裸Tシャツ(幼女)と先輩とカカト落し
――――朝
彼【九重 宗一】に決められた起床時間は存在しない。
その代償に・・・いや、それと引き換えに彼の仕事に決められた
「はじまり」も「終わり」も、また、ありえない。
ただ生活習慣と言ったものは、彼なりにある様で――――
彼は目が覚めると何よりもまず煙草に手を伸ばし、
低血圧の頭に、体に悪いケムリをぶち込み覚醒する。
そうしてリビングを横切る折に、電子ポットのスイッチを入れ
顔を洗い、朝のコーヒーを嗜む。
それが世間一般的に言う昼であろうと夜であろうと、
彼の起きた時間が彼にとっての『朝』なのである。
そう、その日もそんな日常が始まるハズであった・・・
「・・・・?」
彼は自覚は無いのだが、人一倍寝相が良い性格である
時々睡眠に入る直前と全く同じ体制で寝ているような事もある程に、
おかげで体のあちらこちらが痺れている事もあるのだが、
息苦しくて目を覚ますような経験は無かった。
有体に言えば、彼が目を覚ますと幼女が馬乗りになっていたのだが、
寝起きの彼は所謂『天然の賢者タイム』の様なもので思考がうまくかみ合わない。
まぁ低血圧なのである。
「おぃ、幼女。とりあえず俺の上から降りてくれ」
「うな?・・・むにゅ・・・なぁ~」
彼は仕方なく、さほど重さも感じなかったので馬乗り幼女を無視して
手を伸ばし煙草に火を付ける、2度ほど副流煙を撒き散らした頃に
いい加減ベットから出ようと、目の前にあった小さな桃尻をペシペシ叩き
「いい加減起きろ」
そんな言葉を自分の足元にある幼女の頭に向かって投げかけた。
「う・・・?ふぁぁぁ・・・おはようごじゃいましゅ」
「起きたらとりあえず俺の上から降りろ、それから顔を洗え」
「・・・・ふぁい・・・分かりました・・・?・・・上?」
「ふー・・・吸い終わる頃には起きろよ?」
三分の一ほど煙草を吸い終わった彼が、もう一度桃尻をペシペシと叩いた
「!?!?!?」
幼女が混乱しきった表情で突然ガバリと上半身を起こした、丁度彼の喉元に
尻もちをついた形となり、たまらず彼はむせ返る。
「げほっ・・・こほっ・・・危ねぇな・・・」
「はぅ!?ごっ・・・ごめんなさい!」
「ぐふぅ・・・いいから・・・どけ」
そんなやり取りのあと、二人揃って寝ぼけ顔のまま顔を洗い
ようやく頭が起きてきた頃には、彼はコーヒーを片手に幼女は両手で
マグカップに入ったココアを飲んでいた。
「・・・お前寝相悪いのな、どうやったら逆さまになるんだ?」
「・・・・ミラレタ・・・・ミラレタ・・・・ナニモシテナイノニ・・・ミラレタ・・・・」
「あ?気にするな、減るものでもねぇし別段反応もしねぇよ」
「・・・嘘です」
「あぁ?何が嘘だって?」
「だって!おじさん勃起してました!」
「げほッ・・・あ、ありゃぁ生理現象だ!一緒にするんじゃねぇ!」
「つぅか幼女が『勃起』とか言うんじゃねぇ!それと『おじさん』やめろ」
「ではなんと?」
「・・・好きに・・・いや『おじさん』以外でな」
「・・・・分かりました、では『そーいち』とお呼びします」
「おぃ、いきなり幼女に呼び捨てかよ・・・」
「その・・・私も幼女はやめてください・・・」
「はぁ・・・『綾ちゃん』とか呼んでほしいワケか?」
「~~~!?・・・あ・・・綾で、呼び捨てでいいです」
二人はそんな朝のひと時を・・・とは言え、時刻はとうに昼過ぎであったのだが・・・
「はぁ、大体お前の事情は分かった、それで?」
「??『それで?』とは?」
「いや、不思議そうに首を傾けてんじゃねぇよ」
「・・・助けて・・・ください」
「いや、無理パス。ノシつけてお断り申し上げます」
「・・・即答・・・ですか・・・」
「おう、即断即決」
「・・・なんでもします・・・ダメ・・・ですか?」
「だぁ!その『なんでもします』はヤメロ」
「施設には・・・帰りたくないんです・・・」
「あのな?んな事言っても仕方ねぇだろ?我儘言ってんじゃねぇよ」
「帰ったら・・・きっと以前より酷い事・・・されます」
彼は新しい煙草に火を付け、一息入れた後、頭をボリボリと掻き始め
彼はため息交じりに煙草の煙を吐き出し、ゆっくりと少女の目を見て話しだした。
「あ~・・・その施設?詳しく知らんが別のところなら良いだろ?
