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第7話 ルシアン・クレイルード

 アキダクトの女王の腹の中から人が出てきた。若草色の髪をした耳の長い男だ。


「生きてる、のか?」

「うん、溶けかけてるけど生きてる」

「それは、大丈夫なのか……?」


 溶けかけているということはつまり消化されかかっていたということになるのだから、それはそれでだめなのではないかと思うがシオンの診断によれば問題はないらしい。


「身体自体が植物みたいなものでね、年齢で皮膚が増えていくんだ。その表層が溶けただけだからね。まあ、それでも重症には変わりないんだけど」

「植物?」

「あ、そうか。えっとね、この人はエルマードなんだ」

「エルマード?」

「そう。植物種(エルマード)


 エルマードとは植物種と呼ばれる植物のような人たちであるとシオンは言った。


 神々が作り出したとされる四種のヒトの一種。人間、ラーケ、ドヴルに次ぐ、エルマード。二番目に古い種族であると言われている。

 身体に植物の要素を持ち長命で風や植物の意思を感じ取れるといわれている。古くからまじないや呪術を扱い天候を操作し、未来すら見通すとされており、多くの為政者たちが彼らの力を使い世を治めているとされている。


「リードヴェルン王国に住んでいる人の大半は人間だけれど、宰相様はこの国の生まれのエルマードだったりするんだよ」

「じゃあ、こいつが助けてほしいって依頼されたルシオン様ってのでいいのか?」

「そうかな。あの教会の人たちがつけているたのと同じクエイルード家の紋章がここにあるし」


 シオンが指さした男の服の胸元に確かにそれっぽい紋章があったが、もともとの形をしらないためにユーマにはわからなかった。


「なら、確定か」

「うん、服を盗んだ夜盗とかじゃない限りね」

「今の時代にそんなのあるのか?」


 ユーマですらこの国を見た限りありえそうにないことがわかるほどだ。魔に襲われ、人々は狭い街や村の中に閉じこもって暮らしている。

 そんな中で盗みや犯罪なんてやろうものならすぐに見つかるだろう。何せ狭い村の中だ。名家らしいクエイルードの紋章付きの服を奪うとかそれこそ不可能、ありえない。


「うん、ないかな。だから、この人はルシアン様ご本人様ってわけ」

「そうか。なら、どうする?」


 このまま連れて帰るのか。起きるのを待つのか。聖剣が反応していないようなので近くに敵はいないので、起きるのを待っても良いだろう。シオンがいるので人ひとりくらい運ぶのはたやすい。

 別にユーマも抱えていくことくらいはできるが、戦力であるユーマが抱えるよりもシオンが抱える方が有事の際に困らないだけのことである。決してユーマの方がシオンよりも貧弱であるとかそういうわけではない。


「うん、そうだね。今は安全みたいだから、起きるのを待つのが賢明かな」

「そうか……」


 しかし、いくらまってもルシアンだと思われる人物は目を覚まさない。本当に生きているのかとユーマも確認したが呼吸はしているようだった。

 それでも目覚めないのはどういうことなのか。


「やっぱりどこか悪いのか?」

「んー、どうなんだろう。ある程度は医術の知識はあるけど、さすがにわからないかな」


「このまま運ぶか?」

「そうだね。村に戻れば、薬師の人が、教会にもそういうのに詳しい人がいると思うから、とりあえずもど――」

「――だあああ、君たちはなんなんだ!」


 このままではどうしようもないので村に戻ろうとルシアンを抱えようとした瞬間、件の彼が跳ね起きた。なぜか憤慨している様子だった。


「どうして、目覚めのキスとかしないんだ! 僕を見なよ。この若草色の髪! イケメンだろ!? 村の人妻たちも、若い娘、大人も子供も男女関係なく全員僕の虜なのに、なんなんだよ、君たちは!? 助けられたとわかってから、目覚めのキスをずっと待ってたんだよ!?」

