第30話 水底
沈め、沈め。
魔族は陽の光の中では生きられぬ。
ゆえに、空を雲で覆う。
だが、雲は晴れるものだ。唯一無二たる希望のもとに、雲はその役割を明け渡し、道を開き大地を照らす。暗黒には程遠く、暗雲だろうともいつかは晴れてしまうのだ。
ゆえに、ハーベイ・ウォールバンガーは、全てを底に沈めた。
竜の化身は、自らの種族を護るべくあらゆる全てを水底に引きずり込んだ。
七つ頭の竜が、あらゆる全てを呑み込んで、真なる暗黒を成す。
「――来たか」
そこに一人の勇者が到来した。
「――無論だ」
互いに互いを滅ぼすまで止まらない。
これはそういう戦い。
殲滅神話。
水底の底、機構聖剣は、敵を殺すべく猛っている。
王都から戻り、全てが水底に沈んだ魔の谷で敵と相対していた。
ルシアンの力によって王都から谷に戻った一行は、水底へと放り出された。そして、そこには当然のように敵が待ち構えていた。
竜の化身。人型の竜。鋼鉄の身体をした竜人――ハーベイ・ウォールバンガー。
逃げることはできない。すぐさま聖剣は迎撃に入った。もとより逃げるという選択しなどありはしないのだから。
「息ができない――」
――だからどうした。
この程度、気合いでどうにかしろ。
ユーマの意思など関係ない。聖剣は、水の中で戦えるようにユーマの身体を作り替えて、駆動する。全ては敵を滅ぼすまで。
魔王と殺し、世界を平和に導くまで、機構聖剣は必ず止まらない。
清浄なる勇者として――災禍を止めるために。
「行くぞ――」
「来い――」
駆動する機構武装。
二つの機構は既に解放されている。光の剣が、水の大斧が互いを滅殺せんと牙を剥く。
「圧殺せよ」
まず動いたのはハーベイ・ウォールバンガー。ここは彼の空間。彼の世界。水底に全てを引き込む暴竜、その咢の中。
全てを圧殺する殺意の波濤がユーマへと押し寄せる。
当然のように水底という空間の中、圧力を発する水がない場所などあるはずはなく。呆気なくユーマという存在は押しつぶされてしまう。
いかに勇者であろうとも、ここは深淵の底だ。覚醒が足りない。この圧力を無視して全てを殲滅するには覚醒が足りない。
――だから。
「覚醒しろ」
聖剣は止まらない。覚醒する。覚醒する。覚醒する。
「が、アアアアアアアアァァァ――」
担い手に莫大な力を流し込み、覚醒する。
それは竜に匹敵する力だった。竜を相手にするならば当然の帰結。それ以下の力を得たところで圧殺されてしまうのは、誰でも理解できる理屈だ。
だからこそ、求めるはそれ以上の力。
だが、人の身で竜の力を受け取るなど正気の沙汰ではない。普通ならば、力の容量に耐えきれず破裂する。
そんなこと普通の人間はやらないだろう。聖剣は普通の人間ではない。世界を救う救世主であるがゆえに、担い手如きの意思や限界などに頓着などしない。
限界突破は当然のこと、覚醒はいつもの事。
むしろ、ただの人間が勝てると思っているのか。おこがましい、魔族はそれほどまでに弱くはない。そうでなければ、今までの勇者が勝っている。
だからこそ、もっと強く、もっと強く、もっと強く。
今まで、過去すべての勇者の力を超えた、最強となるべく。
誰もが笑顔で笑っていられる世界の為に、無敵の勇者となるために。
「――キハハハァ!!」
その様を見て、ハーベイ・ウォールバンガーは、嗤った。
武骨さは消え失せて、喜悦が残る。
感情を露わにする。武人然とした姿はどこへ行った。今あるのは、ただの戦闘狂いのみ。あらゆる暴虐を飲み干す亡滅の竜が来た。
七つ首には七つの意思がある。
これはその一つという事。
動きが変わる。武人然と渡り合っていた姿は消え失せて、ただ力任せに己の権能を振るう姿へと切り替わった。
その切り替わりはまさしく別人となったが如く。
その突然の変貌に、聖剣は反応してもユーマが付いて行かない。覚醒がまだ足りない。
水の刃が全身を貫く。まさしくここは全方位槍衾。あらゆる場所に逃げ場などなく、あらゆる場所が彼の武器だ。
顎を閉じて、かみ砕かんとする。
「だから――どうした」
だが、それがどうした。
覚醒が足りないのならば、覚醒するのみ。
身体に穴が開いたのならより強い素材で埋め治す。
より強く、より強く、より強く。
「言っただろう、世界を救うと」
「知るかよォ!! 武人のオレじゃねえ、このオレは初耳だァ!!」
振るわれる剛斧。全身の膂力をみなぎらせて放たれる一撃は機構聖剣であろうとも躱すことはできない。力が強いということはそれだけ早いということにもつながる。
振り下ろす力は強大であり、水の流れがそれをより速くする。
だが、それでも聖剣は受ける。水底にある水圧、水という壁に動きを制限されるが、ユーマの腕に増設されたスラスターによって水を吐き出させることで加速し、防御を成功させた。
