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第29話 デート

 翌朝。ユーマは当然のように悶えることになる。昨夜何があったのか、それの子細を語ることは不可能。それ以上考えようとするとユーマはもう悶えてベッドを転がりそうになるくらい。

 俗にいう、昨夜はお楽しみでしたね状態。なにやらかしてんだとユーマは自己嫌悪である。色々とあってパンクしそうなところに、さらに負荷をかけた結果、ものの見事に大爆発してしまった。

 レエーナに謝らなければならない。そう思ったが、


 ――昨日はお楽しみだったな。


 などと、そんな声が頭の中に響いて、ユーマの気分に冷や水どころか、鋼の刃を突き付けてくる。


「うっせえよ……てか、ナチュラルにしゃべりかけてくんな聖剣」


 それは聖剣の声だった。

 ユーマの内側から聞こえる声だった。今まで聞こえなかったものが聞こえるようになった。狂ったかのように錯覚するだろうが、全てユーマ自身わかっていた。

 聖剣から勝手に移植(ダウンロード)された誰かの知識が、いや、何かの知識が、我が物顔でユーマに享受する。

 知りたくもないことを、知らなくても良いことを勝手に告げるのだ。


 それは聖剣の完全開放が原因だった。

 救世機構と呼ばれる聖剣が持つ機能にして最大の機構解放により、聖剣に眠っていた魂が完全にユーマと結びついたのである。

 ソウルボルテックスの意思。総じて機構武器が持つというボルテックスに宿る魂。器物の魂。作られし、ゴースト。


 それは、機構武装を制御するための機構であり、救済の意思だ。全ては、機構武装が対応する種族を生き残らせるための装置である。

 その声が聞こえるようになったということは。

 聖剣はこれまで以上にユーマと同調し、彼は完全な勇者に近づいたということに他ならない。それゆえに、その声が脳内に響くようになったのだ。


 聖剣は、何かあれば勇者をサポートする。いわばヘルプデスクサービスのようなものであるらしいが、いい迷惑だった。

 何より、その物言いが気に入らない。あらゆる全てを滅ぼしてでも人類を救う。

 それは、守るべき人類すらも殺戮対象に入るということだ。聖剣の邪魔をする全てはたとえ守るものであろうとも轢殺される。


 それもすべては救うため。その犠牲を無駄にしないため、立ち止まるな勇者よ。正義は我らにある。


 傲岸不遜な神の如く、遥かな天上から睥睨するかのような物言いが、ユーマは気に入らない。何もかもが自分と同じ正義の使徒のような物言いが気に入らない。

 だが、ユーマはそれでも聖剣を手放すことはできない。全ては守るため。魔王を倒し、この世界に平和をもたらすために。何より、レエーナやシオンの為にも。


 佐藤悠真は立ち止まることができない。たとえ、心がひび割れようとも。如何なる傷を負おうとも。


 ――愛が深まっている。愛せ。全てを救うために。


「うるさい」


 うるさい、黙れ。

 聖剣の言葉を全て無視する。当初の目的通り、まずはレエーナに謝る。隣で眠っていたはずの彼女はいない。何処へ行ったのかと視線を動かすと。


「起きた?」


 彼女は、ものすごいイケメンになっていた。


「え? え……え?」


 美しい黄金の金髪を背中側でまとめて流し、騎士の礼服を身にまとった姿はまさしくうら若き騎士といえた。

 凛とした男装の麗人。いや、身にまとった凛とした雰囲気と所作を変えることによって、若き青年騎士というべき姿に変貌している。


 いったい昨夜の間に何があったのか。いや、昨夜にあったことは極力、脳内の超重要フォルダに保存するので、良い。

 その記憶によれば眠る時は普通だったはずである。そう、あくまで情事で色々とあった後の普通であるから、常態とは異なるのは自明であったが、ここまで変わる何かがあったのか。


 少なくともユーマが眠ってから、起きるまでの間に何かがあったのだろう。それくらいしかわからない。また、本当にわからないのはそんな恰好をしてどうするのかということである。


