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大正鬼嫁婚姻譚  作者: 石田空
鈴鹿編

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25/54

大獄

 みずほと朔夜がじっと起きるのを待っていたところで、ようやく問題のどら息子の睫毛が揺れた。彼は目を覚ました途端に、部屋の惨状に唖然とした。

 鬼の首に洗脳された本人と朔夜が大きく遣り合ったせいで、壁には傷が入っているし、革張りのソファーには無惨な傷が入っているし、窓は破れている。なによりもみずほのワンピースは明らかに引き裂かれているし、隣には彼からしてみれば見知らぬ異人の青年が立っているし。


「ななななななな…………っ!」


 そのまま叫び出しそうだったどら息子の口を、みずほは慌てて手で塞いだ。


「落ち着いてください! あなた、鬼に取り憑かれていただけです。祓いましたから、もう心配いりませんから!」

「え、鬼……?」

「私たちは、美人局でも詐欺師でも、インチキ霊媒師でもございません。申し遅れました。退魔師を務めていますみずほと申します。こちらは、手伝いをしてくださっている……」


 みずほがきびきびと自己紹介をすると、話を向けられた朔夜は、若干不満そうに頬を膨れさせてから言う。


「……朔夜と名乗っている。我が妻の夫だ」

「あなた、ここでこんな冗談言っている場合ではないでしょう!?」

「別に冗談ではないが。まあいい。お前さんは? どこからおかしくなった」


 ふたりのやり取りに毒気を抜かれたようにポカンとしていたどら息子は、ようやく口を開いた。


「……あー、これ、本当の本当の話ぃ? 鬼に取り憑かれてたとかなんとか」

「杏奈さんからも話は伺いました。あなたの女性の趣味が明らかに見境がなくなったと。私もいきなり襲われたんです。覚えてらっしゃいますか?」

「……あー」


 みずほの言葉に、どら息子は顔を赤くしたり青醒めさせたりを繰り返して、やっとぽつぽつと語りはじめた。


「大学で結構はしゃいで女遊びしてたけど、親父様に連れ戻されてからは、そこそこ真面目に仕事の手伝いしてたよ。あー……うちの悪い噂っておたくはどこまで知っている訳?」

「武器商人とか悪行が触れ回っていますけど、杏奈さんはただの古美術商だと否定しておりました」

「ふうん……まあ、杏奈ちゃんはそう言うわなあ……新聞屋の話も半分は正解で半分は間違い。古美術と一緒にそこそこ胡散臭いもんの売買の仲介をやってるからなあ。で、今回は宇治の富豪が破産したから、うちが資産の大半を買い取った。で、品定めしている中で、一番厳重に管理されていた桐箱を見つけたんだよ」


 みずほは思わず朔夜のほうを見る。

 朔夜は少しだけ天井を仰いでいる。どうも彼はその鬼の首の正体に心当たりがあるらしい。


「一応本来の持ち主に問い合わせたが、蔵のものの一部は代替わりした際にそのまま引き継いだ上に、何度か火災に遭った際に蔵のものを管理していた帳簿も紛失しているという。ただ口伝で、この桐箱は絶対に開けるなとは伝えられていたらしい。そんなまずいもん開けていいのかと親父様に聞いたら、あの合理主義は『そんな迷信にかまうな。見ないことには値段は付けられない』と言ってなあ。仕方ないから俺が開けたんだけど」


 どら息子の顔はほんのりと青くなってきていた。

 朔夜は静かに尋ねる。


「お前さん、そこに鬼の首はあったのか? 今もそれは?」

「……開けたことまでは覚えている。そこに、たしかにあったんだ。白というにはギラギラ光った髪に、ぎょろりと剥いた金色の瞳……そいつに睨まれた途端、俺の中に大量のなにかが流れ込んできて……悪い、そこから先は、記憶が混濁していて、あまり覚えてないんだ」

「ふむ」


 朔夜はどら息子の頭に手を当てるので、みずほは目を吊り上げる。


「既にこの方は正気に返っています! 必要以上の暴力はおやめなさい!」

「いや、この男から鬼の首の気配を探れないかと思っただけだ。目を合わせただけで、そこまで人間に自我を刷り込めるなんて、もう決定だなあ」

「ええ……?」

「あいにく俺も、酒呑童子についてはそこまでは詳しくはないが、大嶽丸についてはそこそこ知っている」

「…………っ」


 みずほは唾を飲み込んだ。

 坂上田村麻呂と鈴鹿御前が、共に力を合わせて倒した鬼の名は、さすがにみずほも知っている。

 どら息子はまなじりに涙を溜めて訴える。


「ほ、本当に……鬼の首のありかは覚えてないんだ……っ! あのあとからは、記憶が混濁して……」

「別にお前さんの言葉を嘘だとは思っとらんよ。ただ、あれも目力で自身を刷り込むことはあっても、定期的に刷り込まなかったら鬼のような行動は取らないさ。みずほ。お前はどう思う?」


