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大正鬼嫁婚姻譚  作者: 石田空
鈴鹿編

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辻占

 坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろ鈴鹿御前すずかごぜん

 伝承や御伽草子、能や浄瑠璃により細分されているが、おおむね共通項として、ふたりは夫婦として鬼と戦ったというものがある。

 征夷大将軍であった坂上田村麻呂と、天女とされる鈴鹿御前。

 人と人でない存在。

 ふたりの間には娘が生まれ、その娘が代々彼女の残した刀を受け継いだとされているが、その伝承にも謎が存在している。

 鈴鹿御前は、いったいどこに行ってしまったのかと。

 黄泉の国に行ったとも、天に帰ったともされているが、その後の行方はぱたりと途切れている。

 坂上田村麻呂の子孫である、田村家でも、その詳細は残されていない。

 ただひとつ、不可解な話が残されている。

 田村家に残された鈴鹿御前の刀、顕明連けんめいれんは代々女しか鞘から抜くことができないにもかかわらず、田村家の本家からは、なかなか女が生まれることがなかったのである。

 今代でも、現当主の生野せいやとその妻の高子たかこの間に生まれた子供は全てが男児。唯一生まれた女であるみずほは生野と妾の子供であり、妾はとっくの昔に亡くなってしまっている。

 それは天女の血が残りにくいのか、天女は嫉妬深くて伴侶の一族すら女に明け渡すことを嫌っているのか、謎に満ちている。

 時は流れて大正の世。

 かつての先祖が各地で鬼を討伐していたかのように、子孫のみずほは残された刀を振るって魑魅魍魎ちみもうりょうと戦っている。

 先祖が封印したとされている、正体不明な鬼と共に。

 このところ、町の様子は不可解であったが、魑魅魍魎の引き起こす惨劇の中でも、人の営みが止まることはなく。

 その営みを守るのが、退魔師であるみずほの使命である。


****


 先日の四鬼との戦いで負傷したみずほの貧血もやっと治まり、彼女は今日も朝から鍛錬を済ませ、朝餉をつくっていた。

 味噌床に漬けていた魚の切り身から味噌を拭いて焼き、干しきのこで出汁を取って醤油で味付けした吸い物をつくる。ご飯を釜で炊き、香の物は糠床から大根を刻んでいただくことにした。

 いつもと比べると大分楽したものだが、それでも厨での料理は骨が折れる作業だ。みずほが出来上がったものを器に盛ってお膳に載せていると、母屋に戻っていた異母兄の浄野きよのに気遣わし気に声をかけられた。


「みずほ、病み上がりだっていうのに、もう朝餉の用意をして大丈夫かい?」


 その声に、みずほはにこりと笑う。


「心配かけて申し訳ございません、異母兄様にいさま。もう今日からは復帰できます。またなにか、不可思議な事件はございますか?」


 それに、人のよさそうな顔をしている浄野は困ったように押し黙ると、ようやく口を開いた。


「今はまだなにも。先日の連続女学生殺人事件がようやく終息したところだからね。ただ、首謀者が見つからないというので捜査は続けているけれど……」

「そうですか……」


 先日みずほたちが追っていた連続女学生殺人事件。

 何故か女学生ばかりが凄惨に殺されるという事件の黒幕は、封印されていたところを起こされたとされる、藤原千方ふじわらのちかたという不可思議な術を使う豪族であった。彼は自身の使役している四鬼と呼ばれる人工的に造られた鬼の素材として、殺された少女たちから体の一部を奪っていたのである。

 四鬼はみずほと彼女に付き従う朔夜のおかげで倒せたものの、肝心の術者である千方を捕まえなければ、またいつ四鬼を再び造られるかがわかったものじゃないので探しているが、警察やみずほの霊剣による探索をもってしても、ぱたりと行方をくらませてしまっていた。

