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第6話 塔

 そこは怨嗟えんさの声で満ちていた。阿鼻叫喚の地獄の様相を呈した世界。あらゆる憎悪が泥となって噴出し、あらゆる喜の感情を押し流していく。

 さながらそれは厭悪えんおの洪水。あらゆる全てを流して消し去ってしまう濁流が如く押し寄せ、精神を蹂躙し漆黒の闇に染め上げようとする。


 それは死してなお生きることを強要された彼らの憎悪だ。そこにある感情は実に単純だった。ただひとつの感情。それは嫉妬と呼ばれる感情がそこにはあった。

 なんで自分達がこんな目に遭っておまえは遭わないんだ、なんでわたしたちが死んだのにおまえは生きているんだという生ける死者が生者に向ける嫉妬の感情が汚泥となり濁流となりユーマの精神を凌辱せんとあふれ出している。


 そして、それは怨みへと転じ全てをのみ込まんと迫ってくるのだ。断末魔の悲鳴をあげながら。


「なんで、なんで」

「いたい。いたい、いたい」

「たすけて」

「よくも、ころしたな」


 村に着いて少し気を抜いていたからだろう。忘れていたことを思い出した。忘れようとしていたことをユーマは、思い出した。

 憎悪の夢を見ていた。それはあの戦いの中にあった死の光景の一つ。ゾンビの断末魔。どろどろと死が融けた渦巻く泥の中でユーマを引きずり込み鎮めようとしている。


「違う、やめてくれ、違うんだ……」


 ――殺しているのは魔だ。聖剣だ。

 ――僕じゃない。


 耳を塞ぎ、目を閉じて否定する。違う。違うと否定する。


「おまえ、が、ころし、た」

 

 だが、こびりついた生と死がユーマの精神を蹂躙する。耳をふさいでも眼を閉じても、手には確かにその感触が残っているのだ。

 ふさいだ耳に手を通じて死が流れ込む。どろりとした慟哭のタールのような黒が耳を犯し、脳髄へと流れ込んでいく。


 引きずり込まれる。引き摺り降ろされる。

 違う。違う、違うんだ。強大な力を振るっているのではない。振るわれているだけ。

 どんなに言っても誰も信じない。おまえが悪いのだと決めつける。そして――。


「ぁああああぁぁぁ――」


 ユーマは、声にならない悲鳴を上げて飛び起きた。じとりとした寝汗が気持ち悪い。寝巻が肌に張り付いて気持ちが悪い。

 それでも荒い息を何とか整えて、そこがまだ自分の知っている場所だということに安堵する。決して地獄ではないことにただただ安堵する。安全だと、そう言い聞かせる。

 けれど、早鐘を打つ心臓はちっとも落ち着いてくれない。


 まだ、覚えているのだ。

 たくさん死んだ。たくさん殺した。

 その光景を覚えている。

 覚えている。あの断末魔を。

 覚えている。あの悲鳴を。

 覚えている。あの光景を。


 見てしまった夢を覚えている。

 平和な現代を生きている者ならきっと生涯のうちに見ることがないあの生々しい光景をユーマはきっと忘れることができない。

 だからこそ夢に見た。ゾンビとはいえ断末魔の悲鳴をあげる人型の魔を殺した。それは深い傷となってユーマの中に残っている。


「――――」


 こうやって忘れたふりをしていたのを思い出しただけで、吐き気が今も止まらない。震えは今も収まらない。

 もしかしたら、次に死ぬのは自分かもしれないと思うと恐怖で身動きが取れなくなりそうだった。


 でも、歩みを止めることは出来ない。王女に約束したのだ。必ず魔王を倒し、世界を救うと。

 それだけではない。シオンがいる。彼女のその献身に何度、救われただろう。その支えがなければ、きっとこの現実に打ちのめされていただろう。


 王女の期待に応えたい。世界を救える理想の勇者に、シオンが慕うに値する勇者だと誇れるような存在になりたい。

 好きな相手に良い格好をしたいと思うのは男として当然の感情だろう。だから、ユーマは諦めずに前に進む。辛くても、苦しくてもただ前に。勇者は決して諦めず前を向き続ける存在するなのだから。


