第32話 不変
ハーベイ・ウォールバンガー。
彼は竜だった。ドラゴンという種族だ。
遍く世界の化身。魔に属するにしては、少々交渉すぎるが、人類の敵を全て魔と呼称するのならば、竜種は間違いなく最恐の敵の一つと言えた。
彼は、そんな竜種の中でも七つの頭を持つ特別な存在だったといえる。頭が七つあった彼は、七つの意識、七つの人格を持っていた。
もはやどれが主人なのかもわからないが、七つの人格は互いに共存していたといえる。お互いにお互いを尊重し、お互いに臨むことをして、お互いに高め合った。
七騎分の力を有した竜は天変地異を引き起こしながら、竜の主となる。それは、種族の秘宝たる機構武装に選ばれたからだ。
機構の大斧。太古の昔、竜種が生まれたのとほとんど同時に生まれることとなった種族保護機構。神々が創り出した絶滅回避装置だ。
順当に、その種の最も優れ、最も生存を持続させる者が選ばれる。機構武装とはそういうものだ。外敵、内敵、種のあらゆる敵を滅殺するための殺戮機関だ。
最も強いドラゴンであったハーベイ・ウォールバンガーが選ばれるのは順当だといえた。
そして、彼は己が種族が従うべきものを見出す。
――魔王。
数千年、数百年。一定の周期で現れる人類滅相存在。光と敵対し、闇に光をもたらす存在だ。
出自、どうして存在しているのかその全てが不明であるが、強大種と呼ばれるドラゴンなど、総じて魔族と呼ばれるような人類敵対種は、自らよりも強大な者に従う。
それが彼らの理であり、管理機構による本能的残滓だ。よって、誕生するのはかつて鬼の首切りが封印した地獄を創り出した魔族たち。
魔装と化した機構武装を持つ存在、魔王を含めた四人は集い勇者と戦ったというのが前回になる。その際、ハーベイ・ウォールバンガーは死んだ。
しかし、魔装は彼を逃がしはしなかった。何せ、竜が彼一人になっていたのだ。絶滅を回避するために魔装は彼を組み換え蘇生し、増やした。
これこそが機構武装の真なる機能と言ってもいい。
だが、それをハーベイ・ウォールバンガー自身がご破算にした。蟲毒が如く、共食いを繰り返したのである。
その結果は――。
「ぐ、ガァアアアアア――」
巨大なまでの斧撃がユーマの肉体を抉り切る。振り下ろされた一撃は、何よりも鋭く強固であり、水のように柔軟であった。
まるで、七変化するハーベイ・ウォールバンガーそのものを示すがごとく、己の一撃はあらゆる要素を内包している。
ゆえに傷口もまた一つの傷では済まない。
竜と機構によって極限まで覚醒を極めた膂力によって繰り出された一撃は、大気を引き寄せる。それは不可視の刃となって撫でるようにユーマの肉体を切り刻む。
振り下ろされた刃は、肉厚であり鉄塊のように荒々しい。切断という己の役割を放棄して、乱杭歯の如き刃の切り口は、力任せに引き裂いたかのようにずたずたとなる。
種別の違う痛みの博覧会。傷跡もまた、一つの武装で傷つけられたとは思えないほどに多彩を極めており、傷口の見本市かと思うほどだ。
炭化した火傷もあれば裂傷もある。斬撃の跡、銃創のような貫通痕まであるが、その一つ一つが絶対致死線を超えた一撃。聖剣がなければとっくの昔に死んでいる。
――まだだッ!