その理事か?そいつの息がかかってない様なところなら良いだろ?」
「・・・・」
「おいおい、それも嫌だってのか?」
「・・・・・・」
ピンポーン・・・ピンポーン・・・
「・・・ん?、あぁ来たみたいだな」
「!?誰・・・誰が・・・ですか?オマワリサン?」
「似たようなもんだ、おとなしくしてろよ?」
「いや!嫌です!ダメです!お願いします!なんでも!何でもしますから!」
「っておい!っちょっ!離れろ!しがみつくな!っておいぃぃ!」
「・・・・おい、何をしてるんだキサマは?とうとう私の手を煩わせる気になったのか?」
「え・・・あぁ、おはよう先輩」
「もう一度聞くぞ?ナゼ裸Tシャツの幼女がキサマに抱きついてる?
そうか死にたいのか?かまわん死ね、今すぐ死ね!」
「ふぅ、呼び出したクセになかなか出てこないから、ついに仏サンになったかと
喜々として鍵を開けてみれば、幼女と淫行とは随分と良いご身分だな宗一」
「痛・・・・てて、だからっていきなりカカト落しとか!死にますから!」
「ん?私は死ねと言ったが?まぁ、非常に残念だが生きているではないか?」
「大体どうして俺の家の鍵を先輩が持ってるんですか!」
「然る筋から預かってな・・・それと「カカト落し」ではない、私のは「ネリチャギ」と言う」
「んなこたぁどっちでも良いです!あと然る筋って姉貴でしょ!」
「・・・その娘か・・・相談事と言うのは」
「・・・そうです・・・って人の話聞いてます?ねぇ?」
まるで漫才の様なやり取りであったが、少女は終始うつむき怯えていた
彼の服をギュッと掴み、じっと涙を堪えナニカに必死に抗うように――――
「おい、どけ・・・髪バサバサじゃないか、髪は女の命って言葉を知らんのかキサマは、
・・・・怖がらなくていい、私はお前の見方味方だ」
そう言って突然やってきた台風の様な女性は、
彼をぞんざいに押し退けると、彼に対する態度とは一変し、
慈愛に満ちた母の様な顔でゆっくりと少女の前にしゃがみ込んだ。
「私は【霧島 京子】と言う、残念な話だがソイツの姉の
親友の様な位置づけにされている不幸な美女だ」
「・・・」
「もう一度言う、私はオマエの味方だ」
「・・・・綾・・・と言います」
「そうか、綾か、良い名前だ」
「本当に・・・?私の味方・・・なのですか?」
「あぁ、何度問われても変わらない私はオマエの味方だ、約束しよう」
「おい!そこの変態ゲス野郎!30分ほど便所にでも籠ってろ!」
「・・・あ、いやココ俺の家・・・」
「なにか文句があるのか?」
「イイエアリマセン」
30分後――――
「さて、判決。キサマ死刑 以上」
「ちょっ!え?えぇぇ?今まで30分もトイレ掃除して出てきたら死刑!?」
「キサマには弁護士を立てる権利は無い、発言の許可も認めん、息をする事すら
万死に値する、よって死ね、今直ぐに!」
「きょ・・・きょーこさん・・・」
「ん?綾は心配しなくていい、少々害虫をプチっとするだけだ」
「いやいやいや!いきなりプチっとすんじゃねぇよ!」
「黙れゴミ屑・・・いや全世界のゴミ屑に詫びろ」
「どんだけだよ!っで、スゲー懐いてますね幼女!」
彼が永遠と自宅のトイレを掃除し、やっと解放されたと思えば
幼女は彼女の膝の上に、ちょこんと収まり懐きまくっており、
髪は綺麗にとかされ、衣服も彼女のお古だろうか?
すっかりと可愛らしい出で立ちへと変貌していた。
「よ・・・幼女はやめてください・・・そーいち」
「あぁ?幼女は幼女だろうが・・・」
「おい、宗一。キサマ自分の事を名前で呼ばせてるのか?」
「いや!そこの幼女が勝手に言ってるだけだろ!って!
