第二十話 王宮にて
生まれ育った屋敷に、アデラインはようやく戻った。
随分と長いこと留守にしていたような気がする。
やがて王妃になるアデラインにとって、これほどの遠出は最初で最後になるだろう。そう思うと道中の不便も、貴重な体験に思えた。
お湯がたっぷりはいった湯船につかり、馬車に揺られて固くなった体をほぐす。
久しぶりに自分の寝台に横になり、疲れた体からはすぐに力が抜けたが、どうしたことか、なかなか眠りの気配が訪れない。掛布にくるまったまま、アデラインはごろりと横を向いた。
――…殿下は…大丈夫かしら。
国王との対面は無事にすんだだろうか。オーリオがついているから心配はないだろうが、また何か騒ぎが起こったら…。
「…無理にでも残ればよかった…」
アデラインは国王の寝所には入れない。けれど別室で待つなりすればよかったと、アデラインは今更ながら後悔する。
――…殿下は…今頃何をしているかしら…。
好き嫌いをして、またオーリオに皿を下げさせてはいないだろうか。以前のように急な用事で食べ損ねて、空腹のまま眠るようなことにならなければいいが…。
――…明日、王宮に行こう。
ルトヴィアスの様子を見て、安心したい。国王との対面の様子も知りたいし、ちゃんと食事をしたかも確認しなければ。
――…それから、一緒にシヴァに会いに行こう…。
目を閉じて明日の予定を考えていると、ようやく意識がウトウトと薄れ始めた。
翌日。
普段より少しばかり起きるのが遅くなったアデラインは、円卓の上の手紙の山に、目を丸くした。
「…何?これ」
「すごいですよ、お嬢様。これはエルンスト外務大臣夫人から、これはロマーリオ公夫人、まあ、セレアル家のお嬢様からもお茶会への招待状が!」
「…」
どれもこれも、夜会や茶会に招待したことも、されたことも一度もない人物からの招待状だ。
「…何…これ…」
同じ言葉しか出てこない。
「皆様方、お嬢様からルトヴィアス王子殿下のお話を聞きたいんですわ。きっと」
ミレーはうきうきと手紙を仕分けている。おそらく身分の上下などで分けているのだろう。
3年前の婚約解消事件以来、アデラインはお茶会や夜会を何かと理由をつけて欠席していたため、自然とアデラインに届く招待状は少なくなり、その上、ただでさえ減った招待状にアデラインが端から欠席の返事を、しかも自筆ではなく侍女に代筆させて送ったために、最近では招待状自体がまったく届かなくなっていたのだ。
なのに、国境から帰ってきた途端に、この手紙だ。
ルトヴィアスがアデラインを気に入っているという噂が広まっているのだろう。
今までアデラインを『飾り物』だと見なしていた貴族達が、取り入っておいて損はないと慌てて動き始めたのだ。わかりやすいものだと、アデラインはため息をついた。
「出席されるかどうか、お返事をださないといけませんね」
「そうね…」
「それからお嬢様、他家の侍女仲間から内々に…次の晩餐会でお嬢様が何色のドレスを着るのかと問い合わせが参りました」
「…あ」
すっかり忘れていた。
ルトヴィアスが帰国したことを祝う晩餐会が、10日後に王宮で行われるのだ。
国境に旅立つ前から決まっていたことだが、その頃はアデラインはいじけていて、晩餐会であろうと地味なドレスで十分だと考えていた。けれど、そうはいかない。ルトヴィアスに恥をかかせないドレスを用意しなければ。今回は既製品を買うわけにもいかないだろう。
「どうしようミレー。今からあつらえてくれる仕立屋いるかしら?」
ミレーは困り顔で応えた。
「どこも予約でいっぱいでしょうが…けれどマルセリオ家からの依頼となれば、どの仕立屋だって優先してくれると思いますよ?」
「…そうよね…」
けれど、それでは先に予約をしていた客の前に横入りすることになる。それはしたくない。下手をすれば予約の最後の方の客に順番が回ってこないかもしれない。