「…………」

「…………」


 ――こいつはいったい何を言っているんだろう。


 ユーマとシオンの内心が完全に一致した瞬間だった。ろくでもないこと言っているようだということはわかる。

 この世界で奴隷として生きて来て、どんな人でもとりあえずは付き合えるらしいシオンですら固まってしまっていることからもそれは確かだった。


「え、えっと……あなたがルシアンさんでいいのかな?」

「ん? 僕の名前を知っているのかい麗しのラーケ。ああ、初対面の人にも僕の名が知れ渡っているなんてなんて罪作り何だろうね、僕は。うん、それにしても綺麗な毛並みの耳と尻尾だね。結婚を前提にお付き合いしないかい。

 もちろん、そちらの機構聖剣を持っている可愛い顔した黒髪の勇者君もさ。僕はみんなを平等に扱う。妾だろうとも正妻だろうとも、男だろうとも女だろうとも不平等になんて扱わないとも。だから、君も安心して僕と付き合わないかい? この僕、ルシアン・クレイルードとね」


 ルシアンは微笑みサムズアップ。きらりと歯が輝く。


「…………」


 その顔面を殴りたくなったユーマだった。というかこの男の言っていることをひたすら理解したくないユーマだった。

 もしかしてエルマードという種族はこんなのが標準なのだろうか。心配になったユーマはシオンに耳打ちする。

 こういうときラーケの耳は頭頂にあるのであまりかがまなくていいのが良い。


「あのさ――」

「あんっ――」

「っ!?」


 突然の艶かしい声にびくりとする。


「もう、いきなり耳に息を吹きかけないでほしいかな。それで、なに?」

「ご、ごめん……。あ、あのさ、エルマードってこんな奴ばっかなの?」

「違うと思いたい、かな。少なくとも私が会ったことのあるエルマードは普通だったし。宰相様も普通のはずだよ。うん、噂によれば、だけど……」

「なんだい、こそこそ話かい? 僕も混ぜてほしいな。ああ、もしかして君たちは恋人同士なのかい? ああ、それならそれでいいんだ。僕は誰かの恋人でも人妻でも構わないからね。うん、人妻って良い響きだよね」


 ――こいつ屑だ。


「恋人? ううん、違うかな」

「ありゃ? そうなのかい? 僕はそういう風に見えたけどな」

「全然違うよ。私如きがユーマの恋人だなんて不敬だし失礼かな。私はユーマの奴隷だよ」


 とりあえず殴ろうと思っていたユーマだが、シオンの発言に気を取られてそれどころではなくなった。


「え?」

「え、じゃないかな。旅に出る時にそういう風になったんだよ?」

「初耳なんだけど!?」


 旅に出てから一切そんなことは言われていない。


「うん。言ってないかな。というか、いう暇がなかったかな」


 ――それと言ったら気にしそうだからね。


 と口の中でシオンが呟いたことにユーマは気が付かなかった。


 奴隷は辛くないのかとユーマはシオンに聞いてきたことがある。それをシオンは覚えている。

 それは彼が奴隷というものが辛いものだと思っている証拠ではないかとシオンは考えた。少なくとも奴隷というものに対して実情を知らず、何かしら悪いものだと思っているのは間違いないだろうと予測を立てた。


 だからこそ、言わなかったのだ。人の認識や考えを変えるのは難しい。特に納得できないことや誰かがひどい目にあっているというようなことは。

 現にユーマは、思うことがありますと露骨に微妙な顔をしている。言わなくて正解だとシオンは思う。今回の場合は仕方がない。なにせ勇者とラーケが恋人などと思われてしまえばユーマの評判に関わるからだ。ラーケなどという奴隷種族と勇者はどう逆立ちしても釣り合うことはない。


