風呂に入る
中はまるで貴族の部屋のように美しかった。
玄関から入ると、左右にカーブを描いた階段があり、天井は吹き抜けになっており、素晴らしく輝く大きなシャンデリアがある。精緻な彫刻が施された壁、天窓にはステンドグラスになっており、柔らかな光を受けて幻想的だ。
「セルジオ。まずは彼をお風呂に入れたいと思うの。用意出来てる?」
「勿論出来ております。いつでもお使い下さい」
「そう。ふふふ。じゃぁ、彼を案内するから、皆は食事の用意をお願いするわ」
「かしこまりました」
「リュカ、ついて着て!」
俺はご主人様の後についてお風呂場へと向かった。
屋敷は広く、どんどん奥まで進んで行く。
ある部屋の前で止まったご主人様は、振り返って俺に言った。
「リュカ、これからお風呂に入って貰うからね。疲れていると思うけど、まずは身体を綺麗にして生まれ変わりましょう」
「はい。お心遣い、ありがとうございます。お言葉に甘えて、使わせて頂きます」
俺は一度礼をして、お風呂場へと入っていった。
着ている服を脱いで全裸になる。俺が着ていたのは、麻袋に頭と両腕の分の穴を空け、腰を紐で縛っただけのものだ。勿論靴なんて上等なものは履いてない。
普通なら腰にタオルを巻いて局部を隠すものだが、生憎片手が使えない為、タオルを腰で結ぶ事が出来なかった。仕方ないから何となく片手で前を隠して中へ行く。
こんなに大きな風呂場は、まるで街にある大衆浴場並みだ。一つの屋敷でこれだけの規模はきっと珍しいのだろう。
周りを見渡すと、椅子と桶を見つけた。
そしてそばにはとても良い香りがする石鹸がある。匂いだけでこの石鹸が高級品であることがわかる。
まずは、桶に湯を汲んで、頭から一気に掛けてみた。余りの気持ちよさに思わず声が漏れる。何度も何度も頭や身体にかけて、やっと落ち着いたようだ。
嬉し過ぎて子供のようにはしゃいでしまう。
さてと、ここらで本格的に身体を洗おうと石鹸に手を伸ばしたら、さっきまであった石鹸が無い!!!
えっっ?俺さっき戻したよな?
意味が分からず混乱していると、俺の背後から、
「ふふふ…。探しているのはこれかしら?」
「!!!!!」
「私もついでだから、一緒に入る事にしたのよ。それにリュカの今の状態じゃ、中々上手く洗えないでしょう?」
「わ・た・し・が・洗うからね!」
やっと硬直状態から抜け出し、ゼンマイ仕掛けの人形のように、後ろを振り返ってみた。
ご主人様は胸をバスタオルで隠しながら、後ろで嬉しそうに笑っていた。
ご主人様は、俺の手から桶を取り、湯を掬って自分の肩から掛けた。
湯は白い肌に当たってキラキラ輝いている。
湯の熱気のせいか、ご主人様の良い香りが辺りに広がり、思わず吸い込んでしまった。
ま、まずい!いい香りが……こ、これがご主人様の香り…。
ダイレクトに俺の股間を直撃してしまったので、俺は身体を前に倒して、必死に隠そうとした。しかしそんな俺の必死の努力も虚しく、更に状況は悪化していく。
背中にヌルっとした感触を感じたと思ったら、ツツーッとそれは移動していく。
「はぅっ、はっ、や、止めて下さい!」
「えー?リュカ、背中自分じゃ洗えないでしょ?ここは私に任せて」
「だ、大丈夫です!一人で出来ます!」
「だーめ!私が洗うの!っていうかご主人様命令だから、言う事聞きなさい!」
「……どうしてもですか?」
「どうしてもよ!」
どうしても俺を洗いたいらしい…。伝家の宝刀、ご主人様命令も発動されたし、俺には逆らう権利は無い…。もう、どうとでもなれ!ここで起きた恥ずかしい事は、黒歴史として記載されるだけなんだ。ただそれだけだ!俺はご主人様にこの身を捧げたんだから、ご主人様の好きなようにして貰うのが大切なんだ。そうなんだ!それでこそ忠義というものなんだ!!
