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第5話 ソノラ

 夢を見た。なぜならば、それはありえない光景だったからだ。名も知らぬ王女様が、自分の名を呼んでいる。そして笑顔を向けてくれている。

 それはとても幸せな光景。望んだ光景。だからこそありえないということができる。ユーマはまだ彼女に己の名前すら名乗っていないのだから――。


「―――」


 ぱちりと木の爆ぜた音でユーマは目を覚ました。 

 いつの間にかすっかりと日は落ちて夜空には星が輝いている。見知った星はない。それはここが異世界であるということをユーマに突きつける。


 なんだかとても安らいだ気分だった。いつもは考えないようにしていることを考えるくらいにはなんだか安らいでいる。

 両親はどうしているだろうか。突然異世界に召喚されるとか想像できない事態だ。元の世界はどうなっているだろう。大騒ぎになっているのか。あるいは、そんなことなく普段通りなのだろうか。

 喧嘩ばかりで、時折一緒に馬鹿やったりする弟はどうだろう。どうせいなくなって清々したとか思っているに違いない。


 寂しいと思う気持ちはある。それを表に出すことなんてないが、やはり見知らぬ土地だ。自分を知っている人はいない。

 気楽ではあれど、やはり思うことはある。


「起きた?」


 ふと、頭の上から声が聞こえる。そこでようやく頭の下に感じる温かさと柔らかさを自覚し、半ば閉じていた視界の上に何かがあることに気が付いた。

 それは形の良いふくらみとシオンの顔だった。だんだんと自分がどういう状態なのかを認識していく。それとともに顔へと血が集まっていくのを感じる。


 俗にいう膝枕をされていると気が付いたユーマは、即座に飛び起きようとしたが彼女の予想外に強い力で肩をつかまれていたために起き上がることはできなかった。


「そのまま寝てて。大丈夫だから、ね?」

「――あ、ああ」

「お疲れさま、かな。大丈夫? 魔を倒してから倒れちゃったんだけど、覚えてる?」


 素直に姿勢を戻すと彼女は掴んでいた肩の手を離す。

 ここで起きようとしたのだかが、また肩をつかまれたので諦めてそのままになっておくことにする。悪い気はしないのだ。むしろ、良い気分だった。


 誰かに膝枕をされるというのは子供の頃に母にしてもらって以来だ。膝枕は不思議と落ち着く。もうひと眠りしても良いと思うくらいには落ち着いていた。

 少なくとも、もう先ほどのようにいろんな感情がごちゃごちゃになって余裕なく倒れるようなことはないだろうと思う。


 ――我ながら情けない。


 勇者としてそれらしく行動しようと思ったところでこの始末だ。結果として勇者らしくない行動を見せてしまった。

 シオンは幻滅してないだろうか。そんな心配をする。勇者は頼りないと思われたらどうしよう。不安だった。なにせ、見限られれば最後、生きていくことすらユーマはままならないのだから。


「大丈夫、大丈夫。私は、勇者様を見捨てないよ」

「…………悠馬」

「え?」

「悠馬だ。名前……」

「…………うん、大丈夫だよユーマ。私はここにいる。奴隷だから、最後まであなたについて行くかな」


 ――ああ……。


 まるで子供にするように膝枕をされて頭を撫でられる。ようやく呼んでもらえた名前に心がじんと温かくなる。

 夢で見たように、こうやってあのひとにも呼ばれたい。そう思う。


「何か食べる? お腹すいてない?」

「いい、今は、眠りたい」

「そっか、うん、おやすみ、ユーマ」

「ああ、おやすみ、シオン……」


 再び目を閉じる。


「――♪――♪」


 ――これは、子守歌……


 眼を閉じると火が燃える音、風が吹く音、木々が揺れる音に混じって、彼女の子守歌が響く。

 静かで優し気な曲だった。膝で眠るユーマには彼女が歌に合わせて体を揺らすのを感じる。優しく左右にゆったりと。

 きれいな声。ぽんぽんと、頭を優しく撫でてくれる彼女の手。昔、母にやってもらったようなそれ。

 気持ちがよく。安堵する。


 ――ああ……


 言葉にならない感情が流れていく。寝ても、起きていても感じていた煩く蝕むような聖剣の憎悪の声が聞こえなくなる。

 彼女の歌声だけがすぅっと響く。


 ――ゆっくりと、眠れそうだ……。


 聞こえ続ける声もなく、ゆっくりと。ゆったりとユーマの意識は眠りの中に沈んでいく。楽しい夢を、見たような、そんな気がした――。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「おはよー、良い朝だよ」

