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第2話 力の大きさ

「はっ――、はっはっはっ――」


 戦闘が終わりユーマは必死に荒い呼吸を整える。過呼吸になりかけなのを必死に戻して呼吸を整える。

 心臓の鼓動がうるさいほどに高まっている。静まれと思っても静まらず苦しいほどに心臓は早鐘を打っていた。


 異世界リードヴェルン王国に来てからのユーマの初めての戦い。それはバイアと呼ばれる魔の群れとの闘いであった。

 普通なら死ぬところであるが、機構聖剣がその役割のままに自ら動きユーマは勝利を得ることができた。一方的に聖剣はバイアを虐殺してみせたのだ。


 それでユーマは己の役割を理解する。ただこの機構聖剣に振るわれればいい。ユーマが振るうのではない。機構聖剣がユーマを使うのだ。

 要は持ち手、担い手とはそういうこと。持ってさえいればあとは勝手に機構聖剣がやってくれるのだと理解した。


 理解と同時、敵がいないことが判明したのだろう。機構聖剣が身体の制御を手放す。

 ユーマの身体にどっと疲れが押し寄せてくる。恐怖と気持ち悪さの二重奏が脳内を揺さぶる。このまま倒れ込んで眠ってしまいたい。

 だが、倒れるわけにはいかなかった。へたりこむわけにもいかない。望まれているのはそんな情けない勇者ではないだろう。

 城門の上から感じる視線。勇者へと期待する視線がユーマに何をすればいいのかを教えている。。


 初戦を見るために実は王女もその城門の上にいた。それを目ざとく見つけていたユーマは、聖剣を振り上げる。

 勝った鬨の声の代わり。声はどうにもだせそうにない。震えて情けないことになることがわかっているためにただ態度で示す。

 

 振り上げた聖剣を振り降ろす。血が振るい払われ地面に滲む。

 同時に地面を揺さぶるほどの大歓声が響き渡った。


 ――彼女が拍手をしてくれている。

 ――怖いけど、彼女がそう望むのなら僕は、やってみせる。


 大音量の歓声。それに屈しそうになる膝を叱咤しながら堂々と立ち続ける。


「おめでとうかな」


 不意にシオンが近づいてきてユーマに綺麗な布を差し出してくる。これで血をぬぐえということなのだろう。


「……ああ、ありがとう」


 その好意に感謝しながら血をや臓物をぬぐっていく。気持ちの悪さが抜けない。手にある感触が痛みのように全身に広がっていっているようにも感じる。

 ただただ気持ちが悪い。ぬぐってもぬぐっても血が付いているような、臓物が付いているような気がしてならない。


 それでもいつまでもぬぐってはいられないだろう。綺麗になると彼女が手を差し出してくる。布を渡せとうこと。

 ユーマはそれに従う。彼女はそれを綺麗にたたむと荷物の中に押し込んだ。


「さあ、出発かな。みんな期待しているよ勇者様」

「…………」


 正直休憩がほしいと思うが、振り返れば誰もが期待した目を向けてくる。


「ああ――」


 だから休むことをユーマは自分に許さない。そのまま街道へと歩を進めた。


「…………」


 街道を歩く。ユーマの感覚では整備されているとは言えないような土むき出しの道を歩いて行く。

 どこかの田舎道のようである。平野に作られたリードヴェルンの城下町から伸びる街道の周りは平原が広がっている。

 陽光が照らすそこを歩く。程よく吹く風が涼し気であり、本当に魔王とやらにこの世界は滅ぼされかけているのかとユーマは疑問に思うほどだった。それを口に出せばシオンが答えてくれる。


「ああ、それはね」


 曰く、この辺はまだ平和なのだという。それなりに騎士(戦えるもの)がいて、それなりの頻度で軍事行動をしているからまだこの辺りは平和なのだ。

 それでも時折、魔が出ているため人の往来はまったくない。人の往来がないということは物の移動もないということである。

 本来ならば街道警備に出る軍隊に混じって旅をするのだが、魔王が出現して以降は、街道警備ですら命がけであり市民を旅に同行させることなどがほとんどできなくなってしまったのだ。


「ここはまだ良いけど、これから先は本当にひどいから」


 街道警備が生きて戻ってこれるのがせいぜい数キロメートルが限度。行きも帰りも魔、魔、魔という有様でそれほど遠くにも行けず帰りも気が抜けないのだ。

 だからこそ、人の往復はない。人々は街や村の中に籠っている。


「だからか」


 街に活気がないのはそのため。物資も何もかも足りていない状況でパーティーなどできるはずもない。それどころかこの状況が長く続けば続くほど、状況は最悪になっていくだろう。