「無駄だァ!」
竜の膂力を舐めるなよ。
そう言わんばかりの一撃の衝撃は何よりも強く、受けたユーマを完膚なきまで粉砕する。聖剣を伝わる衝撃は、ユーマにまで届き、腕を破壊しただけでは留まることを知らない。
まずは一番硬い骨が砕け散った。それだけにとどまらずまるでそれは、ビリアードの如く、皮膚内を乱反射していく。
強靭で柔軟な皮膚は避けることなく、それを反射させてまだ柔らかな内臓や筋線維を、脳を縦横無尽に破壊してみせる。
圧倒的な致命傷。死が待つばかりのそれであるが、聖剣は好都合とばかりにユーマの身体をさらに強く、相手に合わせて組み替えていく。
レール・スプリッターに合わせたそれではなくハーベイ・ウォールバンガーのデータを取り込んだうえでの更なる強化。
「オラオラ、オセェ!!!」
だが、そんなものを待つほどハーベイ・ウォールバンガーのこの人格はお行儀がよくはない。
「やらせない!」
よって彼を護る者が来る。
シオン。
眷属の二刀にて大斧の一撃を受け流す。
ここに来た時は驚いた。いきなりの水中。対応できず溺死するしかなかったが、彼女は聖剣の眷属がある。
即座に担い手の身体をこの環境へと適応させるための書き換えを行った。それが、今、終了した。彼女はこの空間に適応し、戦闘へと参加する。
「僕も忘れないでほしいな」
放たれる光の矢。ルシアンの放つ通常弾頭は水の中という制約を受けず、矢として飛翔しハーベイ・ウォールバンガーの腕を撃ち抜いて行く。
「不愉快だ、消え失せろ竜め」
鋼鉄の筋肉から放たれる一撃は重く彼女自身の重量も併せて、その威力は水の中だろうとも減衰しない。
機構武装を持った者たちもまた、この戦場に対応する。
「イイゾ、イイゾ! こいや、我らが好敵手よォ!!!」
「言われなくても」
「もともとそのつもりだし」
「嫌だね、誰が行くか!」
放たれる三人の同時攻撃。
光を纏う二刀、変幻自在の弓矢、剛力のままに放たれる大槌。
その一撃に込められた熱量は、どれもこれも聖剣と遜色ない。聖剣の覚醒に伴い、全ての機構武装もまた覚醒を果たしている。
何より、己の守護する者が危機に陥れば陥るほど力を増していく。
「グァ――ハハハァ!!」
結果としてハーベイ・ウォールバンガーの血しぶきが水底へと広がっていく。最も深い傷を与えたのは聖槌だった。
ここは水底であるが、もともとは、ミーミルの一族であるドヴルの土地があった場所に近い。護るべる物のよってもっとも出力が上昇していたミーミルの機構聖槌の一撃が強い。
続いて現在進行形で際限なく出力が上昇している眷属の二刀。今もなお危機の最中にあるユーマを以て、その力はどこまでも貪欲に強くなっていくのだ。
現状、出力の向上の見込めないルシアンの聖弓の一撃が最も弱いが、それでもこの場にふさわしくないということはなく、確かに強い。
だが――。
「く、キハハハ!」
全ての手ごたえが異様。それは肉体を抉ったという気配ではない。
「そうか、貴様――」
この中でその事実を看過できたのはミーミルだけだった。
「正解だよ、ドヴルの女ァ!」
彼の表面。三人が抉った傷の中にあるのは、まぎれもない機構だった。既に、彼の内側は、その全てが機構へと変貌している。
いや、そもそも――。
「貴様、もう死んでいるな?」
「これまた正解だ、女ァ! いいね、イイネェ、これに気が付いたのは、テメェが初だ」
「嬉しくもない。それに貴様、どうせ全員殺してきたからだろう」
「ヒャハハ、ご明察。良い頭だ」
「悪い頭だ」
「なんだそりゃ、まあいい。そういうわけだ――せいぜい、楽しませろ、同輩」
莫大な水圧、水の牙が、ミーミルを除いた二人へと襲い掛かる。全方位、逃げ場などあるはずなく、なすすべもなく二人の両腕、両足が砕かれる。
「ぐ、ァ」
「――――」
邪魔はさせない、まずはドヴルの女からと言わんばかりに粉々にして更に圧力を高めて水牢へと押しつぶす。
「しかし、良いのか貴様。ワタシにばかりかかずらっていて」
「ア?」
背後の水底に、ユーマが立ち上がる。
既に再構成は終了している。
「せいぜい、油断でもしていろ。その間に、また殺されるが良い」
水を蒸発させる圧倒的な熱量が彼を中心に発生している。水底に彼を中心とした空間が出来上がる。莫大な光の熱量が、水を押し飛ばして空間を作り上げた。
「貴様の刃が何であろうとも関係などない」
世界を救う為に滅ぼす。
「クハハハァ! いいじゃねえの、いいじゃねえの! 千年前の続きと行こうや!」
ここに再び両雄が激突する。
剣戟と斧撃が放たれ、大地が引き裂け、水底の水は蒸発して消えていく。それは、自らの刃を失う事と同義であるはずがだ、ハーベイ・ウォールバンガーは頓着しない。