 時間を無駄にしてしまったから、次こそ探し出さないといけない。みずほはそう思ってお膳を持っていこうとして、ふと気付く。


「そういえば、朔夜さんは?」

「あれ、朔夜様はみずほから離れないだろう? いないのかい?」

「私が鍛錬に起きる頃には、既にいらっしゃいませんでしたが」


 みずほが怪我してから、ほとんどをみずほの周りで過ごしていたというのに。浄野も母屋で両親に朔夜のことを報告に行く頃には、まだみずほの傍にいたというのに。

 浄野は「ちょっと探してくるよ」と言って、みずほを厨に置いて中庭まで出るが、中庭には誰もいなかった。

 桜の木が揺れる以外には、三つの祠しかそこにはない。

 田村家の先祖である坂上田村麻呂のものに、鈴鹿御前のもの、正体不明のもの。そもそも、朔夜が封印されていたのはここであった。

 今はどれも花が生けられ、供物が供えられている以外見えない。

 朔夜はどこに行ったのか。まさかみずほを放置して、自分ひとりでどこかに行くとも思えないが。そう思って浄野が再び探そうとしたとき。

 ぽーんぽーんとなにかが投げられているのが見えた。

 ボールだ。


「ここで遊んでいて、怒られないか?」


 みずほ以外に、ここまで優しく声を出せるとは思っていなかった。

 あの金髪に碧眼。驚くほど人目を引く容姿の彼は、ボールを投げて遊んでいたのである。

 彼の影には、田村家長男の大野の息子、大馬がいた。

 まだ初等学校に上がる年頃ではないものの、田村家の跡継ぎとして家庭教師を付けられ、稽古事もさせられて、小さいながらに重圧を強いられている彼は、ときおり嫌気が差して、屋敷総出のかくれんぼをしでかすことがあった。

 今日はさっさと朔夜が見つけて、一緒に遊んでいたらしかった。

 大馬は頬をぷっくりと膨らませる。


「……やだ。さいきんお母様もお父様も遊んでくれないのに、べんきょうべんきょうばっかり……」

「ははは、どの時代も子供はそんなものか」


 朔夜は長身であり、着物の袖ははためくのにもかかわらず、それを物ともしない身のこなしで、ボールを優しく大馬に投げていた。

 朔夜に笑いかけられ、大馬はますますぶすくれる。


「笑わないでよ、みずほちゃんところにかってにいすわってるくせにー!」


 大馬はボールをぼすんと朔夜の顔に向けてぶん投げるが、朔夜は軽々とそれを受け止める。


「まあそうだなあ。勉強は遊びであり、自分を自由にするためにするものだからな」

「……べんきょうがあそびなわけないじゃない」

「そうか? 英語を知っていれば異人ともしゃべれるし、意思疎通が可能になる。意思疎通ができなかったら、相手に自己紹介することも、この国の決まり事も、したい交渉もできないだろう?」

「えいごは、まだわかんないけど。さんすうは? かきとりは?」

「算数を覚えると、どうすれば自分が得するか計算できるようになる。書き取りだったら、好きな相手に恋文のひとつでも送れるようになる。洒落た言葉はどの時代の女も好きなもんだからなあ。誰でも読めるように、ひらがなで洒落たことを書けばいいんだし」


 それに、大馬は朔夜からボールを受け取って、まじまじと彼の顔を見る。


「それ、本当?」

「嘘ついてどうするんだ。世の中ややこしくなっても、変わらないことのほうが多い」

「……使用人たちに見つかったら、またおばあ様に怒られるかな」

「お前さんのおばあ様は優しいからな。今の内に会いに行けば、お母様とお父様からの苦情から守ってくれるだろうさ」


 朔夜の言葉に、やっと大馬は納得したように頷いた。


「……わかった。おばあ様のところに行ってくる」

「ああ、そうしたがいいさ」


 大馬がぺこんと頭を下げて去っていくのを朔夜が見送ったところで、やっと浄野が彼に声をかけた。


「ここにいらっしゃったんですね。みずほが朝餉の時間だと探していましたよ」


 そう声をかけると、ようやく朔夜は振り返った。


「ああ……我が妻はもう壮健になったか」

「壮健かどうかはわかりませんが……あの子も怪我はすぐ治る体質で、そのことを本人は気にし過ぎるあまりに、無理をしますから。しばらくは警察の依頼も停止していますから、まだあの子は休ませたいですが」

「そうか」


 骨折こそ治るのには時間がかかるが、それ以外の怪我はすぐに治ってしまうし、本人が一番それを気味悪がっている。

 実際、田村家の不可解な関係は、彼女の不可解な体質により、綱渡りのような危うさをもって成立している。それは鈴鹿御前から来た体質なのか、田村家に生まれた女は皆こんな体質なのかは、田村家の当主しか知らないのだから。

 しかし朔夜は、別段それを気にするそぶりも見せない。


「まあ……我が妻にそのことを言わなければ構わぬよ。今代の我が妻は、ひどく気にするそぶりを見せるからな」

「……みずほのこと、よろしくお願いします」

「貴様に言われなくとも」


 朔夜はぷいっと浄野に背を向けると、さっさとみずほのいる離れへと向かっていった。

 浄野は彼の行動に、そっと溜息をついた。

 朔夜は田村家を憎んではいるが、少なくとも血の薄い大馬や、嫁いできたがために全く血を受け継いでいない高子や春子に対しては害意を向けていない。

 千年前の者ならば、一族郎党皆殺しという考え方もあったのだから、今はその害意が彼女たちに向けられていないことに、浄野はそっと感謝したのだ。


****


 朝餉を食べ終えたあと、みずほは日傘を持って早速町の散策に出ていた。

 浄野は止めたものの、連続女学生殺人事件のせいですっかりと閑散としてしまった町並みが気がかりだったのだ。朔夜はそんな彼女にほいほいとついていく。


「病み上がりだが、ずいぶんと張り切っているなあ?」


 朔夜にそう声をかけられ、みずほは苦笑する。


「張り切っているのかはわかりませんが……私も今、町がどうなっているのか心配でしたから。なにかよくないものが次から次へと起きているのなら、原因を探ったほうがいいと思いまして」

