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第11話

 紫音しおんの実家が経営している喫茶店は、我が家と最寄り駅を挟んだ反対側。

 改札を出て歩いて7・8分程度の場所に位置している。


 大通りではなく小路を入ったところにあり、地元の人間でもなかなか気づかない。

 外観は昔ながらの喫茶店・個人経営ですと言わんばかりの住居も兼ねた店舗。

 昭和レトロ調な内装が人気のようで、10~15坪の店内は平日の昼時になるとあっという間に満席になるという。


 店に到着し、俺の顔を見た途端、薄っすら営業スマイルを浮かべていた紫音の顔が、見慣れたクールという名の不愛想な表情に変わった。

 客とはいえ、あんな猫を被った紫音に接客されるのはくすぐったく感じるので、これくらいの態度が丁度いい。


「......その人が晴人はるとのお母さん?」


 紫音は様子を窺う眼差しをセレンさんに向ける。


「初めまして、セレン・ヘスティアーナ......いえ、幸村ゆきむらセレンと申します。息子がいつも大変お世話になっております」


 名乗り慣れていないのか、つい旧姓で自己紹介して言い直す。


「いえ、こちらこそ晴人君にはいつも大変お世話になっております......坂崎紫音さかざきしおんです」


 目の前で行われている母親と同級生のお世話になっております合戦に苦笑する。

 カウンター内の紫音のおじさんも俺達に向かってぺこりとお辞儀をし、そのまま何事もなかったかのように黙々と作業を続けた。

 ホント、それだけで血の繋りを感じる親子だ。

 

「晴人はカレーね」

「勝手に俺の注文決めるなよ......まぁ、合ってるけど。あとおじさんに量はそんなに多くなくていいからって伝えてくれ」

「ん」


 席に案内するなり、紫音は俺の思考を先読みした。

 中学の頃、ここによく遊びにきていたのでだいたいの食の好みはこいつにバレバレだ。


 セレンさんはテーブル脇に備えられたメニュー表を手に取って早速目を通している。

 金色の瞳は様々な料理の写真によって輝き、釘付けになっていた。

 迷いながら少しの間メニューを見て「これにします」と、喫茶店の定番『ナポリタン』を指を差す。


 俺はカウンター付近で暇を持て余している紫音を呼び出し注文した。

 店内の客は俺とセレンさんを含めてたった4名。

 サラリーマンやOLを相手に商売をしているからか、平日に比べて空席が目立ち、BGMのジャズが静けさの邪魔にならない気持ちの良い音量で流れている。 

 もちろんそれを狙ってやってきたのもあるが。

 騒がしい場所で食べるより、こうして雰囲気を存分に味わえるお店の方がセレンさんも喜ぶだろう。


「......紫音さん、大人しくて可愛らしい子ですね」


 料理が出て来るのを待っていると、セレンさんが顔を近づけて小声で話しかけてきた。

 喫茶店の食欲をそそる匂いの中に突如、セレンさんの香りが鼻腔に流れ鼓動が一気に高まる。


「晴人さんはあのような女性が好みのタイプなのでしょうか?」

「紫音はそういうのじゃなくて。ただの腐れ縁同級生というかクラスメイトで......」

「冗談です。思春期の息子をちょっとからかっただけですので」


 言葉選びに悩んでいる俺にセレンさんはクスリと笑った。


 完全に母親にもてあそばれているな......。


 俺にとって紫音は一番仲の良い異性の友達ではあるが、なんというか例えるなら猫。

 気まぐれで愛想はない、だけど肝心な時は傍に寄り添って話しを聞いてくれるような..

....良い奴なんだよな......ってあれ? 紫音どこ行った?

 横目でチラとカウンター周りを見ても姿はない。


「お待たせしました。ご注文のナポリタンと特製カレーライス大盛りになります」


 気配を感じさせず、得意のステルス性能を発揮させて紫音は出来上がった料理を目前に運んできた。

 思わず驚いて数ミリ身体が浮いてしまって恥ずかしい。


 セレンさんの前には極一般的なサイズのナポリタン。

 俺の前には通常盛りとは全く言えない巨大なドーム型カレーライス。


「これが本場日本の喫茶店のナポリタン.........ケチャップの酸味の匂いがたまりません」


 初めてのナポリタンを目にし、セレンさんは鼻を鳴らして感動を全身で露わにする。

 一方こちらはというと。


「あの紫音さん.........カレーの方、サイズ間違えてない?」

「当店ではコレが通常サイズです。もしも残した場合は大盛りの料金を支払っていただきますので」


 それもう大盛りと認めてますよー!


 細い目を更に細め、鋭く睨みつけるよう視線を何故か俺にぶつける。

 そして背を向け、エプロンを外し私服姿の紫音が再びオムライス片手にやってきて。


「......セレンさん、私も席、ご一緒してもいいでしょうか?」

「もちろんです。ご飯は大人数で食べた方が美味しいですから」


 突然の申し出に快く了承してしまうセレンさん。


 かくしてここに、ご機嫌の継母と、ご機嫌斜めの異性の同級生と相席で昼食を取るルートが生まれた。

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