 住んでいた世界が文字通りで違うのだから――。


「はいはい、ユーマその話はあと。とりあえずルシアンさんの話を聞こうよ」

「あ、ああ、そう、だな」

「んー、妬いちゃうなぁ。二人の世界ってやつ?」

「もう、そんなわけないかな」

「ふぅん……」


 シオンの否定の言葉にルシアンは意味ありげな視線を向ける。


「――まあ、助けてくれたんだからお礼を言わないとね。ありがとう勇者様。おかげで助かったよ」

「いきなり変わるな――まあ、依頼だからな」

「ふふ、それは何より」

「さて、なら一度戻ろう」


 一つ目の依頼は達成したのだから、帰ろうとユーマが提案するが。


「ああ、勇者様、それは駄目だよ。僕は魔を倒す」

「……飲み込まれていたのにか?」


 正直な話、こんな場所で魔に飲み込まれてしにかけていた奴が魔を倒せるとは思えなかった。


「ま、そうだろうね。でも、僕がやらないといけないのさ」

「それは守り人の一族だから?」

「それもある。けれど、何より兄の仇でもある。僕以上の超絶イケメンだった僕の兄というエルマードの至宝を殺したのは何事にも代えがたい罪だ。僕が仇を取らないでどうするんだい」


 彼はそう言い切った。


「――うん、良い覚悟かな」

「お、いい感触。なるほど、僕はこういう方面で攻めればいいのか。よし、任せ給え君たちの嗜好は把握した」

「……こういうところがなければだけど。どうかなユーマ。私としてはついてきてもらっても良いと思う。エルマードだから、それなりに薬の知識もあると思うし」

「そうだね。僕の得意分野は弓と薬の知識だ。これでも、その分野なら兄を超えていると自負しているとも」

「シオンがついてきてもいいというのなら」

「うん、それじゃあ決まりかな。ああ、でも武器は?」

「問題ないよ」


 彼が左腕に力を入れるとそこから弓が生えてくる。

 エルマードの特性だと彼は言った。自分の身体を思い通りの形に加工できるというのだ。柔軟(・・)なエルマードだからこその特性らしい。


「と、こういう風にね。矢は、確かこの辺に……」


 矢は女王の腹の中に手を突っ込んでそこから取り出していた。何本か折れてはいたもののそれでも使えるものは残っていた。


「折れた矢は鏃だけ回収して、それに合ったのを僕が加工してっと――うん、完成完成。いくらか身体は減るけど、どうせ十年分くらいだ、問題ないよ」


 矢を完成させ、矢筒を背負う。


「さて、ルシアン・クエイルード。村を治める名士でもあるけど、ここは気軽にルシアンと呼んでほしい。あまりえらい立場っていうのは善いものだけど好きじゃないからね」

「私はシオン。こちらは勇者様」

「ユーマだ」

「うん、麗しのラーケはシオンちゃんか。覚えた覚えた。勇者様の名はユーマというのだね。本来なら呼ぶことは不敬だけれど、君は呼んでほしそうだ。だったら僕もそう呼ばせてもらうよ。良い名前だ」

「――そんなことは初めて言われたよ」

「そうかい? 僕は気に入った人は褒めるよ。とことん褒める。そうすれば相手もいい気になって僕といい関係になってくれるかもしれないからね」


 上昇した評価をすぐに下落させるこういうところがなければ素直に褒められるのにと思わずにはいられなかった。ただ彼はこういう性格なのだろう。

 彼と行動を共にして階層を昇り始めてからわかったことだが、彼は自然体だということだ。飾らず自然のままに在る。


「僕は欲にまみれている」


 何度かの魔物の襲撃を経て、階層を二つほど上がった三階層目でシオンが野営の準備をしているとき隣に座ってきたルシアンが言ってきた。


「いきなりどうした……」


 ああ、またかとユーマは思う。ここに来るまでも彼はいろいろとしゃべり倒していた。暇があればシオンを口説き、暇がなくともユーマも口説く。

 男同士だぞと言えば、ああ、大丈夫、僕は無性だから、どちらにでもなれるのさ、と言って気にしない。まだ短い付き合いだというのに、このルシアンという男? と付き合う方法は無視するかスルーして話を半分くらいに聞くのが良いとわかってきたほどだ。