若干項垂れた感は拭えないが、俺はご主人様に洗って貰う事にした。
ご主人様は、次はタオルに石鹸を付け、沢山泡立てて背中をゴシゴシ擦る。何ヶ月もお風呂に入っていなかったから、擦る度に垢が剥がれていく。何度も背中を往復するタオルは気持ち良いけど恥ずかしい。
次に両手を洗い始めた。肩からゴシゴシ。同じ事の繰り返し。片手を上げて、脇を洗う。
次は首回りだった。この頃になると、最初の恥ずかしさはどこかに行ってしまい、人に身体を洗われる気持ち良さが先に来るようになっていた。首は一周するように擦られた。そのままタオルは耳の後ろや耳朶を洗う。
だが、ここまでは良かった。
耳を洗った後は、何とご主人様は俺の前へと回り込んだのだ。
ま、まずすぎる!もう俺の股間を はタオルで隠しているとはいえ、見事にテントを張ってしまっている!これを見られるのは死んでも嫌だが、もはや手遅れになってしまった。
前に回り込んだご主人様は、一瞬目を大きく開けて、ビックリしていたのを俺は見逃さなかった。
恥ずかしさで死ねる!
もうマトモにご主人様の顔を見られ無いと、つい顔を背けてしまった。
ご主人様は何食わぬ顔で足先から同じように洗い始めた。太もものギリギリまで来て、次の足にも同じようにした。
俺は次をドキドキしながら伺っていると、今度は胸を洗いはじめた。
俺は半分恥ずかしさで、半分ドキドキで期待したが、何だか少し残念な気がしたのは、気のせいでは無いだろう。いつのまにか俺は新しい扉の前に立っていたようだ。
ご主人様は自分の手に泡を沢山集めて、おれの顔を洗ってくれた。その優しい感触に心から癒される。顔は洗った後は、目にしみる前に洗い流してくれた。
またご主人様は泡を手に集め始めた。そしてこう言った。
「さ、これを手にとってね。後自分でしか洗えない所があるでしょ?そこは自分で洗ってね。でも上手に洗えないなら私が洗ってあげてもいいわよ」
くそっ!ここではお願いしますと言いたいような気がするが、敢えて涙を飲もう!最初の恥ずかしさは今ではとても素敵な感覚に昇華されたようで、すっかり慣れた俺は期待が張り裂けんばかりになっていた。しかし、しかし、まだ初日なのに、ここでご主人様の御手による洗いなんて体験すれば、考えなくても判るぐらいの大惨事になると断言出来る。仕方ない。寂しく自分で洗う事にする。
この間に、ご主人様は俺の頭を洗ってくれるようだ。石鹸を擦り付けても全然泡立たない。洗っては湯を掛け、また洗う。何度目かの洗いでやっと泡立ちが出来るようになった。
すると、さっきまではガシガシ洗っていたのが、頭に指を立ててギュッと強く押す。少しずつ場所を変えて押していく。凄く気持ちがいい。
その感触を堪能していると、やがて頭から何度も湯を掛けて、全てを綺麗に洗い流してくれた。
「さあ、綺麗になったから浴槽に入ってゆっくりつかってね。ちょっと温めにしてあるから、長く入っていても大丈夫よ。手前は階段になってるからね」
俺は言われた通りに湯船に浸かる。一息入れると今までの疲れが洗われるようだ。何となく今日1日を振り返る。もう死ぬしか無いと思っていたのに、今では湯船に浸かって極楽を満喫している。これも全てご主人様のお陰なんだな。誠心誠意尽くさねばバチが当たるというものだ。
ボーッとしていたのか、ご主人様に怒られた。
「リュカ!まだ寝ちゃダメだからね!起きてよ!」
どんだけリラックスしていたんだよ。マジ馴染みすぎだわ。
知らないうちに俺の隣で湯船に浸かっていたご主人様は、俺の頬っぺたを引っ張っていた。
「さぁ、もう出るわよ!この後食事だから、さっさと食べて今日は早く寝るんだからね」
そう言ってご主人様は先に上がり、振り返ってまた手を出してきた。今度は前と違って凝視したりしない。ありがとうございます、と一言例を言って湯船から出して貰った。