話が進まんのだが!」
「では私がキサマの死出の旅路を進めてやろうか?」
「う・・・うぅ、やめ・・・やめてください!」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
か細い幼女の一言でようやく売り言葉に買い言葉の応酬は終わり
不貞腐れる彼と勝ち誇る彼女を余所に、いそいそと3人分の飲み物を
幼女がテーブルに並べてゆくのであった。
「話は理解してる、キサマが寝ぼけてる間に少々調べても来た」
「・・・一応聞くが合法だよな?」
「愚問だ、キサマの存在に比べれば大抵合法だ」
「・・・おいおい」
彼は先日の一悶着の後、彼女【霧島 京子】に事の顛末を相談するメールを
送り、今こうして京子が訪ねて来ているワケである。
「単刀直入に言えば、お手上げだ」
「はぁ?どうしてだよ!」
「まぁ、落ち着け宗一、綾の居た施設『未来のヒカリ』と言う児童養護施設なのだが
同施設の他に全国に183ヶ所、医療施設/福祉施設/児童施設を運営している」
「なにが・・・未来のヒカリだ・・・」
「その代表理事の名が【島崎 巖】と言う」
「それで?」
「イラつくな宗一、まぁ、その島崎は以前から黒い噂の絶えん男でな、
ウチの方でも要注意人物の一人なのだが、ヤツは政界・財界に顔の利く男だ」
「だから『お手上げ』なのか?」
「そう急くな、それでも綾一人を守るぐらいなら造作もない」
「なら・・・なにが『お手上げ』なんだよ?」
「・・・ヤツが今・・・綾の親権を持っている、法的に言えば今の状況
キサマは幼女誘拐拉致監禁腐れ外道ゴミ虫野郎と言うワケだ」
「最後の方・・・盛ってないっすか?」
「ヤツが早々親権を手放すとも思えん、救いがあるとすれば、この事をヤツが
公にしていない事ぐらいだ・・・綾だけでなく、ヤツが気に入った少女を何人も
親権と言う逃れようのない首輪をつけて囲っているらしい・・・」
「マジかよ・・・」
「あぁ、マジだ」
彼はどこにもぶつける事のできない、完全なる『理不尽』に拳を握りしめ
「それでも」と、ただただ自分の思考を加速させる・・・未だ出口の見えぬ先へと
「あの・・・」
「どうした?綾」
「・・・ココ、この携帯に・・・その」
「携帯?充電は切れている様だが・・・綾の携帯なのか?」
「・・・はい、理事長が直接私に渡した物です」
「それで・・・その携帯がどうしたのだ?」
「・・・この携帯に・・・私が・・・その・・・理事長に・・・お・・・されて・・る動画が・・・」
「・・・それを交渉材料にしろと?」
「はぃ・・・これを公開すれば・・・そう脅せば・・・って、あ!」
幼女の言葉が言い終わる前に彼は、幼女から携帯を奪い取り
そのまま床に叩きつけると、自らの拳で携帯を粉砕してしまった・・・
「んなことできるか!つぅか、俺がさせるか!!」
「宗一!キサマは!」
「うるせぇ!そんな事してみろ!コイツはどうなる!一生売女扱いだぞ!
こんな!しょんべんくせぇクソガキが!利口気取って言うような事か!」
「宗一・・・とりあえず止血しろ」
携帯を何度も殴りつけた彼の拳は、赤々と血で染まり彼の血で濡れた携帯は
原型を留めぬ程に破壊しつくされていた・・・・
「落ち着いたか?」
「・・・わりぃ先輩・・・アイツは?」
「あの娘は強いな・・・最後まで泣かなかったよ、それでも疲れたのだろう
今は寝ているさ」
そこは綾が居た公園だった、彼の自宅から目と鼻の先の。
頭を冷やしてくると彼が飛び出し、幾ばくかの時間が過ぎ、空は茜色に染まっていた。
「私はね、まぁ、少し嬉しかったよ、確かにキサマの行動は褒められたモノじゃない
アレをダシに揺さぶりをかけるのが一番現実的でもあるのは明白だ」
「・・・・・・・」
「全く褒められん、愚策もいいところだ」
「悪かったっていってるだろ・・・」
「だが!私は嬉しかったんだ、誇らしかったんだ!」
「・・・意味わかんねぇよ」
「はははは!良いじゃないか!キサマもおのこだという事だ!」
「ぜんっぜんわかんねぇ・・・」
どこかの昭和臭よろしく夕焼けを背に、凛と彼女が彼に拳を突き出す。
「あの腐れ変態爺には、私が必ず法の名の元地獄へ叩き落としてやる!
キサマの男気に私の女気で答えよう!」
「あ?いや地獄にって・・・なに?この少年漫画展開・・・」
「拳を握れ!胸を張れ!そしてなけなしの腹を括れ!!」
「って・・・痛!手!怪我してるから!いや!痛いから!!」
「はははは!いいじゃないか!」
「よくねーよ!」
事態は最悪にして手詰まり
だと言うのに彼女【霧島 京子】は、高そうな寿司やら酒やらをどこからともなく買い込み、
果てはデリバリーまで頼む始末で、彼の家は壮絶な宴会場へと変貌してしまっていた。
そんな彼女に毒気を抜かれたように彼【九重 宗一】も当てられ、戸惑い唖然とする
幼女【綾】は事態を呑み込めないままに巻き込まれてゆくのであった。