「いやいや、重要な話さ。見なよ……」


 そう言って彼が指し示すのは火をつけようとほどんと地面に身体をつけて息を吹きかけているシオンの姿だった。

 それがどうかしたのか? と首をかしげるとルシアンは盛大にため息を吐く。


「良いお尻だ、いやそれだけじゃない。服装のおかげでわかりにくいかもしれないけれど、胸も腰も良い体つきをしてるじゃないか彼女!」

「…………」


 また何を言っているんだこいつはと思ったが、確かにシオンは良い体をしてるのには同意だった。


「男だろ! あんなに無防備に尻が、尻尾が振るわれているんだ。ガン見しなくてどうするんだい」

「欲望ってそういうことかい!」

「それ以外に何があるというんだ。こんな娯楽もない場所で!! 女の子がいたら、しかもそれが美人なら、ガン見しなくてどうするのさ!」

「どうもしないよ!? 第一、バレたらどうするんだよ!?」

「ん? 問題ないだろ。だって君は勇者で僕はイケメンだ。何をしても許される立場だ」


 ――そ、そうなのか?


 確かにユーマは勇者であるし、隣のルシアンはイケメンである。イケメンは元の世界から何をしても許されるとかいう風潮はあったものの実際そんなことがあるわけもない。

 だが、こうも堂々と言われてしまうとそうなのか? と思ってしまう。無論そんなわけはないのだが、違う世界だから案外そうなのかもしれないと思ってしまいそうになったところでシオンのストップが入った。


「聞こえているかな。ルシアン、あまりユーマに変なこと吹き込むのはやめてほしいかな」

「おっと、そうへんなことを吹き込んでいるつもりはないのだけれどね。それに、必要だと思うからこうしているわけだ」


 彼の蜂蜜色の瞳が炎の揺らめきで輝いてみえる。意味ありげな笑みにシオンはやれやれというようにため息を吐いた。


「うん、それはわかるけれどあまり極端なことは見逃せないかな。貴方の持論を語るのは構わないけれど、ユーマは素直だからすぐ信じちゃうし。ここに来たばかりで常識とか勉強中だから常識的な範囲にしてほしいかな」

「ふむふむ、了解。イケメンだから許されると思っていたけれど、限度があるとは教えないとね」

「そういうことじゃないけど。まあいいかな。確かに必要だし。あと見るのは構わないけれど、見るのならこっそりじゃなくて堂々と見ると良いかな」

「おお、お墨付きが出た。よし、じゃあ、ガン見させてもらうよ」

「いやいやいや、シオンは何言ってんの!?」

「ん? だって、見たいんでしょ? なら見ると良いかな。見られて怒るほど狭量でもないし生娘でもないかな。男の子だもん、女の子は見たいものでしょ? ラーケとしては、それだけ魅力的ってことだから嬉しいものなんだよ」


 人間ではどうかは知らないがラーケからしたら見られたり、情欲をあらわにされるということはそれだけ自身が魅力的であることを示す指標だと感じる。

 雄にしろ雌にしろ見たいとか犯したいとかいう感情はまさに本能のままの感情だ。そんなものをぶつけられるというのはそれだけ魅力的であることの裏返しである。


 ゆえにラーケという種族は人間であれば不快かもしれない欲望のままに見られるという行為にも本能的な嬉しさを感じるのである。


「だから、ラーケに会ったら素直に感情を露わにしたリ、欲望を向けてくれて構わないかな」

「あ、ああ……」


 ――なんというか、種族の違いってのは大きいな。


 ユーマはそう実感したのだった。

というわけで新キャラ本格登場です。

植物種エルマードのルシアン・クレイルード。植物人間ですね。彼の髪は季節によって色が変わります。また、現代でいうところの秋になると紅葉し、落葉します。つまりハゲる。

あと決してエルマードがこんなキャラであるわけではないと一応言っておきます。


さて、あとは Abelさんからレビューを戴きました。そのおかげでPVやらポイントやらが急増。ありがたいことです。

このお礼は時間がかかるかもしれませんが必ずしに行きます。とりあえず Abelさんの作品を読んでレビューと感想を書きに行きます。もらったらきちんとお礼をしませんとね。


では、また次回。

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