2話 金属音
「よっし、上りきった。って……。あぁっ! まだ地上じゃないの? もう、いつまで歩き続ければいいのよ! もうおなかも空いたし、足も痛いし・・…。まぁこれのおかげでモンスターが出てこないのは助かるけど。というかここは何階層なのよ?」
歩き始めて数時間が経った頃。
今までの人生でこんなに長い時間歩き続けたことがなかったからなのかしら、足はもう限界といわんばかりに痙攣を始め、じんわりと痛む。
遭遇したモンスターがスライムということはそこまで深い階層ではないはずだけれど、階段を見つけて上りきった回数はこれで5回。
そろそろ地上に出てもおかしくないはずよね。
「限界、かも――」
「はっ、はっ、はっ……。さ、最悪だ! なんでよりによって俺の番に……。あ、やった次の階層への階段! あれでここから抜け出せる!」
その場に座り込んでしまおうとすると、正面から中肉中背の男性探索者が凄まじい勢いで駆けているのが見えた。
その焦り方は尋常ではなく、まるで何かに追われているような……。
「人? もしかして俺が階段に入ったタイミングとダブって……。悪いな、姉ちゃん! あんたも急いで――」
「危ない!」
一瞬気が緩んだその男性をあざ笑うかのように、天井から大量のスライムが落ち、私の後ろにある階段の入口を塞いだ。
それだけならまだしも、男性の真上からも大量のスライムが落ち、あっという間にその半身は飲まれ始めた。
「く、くそ!! こんな雑魚どもに……。あんなの相手にしてなけりゃあ俺の自慢の魔法が使えたってのに! 離れろ! 離れろよぉぉおおおぉおお!!」
身体をよじり、腕を振り回して必死に抵抗する男性。
スライムの群れ中にはその攻撃を受けることで消滅はするものもいるが、だからと言って他のスライムたちは男性を飲み込むことを止めようとはしない。
よく見ると、男性の服は溶け、すでにその皮膚は赤く変色を始めている。
このままだと男性は死ぬわね……。
「でも、私戦ったことなんてないわよ。『毒の身体』があるといっても絶対じゃないかもしれない。そ、それに、あんな男の1人……。これまで同じ貴族を陥れてきた私にとって、一般人を見殺しにするくらいなんてことは――」
「ぐ、あ! た、たすけ、助けてくれ! 嫌だ……。死ぬのは嫌だ! 同じ探索者だろ! 頼む、頼む……これも全部俺のせいって分かってる、でも、でも、それでも……助けて、くれ」
「……。同じ……。私はもうあなたと同じ一般人。でも、だからって……。私は聖人じゃない。それどころか――」
「は、ぁ! 痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛――」
「あーもう! この分の見返りはちゃんといただきますからね!」
今までは考えられないような行動。
一般人1人のために自分を危険に晒すだなんて……。元悪役令嬢の名が泣くわね。
「あなたたち! その人から離れなさい!」
痛みで絶叫する男性を助けるべく、私は痛む足で全力疾走。
スライムに飲まれる男性の手を急いで掴んだ。
でも、男性が重いのか、それともスライムの吸引力が強いのか、まったく引っ張り出せない。
それどころか私の周りにまでスライムが近寄ってきて……。
「もう! なんでこんなことに! ……そうだ、これ」
最悪の状況。
窮地に立たされた私は、一か八かアノア様に頂いた石を取り出した。
「石? 確かにすごい魔力を内包しているようだが……。もうそんな威嚇でどうにかできる段階じゃ――」
「えい!」
「な、投げた!?」
強く握りしめたことで不思議と石に熱が籠った気がした。
やっぱり……。モンスターを近づけられないようにするほどの石なんだもの、きっと私が必死に戦うよりもダメージを負わせられるなにかが――
ドンッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!
「え?」
「は、はは……こりゃあすげえ」
石は男性を飲み込もうとするスライムの群れにぶつけると、爆発。
その大半が一瞬にして爆散し、その威力におびえた生き残りのスライムたちはその場からそそくさと離れていった。
何が引き金になって石が爆発を起こしたのかは分からないけど、とにかく助かっ――
キィン、キィン……。
「金属、音?」
「もう、やつがきたか……。早く、逃げないと――。くっ!」
「駄目よ! そんな身体で動いたら傷が悪化するわ!」
「悪化するくらい構わない! それで命が助かるなら――」
キィン。
「何なの、あれ?」
「……最悪だ。折角逃げる活路が見いだせたと思ったのに……」
私たちと一定の距離を取り、様子を見ていたスライムたちが道を開けた。
その光景はまるで街を練り歩く王に跪く市民たち。
金属の音の主。
銀色のスライムは私たちの前に姿を現すと、その身体を溶かして足元まで伸ばしてきた。
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