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第31話 無力

「かはっ、けほっ……」


 死の泥濘に沈んでいた意識が戻る。


 ――なんて無力なの。


 シオンの心を占めるのは、ただそれだけだった。敗北の悔しさはない。得たはずの力は、いまだ実を結ばない未熟であっても、決意した。

 その気持ちに嘘偽りはないがゆえに、痛感した事実だけが心の底を蝕んで腐らせていく。


 ――弱い己は、彼の隣に立つことすらできない。


 ユーマが泣きながら戦っているのがわかる。ぼろぼろにされながら、それでも逃げられないから泣いて、泣きはらして慟哭が雨となって降っても止まらない。

 聖剣は、彼を前に前に進める。嫌がってもその背を押すことはやめない。まるで、天からの強い意思(めいれい)のように、ただ前にただ前に、目の前の敵を殺す。


 ナニカと戦ったり、ナニカを殺したり、そういうことは普通の人間にはどうやったって耐えられない。心と体に、特別な才能を必要とする。

 だから、人々を護るために戦う存在は騎士という特別な階級だ。貴族なんていう生き物だ。

 彼らは、持てる者の献身ノブレス・オブリージュという大義名分でもって人を殺すこと、戦う事に対して免疫持たされる。

 始まりが違うのだ、普通の人間とは。


 普通の人間がナニカと戦ったり、殺したりしたのならば傷ができる。それが後悔や慙愧といったものであり、一生涯苦しむことになる。

 どこまでも普通の人間であるユーマは、そう言ったことに耐えられない。


 けれど、それでも戦わなければならない。そうしなければ世界が滅ぶ。救世主はただ一人。彼という男を射止めた。

 運命は、少年(やくしゃ)を逃がしはしない。

 聖剣は、勇者(にんぎょう)を逃がしはしない。

 一人の少年は、どこまでも追い込まれて、追い込まれて、心を壊しながら戦うしかない。

 そこにある源泉たる愛をよりどころとして。


 だから、だからシオンは、せめて一人ではないと伝えたかった。彼が前に進むことは止められないことはよくわかっているから。

 だから、一人では無理でも、誰かと一緒なら、苦しみを分け合うことができるとそう信じていた。


 だが、結果はどうだ。

 満を持して力を得た初戦。シオンは、ユーマの隣に並び立つどころか、呆気なく敵に潰された。


 相も変わらず、やっていることは同じことの繰り返し。なんとう無様。決意してもなお、世界はそれを容易く踏みにじっていく。

 変わったと思った自分は、やはり変わらず穴倉の底で震えている汚れたドブネズミと変わらない。


「近づかないで、近づかないで」

「嫌だね、近づく」


 さらに人格を変貌させ変幻自在に戦うハーベイ・ウォールバンガー。拒絶の人格。拒絶の権能。かつてレール・スプリッターが用いたそれと同等以上の力。


「なら、受け入れよう」

「嫌だね、離れる」


 ならば受容はどうだとしてみれば、彼女は逆の行動をとる。

 ユーマとミーミル。

 隣に立っているのは、シオンではない。


 聖槌を扱うミーミルだけだ。機構が身体を強化する。覚醒する。

 ミーミルの動きは、一部ユーマよりも勝っている。やるべきこととやりたいことが一致しているが故の優位。

 性能ならば確実に聖剣に軍配が上がる。数千年の人類の歴史の中で、魔と戦い最適化と進化、覚醒、限界突破を続けて来た聖剣と、時折目覚めるばかりの聖槌ではその練度に圧倒的な開きがあるのは当然だ。


