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大正鬼嫁婚姻譚  作者: 石田空
退魔編

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17/54

因縁

 どの時代にも政権に不満を持ち、国家を転覆させようとするものは存在する。

 千年前の都でもそうだった。

 豪族が国家転覆を謀り、頓挫したのだ。

 彼は言霊ことだまを使って魑魅魍魎を縛り、それを意のままに操った。更に自身の操るものの改良を図るために、遺体から皮を剥ぎ、その中に自身の操る魑魅魍魎を注ぎ込み、あちこちに侵入させたのだ。

 やがて、彼は四体の鬼を使役するまでに至る。

 人が使役できるような鬼だ。本物のそれよりもよっぽど力が頼りなかったが、それでも人よりはずっと強い。

 その外法使いの名は、藤原千方ふじわらのちかた

 本人よりも、彼の使役する鬼のほうが名を遺した、外道の術者。

 なんの因果か、千年の時を超えて蘇った彼は、大正の世で外法の復古を願い、暗躍していた。


「……本当に、因縁とは消えぬものだな」


 彼はまだ、四体の鬼を完全に復古できたとは言い難い。

 この時代の魑魅魍魎を使って素材を集めたものの、この時代の葬儀は基本的に火葬だ。千年前のように、道端に死体が落ちてない以上は、つくらなければ素材を集めることすらできなかった。

 今代の退魔師たちと戦っている四体の鬼を見ながら、さらなる改良に努めなければならない。

 まだ千年前、都を震え上がらせた伝説の四鬼と呼ぶには、まだまだ力が劣るのだから。


****


 瓦斯灯がすとうの灯りが点り、いよいよ夜が迫ってきた。

 そしてみずほと鬼の戦いも極まってきていた。

 顕明連けんめいれんをぎゅっと握りながら、鬼の拳を避け、一閃を入れる。顕明連がきらめき、青い光が刃に力を満たす。

 しかし鬼の甲殻は分厚く、顕明連に力を満たしてもなお、傷ひとつ負うことがない。


「……このっ」


 みずほが刀を構え直し、再びひと太刀を浴びせようとしたものの、鬼は避けて、手にしていた刀を投げてくる。みずほはそれを刀で捌いた瞬間を見計らって、鬼は拳をみずほの足元へと打ち込んできた。

 その拳圧。拳を振るうだけで強い圧が発生して地面が抉れ、みずほの足場すら危うくなる。


「しまっ……」


 足場が乱れて、みずほの太刀筋の型が崩れたところで、鬼が飛んできて、大きく蹴りを入れてきた。それを避けきることができず、みずほは吹き飛んで、かんかん橋の上へと落ちる。

 今、この辺り一帯は警察により交通規制を敷いている。しかしこれ以上鬼が暴れまわったら、交通規制を行っている警官たちをも巻き込んでしまう。

 受け身で背中の直撃は免れたものの、蹴られた部分はジンジンと痛む。あばらは折れてはいないようだが、次に拳を入れられたら間違いなく折れる。これ以上相手の拳を浴びるのは避けなければいけないが……。


「……これだったら、まだ斬られたほうがマシだった」


 刀よりも拳のほうが、よっぽど気を使わなければならないから厄介だ。骨折したら、しばらくは身動きを取ることができないのだから。そう思いながら、みずほは立ち上がった。唇を噛んで、痛みを誤魔化す。

