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第3話 責任の重さ

 砲撃をやめた聖剣が元に戻る。それを背に戻すユーマ。その姿は、先ほどまで敵を圧倒的な力で蹂躙していたとは思えないほど自然体であった。

 少なくともシオンにはそう見えている。


「さすが勇者様。ウィーラックをあんなに簡単にやっつけるなんて。すごい。本当ならどんなに騎士様がいてもできないことなんだよ」


 空を飛ぶ魔を倒すことはほとんど不可能だ。矢が届かなければ人にウィーロックを落とすことなどできない。ウィーロックの巣を見つけて降りてきたところを不意打ちする以外に人に彼らを倒す術はないのだ。

 それをいともたやすく勇者様は討伐を果たしてしまった。それをすごいといわなくてなんというのだろうか。


 あれがいるからこそ街道の危険度が上昇しているのだ。無論、それ以外の魔も生息しているためにウィーロックがいなくなったとは言え危険がなくなるわけではないが、各段に街道は安全になったといえるのだ。

 基本的に空を飛ぶ魔というのはただそれだけで脅威。攻撃が届かない。それはつまり襲われても逃げられず、降りてこない限り倒すことができないということなのだから。


 ウィーロックがその気になれば。小さな街なら一晩、村なら一瞬で滅ぶ。選りすぐりの精鋭騎士を数十人以上集めた上で運良く一匹だけ、なおかつ地面におりて来ているという条件の下、甚大な被害を出してようやく討伐できるほどだ。


 それを簡単に倒したユーマ。そんな彼を見れば誰もが抱くことを当然のようにシオンも抱く。さすがは勇者様という称賛を。


「……聖剣のおかげだ」


 それをユーマは素直に受け取れない。

 全ては聖剣のおかげだった。聖剣が勝手に動くからこそユーマは戦えている。それがなければユーマなど既に死んでいるに違いない。

 そう言っても、


「ご謙遜を。勇者様だからだよ」


 彼女は信じない。おそらくは誰もが信じないだろう。

 素人でも、戦闘において何が必要か大まかにはわかる。

 まずは体格。武器を振るうために必要なものだ。体格が優れていればそれだけ力があるということだし、多様な選択肢を戦闘にもたらしてくれる。


 次いで判断力。技術などもそうであるが、極論、技術などなくとも戦闘はできる。どのように戦うかを判断し、相手の攻撃(問い)に対して最適を選択できる判断力が求められる。

 そんな的確な才覚が求められ、それでいて、戦闘中にそれらの才覚を使用し維持するということが必要だ。


 それはとても難しい。素人であろうともそれくらいはわかる。戦闘者、少しでも武芸や武術、戦闘を行ったことがあるならなおさらだ。

 ゆえに、ユーマ・サトゥが行っていることを称賛するのだ。聖剣が強いのは当然だろう。魔を倒すための武器だ。強くて当たり前である。


 しかし、それはどんなに強くとも武器なのだ。武器がその力を発揮するには担い手が必要であるのは自明の理。子供であろうとも知っている。

 いかに強い武器だろうと振るう人がいなければただのものでしかない。それが常識であり自然なことだ。武器がひとりでに動いて魔を殺そうとするなど言っても誰も信じない。


 だからユーマが称賛される。


「…………」

「どうかした?」

「いや……行こうか」

「じゃあ、もう少し歩いた先に野営できる場所があるからそこまで」


 再び街道を歩き始める。少し行った先。ユーマの感覚ではかなり歩いたところで、ウィーロックの残骸が落ちていた。ぐちゃぐちゃの赤い物体。もはやそれが巨大な鳥であったことなど誰もわからない。

 吐きそうになるのを堪えながらなるべく破片を踏まないようにして通り過ぎる。放っておいてもそのうち消えてしまう。それが魔というものだ。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 夕暮れ時。森に程近い場所に泉があり、開けて広場になっている。今夜はここで野営をすると決めたシオンは今はいない。彼女が背負っていた大荷物を下ろすと同時にいくかの棒と紐、音鳴りと呼ばれる木の板を持って森の中へ消えた。