 朔夜に話を向けられて、みずほは少しだけ考えてから口を開く。


「……私も最初から鬼の首はここにあると思います。この屋敷、入ってから一度も魑魅魍魎を見かけませんでした。魑魅魍魎が畏怖してここに寄り付かないのだとしたら、弱い魑魅魍魎では対処できないほど強いもの……それこそ、鬼がいるのだとしたら、説明がつくと思います」

「だ、そうだ。ちょっとお前さんじっとしてろ」

「ひやっ……!」


 朔夜はどら息子の髪を掴むと、そこからなにかを探るように目を閉じた。みずほが普段、簪や日傘に仕込んだ霊剣で魑魅魍魎の居場所を探るのと同じく、鬼の首に憑かれていたどら息子を媒介に、探りを入れているような。

 やがて、目を開いたあと、朔夜はどら息子に声をかける。


「お前さん、俺を用心棒として雇う気はないかい?」

「はあ?」

「はい?」


 どら息子だけでなく、みずほもまた、口をあんぐりと開いた。

 ひとまず、応接間の掃除を済ませてから、それぞれ部屋に戻っていった。

 朔夜がなにを考えているのかはみずほもわからないが、件の鬼は狡猾にも気配を隠しているのだから、どら息子のようにまたも誰かに自我を植え込み、使用人たちに危害を加えるかもしれないのだから、それは阻止しなければいけない。

 女中室へと戻ったとき、みずほは気が付いた。

 そういえば、小福屋の社長は裏できな臭い商売もしているらしいが、鬼の首が危険だということは知らないままだったんだろうか。肝心のどら息子の証言が曖昧過ぎて、宇治の宝蔵から買い取った桐箱の処遇をどうするつもりだったのかの確認が取れていないのだ。

 そこまで考えて、みずほは溜息をつく。

 ……自分はいまいち頭がよろしくないし、力技でしか物事を解決することができない。繊細さが欠片ほどにもないのだ。

 明日起きてから考えよう。

 しかし……大獄丸の記憶を植え込まれていたどら息子が言っていたことを思い返す。

 ──だまと呼ばれた。

 それは女性を差す言葉だったのか、それともみずほを誰かと勘違いしていたのかがわからないが、大獄丸は明らかにみずほを誰かと勘違いしていたように思える。

 聞いている説話では、大嶽丸は絶世の美女とされる鈴鹿御前に惚れ込んでいたとされている。彼女のどこにも「だま」と呼ばれる要素がないのだ。説話には幼名や愛称は残ってないのだから、幼名か愛称だとしたら、それまでなのだが。

 なにかが引っかかる。

 女中用ベッドに入り込み、みずほは泥のように眠りについた。

 朝、起きたときには、鬱々と悩んでいたことなど、けろりと忘れてしまったが。


****


 次の日、当然ながら警察沙汰になっていた。

 幸いにも浄野が裏で根回しをしてくれたおかげで、新聞沙汰になるほどの騒ぎにはならなかったものの、成金で知られる商家に警察が入ってこれば、なにかと人は噂を立てるものである。

 使用人たちも全員警察から事情聴取を受け、社長も話を済ませてから、業者を呼んで応接間を修復される。

 お金を持っていると、あれだけ凄惨だった場所も簡単に修繕されるのかと、みずほは唖然として眺めていた。

 みずほが襲われたという話は、どうにか浄野の根回しによって流されたものの、おそらくはあの異母兄のことだから相当腹を立てていることだろうと、みずほは委縮する。

 そしてどら息子はというと。


「で、あんたはなんでうちで働きたかったんだよ?」

「我が妻の様子を見たかったというのがひとつ。お前さんが我が妻にこれ以上ちょっかいをかけられないよう見張るというのがひとつ」


 なにを冗談を言っているのかと、みずほは頭を抱えるが。

 どら息子が仕立てた洋服を着こなす朔夜を見たら、思わず黙りたくもなる。

 スーツを着ると、和装よりも朔夜の足の長さが際立ち、金色の髪も蒼い瞳も、なんの違和感も覚えなくなるのだ。形だけとはいえど、どら息子の用心棒という形だった。

 女中たちはざわついて朔夜を眺めているのに、みずほは頭を抱えたくなったものの、使命の都合上、みずほと朔夜の関係がばれるのは困るため、みずほは必死で他人のふりをする羽目になった。

