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未定 三章  作者: @初
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未定




三章Eine wichtige Person.




1Abschied.




 明王寺の家にお世話になってもう十日。

光も祐太も明王寺家にこれ以上は迷惑をかけられない、そう感じ始めていた。

「そろそろ、私は帰るよ」

そう祐太が切り出した。それはいつもの朝食の席でのことだった。

十日全て違う料理が出される、早苗さんのおいしいご飯ももう頂けなくなる。

「……帰るって、会社にですか?」

いつになっても反応しない光を見かねて、明王寺が答えた。

「あぁ、そうだよ」

「それじゃぁ光はどうするんですか」

「私たちはここにお世話になる前の生活に戻る。それだけだ」

祐太は何の感情も込めることなく淡々と言葉を並べる。

「そんな! 何のためにかくまっていると思っているんですか! それもこんな急に」

立ちあがって声を荒げる明王寺。

確かに急な発言だった。でも光には感じていた。覚悟もできていた。そして二人で確かめ合った。

言葉にはしていないけれど、お互い一緒にいることを存分に楽しんだ。

本当はどんなに一緒にいても満たされることはないのだけれど、今二人の立場を考えたら十分だった。

この話を切り出すのは会社を黙って出てきた祐太のタイミングだったから、光からは何も言わなかったのだ。

そうしていればいつか祐太が切り出すだろう、そんな簡単な答えは既に出ていた。

「祐太さん!」

かくまってくれいているからか、明王寺は自分のことのように怒っている。

「食事中です」

光が冷静に正すと、一瞬静かになった。

「……光はそれでいいの?」

悲しげな顔で聞いてくる。

いいのかと問われたらそれは否。本当は離れたくない。服を引っ張ってでも引き留めたい。でも知っていた。この日が来ることを知っていたんだ。だから自然と受け入れられる。受け入れなければならない。

「また泣いてしまうかもしれない。智一に迷惑を、心配をかけてしまうかもしれない。だけど私たちはこのままではいけないの。立ち止まってはいけないの。私たちにはそれぞれの未来があるから」

そう、過去に縛られたまま人生を送るなんてナンセンスだ。

「婚約者なら説得すれば」

「ありがとう。でも、そんな簡単な話じゃないのよ。私たちは」

婚約者くらいの話だったら乗り込みにでもいけるだろう。でも光と祐太は結ばれてはいけない運命。違う、決して結ばれることのない運命なのだ。

「本当に世話になったな。明日には出ることにするよ。夜にはご両親に挨拶を――」

「そんなの……本当に好きだったんなら駆け落ちでもすればいいじゃないですか!」

頭に血が上っているのか、全く人の話が聞こえていない様子だ。

駆け落ち。もちろん考えたことはあった。でもそれは昔の話し。そしてそれは宇宙に生身で行くくらい無謀な事で、二人は断念したのだ。

そして今回それを考えなかったのは、きっと二人が大人になったから。逃げるのではなく、前へ進むことを二人は望んだからだ。

「いいかい、祐太。真っ直ぐなのはすごく大切なことだ。でもそれだけでは上手くいかない事もある。経営も同じだよ。覚えておきなさい」

「では祐太さんは婚約者と素直に結婚するという事ですか」

「さぁ……まだわからないなぁ。それはこれから考えることだと思っているのだけどね」

そんな曖昧な答えで明王寺が納得するはずがなかった。その証拠に、ナイフを持つ手が震えている。

「今私は光の事でいっぱいだ。婚約者のことなんて、いつでも解決できるのだよ」

そう微笑んだ顔に光は少し憎しみを覚えた。

「私たちは成長したの。お互いの幸せを考えられるようになったのよ」

「好きな人が欠けていては幸せじゃない」

明王寺の低いトーンが怒りの絶頂を表していた。

「そうね。でも祐太は私の心の中にいるわ。そして思い出も。それはこれから更新されないけれど、とても、とても大切な人生の糧になるのよ」

こんなにも冷静になれるなんて。光は自分でもびっくりするほど落ち着いている。でもこれは得意の偽装だ。本当は泣きたい。それでも光は自分の冷静さを保っている。これ程までに成長したなんて、自分を褒め称えたいものだ。それに今泣いてしまったら明王寺の怒りを促進させるだけなのだ。

そんな努力も分かってくれないようで、明王寺は少し怒った風に食堂を出て行った。

「もう」

「人生の糧か。素晴らしいことだな」

「ええ」

二人は純粋に笑い合った。




2Ich enthulle es.




 明王寺は先に家を出ていたらしく、光は一人で学校に向かった。

考えてみればスーツを着た人こと、祐太の会社の人の姿が全くなかった。祐太が失踪してから十日。何故光のところに、学校に捜索の手が伸びないのだろうか。

光は三日くらいで祐太は連れて行かれると踏んでいた。そんな光の予測を祐太の会社は裏切った。写真をすり替えたくらいで十日ももたないだろう。光たちが結ばれるなんて、そんなことは絶対許さないはずなのに。未だ光のところにスーツを着た人は現れていない。

――どうやって出てきたのか、なんて言って出てきたのか。もしかしたら、写真をすり替えたなんて嘘かもしれない。もっと裏切るような形で出てきてしまったのかもしれない。いや、どこかへ出張するとでも言って出てきたのかも。それでも私がいる日本で単独行動が許されるはずはない。あぁ、もう頭がついていかない。考えるのはよそう。そんなこと、今はどうでもいいのだから

考えない、そう自分に言い聞かせる。

学校へ行くと、真美たちが寄ってきた。

光はどこのグループにも属することなく、でも寄ってくるものも拒まない。そんな自由な生き方をしていた。と言っても、話しかけてくるのはいつものメンバーで真美グループに属するといったら、そうかもしれないが。兎にも角にも光の自由は学校くらいでしかなかった。

「おはよう」

「うん」

「どうしたの?」

少し元気がない光を見て真美は心配そうに聞いてくる。

「何でもないわよ」

今にも泣きだしそうだ。今まで堪えてきたものが溢れ出しそうだった。

「ならいいけど。聞いて、結衣に彼氏ができたの」

結衣とは剣道サークルのエース候補の子だ。

「まぁ、おめでとう。どんな人なの?」

「剣道サークルの先輩でね、私より弱くて危なっかしいんだけど。母性本能くすぐるっていうか」

「そう、お幸せにね」

危なっかしくて母性本能をくすぐる。祐太は昔そんなタイプだった。でも今は光より祐太の方がしっかりしている。会社に入るとこんなにも人を大人にするのか、と感心していまう。

「真美はいないの、そういう人」

「私は片思いの人がいるってこの前言ったじゃん」

そうだ、光が首にばんそうこうをつけていた日のことである。光に彼氏がいると疑いをかけられて、それからみんなの恋事情の話しになった。

片思い、それはきっと一弥のことだろう。

「そうだったわね、ごめんなさい」

「で、ばんそうこうの彼とは順調?」

近くにいた女の子がきらきらした顔で聞く。確か、奈津美と言っただろうか。

「まぁ、虫とは付き合ってないわよ」

あくまでもしらを切る。祐太のことは光の中だけで留めておきたい。いつどんな風に公になってしまうか分からない。その時光は立ち直れる自信がない。

「またぁ」

「じゃ、好きな人は?」

「いないわよ。今恋愛に興味ないもの」

本当にもうこりごりである。

「つまんない人生になっちゃうよ」

「あ、婚約者がいたりして」

あながち間違っていない。

「ドイツにいるけど、お互い好きな人と結婚したいわよねって話し合ったの」

両親に対しての建前上まだ婚約破棄はしていないけれど、結婚しない方向で合意している。

「もったいなーい」

「ドイツ人とのハーフなんてかわいい子供が産めそう」

外国人との結婚を羨ましがる友達。でも光にとっては日本人の方が外国人に近い。

「そうだよね、ずっとドイツにいたんだもんね」

先生が入ってきた。授業が始まり、周りが静かになる。静かになってしまうと悲しみが押し寄せてきた。友達と話すことで多少紛れていた感情が一気に押し返す。

授業中、涙がこぼれてしまったけど、幸い誰も気づいていないようだった。

祐太の前では強がって見せたけど、本当はこんなに辛いものだ。緊張がほぐれてしまうと、こんなにもあっけなく崩れてしまう自分が、情けなかった。


 お昼休み、光は一人でご飯を食べようと屋上行った。

いつも誘われているみんなには、用事があるからと断った。光は付き合いの悪い子だと思われているかもしれない。歓迎会の話だって、ずっと断ってばかりだった。ボーリングの時も、自分たちと遊ぶのが嫌なのではないかという噂も出たという。そのうち群れたがる事が嫌いなのだと思われたのか、誘われることはなくなった。

階段を上っていると、もしかしたら明王寺がいるかもしれないと思った。でもそれでも良かった。祐太のことを知っているのだし、何より明王寺といると落ち着く。何故だかは光自身もよくわからない。言葉にできない何かを持っていることには違いなかった。

それに明王寺がいれば泣かずに済むだろう。もし泣いてしまったら、やっぱりと言われかねない。だから光は絶対に強がってしまうのだ。最近は泣いてばかりだったし、そろそろ祐太の言う通り体の水分がなくなってしまう頃だった。祐太を見て、光自身ももっと強くならなくてはいけないと思った。

