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大正鬼嫁婚姻譚  作者: 石田空
鈴鹿編

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死闘・三

 大獄丸の数は、両手では足りない。たったひとりでも厄介極まりないというのに、これだけ分身されてしまったら、倒すのにも骨が折れる。

 朔夜は涼し気な顔で、直刀を振るっている。しかし未だ手には凍傷の跡が残り、照彦により無理矢理縛ってなかったら、直刀の柄を持つことすら困難なはずだ。

 いくら強いとはいえど、朔夜にばかり任せる訳にはいかない。

 みずほは自身の刀の柄をぎゅっと握る。自身の霊力が刀身に行き渡るように握ると、そのまま刀を一閃させた。

 刀身は薄青に光り、大獄丸の胴に入る。


「ぐう……っ!」


 引き裂いた感覚を覚え、みずほは刀を引く。大獄丸の血が飛んだ。

 みずほは少しだけ驚く。大獄丸はいくら分身しているとはいえど、そこまで弱体化している訳ではない。みずほが力の入れ方を変えた途端に、彼の動きが目で追えるようになっただけだ。

 大獄丸の動きは乱暴で粗悪で、力でごり押しするだけのもの。しかしみずほは型を習い、実戦により先読みを学び、なによりも手に馴染む刀を使って戦っている。

 なにがそこまで違うのだろう。みずほは少しだけ考えて、気が付く。

 今まで、朔夜に背を預けて、なにを壊しても問題ない場所で戦ったことはなかったのだ。

 みずほは退魔師であり、元々は警察からの依頼で刀を振るっている。ひとりで戦う場合、被害がこれ以上出ないようにとか、あまり建築物を壊さないようにとか、背後を取られないように人質を取られないようにとか、考えなければならないことが多過ぎたが、今は目の前の相手だけに集中できる。

 そしてそれを指示したのは朔夜だった。

 それが知らず知らずの内に、みずほに安心を与え、目の前の相手のことだけ考えればいい余裕を与えていたのだ。

 人ですらないはずの、この男は本当になんなんだろう。みずほは刀を振るいながら思う。

 千年前に生きていた者たちと既知で、憎まれている鬼。金色のさらさらとした髪に、蒼い瞳の鬼など聞いたことがないが、本人の自己申告しか、彼女は知る術はないのだ。

 朔夜は朔夜で、腕が負傷しているとは思えない太刀筋で、大獄丸の胴を狙って戦っている。

 朔夜のほうにいる大獄丸たちが、朔夜の首を狙って大剣を振るうが、それを軽々と朔夜は直刀で受け止めると、足を大きく回して大獄丸の一体を蹴り、彼らを踏み台にして、他の大獄丸を受け止める。

 言葉にすれば大獄丸がでくの坊に聞こえるが、その動きの素早さも大きさも、大獄丸を斬るときのなかなか断ち切れぬ鈍さも知っていれば、これがいかに難しいかがよくわかる。

 こんな芸当を、軽々とやってのける朔夜のほうがおかしいのだ。


「おのれ、おのれおのれおのれ……!」


 それに。数が減っていくと、だんだん大獄丸から余裕が削れていく。吐き出した言葉に、どんどん呪詛が混ざってくる。

 あれだけ力強かった大剣を振り回す動きも、だんだんと愚鈍に見えてきて、それを凌いで一閃をやり込めれば、倒せるようになってきた。

 みずほはそれにおかしいといぶかしがる。

 これは鬼が手足を生やしたことがいけなかったのか、それとも復活したばかりのときに分身したのがいけなかったのか、首だけのときよりも、弱く感じるのだ。

 単純にみずほが楽に戦えるようになっただけにしては、なにかがおかしい。

 その不可解さに眉を潜ませながら、刀を再び一閃させたとき。

 とうとう大獄丸が吐き出した。


「あの女ぁぁぁぁぁぁ……! またも我を愚弄する気かぁぁぁぁぁぁ……おのれ、おのれおのれおのれおのれ、おのれぇぇぇぇ……!」


 その叫び声に、みずほは目を見開く。

 よくよく考えれば、今回の話は最初からおかしかったのだ。伝説とされている宇治の宝蔵が宇治の金持ちの宝蔵と繋がり、そこから封印されていた鬼の首が出てきた……。

 大獄丸が自身の思念をあちこちに植え込みたいだけならば、このまま朔夜の声を無視して、潜伏を決め込んでどんどん屋敷の人間に思念を植え付けて回ればよかっただけの話だ。しかし、彼はひょいひょいと出てきてしまった……。

