 ワインは一口くらいしか飲まれておらず、酔い潰れたにしては妙な状態だった。


「どういう事だ?」


 俺には全く意味が理解できなかった。


 何はともあれ、犯人は確保でき、人質は無事救出できた。


 俺は任務完了を署長に報告し、署に戻った。




 後でわかった事なのだが、田町氏は何故か大量の睡眠薬を購入しており、それをワインに混ぜていたようだ。


 何を考えていたのか、大方の予想はつくのだが、樹里が無事だったので何も言わなかった。


「そこは危険だろう。また俺のところに戻って来い。お前達を食わせるくらいの稼ぎはある」


 俺は樹里に連絡し、そう告げた。




 そして。


 ある日、勤務を終え、寮に戻った俺を、樹里達が迎えてくれた。


 そして俺は改めて樹里にプロポーズした。


 樹里は頬を染めて頷いてくれた。




 それからしばらく後。


 俺と樹里と妹と、そして彼女達の母親は、仲良く一緒に暮らしていた。




「杉下さん」


「左京」


 集中治療室の外で、亀島馨と神戸蘭が祈るように座っていた。


 治療室で器具だらけになっているのは俺だ。


 あれ? 何で俺があんなところにいるんだ? ここにいる俺は何だ?


 ああ。思い出した。俺は田町邸に突入し、犯人と格闘して、サバイバルナイフを腹に刺されたんだ。


 で、意識を失った。


 そうか。俺は死ぬのか。そうだよな。この作者は登場人物の幸せが一番嫌いだった。


 俺が樹里と結婚できるはずがない。


 そう思うと泣けて来た。


 その時だった。


「杉下さん!」


 樹里と妹達と母親までもが姿を現した。


 これはますます俺が死ぬパターンだ。もうダメなんだな。


 何て最期だ。でも、樹里達が無事で良かった。


 本当に良かった。


 あれ? 俺泣いてるのか? 畜生、なんで泣いてるんだよ!?


 樹里達は医師の止めるのも振り切り、治療室に入って来た。


「杉下さん、目を開けて下さい」


「杉ちゃん!」


 妹達も叫んだ。


「左京ちゃん。このまま終わったら、人生つまらないよ」


 一度も会った事がないが、ありがとう、お母さん。


「杉下さん!」

 

 樹里が俺の手を握った。それを端で見ているはずなのに、俺はその手の感触を感じていた。


「何だ?」


 次の瞬間、俺はベッドの中から樹里達を見ていた。


「杉下さん!」


 樹里が涙声で俺に呼びかけた。


「聞こえてるよ。そんな大声出すな……」


 俺は力なく微笑み、樹里を見た。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一度読んだにも拘わらず急展開にドキドキしながら読みました。 やっぱり七並べシーンにはウケてしまいます。 左京心配です>< 次作も楽しみにしています。
2011/07/16 17:21 退会済み
管理
[一言] アレ、何かまともな人に戻った(笑) それにしても、登場人物が幸せになるのを許さない作者って……さすがはホラーの神村センセ、御見それいたしやした。 しかしこの作品で最も気になったのは、悲鳴が上…
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