屋上に出ると、予想通り明王寺の姿があった。

お昼時に中庭でも食堂でも見かけないので、いつもここにいるのだろうと前々から思っていたのだ。

「お邪魔していい?」

ドアを開けた手を離さず聞く。

「あぁ」

まだ朝の怒りは治まっていないようで、不機嫌な態度だった。

光は明王寺から三〇センチ程離れた隣に座った。

「智一」

返事はない。

「ありがとう」

「何が」

「自分の事のように怒ってくれて。私の事を想ってくれたのでしょう?」

「別にそんなんじゃない」

むくれたようにそっぽ向く。

「まだ怒っているの?」

明王寺は表情を変えなかった。

――案外子供なのね

光は早苗さんのおいしいお弁当を広げる。この華やかなお弁当も、もう食べる機会はないだろう。明王寺の手元を見ると、お弁当は出ていなかった。もう食べ終わっていたのかもしれない。まずは定番、卵焼きからつつく。早苗さんの卵焼きは甘かった。光は甘い卵焼きが好きではないので、砂糖を入れないでとお願いしたら、すぐ改善された。そしてそれは砂糖入り卵焼きを上回る美味しさになったのだ。

「俺は失望したんだ」

光の問いから二分程の沈黙があって、明王寺は口を開いた。その声には怒りからか、力が入っていた。

光は聞きながら卵焼きをまた頬張る。

「祐太さんは真っ直ぐで、社長にもしっかり意見を言える人だ。上司だろうがお得意様だろうが、自分の意見を曲げることは絶対しない」

そう。祐太は信念を貫く人だった。それが間違っていると気づかぬ限り、自分の信念は絶対に曲げない。お父様に連れて行かれた時だって、最後まで光を愛し抜いた。

「それなのに、どうして自分の気持ちを曲げてしまうんだ。光の事がまだ好きなくせに」

明王寺は光の為ではなく、自分の信じていた祐太が曲がってしまったことに怒っているようだ。光は自分の為だと自惚れていたようだ。

「なんでこんなにも簡単に光を捨てられるんだ」

――私が、捨てられた……?

光は捨てられてなんかいない。光と祐太はまだしっかりとした糸で繋がっている。その糸は二人が望んだ糸ではないけれど、でも繋がっていることに間違いはない。それは捨てられたこととは違う。

「俺の知っている祐太さんなら、もっと強く抱きしめて、逃げられる環境を整えてしまうのに」

――出来ることならそうするわよ、でも私たちは成長したの

「どうして光をずっと抱きしめてあげないんだ」

――やめて……

「どうして光を手放してしまうんだ」

――そんな悲しいこと言わないで

「どうして愛してもいない婚約者と結婚しようとするんだ」

――私をかき乱さないで

「どうして自分に嘘をついて愛することをやめてしまうんだ! なぁ、光」

そう言って光の肩を揺らした。

――せっかく整理ができていたというのにやめて!

光は自分の中で整理ができていたものを、明王寺に全部をぐちゃぐちゃにされた。まるで出来上がったパズルをばらまかれたように。

「なぁ、光!」

「うるさい!」

大声を出す光。明王寺は少し驚いて揺らしていた手を止めた。

――そんなこと、私に説明しろっていうの? そんな悲しいことを。

光の頭はパニックになっていた。

「どうして? どうして祐太が私を手放してしまうのか? そんなの、そんなの簡単なことじゃない。私が……私が祐太の妹だからよ!」

明王寺は呆気にとられて、少しの間黙っていた。

「嘘…だろ?」

「嘘でこんなこと言うと思っているの?」

光は壊れたように笑った。それと同時に涙が溢れ出してきた。泣かないと決めたはずの誓いを打ち破ってしまったのだ。早苗さんの作ってくれたお弁当に雨が降る。

――言ってしまった。こんな事を勢いで言ってしまった。私はなんて馬鹿なの……

悲しみと悔しさと、口外した責任で光の目からは涙が洪水のように溢れ出した。

――私はどうしたらいい?

こんなことを言ってしまって、会社に迷惑がかかったら。祐太に迷惑をかけてしまったら。そんなことが光の頭を巡る。

――私はどうしたらいいですか、お兄様

「ひかり」

明王寺は驚きながらも光の背中をさする。

「おかしいでしょう? 私たちはおかしいのよ。兄に恋して妹に恋して……それが見つかってお父様に別れさせられた。笑ってよ、おかしいと笑い転げてよ!」

「おかしくなんかない。光、落ち着いて」

狂ってしまった光を明王寺が必死になだめる。

「私たちは結ばれる事のない運命なの、結ばれない運命なの! だからお互いの幸せを願って進むのよ。それなのにどうしてっどうして……」

「ごめん、光。ごめん」

「愛してもいない婚約者と結婚するのだって、私たちがどこかへ逃げないのだって、お父様が納得しないのだって、私たちが兄妹だからなの! 私たちは一緒にいてはいけないの!」

「光っ」

明王寺は光を抱きしめた。物凄い力で抱きしめた。

「分かった、分かったからもう喋るな」

人の温もりに安心して、光は大声をあげて泣いた。

「ごめんな、光。ごめん」

明王寺は何度も何度も謝った。

光と祐太は紛れもない兄妹。お父様もお母様も一緒、純粋な兄妹だった。

「信じるよ。光の言う事、全部信じる。もちろんこれは誰にも言わない。だから全部話してごらん。もう俺の前で強がる必要はないだろ?」

人がこんなに温かいものだと思ったのは久しぶりだ。一弥も優しく温かい人だけど、一弥にはない安心感が明王寺にはあった。

全部包み込んでくれるような包容力。祐太以外でそんな人に出会えるとは思っていなかった。

光が弱っているせいか、それとも明王寺だからか。今の光には答えは導き出せないけど、それでも温かいことに変わりはない。

「私は今でも祐太が大好きなの。離れたくなんかないの。それでも一緒にいてはいけないのよ。だって私たちは成長するんだもの。互いに縛り合っていたのを止めなきゃならないの。でもそんなの、死んでしまいたいくらい嫌。本当は私こんなに弱いのよ。祐太の事を考えるだけで、すぐに涙が出てきてしまう。そんな弱い自分も嫌いなの」

光は初めてこの事を人に吐いた。そして弱い自分を曝け出した。

「泣くことが弱いとは限らない。泣いた後立ち直れるかどうかだろ?」

今まで泣き続けて立ち直れた試しがない。泣きやんでも、それは一時の気休めにしかならなかった。

「周りは光を完璧だと思ってる。それが光を縛っているんだろうな。でもそれは見せかけの光だ。本当の光はここにいる。だから光は弱い光のままでいいんだよ」

光は完璧でならなくてはいけない。会社の跡取りだから。周りの期待があるから。でもそれは間違いだと祐太は言った。完璧を作っている光など、光ではないと。明王寺も同じことを言いたいのだろう。

「俺は成績いいし運動も出来る方だけど、周りの期待なんてないよ。それはやっぱ性格に問題があるからだろうな。でもそれが俺を締め付けない。バランスを取ってるんだ」

この不思議キャラが助けになっている?

――あぁ、なんてばかばかしいの。

今まで努力して作ってきた『光』が、こんな不思議キャラに見下されるなんて。でもなんだか気持ちが軽くなった。

「今から性格を変えろなんて難しいと思う。光にとっては作ることが普通になってしまったと思うから。でももう俺にはできるだろ?」

久しぶりに見た明王寺の顔が少し祐太に重なった気がした。安心感のある笑顔。光にとって必要な人。そう思ってしまった。

光は泣くことをやめた。やめられた。

「午後の授業サボって、どっか出掛けちゃおっか」

少し落ち着いたと察したのか、バウムクーヘンの笑顔を向けて言った。授業に出る気も起きなかったし、明王寺の提案に乗った。

光は日本に来て不良少女になっている気がする。学校を出る時、先生に止められたが走って逃げた。ドイツでは考えもしない事だったが、逃げるのも楽しい。何にも縛られない、まるで鳥になった気分だった。このままどこへ羽ばたこうか。

「たまにはさ、息抜きも大切なんだよ」

光の手を引っ張りながら明王寺は走った。光は必死に明王寺を追いかけた。でも決して追いつくことはなかった。明王寺は光よりもずっと早い鳥なのだから。

明王寺はいつも何を考えているかわからないけど、光よりずっとしっかりしている。少し不器用なところがあるけど、光よりずっと正しい道を歩める。

最初はそんなこと考えもしなかった。あの明王寺がこんなにも強く立っていることを。そんな明王寺が逞しく見えて羨ましかった。要領良く生きられる人はこんなにも輝けるのだ。

「ねぇ、どこ行くの?」

気づけば明王寺は光の手を離していた。そして迷うことなく前へ進んでいた。

「帰るんだよ」

「え、帰るの?」

光はてっきりどこかへ遊びにいくのかと思っていた。

「祐太さん家いると思うからさ、早く帰って会いたいでしょ?」

それはそうだけど。でもなんだかもったいない気がした。

「少し遊んで帰りましょうよ」

「はぁ?」

――何を言っているの、私

いつもなら早く帰って祐太に会いたいと思うはずなのに。どうしてだろう。

「明日でいなくなるんだぞ」

「分かっているわ。でも、もう少し智一と一緒にいたい」

明王寺は複雑な顔をした。

「だって、まだ治まってないもの」

それに、まだ話していない事があった。明王寺は少し考えて、進行方向を変えた。

「俺昼食べてないから、どっかでお茶でもしよっか」

二人はファミレスに入った。メニューを開いてすぐに注文が決まった。ウエイトレスを呼んで、一人ずつ注文する。明王寺はハンバーグを、光は帰ってから残った早苗さんのお弁当を食べようと、サラダだけにした。最後の早苗さんのお弁当を食べないなんて、死ぬ時後悔するに違いない。