 最後の一体を残して、全ての大獄丸を倒した朔夜は、最後の大獄丸に直刀を向ける。


「……貴様、また謀られたか。相当懲りないものだな」


 朔夜の憐憫の声を、大獄丸は「うるさい……!」とねじ伏せる。みずほは、それをおろおろとして、朔夜を見上げる。


「あのう……これはいったい、どういうことだったんでしょうか?」


 朔夜はみずほの問いに答えることなく、直刀を向けて声を上げる。


「最後に尋ねる。あれとはいったい、どこで会った?」

「貴様は……知らぬのか……?」

「俺があれの考えていることなど、知る訳がないだろう」


 みずほはその言葉に、ザラリとしたものが胸を撫でたことに気付いた。

 朔夜は、大獄丸を嵌めた「女」の存在を知っている。

 大獄丸は、しばらく金色の瞳で朔夜を睨みつけたあと、すっとまなじりを細めて、声を吐き出す。


「……夢だ。夢の中だ」

「……どうりでおかしいと思った。あれがどこにもいないのは不可解だと思ったら」


 朔夜が硬い口調で吐き出す言葉に、みずほはますます困惑する。正直、彼が探している「女」というのが何者なのか、知りたくはなかった。だが。

 何故か胸の内のどこかで、それを知りたいと願っている自分がいることに気付く。

 なにがどうしてそこまで知りたいのか、自分でもわからなかったが。

 みずほが「あの……」と声をかけたそのとき。

 ふいに朔夜に抱き締められ、彼は遠くに逃げている照彦にも声を張り上げる。


「伏せろ! 絶対に氷柱の向こうから出てくるな!!」

「え……?」


 空が、いきなりきらめいたのだ。

 流星。一瞬そう思ったが、それはすぐに否定された。大量に降ってくる、剣、刀、矛、槍……。それは大獄丸が大量に降らせたものと同じく、無数の得物が、大獄丸目掛けて降り注いだのだ。