 それが彼女たちの理想の姿だから――。


()は、勇者だ。勇者、なんだ……」


 言い聞かせるように呟く。

 どんなに辛くても、苦しくても前に進むしか道はないのだから。


 ――何かがひび割れる音がしていた……。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「…………」


 言い聞かせる声を聞いた。必死に必死に、自分は勇者だと言い聞かせる声を聞いた。

 それはまるで彼の悲鳴のようにシオンには聞こえた。いや、いいや違う。それは悲鳴だったのだ。まず間違いなく彼が上げた悲鳴だったのだ。


 勇者様。ユーマ様。頑張り屋の男の子。


 ――きっと貴方は、誰よりも優しい。


 わけもわからないままこの世界に召喚されて、魔を倒せと言われて。普通ならそんなの嫌だって言って拒否してもいいはずだった。

 だが、ユーマは勇者であることを選んだ。その始まりは何なのだろうかシオンにはわからないけれど、間違いなくその選択は崇高なもので、辛くてもやり遂げようとするその覚悟は尊い。


 辛く苦しいことは嫌だ。シオンですら辛いことや痛いことは嫌なのだから当然の感情。勇者としての戦いは辛く厳しく苦しいものだ。

 隣で見ているだけでもそれがわかってしまう。そうだというのにユーマが泣き言を言っているのをシオンは見たことがない。


 人前では絶対に弱いところ見せない。誰もが望む強い勇者であろうとするのだ。その覚悟に、その意思にシオンは何も言えなくなってしまう。

 必死に、必死に、勇者であろうとする少年。小さくて弱くてけれど誰よりも強いユーマ。その決意に、その覚悟に、シオンは何も言えない。いいや、違う。彼女は、何も言いたくなかったのだ。


 心がひび割れる音が聞こえているのに、ユーマは聞こえていないふりをする。それはとても悲しいこと。いつか壊れてしまうかもしれない。


 ――それでも、ユーマは前に進むんだね。

 ――だったら、精一杯君を支えるよ。


 彼の意思を、彼の決意を、彼の覚悟を尊いと思うからこそ、シオンは彼を止めたくなかった。彼のことを否定することになるから。その思いを、踏みにじることになると思ったから。

 だから、シオンはただ支えることを選んだ。辛く苦しい思いを分かち合って、少しでも彼の負担が少なくなるように。


 だから、眠っているふりをし続ける。気が付いてほしくない彼のつぶやきを聞いて、心に刻みながら――。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 翌朝、ユーマとシオンは塔へと来ていた。密室で女性と二人という状況のおかげで例のごとくユーマは寝不足であったが、寝不足だろうが何だろうが聖剣は敵が目の前にいればそれに反応して勝手に迎撃抹殺する。

 そこにユーマの意志の介在などないのだから、別段問題はない。そう思ってユーマは自嘲する。つくづく勇者というより聖剣に使われてるだけじゃないかと。


 ――今更だな。


 どのみち、やめることはできないのだ。約束したのだから。危険を冒して旅に同行してくれているシオンと、期待してくれている王女様の為にもやり遂げなければならないのだ絶対に。