 鬼はやってきた。


「……なんダ。貴様もおんなじか」


 鬼越しに声をかけてくる存在が、嘲笑を混ぜた声をかけてくる。


「まだなにか話すことがあるんですか」


 先程向こう側からさんざん好き勝手なことを言ってきた何物かは、鬼越しに続けてくる。


「愚かな娘、まだ貴様モ力が戻らぬということか」

「……本当に、なにを言っているんですか」


 背中をイラリと苛立ちが通っていくが、それは首筋までせり上がると熱が引いていく。

 いちいち敵の話を聞いていたら、刀を振るう暇がなくなるからだ。みずほは再び顕明連に力を込めると、青い光を撒き散らす。

 鬼は再び大きく腕を振るってくるのを、みずほはどうにか太刀筋で拳圧を圧し切って進む。

 いい加減、この甲殻を攻略する方法を考えなければ。

 鬼は続ける。


「貴様も、本来ならバこちら側だというのに」

「だから……! 本当にあなた方はなんなんですか! 人のことを本当に好き勝手に言って……!!」


 みずほはそう吐き捨てると、そのまま刀を持って鬼まで走っていく。鬼は拳をみずほの鳩尾を狙って振り上げてくる。

 ……本当に、不愉快だ。

 みずほは魑魅魍魎に勧誘を受けたのは、実のところ初めてではない。いつぞやの男嫌いの絡新婦じょろうぐもに至っては伴侶にしようとしてきたほどだ。

 ……皆、本当に私のことなんかどうでもいいのか。そう余計に苛立ちが募る。

 魑魅魍魎が欲しているのは、結局のところは彼女の持つ刀が鈴鹿御前のものであり、みずほ本人ではない。あくまで鈴鹿御前の血筋を欲しているに過ぎない。

 その血筋ゆえに田村家にかろうじて居場所があるが、それ以外によるべがない。田村みずほ本人を請われたことは、彼女の人生の中でも本当にわずかなのだから。

 そう彼女が考えた途端に、鬼はみずほの鳩尾に拳を抉り込んできた。着物を裂き、その鋭い爪は彼女の臓腑にすら、深く入っている。

 みずほは、ゴフリと血を吐き、握っていた刀を手放した。

 ……そして、薄く笑うと、自身の頭に仕込んでいたかんざしを引っこ抜くと、鬼の耳の穴に突き刺したのだ。


「……き、さま……!」

「……鬼であろうが魑魅魍魎であろうが、いくら硬い外殻に覆われていようとも、薄い部分は弱いものです」


 鬼の腕を無理矢理引っこ抜くと、みずほは口元の血を拭い、地面に転がった刀を拾い上げる。そのまま鬼の腕の付け根を斬りつける。

 鬼は、とうとうゴポリと血を噴き出した。


「……貴様、力が失われテいたのでは……」

「だから、あなたのおっしゃることはわかりません。おっしゃりたいことがあるのならば、今度は結界の向こうからいらっしゃい。いくらでも相手になりますから」


 これ以上鬼はなにも言わず、そのまま体は崩れ、ばらばらになってしまった。

 ……どのみち、この鬼をつくった存在も、退魔師のことを知った以上は、女学生たちを祢々《ねね》を操ってまで殺して回ることもできなくなるだろう。

 結界に阻まれたせいで、この存在を追い詰めることはできなかったが、ずっと結界の中に入っていることもできまい。


「……次は、絶対に逃がしません」


 みずほは刀を振るって血糊を取り、鞘に納めると、座り込んでしまった。

 普通、臓腑を傷付けられたら出血多量で最悪死に至るのだが、みずほはくたびれただけであった。

 これは坂上田村麻呂の血筋というよりも、鈴鹿御前の血筋のせいだろうか。彼女は幼い頃から、傷ができてもすぐに塞がってしまうのだ。

 血を流すことは怖くない。だから刃物も怖くないし、剣戟もちっとも気にしない。

 むしろ、血がすぐさま固まり、傷口が塞がる様を見られることのほうが、よっぽど怖い。

 ……みずほが義母の高子と気まずい関係なのは、これに由来するのだから。

 高子からしてみれば、義娘は化け物にしか見えないのだから。


****


 邸宅と邸宅を繋ぐ路地は、大通りよりも開けていないが、一般人の住まう路地よりはよっぽど広い。

 瓦斯灯が等間隔で並ぶそこで、衣冠の男が異形のものと戦っていた。しかしそれはほとんど戦いというよりも蹂躙に近かった。

 影から影へと移り、その都度襲い掛かってくる鬼を、朔夜は黙って直刀を振るって風を吹き荒らす鬼を巻き込んで殴り掛かり、吹き飛ばした鬼を水を操る鬼の元へとぶつけていた。

 途中で反撃とばかりにかまいたちが投げつけられるものの、風の輪を簡単に直刀で薙ぎ払い、足元をぬかるませて身動き取れなくしようとする水たまりは飛びのいて避けていた。

 朔夜は「ふむ……」と言いながら、目の前の鬼を値踏みする。


水鬼すいき風鬼ふうき隠形鬼おんぎょうきか……だとしたら、我が妻の元にいるあのでたらめな太刀筋の鬼は、金鬼きんきが化けたものか。あれは少々妻には分が悪いと思うが……本当だったら隠形鬼あたりと戦っていればよかったんだがなあ……妻がまた勝手に落ち込んでいないといいが」