 まるで、これ以上余計なことを言うなとでも言わんばかりに。


「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!!」


 最後に、大きな刀が大獄丸の首を撫でたと思ったら、あの赤銅色の首を落とし、頭に刀を突き刺し、そのまま大獄丸は沈黙した。

 みずほは、それをわなわなと朔夜の腕の中で見ていた。


「……なんなんですか、これは」


 たしかに、大獄丸は気持ちが悪い鬼であった。何故かみずほに粉をかけてくるし、照彦に思考を植え付けて、自分を襲おうとした、粘着質な鬼であった。

 だが。首を斬るならまだいい。その首すら冒涜するような戦い方をする物を、魑魅魍魎ですらみずほは見たことがなかった。


「大獄丸は、いったいどうなったんですか? これは……!」


 鬼と剣士。同じように取るべきではないだろうが。こんな戦った相手の沽券を無視した殺し方を、みずほは知らない。

 そもそも、こんな戦い方は、宝蔵に眠っている武器を大量に吐き出さなければ、できる代物ではない。

 これは、宝蔵を持っているものの仕業だ。

 朔夜は、黙ってみずほに回した腕の力を強める。


「……すまん。俺はこれ以上のことは言えない」

「どうしてですか!? あなたはこれをした者に、心当たりがあるんですか!? そもそも、こんなこと。ただの魑魅魍魎ができる訳がないじゃないですか!」


 朔夜はなにも答えない。ただ黙ってみずほを抱き締めるだけだった。

 みずほは、だんだん目尻に涙が溜まってきた。

 自覚はしたくはなかった。認めたくはなかった。みずほは、こんな使命中に思うことではないことを、思ってしまったのだ。


「それは、大獄丸が言っていた、女の人の仕業だからですか? 鬼ですか? 天女ですか? 神通力なんて、そう誰もかれもが簡単に使える訳、ないじゃないですか……」


 今はこの場にいない、姿かたちもない「女」に、みずほは明確に嫉妬している。

 朔夜の存在が、気付けば自分の中でひどく大きくなっていたのだ。


****


 宇治の宝蔵から出た鬼の首は、無残に砕かれた。何者かの宝蔵から出された刀も剣も全ては霊剣の類で、鬼や魑魅魍魎に致命傷を負わせるもの。

 これらは警察に報告し、みずほの今回の任務は終わったのだが。

 いくらなんでも後味が悪過ぎた。

 任務が終わったのなら、すぐに帰らなければいけないのだが、朔夜はあの夜すっかりと腰を抜かしてしまった照彦から、あれこれと聞き出していた。


「お前さんのお父上。本当に今回の一件でなにかしら不可解なことはしてないのだな?」

「そんな、うちの親父様。オカルトの類はぜんっぜん信じないから。多分俺が鬼の首に当てられたなんて言っても、鼻で笑うだけだよっ」


 照彦はぶんぶんと首を振るのに、朔夜は「ふむ……」と顎に手を当てる。

 みずほは答えてくれないだろうが、もう一度問い質す。


「あのう……大獄丸を操っていたという女の人が、旦那様を操っていたと?」

「いくらなんでも、今回の話は出来過ぎだからな。宇治の金持ちの品の買い取りの際に、鬼の首を見つけたなんて」

「そりゃそうですけど……でも、夢でなにかしらいい思いをして、試したとかいうのは? 大獄丸も、夢で会った、みたいなことを言っていましたけど……どうでしょうか?」

「ふむ……夢渡ゆめわたりか」

「夢……ええっと?」


 みずほと照彦が目を瞬かせていると、朔夜が言う。


「千年前の考えだ。夢に出てきたものは、全て実際に起こることだと信じられていた」

「予知夢とか、正夢ですか?」

「今代の夢はどうなっているのかは知らないが、思い込みではない。稀にそういうのがいたんだ……人の夢と夢を渡り歩いて都合のいい話をして、自分の都合のいいように操るような輩が。今代だとどういえばいいのか……生霊を飛ばすとでも言えばいいのか?」


 それに絶句する。

 いくら魑魅魍魎との争いや、鬼との戦いが日常的に行われていた平安時代とはいえど、そんなことを軽々とできるものがいるとは。

 朔夜と大獄丸が「あの女」と称しているのが何者なのかはわからないが、これに出会ったとき、どうすればいいのか。

 みずほは苦々しく唾を飲み込んだ。

 任務が終わり、帰る際。

 照彦とみずほがぼろぼろになって帰ってきたことで、少しばかり騒ぎになったが、みずほが女中を辞めるとなったとき、当然ながら杏奈はすっ飛んできた。


「ほんっとうに……! 坊ちゃまになにもされてないのね!? まさかみずほさんにまで手を出すなんて、あのすけこまし!」


 杏奈が顔を真っ赤にして怒るので、みずほは必死で首をぶんぶん振って訴える。


「ち、違います! 実家から戻って来いと言われたので帰るだけです! むしろ坊ちゃまはずいぶん傷ついているみたいですから、優しくしてあげてくださいね!」

「本当に? ねえ、本当のことを言ってもいいのよ? うちの母に言いつけて、坊ちゃまに説教をしてもいいんだから……!」

「本当ですから! 本当に坊ちゃまは傷ついていますから、お願いですから優しくしてあげてください……!」


 ふたりともほとんど一方的に叫んでから、お別れをした。

 照彦にしてみれば、自分の父親が訳のわからない女に操られた可能性があるということだし、自分自身も鬼の首に操られていたのだし、もうオカルトはこりごりだと思っていることだろう。数少なく照彦に好き勝手言えるのが杏奈と女中頭なのだから、このふたりが優しくしてくれればいいのにと願わずにはいられない。