アデラインは考え込んだ。
「…王宮の…縫製工房に頼めないかしら?」
王宮には通常の女官とは違い縫製技術を見込まれて王宮に召し上げられ、縫製作業のみに従事する専門職の女官がいる。王族の衣服から侍官、女官の制服、騎士達の式服まで、すべてがこの女官達が詰める工房で縫製される。
降臨祭や叙任式などの前は、昇進などで衣装を新調する者が多いが、今の時期なら手があいているのではないだろうか。
アデラインはまだ王族ではないが、未来の王族の一人として公務で着る衣装を注文する資格がある。実際、婚礼衣装もこの工房で今まさに縫製されているのだ。
「いい考えですわ、お嬢様。」
ミレーも、賛成してくれた。
アデラインは手早く顔を洗うと、ミレーが用意してくれた榛色のドレスに着替えた。
榛色は以前にもよく着ていたが、このドレスは杏色の飾り紐が腕の部分と、揃いの花帽に飾られていて、やはり派手ではないが、アデラインは気に入っている。
肩の露出が少ないのも、アデラインにとってはこのドレスに安心出来る要素の一つだ。
耳の上の髪を部分的に編み込みながら、ミレーが言った。
「急がなければいけませんわね。早く色を決めないと…」
「そうね…何色がいいかしら?」
榛色は、さすがにまずいだろう。
薄桜色のドレスは気に入っているが、昨日着てしまったから、しばらく公的行事には着られない。
「迷われているならルトヴィアス殿下にお決め頂いてはいかがです?」
悪戯っぽく笑うミレーに、アデラインは眉を寄せた。
「殿下は忙しいのよ。ドレスの色なんかで煩わせたら…」
「何色がお好きかだけでもお聞きになってみては?」
「でも…」
「ご夫君の好みをドレスに反映させるのは、何も珍しいことではございませんでしょう?」
「…そう、だけど…」
ミレーが花帽をアデラインの頭にのせる。自然と背筋が伸びるのは、長年の習慣だ。
それにしても、ドレスの色の問い合わせが来たのは何年ぶりだろう。
アデラインが夜会に滅多に出席せず、しかも地味で暗い色のドレスしか着ないので、色がかぶる心配が今までは必要なかったのかもしれない。
「…とにかく、早く決めなくちゃ…」
アデラインのドレスの色を確かめて、ドレスの発注をする令嬢もいるかもしれない。
既に発注した者の中には、運悪くアデラインと色がかぶってしまう令嬢もいるだろう。そんな令嬢達は他のドレスを用意しなければならなくなる。
だから高位の女性は、公的行事の一ヶ月前にはドレスを決定しているし、特に王族ともなれば、毎日着るドレスさえ事前に決めている。数代前の王妃には、毎日ドレスの色に悩まされるのが億劫で、遂には天色のドレスしか着なくなったという強者もいたらしい。
いずれにせよ、アデラインのように舞踏会の10日前にドレスをきめるなんて行為は、まわりに迷惑がかかるのだ。
「…私もドレスの色統一しようかしら」
「ドレスも大事ですが、とりあえず今日はこちらのお手紙にお返事をお書きくださいまし。すべて自筆でとは申しません」
「…」
ズラリと並ぶ招待状を、アデラインは苦々しく見つめた。すべて自筆で書かなければ、自筆でない返事をもらった家が侮られたと怒るかもしれない。かといって、全て代筆させるような無礼は、もうしたくない。
ルトヴィアスに好きな色を尋ねるのは、どうやら今日は無理そうだった。
「ルトヴィアス王子殿下におかれましては、御前会議に御出席中でございます」
ルトヴィアスの執務室前で、いつもの侍官がうやうやしくアデラインに頭を下げた。
「御前会議?殿下はもう会議に出席なさっているの?」
「さようでございます。国王陛下のご体調が優れませんので、陛下の名代として、昨日より御前会議と貴族議会に御出席されておいでです」
「…そう」
「よろしければ殿下がお戻りになりましたら、この者をお部屋までお知らせに参りますが」
侍官が傍らにいた若い侍官を示した。新しくルトヴィアス付きになった侍官のようだ。