 取り残されたユーマは、へたりこむように座り込んだ。


「はは」


 知らず笑いが漏れた。まるで、冗談みたいな話だ。そう誰もいないのを良いことに呟いた。

 突然異世界に召喚されて、勇者として世界を救え。そんな冗談みたいな話もまったく冗談ではなかった。


 まさしく小説やアニメ、映画なんかの主人公のようにユーマは世界を背負わされていた。

 突然異世界に召喚されたと思ったら、まさか世界を救えと言われ、人類すべての命運を背負わされたのだ。


 本当に冗談みたいな話だ。冗談で済ませられたのならどんなに良かっただろう。

 魔と呼ばれる怪物を殺して、魔王を倒して世界を救え。


「本当に、冗談だろ――」


 だが、もはや後戻りはできない。ユーマはもう答えてしまった。魔王を倒し、世界を救う。

 正しい判断だ。このまま世界が滅びるなんてあってはいけない。だから、弱音を吐く暇などない。


()は、勇者なんだ」


 他に聖剣を扱える者はいない。次に勇者を呼べるようになるには少なくとも百年はかかる。勇者であるユーマが負ければ、死んでしまえばそこで全てが終わるのだ。

 勇者こそ最後の希望。それが潰えてしまえば最後、人類は滅ぶ。ユーマの責任で。


 誰もが期待している勇者としてやるべきことをする。やれるだけのことをやって、結果を出して人類を救わなければいけない。

 だからこそ、弱い姿は見せられない。希望は強烈に鮮烈に、輝いていなければならないのだ。弱音を吐く希望を誰が信じられる。


 少なくともユーマは、希望は常に堂々としていなくてはならないと思っている。

 それになによりも。


「期待は裏切れない……」


 かけられた期待に応えなければならない。魔王を倒す、世界を救うと言った時の王女の嬉しそうな顔を覚えている。彼女がそう望むのであれば、そう在る。そうでないと釣り合わない。

 せめて恰好だけはつけなければ情けないではないか。聖剣がなければ何もできない。何の力もない。だからせめて、勇者としての恰好だけは一人前のように。

 虚勢を張ってでも、前に進む姿勢だけは崩さない。期待を裏切りたくないから良いところを見せたいから。


 ――きつい……。


「ただいまー、かな。すぐに夕食にするから待ってて勇者様」

「――っ! あ、ああ」


 弱音を吐きそうになった時、タイミング良くシオンが帰ってくる。

 即座に暗く沈みかけた思考を頭の底に沈めてしまい彼女のやることに注目した。


 まず集めてきた木の枝などを器用に積み重ねて火をつけた。


「…………」

「それじゃ、食事作るから待っててほしいかな」


 泉からくまれた水を鍋に入れて雑多に切った野菜を煮詰めていく。干し肉などを入れて煮込めばそれで完成のスープ。

 旅の途中でそれほど手間をかけずに作ることができるもの。そのあたりの山菜でもとれればさらに味を変えることが出来て良いのだが、魔が出てから山菜を取ることも獣を狩って肉を得ることは難しくなってしまっているために今回は何もなしだ。


 干し肉は、とても味が濃い。戻せばその味がスープに出るので調味料などがなくても良い旅のお供である。

 いくらかちぎって煮込むだけで良いので料理下手でも作れるのが良いところだとシオンは待ち時間にユーマに説明した。


「さあ、どうぞ。召し上がれかな」

「……いただきます」


 あまりお腹はすいていなかったが、ユーマは出されたものを残すわけにはいかないとスープに口をつける。


「…………」

「どうかな。口に合わなかった?」

「いや、おいしいよ」


 ――嘘だ。


 味は薄い。雑味が多い。野菜を切って、干し肉を入れただけの料理だ。現代人の調味料や食品添加物まみれの料理を食べ続けてきたこの世界においては王族以上に肥え過ぎた味覚に合うわけがない。

 それでもせっかく作ってもらったものだからというのとこういう場合、素直にまずいと言えない日本人性の為に嘘を吐いた。


「良かった」


 そんな自分の嘘を聞いて微笑む彼女に良かったと思う反面、嘘を吐いた罪悪感に心が痛む。それに、腹が減っていないのと、肉を見た瞬間に思い出す生き物を殺した感覚に吐きそうになる。


 ――駄目だ、我慢しろ。


 そんな無様な姿を見せられるわけがない。自分は勇者であるし、何より人前で吐くなどという醜態をさらしたいとはユーマは思えなかった。

 泣き叫ぶことも、我がままを言うことも。その全ての理由はただ格好悪いからだ。そんなことをいう自分は格好が悪い。ただそれだけである。


 笑われるような理由であるが、プライドがある人間であれば多かれ少なかれだれでも持つものだ。切羽詰まってもなおそう思えるのだから、そういう性格なのだユーマという人間は。


