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どう編むか迷う娘 1

 山あいにあるマライ村では、結婚が決まるとサティヤムと呼ばれる髪紐を互いに贈り合う。婚約者となる相手を想いながら編んだそれで髪を結わえるのが、昔から伝わる風習なのだ。

 そして婚約が決まったばかりのイーシャは、サティヤムをどう編むべきなのか迷っていた。


   ***


「イーシャ、おまえの嫁ぎ先が決まったぞ」

 昨日から狩りに出ていたイーシャの父は、帰宅するなり上機嫌でそう宣言した。不在にしていた一日で、一体何が起こったのだろう。夕飯の支度をしていたイーシャと母は、思わず顔を見合わせた。


「あら、そう。それより父さん、先に足を拭いてよ。泥だらけだわ」

 別に卑下するわけではないが、イーシャはとりたてて目を引くところのない平凡な娘だ。自分では愛嬌はあると思っているが、幼馴染のカジャルが分かりやすい美人であったり、サディーナが清楚だったりするのに比べると、女性的な魅力に乏しい自覚はある。

 マライ村では、互いに想い合って結婚する人と、親が決めた相手と結婚する人とだいたい半々だ。社交的なイーシャは性別や年代を問わず村人の大半と親しいが、残念ながら異性から想いを寄せられたことはない。かといって資産もコネも無いので親が相手を見つけることも難しく、同世代の娘たちがぽつぽつと嫁に行きはじめている中で、イーシャにはまだ結婚は遠い先の話に感じられた。まあ、そのうち誰かがもらってくれるだろう。生来の楽観的な性格から、そうのんびり構えていたのだ。

 それ故にイーシャは、何の前触れもなく結婚話を持ち込んだ父のことを、誰かに騙されているのではないかと疑い、まともに取り合おうとはしなかった。昨日狩りに出たまま戻らず心配したのに、人の気も知らずにのんきに帰って来たことに少し腹を立てていたというのもある。


「それで、イーシャを見初めたのはどこのどなたですか?」

 そう声をかけたのは、昨年この家に嫁いで来た兄嫁だ。水を汲みに出ていた筈の彼女はいつの間にか戻り、しっかり話を聞いていたようできらきらと目を輝かせながら尋ねてくる。人の好い兄嫁は義妹のことを気に入っていて、何を根拠にしているのか不明だが、イーシャにはきっと素敵な相手が現れると予言していたのだ。

「残念ながら、見初められたのではない。だけど是非にと言ってくれているのだ」

 反応の薄い娘に対し、些か拗ねたような表情で足の泥を落としていた父だが、息子の嫁に水を向けられて再び機嫌が戻る。

「隣村のハオくんと言ってな。明るく真面目で、おまえにはもったいないくらいの好青年だ」

「え、隣村ですか?」

 身ぎれいにしてようやく部屋の中央にどかりと腰を下ろすと、少々もったいをつけながら、父はイーシャの嫁ぎ先を明らかにした。イーシャが社交的なのは父譲りだが、隣村にまで知り合いがいるとは思わなかった。予想外の嫁ぎ先に、思わず野菜を切る手が止まってしまう。さすがに母も、困惑したように問い返した。


「昨日、急に大雨が降っただろう? 雨をしのぐ場所を探していたら山道を滑り落ちてしまってな。雨はすぐにやんだものの道に迷ってしまったのだが、偶然通りかかった隣村の人が助けてくれたのだ」

 それがハオくんだと説明する父に、そんなことはどうでも良いと、家族全員が一斉に口を開いた。

「ハオくんの話はあとにして。それより父さん、体は大丈夫なの?」

「滑ったって、あなた怪我はないのですか?」

「だから泥だらけだったのか。父さん、もう年なんだから無茶しないでよ」

 心配げな母の隣で、兄と妹が呆れたように父を叱る。父は昔から健脚で、今でも若い衆には負けないというのが口癖である。村の男たちは皆狩りに出るのだが、イーシャの父は誰よりも山に詳しく、誰よりも遠くまで出かけて行く。これまでも日暮れまでに戻れず野宿したことはあったし、悪天候に見舞われるという経験だって数えきれないくらいあった。だから今回も、心配はしていたけれど、父なら大丈夫だと家族全員が信じていたのだ。しかしながら、あわや遭難という状況だったらしい。


「まあまあ、無事で良かったじゃないですか。お義父さんお疲れでしょう? すぐに夕餉にしますね」

 のんきな父に母子が脱力している中を、とりなすように兄嫁が割って入ってきた。そんな風に労わりの言葉をかけながら、蒸し上がったばかりの芋を皿にのせてゆく。

「ええ、ええ。無事で何よりです。その隣村の方には、どう感謝して良いのやら」

「そうなのだ。それで、イーシャを嫁に出そうと思っているのだ」

 父の無茶には慣れている筈の母も、さすがに今回は肝を冷やしたようだが、本人はけろりとしているのでようやく安堵したみたいだ。命の恩人への感謝の言葉を口にすると、父がすかさず口を挟む。どうやらいい加減、本題に入りたいらしい。


「わしの恩人は、隣村で父子ふたりで暮らしておられる。母上は数年前に病で亡くなったそうで、父子はこの村と同様に、畑仕事や狩りをして生活しているとのことだ」

 父の話を要約すると、悪天候により道から外れて難儀していたところで偶然隣村の父子と出会い、親切にも日が暮れるので泊まっていくようにと勧められた。そこで父親同士がすっかり意気投合し、互いの子供の年が近いことを知って結婚話にまで至ったらしい。隣村では、彼の年代はたまたま男児ばかりが続いて女子が少なく、村で嫁探しをするのはかなりの競争率なのだそうだ。

「ハオくんはイーシャの三歳上だからちょうど釣り合うし、人懐っこくて面倒見が良いから気も合うと思うんだ」

 そう言うと、父はじっとイーシャの顔を窺う。気づけば、母も兄も兄嫁も、全員がイーシャに注目している。


「分かった。あたし、そのハオって人のところに嫁ぐわ」

 ひととおり話を聞いたイーシャは、あっさりとそう了承する。

 結婚を未来の話だとのんきに構えていた彼女だが、こうして唐突に予想もしない経緯でもって、会ったこともない人の婚約者となった。

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