むしろ、それでこそとばかりに加速度的に圧力を強め、聖剣の覚醒を促していく。
「さあ、何度目だ!」
何度目の覚醒か。
そう問いすらもする。
まるで、その覚醒を望んでいるかのようだ。
都合二十七回。
この戦場に立ってからユーマが覚醒した回数だった。それでもなお足りぬとばかりに、今現在も覚醒は続く。
ユーマの肉体を破壊して、より強く改造していく。弱い肉の身体などいらぬとばかりに組み替えていく。
担い手すら轢殺して、聖剣は戦う。
攻撃を選択し、防御など不要とばかりに度外視する。
どうせすべて治る、全て強くできる。
使い捨ての部品ではないが、その存在をおもんばかるほど重要でもない。
最重要は担い手などよりも世界だと言わんばかりに、たとえ死んだとしても復活させられるから関係ないだろうと言わんばかりに聖剣は邁進する。
今も、ユーマの身体を壊すほどに出力を高めた光の剣と化して斬撃を放っている。
「ヒハハァ!」
それをハーベイ・ウォールバンガーは甘んじて受けていた。
そうだ、そうだともとナニカを確認でもしているかのように。
事実、遊んでいるのは間違いない。どれほどの攻撃を受けようとも、瞬時に肉が盛り上がり、全ては再生する。
互いにそれは同じであり、その速度強度は加速度的に高まり続け限度を知らない。相手を攻撃したところで意味がなく、これでは遊んでいるのと同じことだった。
その中でも聖剣の進化は、いや、勇者の進化は止まらない。
二刀へと分割された聖剣。威力をそのままに極光は分裂し、さらに細かく分裂した刃が光となって宙を舞い、ハーベイ・ウォールバンガーを襲う。
「オイオイオイ! なんだそりゃあ、鈍ったかァ! 粗が目立ってしかたねえぞ、好敵手!」
「ほざけ――」
――やめてくれ――。
事実、ハーベイ・ウォールバンガーのいう事は間違いではなかった。
軋みをあげる心。
ユーマの心と聖剣の行動は真っ向から対立する真逆。
本来、一致していなければおかしいものが一致していないという事実に、まぎれもなく術理は鈍っている。
勇者としての性能は過去最高の領域にまで高まってなお、勇者の進化は止まらない。新しい武技、新たな戦略、解放される機構に蘇る機能。
新生されたそれらすべては、時間を経るごとに最適化されていく。より強く、より速く、より硬くなっていく。
紛れもなく過去最高に性能が高まっている。だが、精神がその進化について行っていない。凡人の精神、心は、いまだスタート地点にあり、加速度的に、一段飛ばしなど生ぬるい進化の中でまったく動いていない。
身体だけが自動的に進化、覚醒して人間の限界を突破して、やすやすと敵を屠るための装置へとなっていくばかりだ。
ユーマに湧きあがるのは恐怖しかない。もう何度目かになる進化、覚醒、いかに世界を救うと宣言してみてもその中身は矮小なただの人でしかない。
運転できないF1に括りつけられているようなものだ。超高速で移動する物体を制御できないというのは尋常じゃない恐怖だろう。
その恐怖が、ただひたすらに肉体の駆動を鈍らせる。今までの敵はそれでどうにでもなったが、今回ばかりはそうはいかない。
「おっそーい――」
ハーベイ・ウォールバンガーの動きが変化する。突然の変化。再びの人格の変容だった。切り替わる人格と切り替わる戦闘技法に聖剣は対応できない。
力任せに力を振り回し続ける戦闘技法が切り替わり、途端に出力が堕ちる。声が女のようになり、仕草には力強さよりも流麗さが目立つ。
細くなった腕が、ユーマの鳩尾を打ち付ける。トンっと軽く打つような一撃にも満たないような攻撃であったが、その瞬間、肺が物理的に破裂し、血と空気が全て口から吐き出される。
本来ならば躱せた。それだけの性能を勇者は持っている。だが――ユーマという存在が肉体駆動を妨げる。それゆえに、食らった。
それでは足りぬと激痛の進化、苦痛の覚醒が繰り返される。
聖剣にとって、ユーマは不要でしかない。
そうユーマは痛感する。ユーマは燃料でしかなかった。勇者という光を輝かせるための燃料だ。
最初からわかっていたことだが、ここに来てそれを実感している。
いくら世界を救うと言っても凡人ではこの様だ。古今東西、英雄となれるものは螺子の外れた怪物だけなのだ。
ただの人には不可能。だがそれでも――。
――逃げるわけにはいかないのだ。
聖剣とユーマの関係はゲームのプレイヤーとゲームの主人公という感じをイメージしていただければわかりやすい。
主人公の意思はプレイヤーには関係なく、プレイヤーはレベルアップという覚醒や限界突破の為に目についた敵を轢殺する。
とまあ、わかりやすく聖剣とユーマの関係をあらわすとこうなる。