「私ね、あまり人とは触れ合わないで育ってきたの。だからそれが普通になって、友達を作ろうと思わなくなった」

「うん」

「でも智一なら。もっと親しくなりたいと、そう思うわ」

「それは光栄だな」

「だから、もう一つ話さなくてはならない事があるの」

一つ言ってすっきりしたのか、光は全部吐き出したいと思った。そして明王寺なら信頼できると思った。光の心境はここへきて大きく変わっていた。

「私……遺伝子を操作されているの」

「はぁ」

すぐに理解できなくて当り前だ。

「私は祐太に聞いた話だから確証はない。でも祐太は冗談でそんなことを言う人じゃないでしょう?」

「確かに」

「一弥が私を才色兼備と言ったわ。でもそれは私の力じゃないの」

光は誰よりも技を習得するのが早かった。でもそれは生まれ持った才能ではなかったのだ。明王寺はどういう風に切り返せばいいか悩んでいるようだった。

「ごめんなさい」

「なんで謝るんだよ」

「だって困らせてしまったみたいだったから」

「そりゃ、誰だって困るだろうな」

「………」

「俺はなんて言ってあげればいいか分からないから、率直に言わせてもらうよ」

そして明王寺は光を見つめた。それはとても強い眼差しだった。

「光の抱えていることを俺に打ち明けてくれたことが素直に嬉しい」

そう言って微笑んだ。やっぱり、祐太の優しい微笑みと重なる。

「俺は光に酷い事をしてしまったのに、光は俺を信じてくれる。それが本当に嬉しいんだ」

自分でも驚きだった。もうあの時の恐怖はないし、逆に一緒にいてほしいと思っている。

「頭がいいのも、運動神経がいいのも光の力ではないかもしれない。でも光は頑張っていると思う。祐太さんの事で悩んで落ち込んで。でもそれを乗り切ろうとしている。一生懸命な光を俺は知ってるんだ。光は何事にも一生懸命なんじゃないの?」

「え……」

重なるのは笑顔だけじゃない。明王寺の言っていることは祐太の言っていることと同じ。さっきも祐太と同じ事を言っていた。考え方が一緒なのか、祐太と同じくらい光を心配をしているのか。

料理が運ばれてきたので、光はありがとうと言って話を終わらせた。食事中は取り留めのないことを話していた。

食後のコーヒーも飲み終わり、会計を済ませた。外に出ると、明王寺が誰かに電話をしていた。

「祐太さんが迎えに来るからここで待ってな」

そう言って明王寺は歩きだした。光はとっさに服を掴んで止める。

「智一は?」

「俺は歩いて帰るよ」

「いやよ。一緒に乗って帰りましょう」

「お邪魔でしょ?」

冗談めかして明王寺は言った。

「そんなことないわよ。こんなにお世話になって、まだ私に気を遣うなんて」

「光にじゃない、祐太さんに気を遣ってるんだよ」

「それもそれで気に食わないわね」

二人で笑い合う。

「祐太に、話さなきゃいけないから」

「帰ってからでも――」

「だめなの」

本当は帰ってからでもよかったが、光は明王寺と離れるのが少し不安だった。

「じゃ、お言葉に甘えて」

数分もすると祐太がやってきた。この前と同じ車だったので、すぐ分かった。

「やぁ、光。学校をサボるなんてキミらしくないね」

「ごめんなさい」

「責めているんじゃない。いい傾向だと言っているんだよ。さぁ、乗って」

そう言って助手席を開けてくれる。

「智一もいいわよね」

「当り前だ、これは明王寺の車なんだから」

みんな乗り込んで、祐太はアクセルを踏んだ。

「祐太、遠回りしてほしいの」

「智一、姫君はドライブをご所望だ。いいかい?」

「どうぞ」

それから長い沈黙が流れる。祐太は何か言いたげな光を察して、ずっと受け身態勢を整えつつ黙っていた。

「私ね、」

やっと出した声が震える。明王寺に言ってしまったこと、祐太は怒るだろうか。

「智一に話してしまったの。全部」

「そうか、良かったね」

「良かったね?」

こんな大事なことを口外してしまって、よかったねとは呑気なものだ。

「光は自分を曝け出せる人を見つけたってことだろう? 良かったじゃないか」

祐太の顔は至って普通だった。

「怒らないの?」

「ばかだなぁ。光は口の軽い人にその事を打ち明けたのかい?」

勢いとはいえ、口の軽い人には絶対に離さないことだった。少しでも信頼があったから吐きだせたのだ。それ以前に、信頼があったから明王寺に泣きついていったのだ。

「智一なら安心だと私も思うよ。だから私は別に怒ったりしない。寧ろ喜ばしいよ」

祐太はバックミラーで明王寺を見た。

「光は辛いことを自分の中に全部溜めこんでしまうんだ。私はいつかその心が破裂しないか心配なんだよ。でも私はもう光のそばにはいられない。そんな時が来たら……光は智一に任せるよ」

「はい」

光は明王寺の顔が見えなかったので、どんな顔をしているか分からなかった。

「光は自分が苦しいのを隠してしまう。破裂した後に慰めても、それでは遅いんだ。私の勝手なお願いだが、どうか光を見据えてほしい。破裂する前に気づいてやってほしい。智一なら出来ると私は思う」

「そんな重荷になるようなこと頼んだら迷惑――」

「光は」

明王寺は光の言葉を力強い声で遮った。

「光は俺に辛い過去を、祐太さんへの思いを曝け出しました。一枚壁が減りました。まだ何枚もの壁があるでしょう。でも一つ壊してしまえば、難しいことではありません」

「智一なら、安心して任せられるよ」

祐太の顔は少し寂しそうだった。




3Das letzt Gedachtnis.




 次の日、光は学校に行かず祐太との時間を存分に楽しむことにした。

いつもの朝食が終わり、二人は海に出かけることになった。いつになっても食堂に明王寺の姿が見えなかった。

「智一は」

「学校へ行きました」

早苗さんが表情を変えずに一言だけ言った。

昨日明王寺はドライブから帰ってきてから変わった様子もなく、いつも通りだった。もしかしたら気を遣ったのかもしれない。

早苗さんが用意してくれたサンドイッチを持って、玄関を出る。

「祐太様」

歩き出そうとした瞬間、後ろから呼びとめられた。

「お帰りはいつ頃になりますでしょうか」

「夕方には帰ります」

「今夜は御社までお送りいたします」

「それなら電車で帰りますから、いいですよ」

「いえ、旦那様のご厚意ですので」

「そうですか。ではお願いしますかね」

「はい。いってらっしゃいませ」

敷地内を一分程歩いたところにある駐車場に、こんなに使っているのかと思うくらい多い外車の列がある。祐太は何度か使ったことがあったので、表情を変えなかったが、光は非常に驚いた。一番端の黒塗りの車は、祐太が光の迎えに使っていたあの車だった。一番出しやすい場所にあるから、祐太はこの車を選んだのだろう。その車に乗り込むと早苗さんが窓を叩いた。走って追いかけてきたのか、少し息が荒い。祐太が窓を開ける。

「祐太様がお帰りになられたら、お話ししなければならない事があります」

少し顔を下げる早苗さん。心持申し訳なさそうに見えた。

「分かりました。帰ってからすぐ聞きます」

祐太は早苗さんの心情を察して、内容には触れず了解した。

「はい。ではお気をつけていってらっしゃいませ」

「いってきます」

早苗さんは一礼した。それはお世辞にも綺麗な礼ではなかったが、奉仕の心が目に見えて分かった。

エンジンをかけてゆっくりアクセルを踏む。三、四メートル程ある大きな門を出た。周りは住宅街で、細い道が続く。大通りを目指して、右折し左折しそれなりの速度で車を走らせる。ここから海までだいたい三時間程。祐太は運転中前ばっかり見ていて少し寂しい。

最後の時間。そう思うと光の目からは涙が出てきた。

「ほんと泣き虫だなぁ」

「祐太に言われたくないわよ」

光は今回、祐太の泣いている姿を一度も見ていない。昔は光よりも泣き虫だったのに。何度も言うが、祐太の成長には驚きだ。目に見えて分かるほどのものである。昔はすぐ目に涙を溜める祐太を光が慰めていたものである。光の表面的強さも、そう言う時は役に立った。

それから光は必死に涙を堪えた。悔しい気持ちもあったし、最後くらい笑って祐太と過ごしたかった。これは昨日の晩、二人で約束した事だ。「別れる時は笑顔で」と。それでも涙は出てきてしまう。そんな時は窓の外を見て祐太に悟られないようにしていた。でもきっと、祐太は言わないだけで気づいている。だって二人は心で繋がっているのだから。


 海までの道のり、二人は語り続けた。これからの生活、くだらないこと。そして愛し合っていた頃のこと。声が途切れることの無いほど喋り続けた。何でも話して忘れないように、と言葉を出して確かめ合った。今まで二人は心で通じ合っていただけで、ちゃんと言葉には出していなかった。

ここで初めてお互いの口から別れを告げた。

「光」

「はい」

祐太はこれでもかってほど引き延ばした。何分も、何分も口をつぐんだままだった。

「祐太」

光が促すとようやく口を開いた。

「一秒でも長く、恋人の時間を堪能しておきたいものだね」

そう言う祐太の顔は笑っていたが、また歪んでいた。そして光は見てしまった。

「泣いているの……?」

もう祐太の涙を見ることはないだろうと思っていた。

「やっぱさ、つらいよなぁ」

泣きながらも笑っていた。本当は昔のように声をあげて、顔をぐしゃぐしゃにして泣きたいだろう。今は格好つけているのだ。光の記憶に焼きついてしまうから。

「祐太……」

光はどう慰めていいのかわからず、ずっと見つめているだけだった。

「私は……本当は最後の最後まで光と恋人でいたいんだ」

右手でハンドルを持ち、左手で涙を拭う祐太。

「でもそれでは辛い。何年も何年も想い続けてしまう。私たちは決して結ばれてはいけない運命なのだよ」

祐太は自分に言い聞かせるように言った。

「でも、だからと言って私は光を手放したくはないんだよ。私は欲張りなのかもしれないね」

光は祐太の言いたいことが分かっていた。ただ恋人として別れるのではない。

「私が兄ではだめかい?」

丁度信号が赤になったところで、祐太は顔を下に下げて聞いた。手は目を押さえている。そして光の答えを待たずに続けた。

「形が変わったとしても、光は私のものに違いないのだよ」

やはりこれも自分に言い聞かせるように、自分を慰めるように言った。祐太はもう光に慰めてもらうわけにはいかないのだ。

「妹だったら、また会える日が来るかもしれないだろう?」

信号が青に変わったことを、下を向いていた祐太は気付かなかった。そしてまた光も、祐太を見つめていたので気付かなかった。後ろの車からクラクションの音が響いた。祐太は驚く素振りも見せず、ゆっくり車を発進させる。それから二人は言葉を交わすことはなかった。光は何か言わなければいけないと思いつつも、何を言えばいいのか分からず口が開かなかった。自分の中で整理が必要だった。