「起きたのなら着替えなさい」

「え、あ、うん」


 とりあえず、ユーマは裸なので着替えるのは賛成であり、彼女に言われるがままに彼女から受け取った服に着替える。


「――って、なんじゃこりゃあ!?」


 完全無欠の町娘である。言われるがままに、頭の働かないまま着替え終わって初めて気が付く違和感。脚を覆っている感触が薄く、何やらすーすーするような? と下を見て気が付くスカートの存在。

 完全無欠の町娘の格好である。どうやって着替えたのか。侍女たちがこっそりと手伝ってこの状態である。


「似合ってるわね」

「似合ってるじゃなくて!? なにこれ!?」

「外に出るための服よ」

「なんで女もの!?」

「変装。貴方はそのままだと目立つからね。ほら、これを頭につけて」


 フードまでかぶせられれば、しゃべらなければ女にしか見えない恰好にさせられてしまっていた。ユーマの混乱はまさにピーク。


「さあ、行くわよ」


 そのままレエーナは、彼を連れ出す。


「くれぐれもしゃべらないように。受け答えは私がやるから」

「これから、どこへ行くんだよ。まずは説明を!」

「街よ。貴方は、まだ見ていないでしょう? 貴方が救ったものをね」

「――――」


 外へと――。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 朝の王都は、近年まれに見る活気に包まれていた。それも当然だった。勇者の帰還。新たに解放された地区があり、王都とその周辺の青空を覆っていた分厚い雲がなくなり、蒼天が広がり太陽の光が降り注ぐようになった。

 それは世界が滅びを回避しようとしていることに他ならないことは、教会に通う市民ならば誰もが知っていることであった。


 魔族は雲とともにやってきて、雲とともに去る。雲が去ったのならば魔族もまた去ったという事。少なくともこの王都周辺の魔族はいなくなったということだ。

 交易が再開し、ヒトとモノが行き来することができるようになった。かつての当たり前が戻ってきたのだ。沸き立たない方がおかしい。


 まさにお祭り騒ぎ。誰もかれもが浮かれてバカ騒ぎの真っ最中。大市も開かれて、売り放題買い放題。どこもかしこも笑顔と汗と酒が舞っていた。

 そんな喧騒の中を二人の男女が歩いていた。一人は騎士。一人は少女。

 年若い侍女の娘を騎士が連れ出したのだろう。連れ立って歩いている。騎士の方は堂々としたもので、少女の方はおどおどとしてフードを目深にかぶっていた。


 そんな二人組を商人は見逃さない。売り時である。ならば売ってこそ。騎士と言えば、準貴族ともいえる身分である。

 お金を持っている。だからこそ、商機と見て売りに行く。無論、それだけではなく――。


「やあやあ、ぼっちゃん、嬢ちゃんどうだい? 買って行かないかい?」

「ほう。何を売っている」

「甘い果実ですさ騎士様。外から入ってきた一番の果実だよ」

「ほう、外から」

「ええ、勇者様のおかげで、交易ができるようになりましてね。いやー、勇者様様ですよ」

「まったくだな」


 二人の会話を聞いて、少女の方はさらに身体を小さくするばかりだ。


「実は、この娘は勇者様のお世話係なの」

「おお! なら、どうぞこれを持って行ってください」

「あ、え――」

「みんなー! このお嬢さんは勇者様の御付の侍女さんだってよ!」


 市場に投じられたその言葉に、お祭り騒ぎがぴたりとやんで――。


「お嬢ちゃん、こいつを持って行ってくんな!」


 半裸の漁師が今朝とったのだろう、大きな魚を一匹丸々と少女に渡す。


「まあまあ、お嬢さん、これ、おいしいのよ、勇者様に是非持って行って!」


 ふわりと香る甘い果実の匂い。焼き上がったばかりだろうパイをまるごと渡される。


 贈り物が両腕に乗っていく。投げ渡されていく。持っていけと。勇者様ありがとうという感謝の言葉を伝えてくれともみくちゃの大騒動にまで発展した。

 悪意なく、純然たる善意の嵐。ありがとうの言葉だけが響き渡り、その手に山が出来上がっていった――。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「ふふ、どう? 少しはあなたがやったことが見えたのではないかしら」


