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終わりの世界と始まりの六畳  作者: 神崎 かつみ
1/2

煙草と幼女とビニール傘と


どこにでもあるような、早々無いようなお話。

無気力に惰性にそして怠慢に、それでいてそう見えないように。

社会に溶け込んでいる体を維持して、変わりない何の変哲もない始まり。


夕刻、ボサボサの頭を掻きながら男は咥えた煙草に火を付ける。

軽く副流煙を発生させながら一息。

マナーもよろしくなく、そのまま咥え煙草で歩き出す。


ポ・・・ポツ・・・・ポツ・・・


「・・・雨か・・・はぁ・・・」

男が煙草を吸い終わる前に、雨は本降りとなって辺り一面を「雨の匂い」で覆い尽くした。

仕方なく男は踵を返し、売店へと向かうことにした、駅から出て数歩で雨に降られれば

大体の人は同じ行動を取るだろう、その男も例に漏れることなく売店で傘を求めたのであった。


男が再び駅から出ようとする頃には、雨足は激しい夕立となっており男のテンションを下げた。

「・・・はぁ、早々出歩かねぇんだから・・・雨とか勘弁してくれよ・・・」

そんな愚痴をこぼしながら、先ほど購入したビニール傘を手に盛大な溜息を吐く。

「・・・・ん?」

男の視界の端に、ベンチに腰掛け足をプラプラさせた少女が居るのに気が付いたのだ。

「おい、傘無いのか?」

コクン

少女はプラプラさせた足を止め、少し驚いた顔で無言のまま頷いた。

「じゃ親か兄弟・・・まぁ、迎え待ちか?」

少女は静かに、やはり無言のままで首を横に振る。

「・・・はぁ、そうか、じゃあ()()やるからさっさと帰れ」

「・・・・・・」

少女の目線は、男の差し出したビニール傘と男の顔を何度か往復させ

何か言葉を発しようとしたように見えたが、男が少女の傍へ無造作にビニール傘を置き

立ち去っていく方が早かった。


「ったく・・・幼女相手に無言で傘を置くとか、俺はカンタ少年かっての・・・」

男はひとりごちて、雨の中副流煙を撒き散らしながら家路についた。


そんな雨の日から数日経ったある日の夜中

窓際に鎮座するパソコンと果てなき「睨めっこ」を続けていた男が

新しい煙草に火をつけようと手を伸ばすと、運悪く煙草の箱には何も入っていなかった。

男は確かめるように辺りを見渡し、バサバサの頭を掻きながら軽く眉間を押さえる。

「・・・2時か、コンビニ・・・いや自販機でいいか」

面倒そうに軽く身支度を済ませ、男は家を出る。


その夜は月明かりが眩しいぐらいに強く、遠くで蛙の鳴き声が木霊する

何とも情緒溢れる夜だった・・・情緒の欠片もない男を除いて。


その情緒のない男は、電子音声の指示に従い、自動販売機で煙草を購入し

即座に封を切り、ポケットに放り込まれた使い捨てライターで火を灯す。

ペッタカペッタカとサンダルの音を立てながら、少し遠回りをして夜涼みと洒落込む。


近くの公園を眺めながら、副流煙を撒き散らす男が不思議そうに足を止めた。

そこには、ビニール傘をくるくると回しながらベンチで足をプラプラさせる少女の姿があったのだ、

時刻はもう丑三つ時をとうに過ぎている、物騒な世の中、幼女が一人で遊ぶ時間ではない。

()()に声をかけ不審者扱いで通報なんぞされたらたまったものではない、

近くに親が居るのかもしれない、それとも目の前の家が幼女の家かもしれない。

咥えていた煙草が灰になる頃、男は自宅の玄関に居た。

「・・・仕事すっか」

男はパソコンの前に腰掛け、仕事を再開するがどうにも身が入らないで居た。

何だったんだろう?ナゼ傘?そんな事がグルグルと頭を巡り全く集中できない。

帰ってきてから何本目かの煙草に火を付け、先ほどの公園が見えるベランダに出てみると

数時間前に見たビニール傘が月夜に照らされ、変わらずくるくると回っていた―――――


「はぁ・・・だから、なんなんだよっ!」

男は稀に見る盛大な溜息を吐き、もう一度サンダルに足を突っ込んで

バサバサの頭を掻きながら公園へと向かうのであった。


「おーい、そこの幼女?こんな時間に何やってんだ?」

「・・・・」

「早く家に帰れ」

「・・・・」

「聞いてるのか?おい?」

男が一方的に捲し立てるが、少女は何も言わずただ回していた傘を静かに閉じた。