 ――何かがひび割れる音がしていた……。


「しかし、大きいな」


 塔の扉の前に来たが見上げると高層ビルとか東京タワーとかスカイツリーとかそんなものを思わせるほどだ。

 この時代の技術からしたらありえない建築物ということがよくわかる。機構聖剣もそうであるが、この時代に不釣り合いな技術の出所なんなのか。


「この様子だと中は魔の巣窟かな」


 扉だけは木製だったのか、破壊されてしまっておりそれを見たシオンが推測する。巨大な爪痕がそこにはある。


「大丈夫だ。俺がなんとかする」

「…………そうだね。でも、気を付けて行こう」


 中に入ると塔の中は外から見るよりも遥かに広いように思えた。高い天井で圧迫感を感じることはないが、ただただその技術力の高さに圧倒されるばかりだ。

 壁には継ぎ目すらなく、ただ広く大きい。ここは一本道のようであるがとにかく巨大だった。左右は天井まで届く壁で、ただ先へ先へと暗闇が続いているように見える。


「何のための塔なんだろうな」

「わからないの。何度も調査しようとしたんだけど、そのたびに断られたって聞いたかな」

「そうなのか」

「とりあえず、この階には探してるルシアンさんはいないかな。生きているなら上の方にいるのかも。村を襲った魔を率いていたっていう個体も最上階にいるとかいう話だし」

「上るのか……」


 どれくらいの階層があるのかわからない塔を昇るというのは辟易とする。


「大丈夫かな。高い塔だけど、中の構造はそれほど多くないそうだから。十階って言ってたかな」


 少ないのか多いのか。わからないが、ゴールがわかっているのはいいことだと思うことにしておく。

 それでもため息を吐こうとした瞬間、


「――っ!?」


 聖剣からまた知識が流れ込んできた。頭に電流を流されたかのような衝撃が走り、知識が脳髄を貫き思考野を撹拌していく。

 それは思わず膝をつくような打撃をユーマの脳みそに与える。


「ユーマ!?」


 突然頭を押さえ膝をついたユーマにシオンが駆け寄る。


「どうしたの!? 大丈夫!?」

「だ、大丈夫、――げほ、ごはっ」


 聖剣をはじめて掴んだ時とは比べ物にならない程の知識量。まるで聖剣が今まさに思い出した(・・・・・)かのような膨大な時間の中、蓄積された知識が流れ込む。

 堪えきれない嘔吐感そのままに胃の中がひっくり返される。無様だとか格好悪いだとか考えられない。


「わ、わかった――」

「え?」

「塔が、何のためにあるのか……」


 聖剣が教えてくれたというにはあまりにも過剰ではあったが、この塔はいわば保管庫だと聖剣から得た知識が物語っている。

 本来はもっと階層があるが、現在は不活性状態。つまるところ起動していないのだ。長い年月を経て起動することももうない。


 だからこそ、本来の階層のみが存在している。十階層。それでもかなり広いし巨大だ。


「何が、あるの?」

「武器、だ」

「武器?」

「ああ、これと、おなじ」


 聖剣と同じ機構武装がそこにはあるという。武術、戦い方、聖剣のことだけでなく今はありとあらゆる古代の知識がユーマの中にある。役に立つのか立たないのかわからない。

 気を抜けば頭が内側から破裂しそうなほどだ。目が腫れぼったく、熱が出ているかのようにくらくらとして意識がもうろうとする。


 異物感が嘔吐感を引き起こし、内臓を攪拌するが聖剣や敵は休ませてはくれない。


 暗がりに浮かぶ大量の赤い煌めき。魔の瞳の輝き。目の前から大群が迫ってきていた。

 それを聖剣が認識した瞬間、地面が爆発したかのような踏み込み一歩で最高速度トップスピードまで加速する裏霞飛翔によって景色を置き去りにしてユーマの身体は勝手に駆ける。


 一瞬で彼我の距離を失くしてそのままの勢いで飛びかかってきた強靭な刃の爪を脚に持つ蜘蛛型の魔――アキダクトへと聖剣を突き入れる。

 身体を回転させて喉から突き入れたアキダクトを横に切り開くと同時に飛びかかってきていたアキダクトたちを切り裂く。


 前進すると見せかけて背後へと跳んでフェイント。向かってくると思いそこに爪を振るったアキダクトの一撃は大きく空を斬った。

 そこに聖剣はユーマを踏み込ませる。力などないされど軽くもない鋭い踏み込みによって互いの距離はゼロへと還る。


 ――凛と音が鳴る。


 刃の鳴りが響けばそこに生きているアキダクトはいない。人間であればその異常なまでの切れ味を恐れるだろう。

 仲間が一瞬のうちに十数も殺されれば相手を恐れる。だが、魔に恐怖はない。あるのは人間を襲うという本能のみ。


 恐れず向ってくるアキダクトの大群とユーマは舞を演じることになる。それはつまり最後まで相手をしなければならないということ。


「――――」


 軽く息を吐いて向ってくるのを待たずにユーマは群れの中へと斬り込んでいく。がちがちと震えていようとも、恐怖に心が押しつぶされそうになろうとも

 人間とは思えぬ身体能力で縦横無尽に動き回り、自分の周りへとアキダクトの群れを釘付けにする。少しでもどこかへ行こうとしたものは聖剣の刃が飛翔して串刺しにする。シオンには触れさせない。