「ん――」


 目覚めはやはり彼女の声だった。


「あ、ああ、おはよう」


 やっぱり彼女は昨日と変わらずそこにいた。それはつまり、彼女は一晩中ユーマに膝枕し続けていたということになる。


「って、まさか一晩中!?」


 慌ててユーマは飛び起きた。今度は止められることなく起き上がることができる。


「うん、ユーマ、気持ちよさそうに眠ってたから」

「……すまん」

「構わないかな。あなたをサポートするのが私の仕事だから」

「でも……」


 それじゃきついだろうと言いかけてユーマの腹の虫が鳴る。そういえば昨日は朝食以降何も食べていないことを今更自覚する。

 自覚してしまえばまた腹が鳴る。ユーマの顔は真っ赤であった。


「あははは、それじゃ、すぐに準備するかな」


 よいしょと立ち上がってシオンは消えかけた焚き火の前にしゃがんで息を吹きかける。膝と手をついて低い位置に顔をもっていくため必然的に臀部が上がるわけなのだが、揺れる尻尾と合わせて思春期の男子にとっては非常に眼の毒になりそうな光景が広がる。


「…………」


 そっと顔を背けてちらちらとみる。そんな自分に内心でユーマは呆れた。余裕が出た途端に何をしているんだと思う。


「よし。それじゃ、すぐに準備するからねー」


 用意されたのは麦粥だった。一昨日とは異なり雑ながらもしっかりと塩味などが付いている。

 一昨日と比べたら天と地ほどの差を感じられる。抜群にうまいというわけではないものの、それでもおいしく食べられる範疇だろうとユーマでも思えた。


 その理由は大幅に増えている荷物だろう。


「アクシアに残っていたもの全部取ってきたからね。しばらくは贅沢ができるかな」

「持っていけるのか?」


 明らかに増えすぎているように思える。


「誰にものを言っているのかな。私はラーケ。もともとは城や神殿、墓所の建設とかで資材を運んだりする役目を負っていた種族だからね。力は強いんだよ。あれくらいならまだ軽い方かな」