祐太は決心がついたようで、割とすぐに乗った高速道路のパーキングエリアに車を止めて光の方を向いた。

「光」

「はい」

二人の声が震える。祐太はじっと光の目を見ていたが、光は祐太の肩の方へ視線をずらした。

沈黙はさっきより短かった。

「ちゃんとした家族に戻ろう」

「はい」

二人は生まれながらの関係に戻り、純粋にさよならをするのだ。

光の体全身に力が入った。胸が痛い。涙が出る。それでも堪えなければいけなかった。最後の記憶は笑顔で。祐太は必死に笑っていたのだ。光も格好つけなければならない。一方祐太の顔はまた歪み始めた。

「おいで、光」

運転席に身を乗り出す光の体を、祐太は強く抱きしめた。お互い、このまま融け合ってしまいたいくらいの勢いで、強く強く抱き合った。運転席と助手席なので少し辛い体勢だったが、そんなことはどうでもいい。

「悪いな、我慢できないんだ。背中に目がなくてよかったよ」

祐太は声を殺して泣き出した。光もつられて泣いてしまう。今まで溜まっていたものが、全て涙と一緒に溢れ出した気がした。お互いを抱きしめ合いながら自分を慰める。相手ではない。自分を。もうこの人を頼ってはいけないのだから。二人はそう自分に言い聞かせた。

強く抱きしめ合っているせいで、きっと体は痛いと言っているだろう。でも脳は反応しない。脳はこの温もりを感じていようと言った。体はその提案に乗ったのだ。

どれくらい泣いていただろうか。祐太の服には光の涙が染みていた。また、光の服にも祐太の涙が染みていた。

「お気に入りのワンピースなのに、すまないね」

「いいのよ、そんなこと」

幸い、四年前の体系から変わっていなかったため今でも着れるこのワンピース。祐太にかわいい服だね、と何回も言われた事を光は思い出していた。今日このワンピースを着たのは、もう一度言ってほしい、そんな未練があったからなのかもしれない。

「行こうか」

光の頭の後ろから声が聞こえる。

「はい」

名残惜しそうにお互い離れる。そして見えた顔はお互い壊れてしまいそうな寂しい顔をしていた。祐太はそんな顔を見られまいとすぐ前を向いて車を発進させた。高速道路を安全運転で走る。何台もの車が二人を追い抜いていった。

ここにきて変わってしまうのが呼び名だ。光は祐太と呼ぶことは封印され、兄と呼ばなければならなかった。

「お兄様」

「なんですか」

お兄様と呼ぶことによって事実を突き付けられ、光の胸にはナイフで刺されたような痛みが走った。実際刺されたことはないが。

「光に兄様と呼ばれた記憶がすごく遠いな」

祐太はずるい。妹のことを妹と呼ぶ人はいない。だからお祐太は光の事を名前で呼ぶ。私の方が辛いことが一個多い、と膨れてみたり。

「子供だなぁ」

「お兄様だって子供っぽいところありますの、知っています?」

「知らなぁい」

切り替えは二人共上手いようで、もう涙はない。純粋な笑顔だ。そして憎い笑顔。でもそんな笑顔がお互い大好きだった。

これからこの笑顔を向けられる事はもうないだろう。そして光がお兄様と呼ぶ日も来ないだろう。お父様の元へ帰れば「兄妹」という枠にすらはまらせてもらえなくなるだろう。

「光をふってしまう男なんて、生涯私だけだろう。そして私をふる女性も光だけだろうな」

「何を自惚れているのですか。ばか」

「兄様に向ってばかとは、失礼な妹だなぁ」

「まぁ。お気に触られましたか。失礼」

「それに自惚れではないよ、事実だ」

こういうことを平気で言える祐太だった。でも確かに祐太をふってしまうような女性はいないだろう。そんな人がいたら是非お目にかかりたいものである。

「お互い、特別な存在だな」

「そうですわね」

なんだか嬉しくなって、笑い合った。

「あ、お兄様のお葬式には出させてもらえるのかしら」

「どうだろう。その時はきっと父様はいないから、遺言でもない限り出られるんじゃないかな」

「では、その時に教えてね。本当に生涯、私以外にふった女の子がいなかったのか」

「光の方が早いかもよ?」

「まぁ。じゃぁ、お兄様はちゃんと出席してくださいね」

「もちろんだよ」

なんてほのぼのとした空間だろう。恋人という枠をはずれても、祐太は祐太だった。こうしていると恋人だの兄妹だの、そんな定義はどうでもよかった。一緒にいることに意味がある。二人は初めてそんなことを思えた。

しばらく走っていると、海が見えてきた。

「わぁ。きれい」

平日だからか、季節外れだからか、人は少なかった。近くのコインパーキングに車を止め、海に向かって走った。

「海なんて、光と行って以来だ」

「私もよ。でも同じ海でも景色が全然違うのね」

「それはそうだよ。日本とドイツでは何千キロあるのか分からない」

ドイツで唯一海に面しているところがある。そこに一回だけ二人で行った。それ以来海なんて縁がなかった。

服など気にせず砂浜に座った。

「やっと約束が守れるよ」

「約束?」

「やだなぁ、覚えていないのかい?」

祐太はそういって立ち上がり、砂を少しはらって光の方へ向いた。

「光。これは兄として、恋人として渡すよ。今この瞬間だけは、兄であり恋人である。神よ、今だけは恋人に戻ることをお許しください」

天を仰いで祐太は胸に手を当てた。それに倣って光も胸に手を当て、少しの間祈った。祈ると言うより、懺悔したのかもしれない。今まで二人は、神に逆らって過ちを犯し続けてきた。その謝罪とこれからの幸福。それを二人で祈ったのだ。ドイツでは最近宗教を信じない若者が増えてきているし、なにしろ両親共に日本人だったのでキリスト教に強い信仰がない二人だったが、イースターやクリスマスは日本よりずっと宗教的だった。そういう国で育ってきた二人は、少なからず影響されているのかもしれない。

祈り終えた祐太は光の手を取り、何かをつけた。

――冷たい。でも温かい

まだ目をつむっていた光は少し驚いた。目を開け、冷たいものが通った左手の薬指を見る。

「指輪……」

それはシルバーのシンプルな指輪だった。お兄様は覚えていたのか。それが光の指輪に対する第一印象だった。本当は覚えていてほしくなかった。心の奥に隠しておいた記憶。光が祐太を裏切ったあの日、祐太は「今度海を見るときには指輪を渡すよ」と言った。その日を境に二人が会う事はなくなった。

「ごめんなさい」

「なぜ謝るんだよ、光は何も悪くない。ほら、こうしてまた会えたじゃないか」

祐太は微笑みながら光の頬に手を置いた。

「それでも私はお兄様を、自分の気持ちを裏切ってしまった」

「いいのだよ、そんなことは気にしなくて。私はあの時のことを裏切りなんて思っていない」

「どうして」

「父様に圧力をかけられ、周りのためだとか言われたんだろう?」

「………」

「兄様には全てお見通しさ」

ふんとすました顔は光に安心感を与えた。

でもそれは光の信念が弱かっただけ。お父様に圧力をかけられようと、光が断固として祐太を愛し続けていれば良かったのだ。

「それは違うよ。光の判断は決して間違ってはいない。だってそうだろう? 事実、周りに迷惑をかけることになっていたかもしれない。光はそれを防いだんだ」

ものも言いようである。

「それにあのまま一緒にいたって、いずれ父様の力で別れていたよ」

それは確かにそうだ。二人がお父様の力に敵うわけもわけもなかった。

「だから自分を責めてはいけないよ。私は光の味方なのだから」

「ありがとう……」

「いい子だ、おいで」

祐太はいつまで経っても光を子供扱いする。口調だってそうだ。光を呼ぶ時だって、なだめる時だって、慰めるときだって。光はいつまで経ってもお兄様の妹なのだ。仕方のないことかもしれない。

「光」

――ひやっ

光の頬を触った祐太の左手に違和感を感じた。

「なぁに」

手を取ってみると、さっき光にくれた指輪と同じものがしてあった。

「お兄様は自分の言った事しか覚えていないのね」

「ん?」

光は祐太に便乗して、同じ事を言ったのだ。「私も祐太に指輪を用意して待っているわ」と。

「お揃いにするよりも光が用意してくれた指輪の方が嬉しいな、とそう言ったじゃない」

「そうだったっけ」

頭をかく祐太。

光はコートのポケットに入っていた箱を取り出した。そして中身を取り出して、既にしてあった祐太の指輪にくっつけた。

「これは」

「私だって用意していたのよ。これを買ったのはずっと前だけれど」

あの約束をしてすぐに用意した。買わずにはいられなかったのだ。また会える、そう信じていたかったから。そして日本に持ってきたのも、また会いたいという未練からだ。そしてこの日のために。そうして二人は会えた。