「まだ食べる?」

「いや、もういい」

「そっか、それじゃ休むと良いかな。今日は疲れただろうし」

「ああ、そうするよ」


 火のそばから少し離れてマントに包まるようにユーマはシオンに背を向けて寝転がる。

 どっと疲れが押し寄せてきたが、眠ろうと思っても眠れなかった。シオンが起きているからというのもあるし、土の上でろくな装備もなく眠れるわけがなかった。


 ベッドがなければ眠れないとは言わないが、土の上。硬い地面で眠ることなど初めてだ。眠れるはずがなかった。

 それに、与えられた役割が重すぎるのだ。


 一回のミスも許されない。一回でもミスすればその瞬間に全てが終わる。そうなれば失敗した自分のせいで、世界が滅ぶ。

 ズシリと体の中に重りを入れられたかのようだった。


「――――」


 重い。重いのだ。重すぎるといってもいい。その責任が重い。全世界を背負っている。それを任された責任が期待されているのが重い。

 世界を救えるのはユーマしかいない。


 期待されている。

 期待されている。

 期待されている。


 期待されている。期待されている。


 ――期待されている。


「――――」


 重い。重い、重い。

 それでもやらなければいけないのだと言い聞かせる。自分以外にできる人はいないのだから。


「なんとか、なんとか、するんだ。あの子の為に」


 諦めない。

 諦めない。

 諦めない。


 言い聞かせるように。そうシオンにも聞こえないように口の中で呟き続ける。


「~♪~♪」


 シオンの歌が聞こえると同時にユーマはすんなりと眠りに落ちた――。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 シオンは勇者様が眠れないようなので子守歌を歌った。すると静かな寝息が聞こえはじめる。


「…………眠っちゃったかな? あんなにすごいことしてるんだもんね」


 シオンは夜空を見上げる。静かな夜だった。魔は近くにはいない。勇者である彼が倒したためだろう。ここを過ぎればもうこんな穏やかな夜は過ごせないだろうなと思う。

 それでも勇者様がいれば何とかなるはずだ。彼が使った力はすさまじい。彼は謙遜するが、本当にすごいことをしているのだ。


 一人で魔を倒す。魔の群れを倒す。それはやろうと思っても精鋭騎士ですらできないことなのだ。少なくとも相当な武人でなければできず、リードヴェルンの都にはいなかった。


「でも、ほっとけないんだよなぁ」


 初めて目を合わせた瞬間から、彼のことがほっとけない。


 ――私がいないとどうなってしまうんだろう。

 ――目を離すとすぐに死んじゃいそうで。というか、無理をしていそうで。


 辛いなら辛いといってもらわないとわからない。人の心はそういうものだから。苦しいなら、辛いなら、痛いなら泣いて欲しいとシオンは思う。

 泣かなくても何か言ってほしい。そうじゃないとわからない。心が読めるわけではないからこそ言葉にしてほしい。そうしないと伝わらない。


 ――でも、そういうことを言ってくれるようには、見えないかな。


「どこからか召喚されたんだよね。いきなり連れてこられて、ここで戦えって不安なはずなのに」


 そもそも、どこか知らない場所から連れてこられて世界が危ないから戦ってくれというのはやっぱりどうなんだろうとシオンは思う。

 お偉い王族の方の考えはわからない。貴族様のこともよくわからない。


 ラーケからすれば単純だ。全て自分でやる。親も子もない。何かを行うのであれば、全て自己責任だ。親は子が一人で歩けるようになり狩りの仕方を覚えたらもうなにもしない。

 一人で生きれるのだからあとは好きにしろというのがラーケ。それはつまるところ何があっても自分でどうにかするということなのだ。


 それなのに聖剣は誰かを呼ぶ。どこからともなく誰かを呼ぶ。この世界とは違う場所から人を呼ぶのだ。そして、背負わせるこの世界を。

 そうしなくていいのならきっとそうしない方が良い。自分たちのことは自分たちでやれた方が良い。だが、それしかなくて、結果を彼が出してくれるから否応なく誰もが勇者という存在に期待してしまうのだ。


「駄目だな私」


 そこで人間と同じように彼に期待して、彼しかいないと思ってしまうからきっと駄目なのだ。


「でも、君しかいないから。――頑張って……」


 それしか言えない。最初は、自分の目的だけだったけれど、今は彼の為に精一杯案内役として頑張ろうって思う。

 彼ならきっとやり遂げてくれると信じているから。


「さあ、頑張って見張り見張り」


 ぱちぱちと響く焚き火の音を聞きながら夜は更けていく。


期待されるのは嬉しい反面、プレッシャーにもなりますよね。

全世界を救うことを期待されている勇者にかかるプレッシャーとはいかほどなのか。

わかりやすく現代人にしてますが、これ現代人でなくとも同じことが言えますよね。


全世界を救え、失敗したら人類が滅ぶ。おまえに全てがかかっている。

そういわれて、平静でいられますか?

私は無理だと思います。

それでも主人公は前に進みます。関わってしまったからには最後まで。

主人公はそういう人間です。


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