この程度で聖剣がユーマを安寧に落とすはずもない。修復、再構築、覚醒、進化、覚醒、覚醒覚醒覚醒覚醒覚醒覚醒覚醒覚醒覚醒覚醒。
未だ、勝利していないのだから、停まるわけにはいかない。
だが、いかに聖剣がユーマを覚醒させ強化していこうとも、従然たる差がそこへ横たわる。
絶滅必至。彼が死ねばいなくなるという種の保存という至上命題ともいえる魔装の使命が、連続覚醒、連鎖進化を上回りハーベイ・ウォールバンガーを強化する。
同じ位置からのスタートを切ったといったが、ここまでの攻防で聖剣は周回差すらつけられていた。
これは純然に性能差ではなく状況がハーベイ・ウォールバンガーに味方しているのである。担い手を残してあとに竜はいない。
そうなれば、最後、種は滅亡する。よって、製作者の意図通り、機構武装たる機構魔斧は、その機能を十全以上に発揮する。
強化、強化強化。
――絶滅などさせない。守るのだ。
不倶戴天。圧倒的なまでの意志力が魔装を突き動かす。必ずやドラゴンをのちの世まで残す。これは生存競争。
よって当然のように今こそ敗北しそうな敗者こそが最も強くなる。窮鼠が猫を噛むように、誰もが憧れる逆転劇のように、窮地における覚醒という名の不条理が巻き起こっている。
その上り幅は、聖剣と比べるべくもなく。
「ギ、ガアアアアァ」
当然のようにユーマはボロ雑巾のようにさせられる。
――絶滅寸前の種ほど恐ろしいものはない。
――これこそが我らが機構武装の本懐。
頭の中で何事かを言い放っているとんちきの言葉などユーマはもはや聞こえてなどいなかった。ただ唯一、切れ切れで今にも擦り切れ飛んでいきそうな意識が理解したのは、聖剣にあるまじき劣勢だということだ。
それもこれも全てはユーマという重荷が原因であることはいうまでもない。
武装の性能であれば、聖剣の方が圧倒的に魔斧を凌駕している。これは機構武装のなりたちに関わる。インストールされた知識によってユーマは勝手に理解させられている。
機構武装の成り立ちとして、まずプロトタイプたる聖剣が作られる。あらゆる機能を内包したマルチデバイス。それが聖剣だった。
宇宙にある攻撃衛星との接続だとか、所有者を保護し身体の強化、あらゆる補助など多くの機能を持った武装がこれだ。
かつて星の海より来たる敵との戦いにおいて作られた至高の武器。
しかし、強力無比であるがゆえに、誰も扱えなかった。それもそうだ。持てば個人で銀河を掌握支配、破壊までできる力を内包しているのだ。
そんなものを個人で所有などできるはずもない。
そう本来なら。
だが、ある規格外の存在がいたことによって、聖剣は扱えてしまいその有用性をはっきりと示してしまったのである。
有用性、武装としての性能照明はなった。よって、有用ならば当然の如く量産が視野に入る。
しかし、一人の例外が出来たからといって、他の人間が扱えると思えるほど誰も頭がゆだってなどいなかった。
当然のようにダウングレードが迫られる。
機能を分散、分割、最低限扱えるようにした。それが機構武装群たちである。
聖剣の模造品であるが、それぞれを最適な形へと転換した。そんな成り立ちのため、性能で言えば聖剣の方がほかの武装よりも上だ。
その上、数千年もの自己進化が加わって、聖剣はさらに性能が向上している。
だが、その上でハーベイ・ウォールバンガーの持つ魔斧が一歩先んじていた。
そうユーマという方向性の定まらぬ歯車によって、聖剣は本来の性能を発揮しきれていない。
救世譚は未だ、開幕の兆しを見せはしない。
――諦めるものか。
だが、それでも聖剣は止まらない。
ゲームに例えるならば、クリア不能に思えるほどの高難易度、あるいは負けイベントに挑むようなものだ。
どうあがいたところで、現状では勝ち目はないという幼子でもわかる状況。だが――。
――だからどうした?
と聖剣は鎧袖一触の構えだ。たとえどれほどの壁が立ちふさがろうとも、超えるのだ。今も自らを変革し、勇者を新生し、覚醒と進化を繰り返している。
あらゆる困難は乗り越えるためにあるのだ。絶滅を防ぎ、人間という種を存続させる。そのためならば、不可能などありはしない。
強大な意識の嚇怒が燃え盛っている。ユーマという存在を燃料にしながら、嚇炎は燃え続けている。今も、今も、より大きくなりながら。
「チィ――!」
それがわかるからこそ、ミーミルというドヴルは気に入らないと吐き捨てるのだ。
巻き起こる剣風斧水。嵐の中に突っ込むかのような斬撃霰に対して、己の頑強さを頼りに彼女は邁進する。