「光は昔からサプライズが好きだね」

「そういうわけではないのよ」

あの日の事を光は覚えておきたくはなかった。そして覚えておいてほしくなかった。この指輪を出せば記憶は蘇る。光はその事態を避けたかったのだ。調子のいい話である。

「素敵な指輪だね。一生大事にするよ」

「高いものではないんですよ」

「光がくれたものに値段は関係ないよ。それが例え毛糸で作ったものでも、光がくれたというプレミアがつく。何億もする指輪と同じ価値があるのだよ」

「それは少し言いすぎなのではないかしら」

「そうかなぁ」

二人は確かに触れられるものを贈り合った。でも本当に大切なのは気持ちなのだ。お互い感じている気持ちは違うかもしれないけど、根底にあるものは一緒で共有している。光がいたこと、祐太がいたこと。そしてその二人が愛し合っていたこと。その思い出をお互いに大事にする。それが二人にとっての最大の慰めであった。

「私はお兄様と離れている間、必死にお兄様を忘れようとしていました。でもそれは間違いだった」

「うん、よく気づけたね」

頭を撫でてくれる祐太。この手を忘れてしまうのも、ただの逃げなのだ。忘れてしまう事は成長することと違う。忘れずに、相手の幸せを願いながらお互いの道を歩む。それが本当の進歩だ。だから二人は忘れない。今この時のことも、相手を愛した大切な気持ちも、全部。その思いを秘めて自分の幸せに突き進むのだ。

もしかしたらこれから、また泣くことがあるかもしれない。でもその時は今までとは違う。大切なあの人にありがとうと言いながら泣ける気がする。そうして二人は大切な思い出と共に歩んでいくのだ。

「光」

「はい」

「ごめん、我慢できない」

「え?」

「最後だから」

そういって祐太は光の顎を上げた。

甘く優しいキス。

この時間が続けば、どんなに幸せか。現実は切なく、でも甘いものだった。



 帰る頃、二人はあまり話さなくなっていた。

空白の時間を埋めようと、これからの時間を埋めようと二人は必死に話し続けた。でも話だけでは物足りなかった。二人は隣にいるこの人を忘れないように目に焼き付けた。そして温もりを、手の大きさを、微笑みを忘れないようにと確かめ合った。これが本当に最後の思い出だ。

帰りの車の中、祐太は控え気味に聞いた。

「光は父様をまだ恨んでいるかい?」

「どうでしょう。恨んでいるかは分かりません。でも好きではないです。好きにはなれないの」

「そうか。仕方ないね。ドイツの海で光にしたことは、光の心を傷つけてしまった。それには変わりないからね」

――あの日、私たちは電車に乗って海に向かった。

海に着くとお父様が怖い顔で待っていた。お兄様を連れ戻すために。

私はお兄様を裏切ったのにもかかわらず、お兄様を追いかけた。

それを見たお父様は私を殴ったんだ。鮮明に思い出される記憶。

悲しみ、憎しみ、喜び、愛しさ。感情のすべてが入り混じっている記憶。




4Gedachtnis.




――海に着くと、お父様が怖い顔で待っていた。

私たちはここへ来る道のり、ずっと一緒にいようと誓った。

でも私はここにお父様がいることを知っていた。また、ここにお父様がいるから海へ行きたいと言った。私はお父様と結託していた。

その前にもお父様に「祐太に嫌われ、別れやすいようにしてやる」と言われ事件を起こしたことがあった。その事件はお父様に利用され、お父様の会社に利益を齎しただけだったと気づくのはずっと後である。

そんな事があっても祐太は私を嫌いにはなってくれず、ずっと一緒だと言ったのだ。

だから裏切るのはこれで二回目。

「帰るぞ、祐太」

私たちの姿を確認するなり、お父様はそう言って祐太の腕をつかんだ。お父様の周りにはお父様の付き人であろう黒い背広を着た人達が何人もいた。車も何台もあった。

何が起きているのか理解できていない祐太を見てお父様は言い放った。

「この女はお前を裏切ったんだ。私に、この日にここへ来ると知らせたんだ。半信半疑で来てみれば、のこのことやってきた。笑えるだろう」

お父様の言い方は気に入らなかった。だって今度のデート、どこに行くのか教えろと脅してきたのはお父様だったのだから。そして綺麗事を並べて私を丸めこませた。お前のせいで周りに迷惑がかかるのだぞ、と。

「こいつの気持ちもこれまでということだ」

やめて。そんなこと言わないで。私は祐太が嫌いで、憎くて裏切ったわけじゃない。

「こんな女と一緒になると腐るぞ」

黒い背広を着た人達が祐太を無理矢理車へ押し込もうとする。

お父様は嫌い。そんな事ばかり言って、私のことが嫌いなお父様は大嫌い。

「腐る? 光だってあんたの子供だろう!?」

祐太は抵抗したが、何人もの男の人の力に勝てるはずもない。

そして私に助けを求めた。でも私は何もしないまま、ただ無言で見つめていた。

「どうしてなんだ、光! ずっと一緒にいようと誓ったじゃないか!」

「私たちは一緒にいてはいけないの。祐太には明るい未来が待っているわ」

感情的になってはいけない。ここはクールに受け答えをしなくちゃいけない。そう自分に言い聞かせて、表情も変えず低いトーンで答えた。

「明るい未来なんていらない……」

もう諦めたらいいのに。どうして私の為にそんなに足掻いているのだろう。

「なぜ分かってくれないんだ! 私は光がいればそれでいい!」

「あなたには将来がある。会社があるのよ。私たちが一緒になったら周りに迷惑がかかるでしょう」

「光……」

泣かないでよ。あなたの涙を見るために裏切ったわけじゃない。

「誰よりも光を愛している」

「なんで嫌いになってくれないの? 私はあなたを裏切ったのよ」

「嫌いになんてなれると思っているのか!」

私は驚いた。こんなに大きな声を出せるのか。そんな顔ができるのか。祐太がこんなに怒っているところは初めて見る。

「戻ってきたら絶対会いに行く。どんなに光が私の事嫌いでも、私は会いに行く」

嫌いになんてなれるはずないじゃない……

「今度会う時は」

祐太は少し迷った風に一息置いた。

「海を背に指輪を渡す。これは私の小さい頃からの夢なんだ。光に、海で、指輪を渡すんだ」

祐太は腕を引っ張られながら必死に声を振り絞った。

「愛しているよ光!」

そう言った祐太の顔が私を狂わせた。私の何かが切れる音がして、壊れたように走って行った。必死に祐太を追い求める。

祐太……祐太……行かないで……ごめんなさい、ごめんなさい。私を置いていかないで。私を独りにしないで。

「私も祐太に指輪を用意して待っているわ!」

あとちょっと。手を伸ばせば触れられる。祐太も手を伸ばす。あと一センチ。

――どんっ

鈍い音がした瞬間、私の体にとてつもない衝撃と痛みが襲った。何をされたのか分からず、少しの間私は固まっていた。

やっと状況を理解した時には、お父様の手が頬に当たっていた。

私は突き飛ばされ、挙句殴られたのだ。そして鉄槌の一言。

「お前など、生まれてこなければよかったのだ」

「え……?」

「父様! なんてことを言うんだ!」

今、お父様に何と言われた?

頭が追いつかない。

「お前がいるから祐太がめちゃくちゃになった。お前が祐太の人生を狂わせたんだ」

「光っ聞くな! 私には光が必要だ! だからっ――」

「連れて行け」

私が放心状態になっている間に、祐太は車へ押し込められ連れて行かれた。

「光を必要としている人はどこにでもいる!」

最後まで私に気を遣ってくれていた祐太。それでも私は祐太の方を見ることはなかった。ただただ砂浜を見下すことしかできなかった。

「お前は私の生涯の汚点だ」

そう言い残してお父様は消えて行った。

汚点……? 生まれてこなければよかった……?

私を作ったのは誰だ。祐太の妹にしたのは誰だ。お父様じゃないか。

そんなの、そんなことってあるのだろうか。

「ははっ、やっぱり私、生きている意味ないよ。お兄様」

唯一の心の支えをなくし、私にはもう何も残っていない。

何を楽しみに、何のために生きていかなければならないの?

お父様に褒められる為に勉強をした。お父様と遊んでもらいたくて話しかけた。今思えばお父様はいつも私を拒んでいた。



 その日を境に両親は離婚して、離れて暮らすことになった。

お母様は私に一言謝った。お母様に責任はない。私が謝らなければならなかったの。

「光、ママは祐太とのことずっと黙っていたわ。パパが許すはずもないのに。ごめんなさいね。でもあなたには会社があるの。だから落ち込んでいる暇はないのよ」

「分かっています。お母様には迷惑をかけません」

「いいわ」

私は強くならなくてはいけない。会社のために。

だから私は必死に勉強した。私は強いのだと確認するように。そして祐太を忘れるように、少しでも余計なことを考えないように、寝る間もなく勉強し続けた。

 何日か経ったある日、差出人も書かれていない手紙が届いた。封筒にはただ一行、「An Hikari Nanami」と書いてあった。きっと直接投函したのだろう。

開けると、漢字と平仮名で書かれていた。それは祐太からだった。運よく私が手紙を回収したので、お母様には見つからずに部屋へ持って行けた。




――前略

 元気にしているかい?

めそめそと泣いてはいないかい?