「わかりました。お願いするわ」
アデラインが言うと、若い侍官は人懐こい笑顔で頭を深く下げる。
「かしこまりました」
それに笑顔で頷いて、アデラインは長い廊下を歩き出した。
「帰国早々…殿下も大変ですね」
アデラインの後に従うミレーが、囁いた。
「そうね…」
――…でもきっと、これからはもっと忙しくなるわ。
体が弱い国王に代わって、ただ一人の王子であるルトヴィアスに、今後は色々な政務が集中するだろう。さらには、立太子式と婚礼の準備まで進めなければならない。
アデラインでさえ、婚礼を前にして公務や社交の為の茶会の予定などが詰まっているのだ。ルトヴィアスは、きっと目が回るほど忙しいに違いない。そんなルトヴィアスを頼るのは、何だか申し訳ない気がする。
――…ドレスの色くらい自分で決めよう。
そう決めたものの、何色がいいのか皆目見当がつかず、アデラインの気分はどんよりと曇り空だ。
王宮に賜っている居室の扉を、アデラインはくぐった。
婚礼の後は、当然王太子妃の部屋にはいることになるが、それとは別に、公務や王宮でひらかれる公式行事の際に、着替えや夜遅くなった場合に泊まれるようにと与えられた部屋だ。
やがて、その部屋へ呼ばれてやってきた縫製工房の女官は、アデラインからのドレスの注文を快く引き受けてくれた。
「ご婚礼の衣装も仕上げの刺繍を残すばかりですし、複雑な型のドレスでなければ、5日もあればご用意できます」
「ああ、良かった…」
「一安心ですわね、お嬢様」
アデラインはミレーと頷きあった。
女官は持参した大きな本を円卓の上に広げ、アデラインに尋ねてきた。
「布地はきめてらっしゃいますか?」
「あ…いえ、それがまだなの…」
アデラインは申し訳ない気持ちで告白したが、女官は特にかまわないといった様子だった。
「では、この見本の中からお選び下さい。型はこちらの見本から。お持ちの宝飾品にあわせて色などを考えることをおすすめします」
女官の言葉に、アデラインは真剣に耳を傾けた。王宮には宝飾品の工房もあるが、さすがに今から注文しても晩餐会には間に合わない。
「ええ、わかったわ」
「手直しの時間も考えますと、少なくとも今日明日中には…他家のお嬢様もお困りになりますし」
本音を言えば今この場で決めて欲しい、と女官の顔には書いてあった。
「…あ、あの…」
色とりどりの見本に、国境近くの仕立屋で味わった混乱が、アデラインの頭を占拠し始めた。
派手な色も柄も、自分には似合わないことは既にわかった。けれど晩餐会のような華やかな場に、アデラインに似合う地味な色のドレスではまずいのではないか。
「…………………あ、明日…でもいいかしら?」
女官は他にもいくつか確認した後に、ぎこちない礼をして下がっていった。
工房に勤める女官は労働者階級出身の者がほとんどで、細かな行儀作法には疎い。そのことで工房詰めの女官を蔑む者もいたが、いつも大量の布地や型紙を抱えて忙しそうに走り回る彼女達を、アデラインはいつも眩しい思いで見ている。
自らの技術に誇りを持ち、更に技術を向上させようと努力する彼女達は、自信に輝いているからだ。
アデラインがさっさと布地を決めなければ、彼女達にも迷惑がかかる。
見本を何頁かめくって、アデラインは手を止めた。
扉を叩く音がしたからだ。
「きっとルトヴィアス殿下の侍官ですわ、お嬢様」
ミレーが小走りで扉に向かう。
御前会議が終わったのだろうか。
アデラインは見本を見下ろし、ため息をついた。
――…やっぱり…殿下に相談しようかしら…。
好きな色を聞くくらいなら、ルトヴィアスに大した負担もかからないだろう。このまま一人で考えていても、永遠に決まらない気がする。
「お嬢様、ライルとデオが参りました」
「え?」
「謹慎が解けたのでご挨拶したいそうです。よろしいですか?」
「ええ、もちろん」
