プロローグ(仮)
「平凡」とは何だろうか。
その答えは普通、人によって異なるだろうが、僕の周りの人にとっては違う。
僕の周りの人にとって平凡とは、「善人」。つまり、僕こと真野善人のことを指す。
成績は平均点やや上、スポーツはできなくはないけど際立っているわけでもない。
容姿だって日本人らしい童顔で、「うーん、まあギリギリセーフかな?」と思われる程度だと思う。
……まあ、容姿に関しては主観も入っているので、必ずしもというわけではないけど…。周りの人からは特にいじられも褒められもしないから、普通であるとは思う。
とにもかくにも、「善人」という存在は、誰から見てもありきたりで平凡な存在であるのだ。
そんな平凡な僕とは打って変わって、才能の塊のような存在もいる。
何をしても輝きを失わず、どうあがいても目立ってしまうような完璧な存在……そう、例えば「姉ちゃん」のような存在だ。
僕の姉ちゃん、真野舞桜はあらゆる面において天才である。
成績は常に学年トップ、スポーツも大会に出れば必ず入賞。芸術においても類まれなるセンスによって、あらゆるコンクールなどを総なめしている。
おまけに顔もスタイルもすべて抜群であり、今すぐにアイドルか女優かのオファーが飛んできてもおかしくないレベルだ。というかむしろ何件かすでに来ていたりする。
そんな誰から見ても完璧で、非凡な姉ちゃんのおかげで、僕の平凡さはより平凡であることを証明されているのだ。
そして、そんな姉ちゃんだが、何よりも平凡でなく、他と違う点がある。
それは――。
「ねえ善人、何を考えているの?」
そこでふと僕は思考を止めて、目の前にいる姉ちゃんの方に目をやった。
頬をわずかにふくらまし、普段は大きな目を細めて不満さをアピールしている。
どうやら、自分を目の前にしながらも他のことを考えていた僕に対し、姉ちゃんは大層ご立腹のようだ。
「ああ、ごめんごめん。ちょっとこれからどうしようかなって…。」
「そんなこと善人は考えなくてもいいのよ。善人はお姉ちゃんのことだけを見て、お姉ちゃんのことだけ考えてればいいのよ。」
「いや、でも…。」
そういうわけにもいかないでしょう。と続けようとした口を姉ちゃんはその白魚のような指を1本立てることで塞ぎ、そしてにっこりとして言った。
「大丈夫。全部お姉ちゃんに任せて?さっきも何とかなったでしょう?」
いや、それはどうかな…と、塞がれた口の代わりに視線を周りに向けることで異議を唱えようとする。
少し前までは、この場所というのは壁や柱には豪華な装飾が絢爛と輝き、床には美しい真紅の絨毯が芸術品のように敷かれ、そして華々しい美男美女たちが大勢いた場所だった。
しかし、今ではその見る影もなく装飾は破壊されつくし、床の真紅は鮮血の色によって塗り替えられ、華々しくあった美男美女はすべて恐怖と驚愕によってその容姿の印象を反転させていた。
この場で僕たち兄弟以外で唯一助かったメイドさんが、まるで死そのものを見るかのようにガタガタと震えながらこちらをじっと見つめている。
「この人たちは仕方ないのよ。だって、お姉ちゃんでもないのに善人を自分たちのものにして、利用しようとしたんだから。」
地獄絵図としかとれないような風景を見つつ、そんなことを姉ちゃんはさも当然だと、当たり前のことだというように告げる。
この地獄は、僕のために作らざるを得なかったのだと。
そう、僕の姉ちゃんは、少々過保護なのだ。
(はあ…、この先本当にどうなるんだ…?)
吐くことのできない溜息をせめてもと心の中で吐き、僕はまた少しだけ過去に思いを巡らせるのであった。