あまり落ち込み過ぎると、正しい道が開けないよ。

さて、今回は光を慰めるために手紙を出したわけではない。

結果的に慰めの手紙になっていたらすまないね。

もし書いているうちに慰めの言葉を綴り始めていたら、それは私が光の事を心配していると思っておくれ。

海で父様の言っていた言葉が気になっていたんだ。

生まれてこなければよかったなんて、本当は誰も思っていないんだよ。

私なりに調べてみたら、少し残酷な事実が出てきてしまった。

もし光にそれを知る勇気があるのなら二枚目を読んでほしい。

でも光は知らなくていい事かもしれない。

この事実を知らずに、前向きに生きてほしいと私は思う。

光には幸せになってほしいからね。

しかしまた知ってほしいとも思っている。

これは私の勝手な言い分だが、父様を恨まないでほしいんだ。

この事実を知った時、少しなりとも父様に対する気持ちは変わってくるだろう。

だが今度は母様を恨んでしまうかもしれない。

見るか見ないかは、光の好きなようにしておくれ。

ただこれを読んで落ち込んでしまったり、誰かを恨んでしまったり、そんな悲しいことだけは避けてほしい。

難しいことかもしれないけどね。

私が願っている事は、光の幸せだけだ。

それだけは分かってほしい。

もしここで読み終えるなら、先に言っておく。

この手紙はすぐ破棄するように。

どうか私にしたことで自分を責めないでおくれ。

そして悲しまないでくれ。

私はどこに居ても光と共にある。

愛しているよ。



二枚目


――これを読んでいるということは、これから光が泣いてしまうかもしれないということだ。

どうか落ち着いて読んでほしい。

これから綴る事は事実であって、確証がある。

だからといって光が悲しむことではないのだよ。


父さんは昔、こう言ったね。

「お前は兄様より年下なんだ、妹らしくしなさい」と。

なんでも出来た光は、私をどんどん抜いていった。

学問にしても、運動にしても。

三年の差を一瞬にして埋めてしまったんだ。

いや、埋めるどころじゃない。

今度は私が何年もの差をつけられてしまった。

父様はそれに腹を立てたんだ。

では何故私にもっと勉強をしろと言わなかったか。

確かに私は一生懸命勉強をしていた。

それでも光には追い付かなかった。

でもいくら私が頑張っていようと、父様ならもっとだと言うはずだろう。

調べているうちに、父様は第二子も男を望んでいると知った。

でもいくら父様でも、それだけの理由で光にあんな仕打ちをするはずもないだろう。

核は他にあった。


光は遺伝子操作をされている。

母様が光を産むときに入院した病院は、母様の知り合いの病院だった。

そこは非公開で人体実験をしていたのだよ。

そして母様は多額の報酬を受け取り、生まれたばかりの光を実験に渡した。

光は初めて実験に成功した人間なんだ。

成功といっても、精神的な操作は出来なかったそうだ。

だから光はとても弱い。

それは人間そのものの精神状態だからだ。

成功したのは能力操作。

光は簡単に飛び級をしていったね。

そして運動神経もいい。

美しさは父様と母様から受け継いだものとしても、まさに才色兼備。

でもそれは遺伝子操作によるものなのだ。

光を責めているわけではないよ。

光は真面目に勉強をしていたし、スポーツだって誰よりも練習していたことを私は知っている。

でも他の人がその練習量で出来ない事を、光は簡単にこなせてしまう。

何回もスカウトされたり、賞を取ったりしていたね。

バスケット、バレーボール、オペラ、ヴァイオリン、チェスの大会、暗算大会……

思いつくだけでもこれ程ある。

その結果が成功を示したのだよ。

光には不得意なものは何もなかった。

何をやってもプロ級に出来ていたんだ。

でも遺伝子操作されているからといって、自分を責めないでほしい。

光が真面目に生きていることに変わりはないのだから。

そしてそのことを知った父様が激怒した。

父様は知っている通り、堅物だろう?

遺伝子操作の力で成長していく光が許せなかったのだろうね。

父様に伝わった経緯は調べ上げることはできなかったが、光が六才の頃までは知らなかったと思う。

私が小さい頃は父様と私で光の面倒をよく見てあげたものだよ。

だから父様を恨んで生きていかないでほしい。

確かに父様は光を酷い目に合わせた。

でも父様も相当ショックを受けただろう。

好きになれとは言わない。

だが父様の気持ちも察してほしいのだ。

少し難しいことかもしれないね。

光が望んでした事ではないのだから。

でも逆に母様の事も恨まないでおくれ。

母様は光に希望を託した。

素晴らしい子になってほしかったのだよ。

多額の報酬は二の次なのだと私は思う。

母様のしたことは許されることではない。

だが光が幸せに生きていくためには、あまり母様を責めないことだ。

いつ情報が漏れるか分からない。

光の心の中だけで納めておいてほしいんだ。

大変なものを抱え込ませてしまってすまない。

私は余計なことをしたのかもしれないね。

これは決して口外してはいけないよ。

もし公になってしまったら、何をされるかわからない。

世界問題になってしまう。

これは裏で処理すべき事なのだ。

この件は私に任せてくれはしないだろうか。

必ず、光のような子をこれから一人もださないようにする。

光が動くことではない。

父様だって協力してくれるだろう。

だから光には見守っていてほしい。

勝手なことを言って申し訳ない。


こちらの話をすると、父様は会社の女性と再婚した。

私は継母とは上手くやっていけそうにないよ。

光と母様の悪口ばかり言うんだ。

父様も何でこんな人と結婚してしまったのか不思議だよ。



これを読んでしまったら、光はどうなってしまうだろうか。

私は心配で仕方がないよ。

誰よりも責任感がある光だからこそ、自分を責めてしまうのだね。

本当は知らせるべきか悩んだが、これは光の問題だ。

どうかこの事実を乗り越えてほしい。

可愛い妹のために、愛する恋人のために、私は全力を以てしてこの問題に取り組む。

光は十分周りの事を考えている。

だから今は自分の事だけを考えておくれ。

一人でも自分を曝け出せる人を見つけておくれ。

そして次に会う時はもっと強くなっていてくれ。

遠くにいても私の心は光の元にある。

その事を忘れないでほしい。

遺伝子操作されていようが、光は光だ。

自分を信じて前に進みなさい。


長くなってしまってすまない。

私は光に大変な事を伝えてしまった。

どうしようもなく憎しみに狂ってしまったなら、私を恨みなさい。

最後に 私は光を誰よりも愛しているよ。

光を守れないと思うと胸が締め付けられそうになる。

それでも私の気持ちが光を救いますように。早々


川崎 祐太

七海光様

  机下

追伸 返事は送らないでほしい。また会える時が来たら、たくさん話をしよう。――



 慣れない漢字と平仮名を辞書で引きながら必死に読んだ。

全部読んだ後、私は酷くショックを受け放心状態になった。今まで頑張ってきた力が自分のものではない。そんなこと、思ってもみないことだった。誰を恨む気力もなかった。もう何もかもが馬鹿馬鹿しく思えたのだ。

そしてお父様に相手にされない理由も理解した。お父様も私同様ショックを受けただろう。

だからと言ってお父様を好きになることは出来ない。私に言った言葉は、私の心をうち砕いた。一度割れてしまったガラスはもう元に戻ることはない。

祐太はお父様もお母様も恨むなと、自分を恨めとそう言ったけど、そんなこと出来るはずもなかった。

私はこの大きな爆弾を抱えながらも、それを悟られないように奥へ奥へ隠した。

それからすぐに高校卒業資格を得て、大学に入った。祐太を忘れるよう勉強していた私には、とても簡単なことだった。そして三年で大学卒業資格を取り、日本へ飛び立つ準備をした。

勉強をしていればもっと早く取得出来ていたかもしれない。でもやる気が起きなかった。やらなくても出来る。私はそういう能力を持っているのだ。頑張るなんて馬鹿馬鹿しい。少しひねくれてしまったようだ。

そして祐太との思い出の地を逃げるように飛び立った。全て忘れて、人生をリセットしたかった。

そして日本へやってきた。

祐太とお父様が来日しているなんて知らずに。




5Ein Spion,




 明王寺家に帰ると、早苗さんが出迎えてくれた。

「おかえりなさいませ」

「ただいま帰りました」

お弁当箱をごちそうさま、と言って渡す。

「今朝少しお話しましたが……」

「あぁ、聞きましょう」

リビングに二人で腰かけ、出てきた紅茶をすする。

「あの、私はいていいんですか?」

光は自分に関係のない話だったら退席しようと考えていた。

「はい。光様にも聞いていただかなくてはなりません」

「わかりました」

どうやらこれは二人の問題らしい。

早苗さんは立ったまま話をしようとしていたので「お座りになって」と声をかける。

「失礼いたします」

話すことにためらいがあるようで、すぐには口に出さなかった。

「申し上げにくく、本当は言ってはいけないことだと思っています」

控え気味に話し始める。

――なんだろう

すごく神妙な顔つきで話すものだから、光はドキドキしていた。祐太はそんな素振りは見せず、いつもの通りに早苗さんを見ていた。

「私は、明王寺の人間ではありません」

顔を下げ気味で呟いた。

「……というと?」

もちろん、それだけでは理解できない。

「私は川崎に仕えている者なのです」

早苗さんは目を見開いている二人を見て続けた。

「と言いましても、日本のお屋敷を管理させていただいているだけなので祐太様と光様には、お二人が小さい頃に一度お会いしただけなのですが」

各国の川崎の屋敷には管理人兼使用人が複数存在する。早苗さんは素晴らしい事に一人で日本の屋敷を管理しているそうだ。他の国の屋敷よりも小さいとは言え、一人で管理するには大きい屋敷だった。