 だが、聖槌とミーミルの一致という一点においてのみ勝っている。


「これだから、竜は嫌いだ」

「――だからどうした」


 再び武人然とした人格に切り替わり、技巧を以て振るわれる合理の大斧が聖槌と激突する。


「チィ――」


 衝撃がミーミルの腕に亀裂を走らせ血を流させるが、彼女はそれに構わずに大斧を押し返す。


「消え失せろ、竜の化身。貴様は、人間の世界に不要だ」


 背後から聖剣の強襲。極大光の一撃は、ハーベイ・ウォールバンガーへと直撃し、その余波にミーミルも吹き飛ばされる。


「ったく、本当に見境がない」


 全身に負ったダメージを機構聖槌が治療していく。その結果は、ユーマを見た通りだ。傷つけば傷つくほどに機構武装の持ち主は強くなっていく。

 窮地が人を成長させるのだ。困難、試練、あらゆる艱難辛苦は人を大いに成長させる。覚醒は止まらない。

 聖剣の勇者とハーベイ・ウォールバンガーという二つの脅威が仲間すらも成長させる。


 そんな暴風の中、聖剣の攻撃の余波を受けてなお、立ち上がり戦えるのは数百年を生きるミーミルだけだった。

 シオンは、無力だ。


「ああ……なんで、私は……」


 無力な自分が、本当に、嫌だった。

 だから願った。

 より強い力を。

 より強い繋がりを。


 その瞬間、シオンは落下した。

 意識的という意味で物理的ではないが、確かに彼女は落下した。


 そこは、まるで宇宙の如く。この世界、かつての旧時代においてのみ到達した星の海の如き空間。その最奥へと落下する。

 そこにあるのは灼熱の恒星ほむら。鋼鉄に彩られ、数千年の中でその熱量を増大させていった遥かなる聖剣の輝きだ。


 驚くべきは、シオン一人では到底受け止めきれない規模の熱放射と恒星規模だというのに、聖剣本体と比べると数万、数億も希釈したものだというのだから驚愕する。

 こんなもの人間一人で受け止めきれるはずもない。そして、そこに座した存在以上に、最悪なものもなかった。


 ――来たか。


 それは、光の使徒。必ずや人間を救うという至上命題グランドオーダーを掲げる救世主だ。

 あらゆる敵、あらゆる絶望に対して、それらすべてを滅殺することで希望を成す絶望の破壊者にして、光の虐殺者。

 敵の全てを轢殺して止まらない、平和の挑戦者だ。


 それはシオンの到来を待ち望んでいたとでも言わんばかりだった。


 ――理の接続を確認していた。

 ――あとは貴様の覚悟次第だ。


「覚悟……」


 ――そうだ。それこそが、まず何よりも尊ばれる。


 人間を救うための覚悟。

 勇者の手足となりあらゆる全てを轢殺する意志力をこそ聖剣の眷属は求めていた。


 ――無力を感じ、どん底へと堕ちた貴様の意志力が、試されるのだ。


 よって、今より始まるはこれから先への問いかけだ。

 覚悟はある。

 意思もまたある。

 なればこそ、あとは行動だけだ。


 ――立て。

 ――ただ一度の敗北で、なぜ膝を屈している。


 立て。

 まだだ。

 まだ、たった一度負けただけだろう。

 聖剣の眷属は言う。

 なにせ、聖剣は、数千年間、負け続けているのだから、ただ一度の敗北程度で止まるはずがない。何度目かの泣き言で停止するほどその使命、かけた年月、散っていった担い手の数は少なくなどない。


 ――我が歴代の担い手たち、彼らの努力、信念、覚悟、愛を無駄などさせぬものか。


 だからこそ、聖剣は前に進み続ける。

 今度こそ、完全平和(しょうり)をこの手に掴むために。


 ――その身を捧げよ。

 ――心血を注ぎ、骨身を砕き。

 ――あらゆる全てを轢殺して。

 ――勇者の手足となるのだ。

 ――全ては人間を平穏へと導くために。


 光の使徒は、シオンに選択を突きつける。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「くそ……」


 ルシアンもまた、敗北の中無力に打ちひしがれる。これでは何も変わっていない。

 聖弓を手にしてなお、何一つ戦えていない。


「――何が、足りない。僕だって、ユーマと一緒に戦う勇者だ」


 その決意、覚悟。それは総じてユーマやシオン、ミーミルに劣るものではない。必ずや世界を救うと思っているし、何より兄が遺したもののために戦う。

 普段からふざけてはいるが、ここぞということは間違えない。ルシアンというエルマードはそういうものだ。

 総じて高水準で欠けがない。だが、言い換えればそれは何一つ突出していないことを意味している。能力値、特性、覚悟に決意といった精神的な作用まで含めて、ルシアンという存在は実に高水域だ。

 思考の柔軟性もある。自分という存在に対する理解もある。ユーマに対する理解も、なにもかもが足りている。

 だからこそ、面白味がない。それはつまるところ順当に勝つし、順当に負けるということだ。

 己以上の敵が来れば順当に負ける。突出した切り札もないから、逆転劇も望めない。


「応えろ聖弓ボクは、どうすればいい――」


 ――柔軟を。

 ――大樹が如き揺るがぬ硬さ。

 ――柔木の如き柔らかさ。

 ――エルマードは、変化する。


「――そうか」


 響く声。

 精神世界に咲く大輪の花とともに大樹となって姿を現す聖弓の意識。それは巨大な大樹の姿をした女神と言えた。


 ――さあ、おまえの資質を見せよ。


 大上段から、エルマードの守護者がそう告げる。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 刺突、激突。