 朔夜は朔夜で、なにをどう気に入ったのか照彦と会う約束を取り付けている。いったいどうやって会うつもりなのだろうと、首を捻るが、朔夜はできないことがほとんどないのだから、なんとかなるんだろうと思うことにした。

 ふたりで裏口から福井邸を後にする。


「今回のこと、本当になんだったんでしょうか。三大妖怪の一画まで出てきて……ただでさえ、藤原千方みたいなものを取り逃がしていますから、これ以上大事になったら困るんですが」

「いや、残念ながら今後も騒動は大きくなる一方だろうさ。あれを倒さぬ限りな」

「……昨日ははぐらかされてしまいましたけど、朔夜さんのおっしゃる『あの女』っていったいどなたのことですか?」


 みずほが訝しがって尋ねる。しかし朔夜は無言であった。彼はこの質問だけはどんなに尋ねても口を開くことがない。

 それにみずほは少しだけ目を吊り上げる。


「……どうして、この質問には答えてくれないんですか。あなたの正体を聞いてもいないのに」

「いや、あれの正体は俺のことと直結しているし、お前さんにも直結している」

「……直結って」


 そういえば。大獄丸は自分のことを誰かと勘違いしていた。「あの女」と自分を混同しているようにも思えなかったから、別の女性なのだろうが。

 自分はせいぜい、坂上田村麻呂と鈴鹿御前の子孫だというくらいで、それ以外に千年前の有名人なんて知らない。また伊藤を捕まえて聞けばいいんだろうか。

 みずほは少し考えこんで、ふと話を変えた。


「そういえば。大獄丸が宝蔵から出した刀、持ってきてしまいましたが」


 大獄丸の首が粉砕されてから、他の宝蔵の得物は、全てきれいさっぱり消えてしまったが。これだけはみずほがずっと持っていたせいなのか、消えることがなかった。

 それに朔夜は「ああ」と頷く。


獅子王ししおうだな」

「……獅子王って、これって鵺退治の逸話の……って、それは朔夜さんは知りませんか」


 元々は源頼政みなもとのよりまさが朝廷から依頼された鵺退治の褒章として渡された刀として有名だが、それはたしか、今は天皇の宝物庫にしまわれていたはずだ。こんなもの持っていていいんだろうか。

 風呂敷にしまい込んだ刀を見て、みずほは恐々としていたら、朔夜は「んー」と言う。


「俺はその鵺退治とやらを知らないが。これはたしか、お前さんの刀の写しだったはずだぞ」

「……え、私の刀って」

「鈴鹿御前の得物がひと振り、顕明連けんめいれんを元に打たれた刀だったはずだ」

「え……そんな話があったんですか? ですが、これは今は帝の持ち物で……」

「刀を打つのはなにもひと振りだけではないだろう。ましてや仮にも霊剣の写しとなったら、満足するものが打てるまでは打つと思うが。おそらくは、獅子王と名付けられた内のひと振りが鵺退治とやらの褒章で、内のひと振りを勝手に大獄丸が盗み出したのだろうさ。あれは鈴鹿御前にご執心だったからな」

「そうだったんですか……」


 みずほはそろっと風呂敷越しに撫でる。

 どうりで握りやすく、手に馴染むと思った。みずほがそれを大事にしているのに、朔夜は笑った。


「俺は、お前さんにはあの禍々しい霊剣よりは、こちらのほうがふさわしいと思うがな」

「……考えておきます」


 なにも解決していない。

 今回の不可解な事件を操っていた「あの女」がいるとわかった以上、また出てくることもあるのだろうから。

 ただ、今は小休止。

 家に帰ろう。それだけだ。

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