「家に帰っていないの?」

祐太が日本に来れば、日本の屋敷に行くことになる。そうなれば当然早苗さんと対面するだろう。しかし小さい頃以来ということは、祐太は家に帰っていないということだ。

「日本に来てからは地方に行ったり、支社に泊まったりで忙しかったんだ」

「そうなの」

社長と幹部の忙しさはまるで違う。

「旦那様は祐太様が明王寺家に行くことを分かっておられました。そのことを明王寺様に相談したところ、明王寺様はお二人の面倒をみると仰られました」

明王寺のお父様は優しい人だから、二人が悲しい別れをしないように二人のお父様の友人の目の届く場所で、少しでも良い別れ方をさせたいと思ったのだろう。

「旦那様と明王寺様は仲がよろしかったので信頼もあり、川崎の人間を送り込むことと別れさせるという条件でお願いしたわけです。ですから、お二人に顔が割れていない私がこの任に就きました」

明王寺のお父様は二人をかくまいつつも、これからの事を考えなさいと何度も促していた。そういう事だったのか。

「そして旦那様は私にお二人のご関係を全部話し、間違いを起こさぬよう見張っておけと強く言われました。そして毎日報告書を出させていただいていました」

知らないところで観察されているとは。家政婦さんが二人を眺めていても、疑う人はいないだろう。

「旦那様はお二人に気を揉んでいらっしゃいました。でも見てしまったのです。手帳に光様の写真を挟んでいるのを。リビングに旦那様の手帳が置きっぱなしだったので、お渡ししようと手に取ったら写真があり、私は一瞬お二人とも大きくなられたな、と思いました」

普段だったらそれで終わるだろう。

「でも旦那様は光様を嫌っていると聞いたので、心の中を覗いてしまったようでした。きつい言葉を仰っていても、やはり娘は娘なのでしょうね。とても愛しておいでだと思います」

「………」

光は複雑な気持ちだった。困惑の反面、少し嬉しい。何年も嫌いと言われてきた父親に、そんなことされてしまってはたまらない。そんな話題を避けようと、違う話しを振ってみる。

「智一のお見舞いに来た時も早苗さんはいましたよね」

「研修と申しますか、使い勝手が分からなければ不自然に写ってしまいますから。それに最初は光様だと気付かず、本当に智一様のお友達かと思ったものでして」

気付いたのは、光を家に上げてからすぐだと言う。

「そうでしたか」

やっと結びついた疑問の点。この十日程、スーツの人を見かけることはなかった。それは早苗さんがいるから、他の人間は動く必要がなかったのだ。そしてたまに垣間見えた早苗さんのちょっとした権力。光に未開封の紅茶を差し出したのも、明王寺家のご厚意を賜っていたからなのだと光は思った。

「これは明王寺様と話し合った末、お二人に打ち明ける事になりました。明王寺様は旦那様のお気持ちをお二人に解っていただきたかったのだと思います」

そう言われても、光はお父様が自分に言った言葉は許せない。

「旦那様に言ってはいけないと言われたわけではありません。しかしこれは信頼問題になってくると思います。川崎に仕える者が、そのご子息を監視するなど……。旦那様の命であれ、私は主人にご無礼を働いてしまいました。私は祐太様と光様になんてお詫びをすればいいか……」

テーブルに頭が付いてしまいそうな程、深々と頭を下げた。

「詫びなどいりませんよ。父は絶対ですからね。だからどうか落ち込まないでください」

それを聞いたからといって何かが解決するわけでもなかった。光はお父様を許せないし、好きになろうとは思わない。

「光くんの気持ちは察するよ」

ドアが開いて明王寺と明王寺のお父様がやってきた。どうやら早苗さんが一通り話し終えるのを待っていたようだ。

「これは早苗さんの問題だからな。乱入するのは避けたんだ」

そう言って席に着くと、早苗さんは紅茶を用意した。できた使用人だ。

「家政婦さんなんて雇った事がなかったから、俺もびっくりしたんです。家で仕事をする母さんが家事をしているけど、別に母さんが病気になったわけでもないし」

明王寺も今まで知らなかったらしい。

「きみのお父さんが言っていたよ」

明王寺のお父様が光に向いて話しかける。

「『光に酷いことを言ってしまった、私は親失格だ』と」

除所に明かされるお父様の内側。

「あいつは素直じゃないところがあるからね。光くんにはきつい言葉をかけてしまうんだろうが、本当は後悔しているんだよ。親だからな、当り前だ」

「それでも私はお父様の生涯の汚点です」

素直に受け取れない光は、ひねくれた事を言ってしまった。

「そうそう、そんなことを言ってしまったと聞いた。その時は二人の関係を知って頭に血が上ったんだろう。だが娘を愛さない親はいないよ」

娘を愛さない親はいない。

この四年、どれだけその言葉をかけてほしかったか。

「今までの仕打ちを見れば、嫌いになるのは仕方がない。だがきみはもう大人だ。その辺の理解くらいできるだろ?」

「はい」

光は今でもお父様が嫌い。でも何年か経って、またいつか会う日が来たら一緒にお食事でもしたいと思った。その時は自分の心を打ち明けて、愛されたかったと言ってやる。それに応えてくれると信じて。

「さあ。辛いだろうが、お別れだ」

そう言って準備するよう促した。

「光くんも手伝ってあげなさい」

「そうさせていただきます」

本当に最後の時間を大切にしなさいと言っているように聞こえた。



 二階に上がり、お兄様の部屋で荷造りをする。ゆっくり、ゆっくり。

「光、これは別れじゃない。またいつか、絶対会える日がくる」

少し前までは、もう絶対会えないと思っていた二人の心に少し希望の光が射した。

「お父様だって、光と会うことを許したんだ。だからまたいつか、妹として迎えてくれるだろう」

そうだ。お父様は明王寺家に祐太と光が行くことを知っていて、祐太と光が再び会うことを知っていて早苗さんを送り込んだ。それは任意だった。

「なんか、うまくまとまらないわ」

「そうだね。少し難しい話しばかりだったね」

こんなぐちゃぐちゃの頭で祐太とさよならなんて。光の中の寂しさも、辛さもどこかに出かけてしまっている。

「その方が気が楽だと思わないかい?」

「そうね」

二人は抱き合った。

「二分だけ」

祐太がそう言った瞬間から約二分、二人は恋人に戻ったのだった。




6Ein Lacheln.