「そうだなあ……」


 前に女学校に潜入したときは、眠っていたはずの絡新婦じょろうぐもが目を覚ましたが故に起きた事件であった。

 眠っていたものが起きるとは、いったいどういうことなのだろう。

 そもそも、朔夜だって正体不明なれど、千年前に先祖と戦っていた鬼だというのだから。

 なにか悪いことが起きようとしているのならば、それを阻止するのが先決ではないだろうか、とみずほは思うのである。

 朔夜の気のない声に、少しだけみずほは頬を膨らませていたところで。


「もし」


 甲高い声がかけられた。みずほは最初、自分にかけられた声と気付かなかったが。


「もし、そこのお嬢さん」

「……私、ですか?」


 ようやく立ち止まって振り返った先には、机と椅子が並べられていた。辻占い師である。机の上には、人の顔が映し出せそうなほどに大きな水晶玉が鎮座している。

 辻占い師のほとんどは、今は亡き陰陽寮からの名残である。明治の頃に廃止されてからは市井に散らばり、拝み屋として胡散臭い商売をしているが、あまり大きな宗教にならない限りは放置されていた。

 退魔師として、そのあたりのことは知っているみずほは、占い師を胡散臭く思い、答えてしまったことを後悔する。なによりも辻占い師の占い料は、ぼったくりに近い値段なのだ。


「……すみません、今は急いでいますので」

「少し遠目で見て驚きました。あなたに嵐が近付いていることに。因縁で絡めとられて雁字搦め。ここまでのものは私も長らく見てきて初めてです」

「はあ……」


 そりゃ魑魅魍魎と毎夜戦っていれば、なにかしら呪詛を向けられることもあるだろう。因縁つけられたと言えば、先日戦った鬼をつくった外法師のことだろうか。

 みずほは無視して通り過ぎようとしたが、辻占い師は続ける。


「お気を付けなさい。そろそろあなたは、因縁と向き合わねばならなくなります。そのとき、あなたもただでは済みません」

「それならば、私はどうすればいいんですか?」


 さすがに何度も何度も因縁を付けられて腹が立ち、みずほは意地の悪い質問をした。

 因縁と向き合うなど、誰にでも起こりえることなのだから、みずほでなくても当てはまるのだ。この手の詐欺まがいな拝み屋とは、退魔師の仕事柄何度も遭遇してきた。

 みずほの言葉に、辻占い師は怯むこともなく、澱みなく言う。


「今、信じてる物が全て崩れ落ちたとしても、たったひとつだけ信じられるものがあるでしょう。それは真に信用に値するものではなく、見過ごしがちなものです。それだけはくれぐれも手放しませんように……あなたの因縁はあまりにも強く雁字搦めにあなたを苦しめるでしょうが、それでも……うっ」


 座っていた辻占い師が、ふいにぐらっと体を傾けた。

 さすがに演技にしてはおかしく、みずほは近寄ると、彼女は全身で息をしていた。


「……あなたの因縁は、本当に恐ろしいものですね。水晶玉が」

「え……?」


 さっきまで人が映し出せそうなほどに磨き抜かれて光を放っていた水晶玉には、大きくひびが入っていた。

 みずほが困り果てていると、朔夜がそっと辻占い師の腕を掴んで立ち上がらせた。


「悪いことは言わん。早く医者にでも診てもらえ」

「……ええ、そうします。あなた方も、どうかお気を付けて」


 辻占い師はのろのろと片付けはじめたのを、みずほは愕然として眺めていた。朔夜は顎を撫で上げて、ぽつんと言う。


「お前さんはあまり占いを信じてはいないようだが……あれは本物かもしれんな」


 みずほは、言われたことを頭の中で反芻する。

 嵐が来る。信じている物が崩れる。

 これは、このところ続いている騒動となにか関係するんだろうか。信用に値しないものだけは信じろとはどういうことなのか。

 胸騒ぎするまま、ひとまずみずほは朔夜を伴って、町の見回りを終えたのだった。

 その日は珍しく、魑魅魍魎の少ない日であった。

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