「あれで、軽い……」


 だいぶ多いどころか山のようになっている。それを見て軽い。自分には遠い世界なんだなと思えた。


「コツがあるんだよ。ユーマも力はあるんだし、すぐにできるようになると思うかな。良ければ教えるけど? 私に何かあったときとか、必要だと思うし」

「そう、だな」


 あまりそういうことは考えたくないとユーマは思う。

 誰かが目の前で死ぬなんてことは遠慮願いたかった。それが彼女ならばなおさらだ。


「ん? どうかした?」

「いや……」

「さ、食べたら行こうか」

「そうだな」


 腹を膨らませ、アクシアの街を後にする。ここに人が戻ってくるには、ここがかつての姿を取り戻すにはどれほどの時間がかかるだろうか。

 そんなことを思いながら再び魔王を討伐するための旅を再開する。その際にアクシアの街を取り戻したことを王都へと伝える手紙を聖剣の機能を使って出した。


「本当便利だな、聖剣」

「魔を倒すために神々が作ったって話だからね。さ、行こうか」


 手紙を出して本当に出発。朝は晴れ間をのぞかせていた空であるが、昼頃になると次第に雲に覆われて光がさえぎられてしまう。どんよりとした雰囲気は魔の到来を予感させた。

 現に、晴れ間が消えてから数度襲撃を受けている。聖剣が全部倒したので問題ないが、やはり何度襲撃されても慣れそうにない。


「大丈夫?」

「ああ、問題ない。それより次の目的地はどこなんだ?」

「あそこかな。塔から少し離れたところに村が見えるでしょ?」


 巨大な白亜の塔。だいぶ近づいてきた為にその巨大さが身に染みるようだった。

 その塔から少し離れた位置に村が見える。


「あれか」


 シオンが指さした先の森の側に木の柵で囲まれた小さな村があった。遠目に見ても質素な村であろうと予想できる。村の周りの残骸のほとんどのが木だ。

 村を囲む柵は大きく頑丈そうな木で作られており、ところどころに櫓のようなものがある。


「小さそうな村だな」

「そうだね。もしかしたら前来たよりも小さくなってるかも」

「今回は無事であってほしいな」


 アクシアの街は全滅だった。小さな村だ。もしかしたらここもとっくの昔に滅んでいるのかもしれない。そう思うと否応なく気分は沈む。


「んー、たぶん大丈夫かな。塔を守る一族の村らしいからそれなりには強い人が多いらしいから」

「そうなんだ。なら村で休めるかな」

「そうだね」


 ユーマの言葉にシオンが頷いて先を歩く。彼女についてまた何度か魔に襲われながらも聖剣の活躍によってなにごともなく日暮れ頃にソノラの村にたどり着くことができた。


「これは――」

「ここも、か……」


 しかし、ソノラの村の入り口は無残にも破壊されていた。入り口から見える限り多くの建物が破壊されている。

 遠くからではわからなかったが、魔に襲われたようだった。


「誰か、いませんかー!」


 村に入ってシオンが声を張り上げる。答える声はない。


「気を付けてユーマ、臭いはしないけど、何がいるかわからないから」

「ああ」


 どこに何が潜んでいてもおかしくない。辺りを見渡してユーマは後悔する。破壊された建物の下にはいくつもの血溜まりができている。

 それだけならばいいが欠損した部位がそこらへんに転がっているのだ。見ただけで吐きそうになるのと同時に漂ってくる新鮮な血の臭いに頭を殴りつけられる。


 腐臭。死臭。漂う死の臭い。それも新鮮な。

 ただそれだけでなく消える前の魔の死体もそこにはあった。


「こっち、かな」


 すんすんと鼻を鳴らしたシオンが村の中心を指さす。


「……人が、いるのか?」

「うん、集まっているみたいかな。教会があるから多分そこ」


 教会は石造りの立派な建物だ。何かあればそこに避難するのがこういう小さな村の常識だった。

 村の中央へと向かうと確かに石造りの立派な教会がある。そこには何人もの武装した男たちが立っていた。


「おーい!」

「だ、誰だ!」

「私はシオン。こちらは勇者のユーマ様だよ」

「ゆ、勇者」


 ざわざわと男たちへと波紋のように勇者という単語が広がっていく。


「ようやく、ようやく、来てくださったのか、お願いします。どうか、どうか――あの方を救ってください」


 そして、そう懇願される。


「あの方?」

「とりあえず中に入っていいかな? ここで立ち話も危ないだろうし」

「そ、そうですね。では、こちらへ」


 中に入る。礼拝堂の中には多くの村人たちが座り込んでいる。みな憔悴した様子であるが、ユーマたちを招き入れた男が勇者様が来たといえばそれだけで皆が安堵の表情を見せる。

 その様子にまた肩にかかる重さが増えたのをユーマは感じた。


 通されたのは狭い応接室だった。


「それで、何があったのかな」


 席に座ったところで、シオンが切り出す。


「はい。数日前、魔に村が襲われました。これでも塔を守る一族の端くれ、我々は戦いました。ですが、ある時ひときわ強い魔が現れ、この村の主であるクエイルード様を殺し、塔を占拠してしまったのです。そして、その弟君であるルシアン様が敵を討つと一人塔へ」