 斬撃がぶつかり、衝撃で大地が抉れる。

 あらゆるすべてを水底へと沈めていた水は、光によって蒸発していた。


 敵の攻撃を察知し、放たれる斬撃速度は既にユーマですら認識できる領域を超えてなお加速している。関節がその過程でイカれるが、すぐに強く新生される。

 現在進行形で続く激痛の進化、苦行の覚醒連鎖は止まらない。


 敵もまたそれは同じだった。笑いながら、ユーマが進化すればするほど、覚醒すればするだけ、相手もまた同じく覚醒し進化する。

 既に存在していた数百年分の差はなくなり、互いに同時スタートして先頭を争っての覚醒合戦だ。


 当然、そんな連続進化と覚醒連鎖に何の代償も支払われないわけがない。無から有は生まれないのだから、当たり前にこの覚醒合戦、進化相乗を支える燃料は存在している。

 担い手の寿命。聖剣と魔斧は、互いの担い手を燃料に駆動し続けている。燃え盛る蝋燭にガソリンを駆けるかの如く、限り在る命の蝋燭が燃焼する速度は加速して止まらない。


 もはやユーマという意志など関係なしに、どこまでもどこまでも勝利に向けて前進する。


 ――貴様は、己を不要と思っているな。

 ――断じて否だ。


「燃料として、だろうが」


 辛うじて言葉にする。わずかに残った意識を繋ぎ止めるのは、仲間たちの姿だ。ナニカに塗りつぶされそうなほどの激痛、自我への刺突に対して辛うじてユーマという存在を繋ぎ止めている。


 ――それをオレは、否定しない。

 ――だが、貴様がいなければ、オレが駆動することはない。

 ――何よりもまず貴様の意思が重要なのだ。

 ――世界を救うのだろう。


「だから、覚悟を示せって?」


 ふざけるなと、断じたい。

 そのためにあらゆる全てを犠牲にすることはユーマにはできない。ただの一般人であった少年にとって、何かを犠牲に世界を救うなどという選択は到底できるものではない。

 重すぎるのだ。選択が重すぎる。責任が重すぎる。

 矮小な人間にとって、世界を左右するほどの選択など到底、個人では採択不能だ。世界を滅ぼすことができる核兵器のキーがいくつかに分散させられているのは、安全保障だけが理由ではあるまい。


 ただ一人の人間にそんなものを背負わせることができないからだ。ボタン一つで世界が滅ぶ。そんな宿業を背負うことなど個人には不可能。

 たった一つの間違いで虐殺者にもなるのだ。そんな責任と罪を個人が好き好んで背負うなどありえまい。


 ゆえにこそ、ユーマはこうなっているのだから。砕けそうな心を、愛する者、大切な者を護るという気持ちで辛うじて繋ぎ止めて戦っている。

 いいや、戦わされている。正直になれば、こんな痛いことはしたくないし、苦しいことは言語道断で御免被る。


 だが、それでも生来の真面目さゆえに、やらずにはいられないのだ。

 自分しかいない、期待されている。

 そんな言葉をかけられたら、実感してしまったら、もう逃げられない。根がまじめな凡人が、誰かの眼を気にしないなんてことは到底できないし、何よりそこに愛とか好きが絡んでくるともう目も当てられない。


 良い格好をして泥沼に突撃だ。そんな己に後悔は止まらないし、今もやめたい、帰りたいといった感情で心はいっぱい。

 それでも僅かな義務感と使命感でこの場に残っている。


 ――解っているとも。


 幾分も砕けた口調で、聖剣は語る。


 ――そのような身で、そのような意思で、戦う事に向いていないのは百も承知だ。


 ユーマを選んだのは、聖剣かれなのだから。

 ユーマがどういう人間なのか、全て承知している。その上で選んだのだ。


 ――貴様は、今も戦っている。

 ――その決意と意思をオレは何よりも尊いと思っている。


 戦うべき者が、戦うのは当然だ。そこに素晴らしいという思いはない。当然だからだ。今まではそういう人間しかいなかった。

 だが、今回は違う。ユーマは戦うべきものではない。それゆえに、彼にしか成し遂げられないことがあると聖剣は確信したがゆえに、彼を射止めたのだ。


 異世界に散らばる数千億を超える人間の中から、佐藤悠真を選んだ。


 ――ゆえに、立て。

 ――涙を吹け。

 ――無様な姿をオレは笑わん。

 ――その上で立ち上がれ。


 どのように無様でも構わない。どのように弱くても構わない。

 何よりも重要視されるのは、そのような物理的資質ではない。

 何よりも重要視される資質は、目に見えない資質だ。


 筋力や知力などと言ったものではなく、心や精神力といったもの。

 覚悟だ。

 不屈の覚悟を、絶望をはねのける鋼の意志力を見せろ。

 まずはそれこそが肝要であり、全ての肝に繋がる。

 なにせ、まずはそれらがなければ、愛を語ることなどできないからだ。何もない場所から愛は生まれない。

 愛を湧き出させる源泉となるものは、いつだって個人の意思なのだから。


「――無理だ、できない……」


 ――――。


 情けないユーマの言葉に聖剣の嚇怒は燃え上がる。 

 ゆえに勇者として完成はならず、救世譚ラグナロクの完了は遠い――。


聖剣プレイヤーが主人公に求めるものはいつだってこういうものでしょう?

不屈の意思で、敵を倒し、倒れそうになっても気合いと根性で覚醒し必ず勝利する。

そんな主人公に憧れるでしょう? 聖剣が要求しているのは単純にそういうことなのです。

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