 商人が移動できなければ王都でも餓死者などが出る。一番の被害にあうのは身分の低い者たち。


「うん、期待してるよ勇者様」


 道中が少しでも安全になればそれだけ人も物も移動させることができるようになる。そうなれば多少状況は改善する。


「だから、私は志願したんだからね。いやー、よかったよ。奴隷なんて自由に移動はできないし。算術とかできたから一日中机の前で計算だし。危ないとはいえ、こうやって自由に動き回れるし」

「…………」

「あれれ? どうかした?」

「いや、奴隷なんだよなシオンは」

「うん、そうだよ?」

「辛くないのか?」


 奴隷。ユーマが想像する奴隷は鎖につながれてひたすら過酷な労働に従事しているというものだ。不当に虐げられているとか。女は無理やり犯されたりとか。

 そんな悪いイメージをユーマは持っていた。それが目の前の少女とはあまり一致しないから不思議に思って聞いたのだ。


「辛い? なんで?」

「いや、だって――」


 どう説明していいのかユーマは迷う。

 もともと説明は得意な方ではないし、何より違う価値観を説明するというのは難しい。うまく言葉が見つからず沈黙だけが雲と一緒に流れていく。


「んー?」


 そんなユーマの様子にシオンは不思議そうに首をかしげながら考える。何が悪いのだろうかを考える。幸いなことにシオンは頭を使うことを苦にする方ではなかった。

 むしろシオンは物覚えがよく字の読み書きもできた。さらには算術も可能であった。

 それだけで普通の労働しか能のない奴隷とは違ってかなり丁寧な扱いをされる。特に女の奴隷はそれほど良い顔をされないから助かったものだ。


 奴隷とは基本的に労働力であり、兵力でありいざという時の盾である。女はほとんど役に立たない。だからこそ女の奴隷は何か一芸でもない限りはかなり安い。子供であればなおさらだ。

 だが、シオンには知識があった。獣人であったことはマイナスであるが、女であっても知識があると有識奴隷ということで丁寧な扱いをされるようになる。


 それがわかってからは知識というものを蓄えることが日課というか日常になった。幸いなことに獣人(ラーケ)である為に身体能力と感覚だけは誰よりも優れていた。

 見ること、聞くことなんて朝飯前だ。買われたのがそこそこ裕福な商人の家だったのも幸いして様々な知識をつけることができた。


 使える薬草、食べられる草花、武具の良し悪し、油の良し悪し、腐っているもの、腐ってないもの。目利き。

 時折、獣人らしい力の強さを使っての護衛費削減に駆り出されたこともあって、旅のやり方も学ぶことができた。


 そんな風に二十年も働いた。ある程度のお金も溜まり、自分を買い戻す当てもできてそろそろ結婚でもどうだと雇い主から紹介されかけていたところ勇者が召喚されたという話が彼女の下に舞い込んでくることになる。

 勇者が召喚された必然として必要とされるのは勇者の案内役だ。基本的に知識人であり、体力があることが条件。勇者の旅に同行し、勇者にこの世の理を教えることができる人物が求められる。


 結婚は別としてこのまま雇い主の下で過ごすのも良いかなと思い始めていた頃であったが、雇い主も老齢とあって商店で過ごすことが多くなった。

 元来ラーケというものは外や森で走り回ることを好む種族だ。命じられることへの喜びを本能として持っているもののやはり机にかじりつく人生というのはあまり好みとは言えない。