 繰り広げられる演武は一方的だった。

 アキダクトの攻撃は一切当たることはなく聖剣が当たれば最後、アキダクトは両断される。例外などありはしない。ただ一撃の下に切り裂かれていくのだ。


 人を襲う本能しかないとはいっても同族意識は存在する。同族を殺されたアキダクトはぴりぴりとしびれるような殺意をユーマに真っ向から浴びせる。


「――――」


 悲鳴が喉から吐きかけた。悲鳴を上げなかったのはひとえにそんな暇などなかったからだ。だから、がちがちと歯が鳴り、震えはひきつった笑みを作り、カタカタと身体を震わせる。

 それでも聖剣には何ら関係などありはしないのだ。


「ユーマ!!」


 シオンの鋭い声。

 同時に、


『GRAAAAAAAA――!!!』


 声が通路を穿つ。

 それは女王の嚇怒の絶叫。

 憤怒の証。


 しもべ、我が子らを殺された怒りに振り下ろされる女王の一撃。聖剣はそれすらも頓着しない。それに合わせて剣が降りあがる。

 次に起きるのは、女王の悲鳴。女王の振り下ろした鎌足は半ばから断ち切られていた。アキダクトの鎌足は加工せずとも鉄の農具や武器と代えることできるほどの強度を持つと言われている。

 鉄と同等。女王ならばそれ以上の硬度を持つだろう。だが、容易くそれは聖剣により断ち切られた。そのからくりはわかりやすい。聖剣から流れる死想曲の調べ。


 機能の一つ高周波ブレード。それによって容易く断ち切られたのだ。感じたことのない痛みに女王の動きは止まる。女王の危機にアキダクトの生き残りたちが一斉にユーマへと殺到する。


「――――」


 聖剣がユーマを動かす。まるで好都合とでも言わんばかりに腰溜めへと聖剣を構えさせる。聖剣の機構が駆動する。

 がしゃがしゃと機構が駆動し、峰に相当する部分が開く。風音が鳴り響くと同時にその場で一回転するように剣を振るった。


 ――斬撃が走る。


 回転斬りの遠心力により振るわれた斬撃は飛翔する。それも全方位に。

 ユーマへと飛びかかろうとしていたアキダクトに避ける術などありはしない。とびかかろうとしていたアキダクトは真っ二つに一刀両断された。


 風の刃。単純な名前であるがそれ自体がこの結果の答えだ。聖剣の機能の一つ。風の刃を放つ。いわばかまいたちのようなものだ。

 鋭利な切れ味の風は時折かまいたちと呼ばれるほどの切れ味を作り出す。それと一緒。聖剣が発生させた莫大な風が指向性を持たされ放たれることによって刃と化したのだ。


『KISHAAAAAAAAAA――!!!』


 自らの子らを無惨に殺されたことに女王は激昂して糸を吐く。白濁した糸。大気に触れると同時にそれらは消える。

 彼らの糸は空気に触れることにより透明になるのだ。ユーマへと降り注ぐ見えざる糸の雨。絡め取られれば最後、その場で殺されて喰われてしまうだろう。


 ユーマは聖剣を突き立てる。何をする気なのかとシオンが思う中、聖剣が開き暴風が巻き起こった。先ほどの風の刃の機構の応用によって暴風を発生させたのである。


 そして、糸は逆に女王を絡めとる。

 そうなってしまえば、動けない魔など聖剣に殺せないはずがない。高周波ブレードの鳴りとは違う鳴りが響く。

 聖剣の刃の周りを小さな刃が回っている。回転刃。ユーマの常識ではチェーンソー。それはすさまじい音と絶叫を作り出し女王を両断してみせた。


 両断し終えたところで聖剣が身体の操作をユーマへと戻す。


「は?」


 そして、ユーマは驚愕する。なんと女王の腹の中から人が出てきたからだ。


 ミノさんからレビューを戴きました。その効果はすごいですね。いやはやレビューってすごい。

 私のスタンスではレビューや感想を貰ったらお礼に感想やレンビューをしにいくので、私も書きました。ミノさんのハガネイヌオススメですよ。


 さて、本編の内容に触れると、今回は第一章第二部の第二話といったところ。

 実は前回から第二部だったり。起承転結で言えば第一章の承かな。まあ、厳密にはそうじゃないんですが。

 とりあえず新キャラ出すといったけど、最後に出たからいいよね。

 まあ、次回から仲間になるキャラを出します。聖剣と似たような機構武装も出します。

 ただし聖剣とは大きく違うとかごにょごにょ。


 とりあえず心を削りながらも前に進む主人公をどうぞよろしくお願いします。

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