「こんな夜中に危ないだろう?な?早く帰れ」

「・・・傘、ありがとうございました」

「は?傘?なに?」

「ですから、傘お返しします」

うつむきながら男に傘を差しだす少女に、男は訳も分からずに混乱してしまっていた。

「いや、傘とかどうでもいいから、な?とりあえず帰りなさいって」

「・・・帰りたくありません」

「いや、言ってもだな、親が心配するだろ?」

「親・・・お父さんもお母さんも居ません」

「あ~家、近くだろ?送って行ってやるから」

「・・・帰りたくないんです・・・」

「・・・・埒が開かん、警察にでも連れてくか・・・ほら、行くぞ」

「ひゃっ!?」

急に男に手を引かれた少女は、つんのめる様に男に抱きつく形となり

男も手を引いたことによって、バランスを崩し倒れそうになった少女をとっさに抱きかかえた。

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「な・・・なぁ?」

「うぅぅ・・・ぐすっ・・・はぃ」

「オマエ・・・さぁ・・・その・・・」

「うぅぅ・・・言わないで下さい」

「ものすごく・・・くさい」

「あぁぁ!!言わないでって言ったのにぃぃ!」


結局男は少女を自宅へ連れ帰り、浴室へ押し込み煙草に火を付けていた。

「ふー・・・冷静に考えろ、普通に犯罪じゃねコレ?いや、待て保護したってなら・・・」

腕を組んでうんうん唸りながら男が試行錯誤していると、浴室の扉が開く音がした。

「・・・おい幼女、とりあえずオマエの服洗濯してやってるから、俺のTシャツで我慢しろ」

浴室に向けて男が声をかけるが、返事はなくその代わりにリビングの扉が開いた。

そこにはバスタオル1枚を羽織り、長い黒髪を濡らす少女が立っていた。

「風邪ひくぞ?頭も・・・ってドライヤー出してやるから・・・」

男が少女の脇をすり抜け、洗面場へ向かおうとした時、か弱い力で服の裾を引かれる・・・

まるで軽く何かに引っかかった程度の力だったが、確かにソレは少女がした事だと分かった

「・・・な・・・なんでも・・・します・・・から」

「ん?」

「お・・()()()()()と言うなら・・・します、飲めというなら飲みます・・・」

「・・・・・・・」

「なんでもします・・・から・・・だから・・・」

「だから?なんだって言うんだよ!」

男は苛立ち気味に頭を掻きむしり、振り返り様に少女にはじめて大声を上げた。


ソコには一糸纏わぬ少女の姿があったのだが・・・

「!?オマエ・・・その体・・・」

少女の体には・・・夥しいほどの痣があり、痛々しく赤黒く腫れ、

四肢やそれに飽きたらず首や胴体にまで縛り上げられたような跡が

今も生々しくハッキリと浮かんでいた・・・・

「ひっ・・・み・・・みすぼらしい体でごめんなさい・・・なんでもします・・・から・・・」

「はぁ・・・本当に何でもするんだな?」

「・・・・はぃ・・・」

「んじゃソコに座れ」

「・・・はい」

男の目の前にペタンと少女は座り込み、わずかに震えながらじっと瞳を閉じていた。

そして男は少女の脇に落ちたバスタオルを拾い上げ、ソレを少女の頭に無造作に被せた。

「ひっ・・・・な・・・なに?」

突如視界が奪われ少女が動転したその瞬間、少女の頭は激しくシェイクされる事となった・・・


「うっ!?うなぁぁ!?!?なななな、なんですか!なんですかあぁ!!うな!ななぁ!」

「うるせぇ、()()()()すんだろ?静かに頭拭かれてろ」

「じっ!自分で拭け、ます、から!やめ!うな!やめ・・・てくだ・・・さいぃ」

「おい、じっとしてろ!それと騒ぐな!」

「自分で・・・・自分で拭き・・・拭きます・・・から・・・痛っ・・・ちょっ!引っかかって・・・ますって!」

「残念ながら人の頭なんざ拭いた事なんざねぇ!あきらめろ!」

「ちょっ!ダメ!やめ・・・やめてぇぇ」


「ほれ、とりあえずこれ着ておけ、風邪でもひかれちゃ迷惑だ」

そう言ってひとしきり少女の頭をもみくちゃにした男は、自分のTシャツを少女の顔に投げつけていた。


「・・・・あのぅ」

「あんだよ?」

()()()()・・・ですか?」

「はぁ?何を?」

「その・・・いやらしい事・・・」

「はっ、オマエみたいな幼女で1ミクロンも反応してたまるか」