 そこでシオンは自ら志願した。ラーケということで見下されることはあったが、知識量、体力ともに問題ではなかったのですぐに採用されて今に至る。

 良い人生であったとシオンは思っている。


「別に辛いことなんてなかったし、あー、でも座ってばっかなのは辛いっていえば辛いかもしれないけど、良い人生だよ? 今はこうして外に出られたし」

「そう、なのか――」


 ユーマには想像がつかなかった。奴隷に対するイメージがむち打ちとか鉱山とかしかないのだから仕方がない。シオンの充実した人生を想像することなどできるはずもなかった。


「――っと、来たかな」

「おわっ――」


 シオンが何かに勘づくと同時に機構聖剣が動き出している。

 背負われた聖剣は再び勝手に身体を動かして抜き放たせる。


 ――また、敵かよ


 聖剣が動くということはユーマに敵意を向けている何かがいるということである。そして、それは高い確率で魔。

 魔を殺す聖剣は、その役割のままにユーマの身体を使う。使って、敵を殲滅せんと動くのだ。


 ユーマの視界に敵が映る。上空。空高く飛ぶ何か。ウィーラックと呼ばれる空飛ぶ巨大な鳥のような魔だ。

 突撃槍(ランス)のような嘴。翼にその存在する羽の一枚一枚が全て人を殺すための刃となっている。人を殺戮するためだけの存在。

 超上空から睥睨し、獲物を狩るハンターが、ユーマを見ていた。


 聖剣が届かない。だが、数百年、あるいは数千年、機構聖剣は魔と戦ってきた。その中で培われてきたものがある。

 殺戮の方法。魔を殲滅するためだけに育まれてきた。今更、聖剣にとってはただ空を飛んでいる(・・・・・・・)だけでは脅威ですらない。むしろ、驕っている敵ほど容易いものはないとすら言わんばかりに宝石が輝きを増し、機構聖剣は更なる機能を解放する。


 聖剣を握るユーマの手に伝わってきたのは機械の駆動音だった。淀みなくするりと聖剣は変形していく。聖剣の中央が割れ、そこから生じるのは砲塔だった。中央から割れた四枚の刃を砲身として剣砲状態が成立していた。

 青いラインの走る四枚の剣身が回転を開始する。莫大なエネルギーが砲へと生じる。行うのは単純だ。砲であるがゆえに、対象を貫く。それが目的。


 充填されたエネルギーが臨界に達すると同時に爆音と光が生じる。


「ぎにゃあああああ!?」


 突然の轟音と爆光にシオンが悲鳴を上げる。悲鳴を上げたいのはユーマの方であったが、そんな暇などない。

 剣砲の一撃はウィーラックを撃ち貫いた。射出されたのはビーム状の弾丸。弾丸は空間を円形に消し去りながら高速で直進しウィーラックを抉り取る。いいや、その背後にかろうじて見えていた山すらえぐりとっていた。


 貫通したウィーラックが爆ぜる。ここまでがこの弾丸の一セット。これで最低出力なのだと所有者となったユーマは知っている。

 だからこそ、連射が可能だ。最低出力であれば、一回のチャージで五十発は同じ物が放てる。魔を殺すための進化の形。


 キィィィインというチャージ音が響き渡り刃が回転し、爆光が爆ぜる。たったそれだけでウィーロックと呼ばれる人殺しの怪鳥は抉り消え去っていくのだ。

 圧倒的などと言うまでもない。圧倒的すぎる。


 だからこそ、ユーマは震えていた。こんな兵器人間が持っていいものじゃない。前回の戦いでもそうだ。圧倒的すぎる。

 時代にそぐわない機能。時代にそぐわない威力。その全てが殺戮の為に進化した形であり、しかもまだ進化する。

 これですら聖剣は足りないと判断しているのだ。


 その事実にユーマは戦慄する。持ち手が震えてカタカタと聖剣が音を鳴らす。このまま進化を続けたらどうなるんだ。今ですら最低出力で遠くの山が抉られたのだ。

 あまりの事実にユーマは恐怖する。大きすぎる力を貰って嬉しいなどと誰が思えるだろう。それが誰かを傷つけるかもしれないのだ。


 そんな未来を幻視してユーマはただ震える。こんなもの振るいたくない。こんなもの捨ててしまいたいとすら思う。

 だが、同時にこれがなければ生きていけないことがわかっている。絶対に手放したくないとすら思うのだ。これがあれば世界征服すら容易。なんでも自由にできる。


 そうふるまることはきっと気持ちがいい。いいや、駄目だ。勇者として王女様の期待に応えるんだ。

 誰かを傷つけてしまうかもしれない。でも必要だ。


 背反する感情に喚き散らしそうになるのを必死にこらえる。だってそれは格好が悪い。誰かが見ている前。その理想に応えなければと思う。

 それが彼女が望む勇者の姿だから。


 ――何かがひび割れる音が響いていた。


 その間も聖剣は勝手にユーマの身体を動かして敵対者を殲滅する。

 全てを殺しつくすまで聖剣は止まらない――。


というわけで第二話です。


大きすぎる力って怖いもの。核兵器のボタンを突然渡されたらどうしますか?

たぶん、震えるし捨てたいと思う。そんなもの渡されてもどうしようもないから。

でも、手放したくないとも思う。それは紛れもなく誰よりも強い力になるから。


聖剣はつまるところ主人公にとってそんなものです。


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