なにせ、ドヴルは硬い。エルマードのような柔軟とは程遠い。一度決めたら、もう他のことなど何一つ考慮などしない。
何があっても初志貫徹。例え、どれほど自らが傷つこうとも、犠牲がでようとも、生き方を変えることは決してない。
彼女は定めている。
あらゆることに正反対に答えると。
どこにいても一日の終わりに風呂に入ると。
この馬鹿で弱々しい勇者の役に立ってやろう。
それは数百年前から続く約束でもある。
ならばこそ、逡巡することはない。今のままでは砕けてしまうという、そんな当たり前の生存本能すらミーミルは投げ捨てた。
なぜならば、彼女は何よりも。
「固い女だからな」
どうあがいたところで、生き方は変えられないし、ドヴルという種族は生まれたその瞬間から変わらない。何があっても初志を貫く。
「救世機構駆動――我が信念を貫かんが為」
よって、聖槌はその機構を駆動する。
超密度で放たれる命の波濤。莫大なる魔力は、あらゆる全てを変革せんと猛っている。
「世界を崩壊させる大いなる戦い。
十年続く戦いの結末は、いまだに着くことはない」
詠唱が紡がれる度に、彼女が変革していく。あらゆる全てを滅ぼす者ではなく、ただ一つの信念を貫くための形へと変わる。
それは、彼女が持つ聖槌の機構。世界を救う前に、まず自らの信念を貫く。そうでないものに誰も救えるはずがないのだから。
「あらゆる全ては崩壊し、我らは地獄の牢獄へと捉えられて逃げ出すことはできない。だが、救いは確かにあった」
彼女は踏み込んだ。
大地を踏み抜き、迷いもあらゆる感情も何もかもを踏み潰して勢いに変換する。その速度、先ほどと比べて数十倍。
彼我の戦力差を縮めるほどの上り幅にハーベイ・ウォールバンガーは、思わず笑みを深めていた。
「我らは鍛冶司る者、助けた汝の恩を我らは決して忘れない。
大いなる武器をお前たちに渡そう。万物を破壊し燃やし尽くす雷霆。大海と大陸を支配する三叉の矛。姿を消す帽子を全ての力をおまえに貸し与えよう」
その速度はさらに上がる。だが、問題はそこではない。
戦い方の変化だ。ただ鎚を振るうのではなく、大地へと叩きつける。鎚とは叩き潰すものではない。それは創り出すものだ。
たたきつけた先から生じる大地の槍。一瞬にして出来上がる槍衾がハーベイ・ウォールバンガーの身体を指し穿つ。
「その力は、何よりも強く、天界は崩れ落ち、見渡す限りの天地は逆転する。
怯える必要はない、我らの世界を救うのだろう。その決意に曇りがなければ何一つ案ずることなどないのだから」
吹き上がる力は何よりも強く。根源より湧きあがるボルテックスの輝きは、見るものすべてを引き付ける。
ここに救世機構が駆動する。機構武装の最大真価がここに発揮されていた。
「これより先は、人魔大戦。おまえが我らを助けるならば、我らはおまえの力になろう。
私の誓いは、今も、今も変わらずここにある」
臨界点突破。絶頂しているかのような爽快感と、破滅的なまでの殺戮衝動が交錯する。
「救世機構――不変なりし、錬鉄の巨岩」
超高異次元の力が現出する。
起動する救世機構。
駆動する不変なりし、錬鉄の巨岩。
何よりも硬く、何よりも強く。あらゆる全てを反転させる強大なりし創造が来る――。
「ヒハハァ! 良いぜ、良いぜ、良いぜ!!!」
ハーベイ・ウォールバンガーもまた、機構の駆動を見て人格を切り替える。もっとも殺戮に向いた、いい加減ながらも強い人格へと。
同時に、自らの魔装もまた全開で機構を駆動させる。
大いなる水と大いなる大地の戦いが今、ここに幕を開ける。
大いなる竜と不変なる巨岩。
どちらがどちらを削るのが先か――。
「このオレを忘れてもらっては困る。言っただろう、世界を救うと。勝利するのは、このオレだ」
目の前にある全てを滅殺するのだ。
ユーマ程度の障害で止まるはずもなし。
聖剣もまた、今より始まる聖戦へと参加する。
あらゆる全てを凌駕する最終機構が駆動して、戦いはさらに苛烈さを増していく。一撃一撃全てが絶対致死へと切り替わり、連続する覚醒連鎖。
もはや止められない。誰一人として止めることなどできない。どちらかが滅びるまで、聖戦は続く。
「「「全ては、我らが種族に繁栄をもたらすため――」」」
「「「行くぞォオオ――」」」
火ぶたは激しく切って落とされた――。
それぞれ種族には特性があって、ドヴルは固く、エルマードは柔軟とか、そんな感じの種族特性があります。
機構武装もそのあたりは色々と反映していたりしていますね。
まあ、ともかくまだまだユーマの苦労は続きます。
GWのうちにできるだけ更新したいですねぇ。