「不能なのですか?」

「ちげーよ!」

「じゃあ・・・どうして・・・」

「どうしてもこうしてもねぇんだよ!はぁ・・・とりあえずな・・・」

ぐぅぅぅ~・・・・

「・・・・気のせいです」

「・・・残り物だがピザ食うか?」

「~~~!? だから!気のせいなんです!」

「わぁったから、とりあえず食いながら話すぞ、いいな?」

「うぅ・・・はぃ」


少々、はしたない勢いで少女は目の前のピザを軽く完食し、出されたカップスープを3杯ほど飲みほし

お行儀良くサラダまで胃におさめると、そこで少女はようやく目の前の男が

自分を見ているだけで何も手を付けていない事に気が付いた。

「・・・・ごッ・・・ごめんなさい、おじさんの分・・・」

「ん?腹いっぱいになったか?」

「・・・・はぃ」

「それとな、『()()()()』じゃねぇ」

「・・・でも、お兄さん・・・でもない・・・ですよね?」

「オマエ・・・結構毒吐くのな、まぁいい俺は【九重 宗一(ここのえ そういち)】)オマエは?」

「【(あや)】・・・です」

「普通だな、苗字は?」

「・・・前田、島崎、加藤・・・なんでも良いです、もう、分かりません・・・・」

「・・・そっか、で?」

「で?」

「どうして夜中にあんなところに居たんだ?」

「・・・傘、お返ししなくちゃ・・・そう思って」

「傘ぁ?・・・あぁ!オマエ!この前駅に居た幼女か!」

「やっと気づきましたか・・・」

「・・・って5日も前じゃねぇか!」

「・・・そうですね」

「って、んな事はどうでもいい、『()()()()()()』お前はそう言ったな?」

「・・・・はい」

「んじゃ、正直に話せ、全部だ。あ・・いや・・どうしても嫌な事は話さなくてもいい」

「・・・・そう・・・なりますよね、わかりました」

目の前に居る、見た目はどう見ても小学生で、それでいて妙に大人びていて礼儀も正しく

少々明後日の方角に考えが飛んでいる事を除けば、良い所のお嬢さんのような少女の言葉を

ゆっくりと聞き入った。


曰く

何人目かの母()()()()が、自分の父親()()()()の暴力に耐えかねて家を出た折に

少女を連れて家を出たらしく

その母()()()()()()()は娘可愛さではなく、変態趣味のおやじ共の()()をさせる為に連れ出し

そうして金を得て生計を立てていたのだとか、

だがその生活も長くは続かず母親()()()()()|は突然居なくなって

しまったのだと言う。そうして少女は施設に保護され漸く人並みの生活を送る事になったのだが、

運悪くその施設の理事を務める男は、元母親の上客であり執拗に自分を「()()()()」男の一人だった。

今にして思えば、きっと元母親は目先の金欲しさに自分を売ったのだろうと少女は静かに話していた。

少女は無能で無知を装い、男から少しずつ金をもらい地獄のような毎日を耐え、あの日逃げ出した。

そうして彼『九重 宗一』と出会ったのだと言う。


「・・・・はぁ」

「・・・安い三文芝居の様な脚本でしょう?信じられなくて当たり前です」

そう軽く自分の話を一蹴して見せる少女だったが、あの痣だらけの体を目のあたりにした

男にはどうしても全てが嘘のようには思えないでいた。

「ちょっと待て、その、父親は?」

「分かりません、そもそも本当の父親ではないようですし」

「オマエ・・・歳は?」

「9歳・・・だと思います、そう聞かされていました」

「はぁ・・・とりあえず一旦寝るぞ、起きてからにしよう」

「・・・・では一緒に」

「いい加減殴るぞ?」

「・・・ごめんなさい、茶化したワケじゃなくって・・・その」

「なんだよ?」

「一人で寝るの・・・怖いんです」

「だぁ、わぁったよ、さっさと寝るぞクソガキ」

少しムっとした表情で、いそいそとベットに潜り込んだ少女は、

男の股間に小さなお尻を摺り寄せ、背に居る男へと挑発じみた言葉を投げる。

「・・・・勃っちゃいますか?」

「じっとして黙って寝ろツルペタが」

「セクハラです、齧りますよ?」

「それはやめてくれ」


そうして『男』【九重 宗一】と『少女』【綾】のプロローグが始まる。


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