アデラインは頷くと、見本を閉じた。
遠慮がちに入ってきたライルとデオを、アデラインは微笑んで迎えた。
「わざわざ挨拶にきてくれてありがとう。ライル、デオ」
「とんでもありません。お嬢様にあらためて謝罪とお礼をと思いまして」
難しい顔で殊勝な態度のライルと対照的に、デオは明るい顔で楽しげな声をあげた。
「それにしてもお嬢様、すごく似合ってますよドレス!」
「デオ!あなたはまた…お嬢様になんて馴れ馴れしい…っ」
「ミレー、いいから」
いきり立つミレーをアデラインは宥めたが、デオの失言は止まらない。
「す、すいません。でもお嬢様、いっきに垢抜けたから…田舎から出てきた女の子が急に可愛くなるみたいな」
「デオーッ!」
ミレーが鬼のような形相でデオに掴みかかった。
「お嬢様を田舎娘に例えるなど…無礼にも程があります!騎士団長に即刻報告して…」
「す、すいません!すいません!」
「ミ、ミレー。本当にもういいから。ね?デオは誉めてくれたんだし…デオと…ライルには助けてもらったでしょう?」
「…そ、それは…」
「団長に報告するのは止めませんが、したところで多分デオの性格は直りませんよ」
「…ライル。お前少しは俺の肩を持ってくれてもいいんじゃないか…?」
「…っふ。ふふふ」
デオの情けない顔が楽しくて、アデラインはつい吹き出してしまった。
「ごめんなさい。失礼よね」
「…笑ってもらえると逆に助かります…」
「笑うしかないからな」
「ふふふ」
「まったく…」
ミレーは完全に呆れ顔だ。
あまり動かない表情と毒舌でデオをやり込めるライルと、失言と自爆を繰り返すデオ。
二人の会話は矢継ぎ早で、アデラインが口を挟む隙もない。けれど聞いているだけでも楽しかったし、騎士団の宿舎もきっとこんなふうに賑やかなのだろうと、想像することが出来た。
話題は何故か騎士団長の説教が長いことへの文句に移り、次に第五部隊の隊長の姪が第一部隊の騎士と恋仲だという噂になった。
そこまではアデラインも楽しんで聞いていたのだが、その噂の第一部隊の騎士がルトヴィアスの専従の騎士だと聞いて、二人の話に強引に割り込んだ。
「待って!ねぇ、その殿下の専従の騎士とは仲がいいの?」
「はい、まあ…。前は第三部隊にいましたから。なあ、ライル」
「ええ、昨日の夜ちょうど飲みましたよ」
「何?何で俺に声かけないんだよ?」
「なら一昨日のこと、何か聞いてない?国王陛下に殿下がお会いした時の様子」
ライルとデオは目を見合わせた。
「何か…て…」
「……ご存知ないんですか?」
「何かあったの?」
ミレーが尋ねる。するとライルはまるで先程の雑談の続きのように話し始めた。
「ありました。国王陛下付きの侍官の一人がルトヴィアス殿下を国王陛下の寝所に入れまいと立ちはだかったそうです」
「…何ですって?」
アデラインは立ち上がった。
「誰なの?その無礼者は」
「名前までは…国王陛下付きの年若い侍官だそうです。陛下が直にお声をかけてようやくルトヴィアス殿下は中に入れたそうで…」
腹立ちのあまりアデラインは口調もきつくなってしまう。
「殿下がようやくお父上に会えるのに何故その者は邪魔をしたの?」
「それはきっと噂を…いてっ」
口をひらきかけたデオの足を、横からミレーが蹴飛ばした。
「何なんですかっ!?」
「何でもないわ」
「噂って何?」
「あ…」
デオが口を抑える。きっぱりとミレーは言いきった。
「口さがない者達の戯言をお嬢様がお気にする必要はございません」
「ミレーも知ってるのね?教えてちょうだい」
ミレーが困った顔をしたことで、噂が良い噂ではないことをアデラインは察した。そうであればミレーは絶対教えてくれない。アデラインはデオを促した。
「デオ」
「…」
彼は口から手を離そうとしない。次にアデラインはライルに懇願した。
「ライルお願い」
「ルトヴィアス殿下がご自分を人質に出した父君をお恨み申し上げているという噂です」