 大騒動から対比したレエーナとユーマは、人通りのない公園で休憩していた。横には、山がいくつかある。どれもこれも勇者様へあげてくれと渡されたものだった。


「……いや、もう、なんというか……」


 想像以上だったと言わざるを得なかった。ここまで感謝されたことはユーマの中にはない。初めての経験でどういって良いかがわからない。

 だが――。


「悪い気分じゃない?」


 ユーマは頷いた。

 悪い気分ではなかった。寧ろ、嬉しいと感じていた。身を削り、心を削りやってきたことが間違いなんかじゃなかったのだと実感できた。

 だからこそ、感じるものもあった。


 悪い気分ではない。だが、だからこそ想いはより強くなる。

 守らなくちゃいけない。

 護らなくちゃいけない。


 自分が行動した結果を見せられてしまった。教えられてしまった。彼女にそのつもりなどまったくもってなかったのだろうが、レエーナは一つの間違いを起こしていた。

 ユーマは、単純な人間ではないのだ。一般人。普通の人。凡人なのだ。


 ゆえに、覚悟だとか、意志力とか、一つのことを貫いてそれ以外を考えない、見ないなどと言ったことができない。

 普通の人間であるがゆえに、あらゆることに考えを張り巡らせてしまう。凡人ゆえに、考えずにはいられないのだ。

 傑出した意志力などない。突出した覚悟などない。気合いは、道理を振り切るほど燃焼せず、根性は一本の刀のようにまっすぐにはならない。


 どこにでもいる普通の人間であるユーマは、考えてしまった。気が付いてしまった。

 自分が行動した結果を見せられたということは、逆に考えれば、行動しなかった場合、どうなってしまうのかというものを見せつけられることに等しい。


 成功と失敗、行動した結果と行動しなかった結果。

 全ては表裏一体だ。

 水は火を消すが、火が水を蒸発させるように。

 あらゆることには、二面性が必ず付随している。


 良い結果を見せられれば、嫌でも悪い結果というものが明確となるように、行動した結果を見せられたユーマは、行動しなかったらどうなるのかを明確に知ってしまったのだ。

 行動しなければ、この笑顔はすべて消え失せるのだ。もはややめることはできなくなったということ。逃げることはできなくなったということ。


 全てを見捨てて、どこかへ逃げていくという最後の逃げ場は、これで完全に消え失せたのだ。

 ユーマにその気がなかったとしても、取り得る選択肢としてあるのと、ないのとでは大きく気の持ちようが違う。

 どうにもならなければ逃げてしまえるというある種の余裕があればこそ、人間というものはどのようなことにも挑戦ができる。


 だが、それがなくなれば途端に挑戦というものへの行動難易度は跳ねあがる。


 ――何かがひび割れる音がしている。


 地獄への道は、決して悪意で作られるわけではない。

 むしろ多くは、善意で作られている。

 貴方の為に。貴方の為に。貴方の為に。

 紛れもない善意。悪意なんてあるはずない。本当に、ユーマのことを考えた行動だ。そこに嘘などあるはずなく、彼の為にと本気で思って行動している。


 だが、だからこそ――ユーマが進む道を、地獄の業火が舗装するのだ。

 善意の茨が張り巡らされて、進む道はどんどん険しくなっていって止まらない。


 勝利するほど。

 勝利するほど。

 勝利するほど。


 より険しく、より厳しくなっていく。加速は止まらない。

 勝利すれば楽になるはずが、より大きな期待が棘となって突き刺さる。勝利の美酒を飲めば飲むほど、より強くきつくなっていく。


 だが、勝つことはやめられない。

 勝たなければ全てが終わる。失ってしまう。

 それは何よりも恐怖すべきことであるがゆえに、ユーマに止まるという選択肢はなく。

 最後にあったはずの逃げ道もまた閉ざされた。


 逃げることはできない。

 末路は既に、定まってしまっている。


「ユーマ? 何か……」

「大丈夫だよ」


 そう世界は必ず救われる。

 ユーマは、勇者なのだから――。


デート回です。癒しでしょう?

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