 玄関では明王寺家総出で送り出してくれた。

十一日間、二人は温かい家族を経験した。そして愛され、また愛した。優しい家族に囲まれながら二人は成長していったのだ。

感謝してもしきれない。明王寺家には本当にお世話になった。

「長い間、お世話になりました。これからは会社の人間として会うことがあるでしょう。その時はまた、よろしくお願いいたします」

「堅苦しい挨拶はよしたまえよ。祐太君も光君も、もう僕の家族だ。親の厚意には甘えたらいい」

そんな優しい言葉をかけてくれる明王寺のお父様。こんなお父様に育てられたから、明王寺はあんなにも伸び伸びとしているのだろう。

「はい」

「僕たちは玄関までにする」

玄関から門までは二人で歩きなさいと明王寺のお父様は言った。

「川崎には良く伝えておくよ。仕事、頑張りたまえ」

「祐太さん、また遊びにきてくださいね」

「光ちゃんがいるからって、婚約者に冷たい態度はおやめになってね」

三人の激励が祐太を感動させる。

「ありがとう……ございます……。すみません」

祐太は謝りながら目をこすった。それを温かく見守る明王寺家の人々。

「何を泣いているんだ、立派な大人だろう? しっかりしたまえ」

「はい」

光は祐太を送ってから荷物を整理する予定だったので、挨拶はまだしなかった。

「最後に写真を撮りませんか?」

明王寺が準備万端という体制でカメラを向けてきた。祐太は涙を拭き、光を抱きよせピースを作った。

かしゃっ

気持ちのいいシャッター音が鳴り響く。光と祐太の証がまた一つ増えた。

「写真が出来たらお渡しします。あ、手渡しで」

明王寺がにこにこと言った。

「ありがとう」

「さぁ、早苗さんも待っている。行きなさい」

「はい、では失礼します。本当にお世話になりました」

「あぁ」

二人が後ろを向くと、すぐにドアの閉まる音がした。気を遣ってくれたのだろう。

「もう。最後の涙が私への思いじゃないなんて複雑だわ」

「本当に子供だなぁ。ちゃんと、光への思いも入っているよ」

祐太はもう泣いていない。しっかりと光に笑顔を向けた。

門を出ると早苗さんが車の扉を開いて待っていた。車と運転手は川崎のものだろう。

「お待ちしておりました」

早苗さんがあの一礼をする。見ると、いつの間にかスーツに着替えていた。

祐太は扉の前まで行き、光の頭を抱えた。

「生まれ変わって会う時は、必ず、今度は私の隣にいてくれないか」

いつもの言い方とは違った、力強い口調だった。

「ええ。きっと」

「嬉しいよ。……はは、早く死んで生まれ変わりたいと思ってしまったよ」

「だめですよ。まだ半分も生きていないじゃないですか」

「そうだな」

話すことはもうないけれど、離れることが苦痛でしばらくの間見つめ合った。その際、早苗さんはずっと下を向いていた。

「光。私の可愛い妹。そして私の愛する人。どうか私より好きな人を見つけておくれ。そして幸せになるんだよ」

「今はそんなこと考えられませんが、いつか幸せになってみせます。ですからお兄様も、幸せになってくださいね」

「光が幸せなら私も幸せだ。私の思いは来世に繰り越すとしよう」

「期待していますわ」

二人は次の言葉に詰まった。あとは別れの言葉しかない。それを言ってしまったら、二人は離ればなれの生活になってしまう。それでも声を絞り出して言った。

「ではお兄様。お仕事の遂行、心からお祈り申し上げますわ」

「ありがとう。光も頑張るんだよ」

「はい。またお会いしましょう」

「あぁ、いつか」

そう言って祐太は車の中へ入って行った。そしてすぐ光を呼んだ。

「愛の形は変わってしまっても、私はずっと光を愛し続けるよ」

声を出したら震えそうだったので、光は強く頷いた。

『決して結ばれる事の無い二人』

だけど

『決して離れる事のない二人』

愛なんかよりもっと強い永遠の絆で結ばれてるから。

光は一瞬祐太を連れ去りたい衝動に駆られたが、それではまた過去の繰り返しだ。こんな形で別れさせてくれた明王寺家の人達にも悪い。だから必死に抑えたのだ。

「このドアを閉めなければならないなんて、辛いです」

早苗さんが少し目を赤くして言った。

「よろしいですか」

「ええ」

「閉めてください」

二人から声を聞くと、涙を流して静かにドアを閉めた。

「早苗さんが泣くことないのよ」

「私は旦那様の命でお二人を監視していました。でもそのうちお二人には幸せになってほしいと……」

涙の収拾がつかないようだった。

「早苗さんは主人思いの立派なメイドね。川崎が羨ましいわ」

「そんなことっ――」

「私たちの幸せはきっと他にもあるわ。だから泣かないで」

「ありがとうございます。……それでは失礼いたします」

深々と頭を下げて、助手席に乗り込んだ。

「また、明王寺家にお礼を言っておいてくれ」

窓から祐太が言った。

「はい」

そして車が前に走り出す。

「お兄様!」

思わず声をあげてしまった。すると祐太も大きな声で光を呼んだ。

光は見えなくなるまで車を見送った。そして祐太もずっと後ろを見ていた。最後まで、最後まで手をふり続けた。見送る事ってこんなに寂しくて苦しいんだ。

――お兄様は毎日、こんな気持ちで私を送り出してたのかな

光はふとそんな事を考えた。そして涙が数滴零れた。でも大丈夫。この涙は今までの涙とは違う。光が一歩を踏み出すための始まりの涙だから。

――お兄様は何も心配しないでいいよ

光は心の中で呟いた。そうしたら祐太の声が聞こえた。

――もう光は正しい道を歩けるね

二人は心で繋がっているのだ。


 光は祐太との思い出から逃げて日本へやってきたというのに、また日本に祐太との思い出を作ってしまった。でももう逃げることはないだろう。この思い出は決して悲しいものではないのだから。

――私たちが愛し合っていたこと

――私たちが成長したこと

――そして、私たちが兄妹だということ

沢山の事を刻みつけた思い出。もう忘れることはしないし、逃げることもしない。全部受け止め、全部浄化してしていく。素晴らしい思い出を抱えながら、これから生きてゆく。

二人は段の高い階段を上り、大きな成長を遂げた。




7Wuchs.




 光は、もう一日泊まっていったら? という明王寺家のご厚意を断って、すぐに家に帰った。もともと引っ越してきたばかりだったし、十一日も開けていると自分の家の安心感も薄れていた。

「明日は笑顔で学校に行かなくてはね。お兄様」

きっと祐太はすぐにでも仕事を始めているだろう。その顔が浮かんで見えるようだった。

光の視線の先は、お兄様がくれたリングとペンダント。未練があるわけではない。清々しい気持ちで見られている。この二つは他に好きな人が出来ても絶対にはずすまいと誓った。

光が悩んだ時、この大きな翡翠が判断力を強化してくれるだろう。それまでは自分が翡翠に愛情を注ぐ。そうしたら光の願いに応えてくれるような気がした。

 そういえば、お兄様に手を振ってから一度も泣いていない。本当に強くなったな、と自画自賛をしてみる。もう、ちょっとのことで涙を流したりはしないだろう。少しずつ、芯から強くなっていこう。再び祐太に会えたことで、光はしっかりとそう思うようになった。


 次の日、学校へ行くと明王寺に「なぁんだ、泣いてないのか。つまんない」と言われた。明王寺は光を泣かせたいのだろうか。酷い奴だ。

そしてお昼、妙に明王寺に会いたくなり屋上へと上がった。予想通り明王寺はそこにいて、光を確認するとハンカチを自分の横に敷いて手招きをした。

「いらっしゃい」

なんだかここは明王寺のお店みたいになっている。

明王寺は光のリングとペンダントを見て、何も言わずに光の頭を撫でた。明王寺の優しさは不器用だけど心地いい。流石は祐太が一目置いた存在。誇りを持つべきだ。

「それじゃ、光もじゃん」

そう、光も誇りを持っている。あの祐太の妹なのだから。

「ほらな、光は光のままで十分だ」

「うん」

弱い自分は時として厄介者だけれど、その厄介者を抱っこしながら愛想をまくより、誰かに半分持ってもらって自然な笑顔を向ける方が心も楽なのだ。人生二十年目にしてようやく気が付いた。

「遺伝子操作なんて、目に見えないものだしさ。人間らしく頑張ればいいと思うよ」

光はむくれて頑張ることをやめていた。でも頑張るということは自分との戦いなのだ。周りなど関係ない。自己記録がどこまで伸ばせるか。そういうことなのだ。

「私は『きらきら光る星であり太陽であり海である』これが本当の私」

「なにそれ?」

「内緒」

前よりずっと自然に笑っているだろう。それを見て明王寺も「このぉ」といいながら笑っていた。最初はこんな風に笑い合える日が来るとは思っていなかった。もしあの時悪魔に騙されていたら、こんな風に笑う明王寺を見られなかっただろう。

「あ、忘れるところだった」

明王寺はそう言ってバッグの中から封筒を取り出した。

「写真、すぐ現像したんだよ」

開けると、とてもいい笑顔をした光と祐太が写っていた。きれいに撮ってくれたものである。

「ありがとう」

封筒には戻さず、手帳に挟んだ。光は今の自分の顔は緩みまくっているだろうと思った。

「近いうちに川崎と会合があるから、祐太さんには父さんに渡してもらう予定」

「うん、お兄様も喜ぶと思うわ」

「それは良かった」

「ねぇ、智一」

「ん」

「本当に、いろいろとありがとう」

「なんだよ、俺たちはこれで終わりじゃないだろ? 俺は光に優しさをもらったし、光は俺に本当の自分を曝け出せた。だからさ、これからじゃん。仲良くなるのは」

「それもそうね」

お互いを見て笑い合う。

あぁ、バウムクーヘンを信じて良かった。心からそう思う。

祐太とあんな風に気持ち良く別れられたのも、この人のおかげだ。明王寺に全てを曝さなければ、いつかは爆発してしまうところだった。もしかしたら祐太が帰る時に駄々をこねてたかもしれない。

全部を受け止めてもらうことによって、光の心はアルミのように軽くなった。だから光はこんな風に笑っていられるのだ。

「これからもよろしくね」

「あぁ、よろしく」

ほらね、バウムクーヘンの笑顔がそこにある。



あとがき



 バウムクーヘンはお好きですか?



こんにちは。美波です。

作者はバウムクーヘンの類が大好きです。

もちろん、バウムクーヘンは外から剥いて食べます。

美味しいですよね、紅茶とまた合うんです!

このバウムクーヘンというキーワードですが、某有名アニメを参考にしました。

熱烈なファンは多く、その方たちにはすぐに分かってしまうと思います。

というか、ドイツ語の時点で違和感を覚えるかな。

 三章に入るなり、別れを切り出した祐太。(正確には違うかも)

書いていて、こっちが悲しくなりました。

そして二人の関係、過去、光の秘密、そして更には早苗の秘密が暴かれました。

 智一は冷静に、光を支え続けます。

光は強い子なんです。

凄いものを背負って、必死に生きているんです。

それを支える人がいなくなったら、人間壊れてしまいます。

そんなときに智一に出会えたのは、運命以外の何物でもありません。

どうしてあんなことをしたのかは謎ですが、光をこんなにも一生懸命助ける智一は間違いなくここにいるのです。

そしてバウムクーヘンの笑顔がここにあるから。

光は智一に信頼を置いたんだと思います。

だって、智一のどこに嘘が見える?

いつだって冷静だけど全力で光を想っています。

そして祐太を尊敬している智一を、光は祐太と重ねてしまいます。

だって似てるんだもん。

笑顔が一緒なんだもん。

それは祐太の弟子だからなのかな。

もともと智一の持っているものかもしれない。

どちらにしろ、光は今ここにいる智一を信じたんです。

 そんな中、祐太はずっと過去から光の爆弾を支えてきました。

光の危ないところを知っている。

自分が支えになっていたことも知っている。

だから、どうしても一回会いたかったんじゃないかな。

本当は嫌だけど大人だし、智一に光を預けます。

それを見て、辛さの半面安心する。

だから割り切れたのかもしれないですね。

でも作者は、その時の祐太が辛くて辛くて。

もちろん光もですよ、でも光には智一も一弥もいる。

でも祐太は必死に仕事をして、好きでもない婚約者との結婚が決まっているんです。

本当に、書いたのは自分なんだけど作者を恨みました。

いつもどうしても格好つけてしまう祐太の本心は、光を誰にも渡したくないという言葉でいっぱいでしょう。

何度手を引いて逃げたかったことか。

それでも光の幸せを願って、仕事に復帰するのです。

本当にこれから光が誰とくっついても、祐太が一番光を愛しています。

それは絶対に変わらないでしょう。

来世、二人は結ばれることを願うのみです。

 今回、一弥はほぼ出てきませんでした。

一弥ファンの方、すみません。

いかんせん、作者は一弥のことが好きになれません。

そして役割もなかなか思いつかないんです。

だから、これからもあまり期待しない方がいいですね。

それでも、一弥の恋の行方にはご注目ください。



 さて次回は、単発物です。

実はもう出来あがっています。

四章だけで完結します。

と言っても、その四章がすごく長いです。

夏休みの一時を描きます。

お楽しみに。



 最後まで読んでいただきまして、ありがとうございます。

また四章でお会いしましょう。

ごきげんよう。


美波海愛

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