ライルがあまりにあっさりと告げたため、ミレーとデオは唖然と口をあけている。
デオに、次いでミレーに視線を合わせて、ライルは静かに言った。
「お嬢様のお耳にいれるか、判断すべきは我々ではなくお嬢様自身だ」
彼らのやりとりを、アデラインは半分も聞いていなかった。頭の中は噂のことでいっぱいだったからだ。
――…そんな噂があったなんて…。
国王付きの若い侍官は、ルトヴィアスが病んでろくに動けない父王を害するのではと心配したのだろう。
そんなこと有り得ない、とはアデラインには言い切れなかった。
彼が10年どんな歳月を送ったのか…アデラインには想像がつかない。つらく、苦しいものだったのなら、それが長かったぶん、ルトヴィアスが父親に恨みをもってもおかしくないだろう。
10歳の少年が、異国に送られる恐怖。
彼は母妃の葬儀にさえ出られなかった。
そして恋人も、結局彼は国の為に諦めざるを得なかった。
ルトヴィアスが父親だけでなく、ルードサクシードを恨んでいてもおかしくない。
アデラインが簡単にそこまで考え至るのだから、噂を聞いた誰しもが同じことを考えるだろう。
「ルトヴィアス殿下がご寝所にいる間、陛下のご指図で人払いがされたそうですが、特に何もなく、四半刻ほどで殿下は退出されたと聞きました」
「…そう…」
――…やっぱり、お傍をはなれるんじゃなかった…。
アデラインは国王の寝所に入れない。けれど側にいれば、何かしらは出来たかもしれないのに。
――…何故あの時無理にでも付いて行かなかったんだろう…。
ルトヴィアスは難しい立場にいる。分かってはいたけれど、まさかこれほどとは。国王派も反皇国派も、ルトヴィアスを取り込みたいと考えつつ、ルトヴィアスを警戒している。
つまりはルトヴィアスの周りは敵だらけということだ。
ルトヴィアスは今何を思っているのだろう。またあの冷たい瞳で、心を凍てつかせてるとしたら…。
「…殿下は…御前会議はまだ終わらないのかしら?」
「…御前会議なら終わっていますよ?」
「…え?」
聞き返したアデラインに、デオがもう一度繰り返した。
「今日は少し長引いたそうですが、御前会議は終わりましたよ?」
「御前会議が終わったら知らせてくれると言っていたでしょう?何故知らせてくれないんです?」
「す、すいません!」
ミレーの剣幕に、ルトヴィアス付きの若い侍官は深く、何度も頭を下げた。
ライルとデオに別れを告げて、アデラインとミレーはルトヴィアスの執務室に戻ってきた。
ミレーは先程の侍官を執務室の前の廊下で見つけるや否や、腕を掴んで畳み掛けたのだ。
「お嬢様はあなたからの知らせを待っていたのですよ?」
「も、もうしわけありません。あの…」
「必要ないと殿下が言われたのです」
執務室の扉が開き、オーリオが姿を現した。
「オーリオ」
「御前会議が終わって…ご自分がお嬢様のお部屋へ行くと……行かれていないのですか?」
「…」
アデラインは答えに窮した。
行き違いになったことも考えたが、そうではないような気がする。
――…もしかして…避けられてる?
最後に会った時は、特に変わった様子はなかったが…。
アデラインの無言の返事に、オーリオが眉を寄せる。
「あの方は…お待ちください。すぐに探して参ります」
オーリオの頬には怒りが滲んでいた。
アデラインは慌てて従兄の袖をひく。
「…待って!待ってオーリオ。私の為に怒ってくれてありがとう。でもいいの。きっとどこかで息抜きされているんだわ」
「お嬢様…」
「大丈夫。行き先はわかるから…多分」
――…避けられているなら理由があるはずだわ。私が原因なら謝らなければ…。
従兄を安心させるために、アデラインは柔らかく微笑んだ。
ドレスは五日では縫えません。(土下座)
2018.5.21 デオのセリフの一部を修正しました。(セリフ内容は変わっていません。)




