使われなかったランドセル
リハビリです。
久し振りに戻って来た街。
アメリカに出向が決まり、家を飛び出したのが8年前だから、それ以来になる。
気づけば私も36歳、あのまま日本に留まる選択をしていたなら、きっと良き妻、良き母親を続けていただろう。
「...何を考えているんだか」
未練がましい事。
私が選んだ人生、この選択に絶対後悔しないと誓った。
それなのに、ここ数年思い出すのは日本に残して来た旦那と、当時三歳だった娘の面影。
親兄弟、家族や友人の反対を押し切ってまで、夢を叶えた事は後悔して無い筈なのに...
「さて...行こうか」
覚悟を決め、目的のホテルへと向かう。
そこには私の親友、阿久津小百合が待っている。
彼女は最後まで私のアメリカ行きに反対していた。
『家族は掛け替えの無い宝物よ?』
そう言う小百合に、
『それならアンタにあげる』
煩わしくなり、吐き捨てた。
まさか二年後、本当に元旦那と結婚してしまうなんて。
「久し振りね」
「本当に」
約束の時間ちょうどに小百合は現れた、手には大きなバッグを抱えている、仕事の資料かもしれない。
相変わらず綺麗な小百合、私と同い歳の筈だが、とてもそう見えない、子供を三人も産んだ筈なのに。
「急に何の用かしら?」
運ばれて来たコーヒーを一口飲み、少し煩わしそうに聞く小百合。
本当は私と会いたくなかったのだろうが、必死で伝を頼り呼び出したのだ。
「龍斗さんと美里の事なんだけど...」
「捨てたんでしょ?今更何を聞くつもり?」
「...う」
元旦那と娘の事を聞こうにも、冷淡な小百合の返答に言葉が続かない。
小百合の言ってる事は間違ってないが、私にだって言い分はある。
「仕方なかったのよ、そうしないと幸せになれなかった」
「幸せ?
家族を捨ててまで縋り付く価値があった?」
「それは...」
小百合は昔から仕事に忙しい私に代わり、娘の世話をしてくれていた。
「何が夢の為よ、アメリカに着くなり一緒に行った男と再婚した癖に」
「ち...違う」
再婚なんかしてない、その人は単なるパートナー、すぐ別れたんだ。
「何を言っても無駄、言い訳にもならない」
「...そんな」
項垂れると小百合は鞄から荷物を取り出した。
「なんでこれを?」
新品のランドセル、五年前私が娘の入学祝いに贈った...
「家族にお祝いを贈れるのは家族だけの特権、貴女にその資格は無い」
「なんですって?」
「その意味を噛み締めなさい」
出ていく小百合。
全く使われた様子のないランドセルに涙が止まらなかった。
補足
女、五十嵐紀美。
外資系に勤めていた9年前、ヘッドハンティングされて来た男に惹かれ、家族を捨てアメリカに戻る男と同行する。
不倫を疑われたが判明せず、財産分与のみで離婚成立。
子供の養育費を一括で支払い、親権を放棄し面会も断り、晴れて自由に!
渡米後、僅か一年で男に捨てられ、頼りの仕事も任されず敢えなく帰国。
元の職場で閑職に回され、五年前に自主退社。
現在は派遣で食い繋いでいる。
小百合、山内(旧姓阿久津)小百合。
女の幼馴染みで元親友。
元々は保母だったが、身体を壊し退職。
療養が終わり、仕事を探している時に紀美から娘の育児を頼まれる。
で、紀美が出ていき、そのまま妻と母の座に。
旦那に元々好意があったのか謎。
現在、家族仲が良いのは近所でも有名。
『幸せ!』が口癖。
旦那 山内龍斗。
嫁(紀美)に逃げられ途方に暮れる間もなく、育児に追われる。
助けてくれた小百合と再婚。
もやっとするが、幸せ者。
因みに見栄えと稼ぎは良い。
娘 山内美里。
本来なら母に捨てられ、継母と暮らす展開は苦痛の王道。
しかし、元々産みの母である紀美の記憶が殆ど無い、寧ろ小百合を本当の母と慕っている。
因みに再婚後、子供を作るように言った張本人。
弟妹達の仲も良く、日本一のお姉ちゃん目指し日々奮闘中。
紀美については、
『そんな人知らない、別に会いたくも無い』
本当にそう思っている。
紀美の両親
娘の不始末に絶縁したが、心労で一時老け込む。
更にランドセルを一方的に送り付けられた可哀想な人。
処分を考えたが、音信不通の娘に若干の哀れみを感じ、保管していた。
現在は孫が頻繁に訪ねて来るので、すっかり傷が癒えた。
血の繋がりが無い孫まで可愛がる、激孫ラブ爺婆。
小百合から、ランドセルをとの連絡に、喜んで差し出した。
因みに紀美の安否は確認しなかった。
アメリカへ同行した男。
ヘッドハンティングで紀美の会社にやって来た男。
一方的に紀美から惚れられ、アメリカまで付いて来られた。
直ぐにまた他社からヘッドハンティングされる。
で、紀美はポイ。
悪い奴だが、紀美が離婚するまで迂遠に口説いたが、決してセックスはしなかった。