 朔夜はどら息子に軽口を叩く。


「鬼の首は近い内に俺のほうに来るだろうからなあ。そのとき、万が一取り憑かれていたお前さんに危害が及ぶ場合、我が妻が気に病むだろうから、お前さんの護衛をする気になったんだ」

「お、鬼……って、あれ、本当にどこにあるのか……」


 昨日の今日のせいで、すっかりとどら息子は朔夜に対して下手に出ている。

 女中たちが朔夜のほうに視線を送っている中、杏奈は不思議そうに眺めていた。こちらは幼馴染のほうを気にかけているようだ。


「坊ちゃま、急に用心棒を連れてきてからは、少し前に戻ったみたいねえ」

「そ、そうなんですか……?」

「ええ。あの方。基本的に上から出られるのには弱いの。皆は身分のことを気にして、ほとんどは下手に出てしまうから調子に乗るんだわ。あの方、小心者だから。旦那様が連れてきたのかしらね、あの護衛の方は。坊ちゃまのことをよくわかってらっしゃるわね」

「あはははははは……」


 その杏奈の言葉には、みずほは必死で誤魔化すことしかできなかった。まさか物理的に押さえつけられたから、朔夜に対して脅えているなんてこと、言える訳がない。

 ひとまず朝の仕事を終えてから、みずほはこっそりと中庭で朔夜と落ち合う。


「あの……朔夜さんはいったい、鬼をどうやって誘き寄せるんですか?」

「いや? もう最初から俺はあの坊ちゃんを使って呼び出しているから。あれは俺のことを相当恨んでいるから、夜にでも呼び出しに応じるだろうさ」

「は、はあ……!?」


 みずほは唖然とする。

 鬼のことはわからないし、ましてや千年前のことなんて田村家に伝わっている説話くらいのことしか知らない。

 みずほが口をあんぐりと開けている間、朔夜はからからとなんてことない顔で笑う。


「あれは坊ちゃんに刷り込んだ分の自我だけで、俺に怒りを向けてきたからなあ。鬼の首本人だったら、より一層俺に憎悪を向けてくるだろうさ。だから、単純に坊ちゃんに残っていた鬼の因子に『俺はここにいる。いつでも殺しに来い』と思念をぶつけて、屋敷中にばら撒くだけでよかった。坊ちゃんを使って思念をばら撒いたんだから、最悪坊ちゃんは狙われるだろうさ。さすがに私闘に巻き込むのは申し訳ないから、こうして護衛を仰せつかったんだなあ」

「わ、私には、話が大き過ぎて、もう、なにがなにやら……」


 みずほがめまいを覚えている中、朔夜はからから笑って、みずほの頭を撫でる。

 目尻を下げて、少しだけ寂しそうに笑みを向ける。


「訳がわからないのなら、それでいい。今は大獄丸を倒すことだけ考えればいい」

「……一応、理屈はわかりましたけど。でも、どうなさるおつもりですか? さすがにこんな屋敷で戦ったら、屋敷が持ちませんよ」


 以前に四鬼と戦ったときだって、外で戦い、人気ひとけがなかったからこそ全力で戦えたのだ。路地はぼろぼろにされたし、石畳だって捲れてしまっている。

 そもそもどら息子に刷り込まれた鬼だけで、応接間は滅茶苦茶になってしまったのだから、鬼の首はどうなるのか。

 朔夜はにこやかに笑う。


「まあ、坊ちゃんになんとかしてもらうさ」

「……人のことを、あまりいいようには使わないでください」


 みずほは、そう朔夜をたしなめることしかできなかった。

 それにしても、と思う。

 朔夜はみずほの先祖と戦ったことがあると言っていた。そして大獄丸とも縁があるという。

 本人はかつて先祖が戦ったとされる悪路王ではないと言っているし、だとしたら彼はいったい何者なのか。

 彼のでたらめが過ぎる力を見ても、みずほは未だにわからない。

 なによりわからないのは、彼のでたらめな力に唖然とすることはあっても、みずほからしてみれば、ちっとも怖くはないということだった。

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