 朔夜の至って冷静な声に、隠形鬼越しに声を荒げる。


「貴様……まタ我々の邪魔をするというのカ……!」

「そうは言ってもなあ。貴様と組む理由もどこにもないのだから、こうして殺すのが礼儀だと思うが」

「本当に、千年前からその根性はなにも変わっておらぬな……っ」

「なあ……藤原の。取引をしても俺は一向にかまわないんだが?」

「なんだ、上から目線に取引とは」

「千年経った今でも、貴様は俺にちっとも勝ててはいないと思うが? それに貴様のことだ。どうせ我が妻に勧誘をかけているだろう? 妻の性格上断っているとは思うがなあ」

「…………っ」


 もし、ここでみずほと朔夜、そして鬼越しにしゃべっている外法使いの千方のことを知っている人間であれば、違和感を覚えることだろう。

 みずほと対峙しているときは鬼越しとはいえども上から目線なのだが、朔夜と対峙しているときは、千方はただひたすらに及び腰なのだ。もし藤原千方といえば四鬼よんきと言うほどに、彼の使役している四鬼が万全な体勢であったらその限りではなかっただろうが、よりによって準備期間中に朔夜に出会ったのだ。

 千年前、朔夜にしてやられた千方からしてみれば、彼に刻まれた苦手意識は、千年経って蘇った今でも、そう簡単には払拭されてはいないのだ。

 朔夜は淡々と鬼に直刀を振り回すと、一見力任せで乱暴な回転は、的確に鬼の脇腹を、間接を、胴体を抉り、だんだん鬼の動きは鈍くなっていく。

 朔夜が暇つぶしのように言う言葉に、だんだん鬼の向こう側の千方が震え上がった。


「……貴様、正気か?」

「俺は妻の平穏が第一だ。至って正気だ」

「ぬかせ。貴様なぞに付き合っておれるか」

「だが、そういう貴様は、どうして自分が蘇ったと思っているんだ? 自力で転生できる訳がなかろうが」


 朔夜の言葉に、鬼はぶんぶんと首を振った。鬼は既に朔夜に蹂躙され、かろうじて鬼越しに千方と会話ができる程度にしか動く部分は残されていない。他は、だんだんと砕けてきて、半分ほどは消えかけてきている。


「……貴様の酔狂などに、付き合っておられるか」

「俺は、自分自身の承認欲求のために、国を転覆させるべく外法を操る貴様のほうが、よっぽど理解ができないがなあ……残念ながら、俺は歌をそこまで詠めなんだ。貴様の鬼のたむけは、俺の刀で勘弁してくれ」


 そう言って、朔夜は鬼に向かって直刀を一閃させる。

 風鬼は風を起こして防ごうとするが、水鬼は水で衝撃を弱めようとするが、朔夜の一閃で風は切り開かれ、水鬼の起こした水で流されていく。最後に隠形鬼は影へと逃げようとするものの、朔夜が「逃がさん」とひと太刀を浴びせると、とうとう逃げることもできずに斬られる。


「貴様、貴様…………! 必ず、今度コそ、必ず……」

「……残念だなあ。俺は、今代では貴様とそこそこ上手く付き合えると思っていたが、俺の取引に応じてくれない以上は、結界を突破し次第、倒すしかないか」


 大して残念でもないような口ぶりで、もう話すことはないとばかりに、鬼たちを次々と絶命させる。

 そのまま形は崩れていき、消えていくのを見ながら、朔夜は「ふう」と息を吐いた。

 全盛期の自分であったら、結界を破るくらい大したことではなかったが、朔夜自身の未だに力は完全に取り戻してはいない上に、とかく今代はなにもかもが壊れやすい。自然と力を加減しなければ、簡単に町がなくなってしまうのだから、厄介極まりない。

 さっさと鬼の一体でも叩き割れば、千方は四鬼の復古に執念を燃やすのを諦めて、さっさと自分に与していたかもしれないが、結局千方が逃げただけで終わってしまった。


「まあ、敵の敵は味方なんて単純な話で、済む訳はないか」


 みずほが完全に力を取り戻すまでに、全ての決着がつけばいいと思ったものの、そう易々とことは進んでくれないようだ。

 朔夜はひとまずみずほの元へと戻ることにした。

 あまり早く戻れば、彼女がまたも勝手に落ち込みそうな気がするし、あまり遅かったら心配してこちらへ来るかもしれない。

 朔夜は、彼女を守るためには、まだ全てを口にすることはできないが、これだけは真実だ。

 朔夜は、深くみずほを愛している。

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