「つまり、そのルシアン様を助けて、魔を倒すのが依頼でいいのかな?」

「はい、どうか、どうかルシアン様を」


 強く強く懇願され何度も頭を下げられる。

 ここは答えるべきだとユーマは思った。


「わかった。俺が何とかする」

「おお! ありがとうございます、ありがとうございます勇者様!」

「勇者だからな。明日一番で行ってみる」


 そう話を取り付けると教会の部屋を一室、貸してもらえることになった。元はシスターなどが寝泊まりする共同部屋であるものの屋根のある場所、硬いもののベッドで眠れるというのはやはり良いものだった。

 さらに村人がわざわざ危ないのに水を汲んできて身体を拭いても良いと言ってくれたのである。


「勇者様からどうぞ」

「あ、ああ」

「それとも、私が手伝った方が良いかな?」

「じ、自分でできる」

「そう? 必要なら声をかけてね」


 部屋の中にあった仕切りの向こう側で早鐘のように鼓動を刻む心臓をおさめた胸を押さえる。


 ――女の子と一緒の部屋、しかも、仕切りの向こう側にいて身体を拭けって、どんなプレイだ……。


 ユーマのユーマも反応してしまっている。しかし、ただ仕切りで仕切っただけの同じ空間である。相手はラーケ。耳も良ければ鼻も良い。

 しても気にされないだろうが、そういう問題ではない。問題なのはシオンではなくユーマの方である。ユーマの方が気にして顔を合わせられない。


「大丈夫ー、どうかした?」

「だ、大丈夫だ、問題ない」


 このままでは埒が明かない。意を決してユーマは服を脱いで、もらった布を水につけて身体を拭いて行く。そして、タライの中でそっと水をかぶった。


「ふぅ」


 贅沢を言うのならば風呂に入りたいが、それが無理なのは先刻承知なので我慢する。それでも身体の垢を落とせたのは気分がいい。

 冷たい水をかぶれば滾っていた股間もどうにかこうにか静まってくれた。持たされていた荷物に入っていた袋から着替えを取り出して着替えればひどくさっぱりした気分になる。


「ふぅ、終わったぞ」

「はーい、んじゃ、次は私かな」


 場所を交代する。

 そこで、ユーマは気が付いた。


 ――これ、は!?


「お、俺、ちょっと外に」

「ん? なんで? 特に何もないなら部屋の中にいた方が賢明かな」


 衣擦れの音をさせながらシオンが仕切り越しに言う。


「や、でも……」

「ん? あ、お腹すいちゃった? それなら待ってて、一緒の方が楽だから」

「…………」


 そうじゃなくてね、とは言えず、ユーマは出ていくことができなかった。


「はぁー久しぶりだなぁ」


 ユーマには必死に耳をふさぐことしかできない。それでも聞こえる音に否応なくいやらしい想像をしてしまう。

 というか薄い仕切りの向こう側では彼女は現在裸であるわけで――。


「終わったよー」

「――――!?」


 想像しかけたところにシオンが出てきたから思わずユーマは飛び上がるほどに驚いてしまった。


「どうしたの?」

「な、なんでもない」


 なんでもないわけがなかった。旅用の厚手の服ではなく街用なのか多少薄着でスカート姿の彼女の姿はひどく新鮮で何より旅装の時はマントなどではっきりしなかったが非常にスタイルが良い。

 意識しないなんて思春期男子には無理。


「そっか、それじゃ、行こうか。調理場を借りて少しは村人に何かふるまおうと思うんだけどどうかな?」

「い、いいと思う」

「……本当に大丈夫? 顔が赤いけど」

「だ、大丈夫だ」

「そう? 病気とかきついなら言ってよね。ユーマが倒れたら大変だもん」

「わ、わかってる」


 何とか取り繕いシオンの宣言通り、村人に料理を振る舞うと非常に感謝された。暗く沈んでいた教会は勇者がやってきたことと食事によって多少の明るさを取りものしたのであった。


旅の途中でだんだんと仲良くなっていく男女って良いと思います。

さて次回は新キャラが出る予定です。

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