第27話 やさしさ
玉座の間。
暗がりの底を思わせる底。さながら、深海、いや、ここは宇宙というべきだろう。
生物的あらゆる様を拒絶したかのような絶死の空間。ここにいるだけで、自分は死んでしまっているのだという錯覚すら覚えるほどの暗がり。
玉座を背にした偉丈夫は、闇の中で笑みを浮かべていた。
本来の担い手の下に、機構魔鞭が戻ったのだ。それはつまり、レール・スプリッターが死んだということに他ならない。
対外的に四天王とされるその一角が死んだ。魔王にとっては確かに損失だろう。
だが、それがどうした。それ以上に朗報が舞い込んだのだ。
機構魔装が、機能を解放した。理に通じる解放ではなく、破滅に通じる解放だ。それは、対抗するべきモノもまた機能を解放したことを意味する。
殲滅機構の解放。それは、対する機構聖装が真なる機能を解放したことを意味する。
つまりは、救世機構の解放。
機構魔鞭による遺された記録が送る救世機構・全て救う清浄なる勇者の起動だ。
「喜べ。ついに好敵手が舞い戻ったぞ」
ついに時が来たのだ。魔王が幾星霜を待ち望んだ勇者の再誕の時が。これにより神話の再来。好敵手の帰還を魔王は歓迎する。
これより始まるは、破滅の救世。
敵という敵を打ち滅ぼし、我らが好敵手がやってくる。
滅ぼすために。
見知らぬ誰かを守るために。
「ハーベイ・ウォールバンガー、マザー・シャーマン、ディタ・スプモーニ」
魔王に侍る機構魔装の使い手たち。
「殺せ――全てを」
一つの命令。
新たな神話の開始を祝福するために。
言祝ごう。
「今こそ、神話を完遂する」
復活を経て、神話へと至るために。
比翼なりし片翼を殺し、我らの神話を完遂する。
「そのために此処まで来たのだ」
――ゆえに、まずは殲滅を始めよう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――魔王に仕える魔装の担い手ハーベイ・ウォールバンガー。
機構魔斧を持つ魔族の男が、魔王の命をうけて、進撃を開始する。
竜の化身は、今ここにあらゆるすべてを殲滅するのだ。
「殲滅機構解放――今ここに誓う、全てを滅ぼすと」
紡がれる詠唱。
太陽が照らす世界を、再び闇が覆う。
「何故だ、なぜ安堵する。光で世界を覆ったからと言って我らが止まると何故、思ったのだ」
機構魔装が破滅の音を立てて駆動する。
それは殲滅機構。
あらゆる全てを殲滅するために、真なる力をここにあらわす。
天高く青空に輝く太陽が食らいつくされていく。
「我らは止まらぬ。宝を寄越せ。貴様らが差し出せる全てを、我らに差し出すが良い」
漆黒の瘴気が空を覆いつくす。人々はそれに絶望の再来を知る。
魔族は止まらない。ただ一度敗れただけで、止まるはずがない。
魔族を止めるならば、殺しつくせ。
「遍く宝の中で、貴様ら全てを大いなるもので流して消し去ってくれる」
これは互いを殺しつくすまで続く戦い。
殲滅神話。
滅んでいないのならば、今再び魔族はやってくる。人間の最後の砦を破壊して、最後になるまで殺し尽くす。
「我が欲望は彼方にある。すべてを差し出せ、我が満足して眠るその時まで、あらゆる全てを寄越すのだ」
莫大な水が、足元から噴出する。
瞬く間の間に、ヘーゼルが押し流され藻屑となって消え失せる。未開放領域より生じた大洪水が、リードヴェルンに至るあらゆる全てを押し流さんと猛っている。
「8つの咢と8本の尾で、貴様らを殺しつくそう」
清浄なる世界とするため。
世界を一つに染め上げるために。
「さあ、殺せ、殺せ、殺せ! 今こそ、全てを殺しつくせ。
酒を飲み、眠り、首を撥ねるその時まで、我が剣は、奪えはしない――」
ここに殲滅機構は駆動する。
「殲滅機構――浸蝕する、欲深き暴虐大蛇」
世界を呪う機構が、今ここに駆動する。
さあ、殺せ、さあ、滅ぼせ。
魔装の意思が、ここに殲滅を宣言する――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
勇者の戦いを見た。
勇者の戦いを見た。
哀れだと、ミーミルは思った。
先代勇者という存在を知るがゆえに、哀れだとミーミルは思った。
長く生きた彼女は勇者という存在がどういうものか知っている。勇者とは、戦うための装置だ。聖剣が戦うための歯車でしかない。
それが、勇者という存在の真実。それに意志など必要ない。それに感情など必要ない。ただ、敵を殺すために聖剣を握り続けられるモノであれば何でもよいのだ。
勇者とは、人々から称賛されるようなものではない。何よりも正しい正論を振りかざし、人類を反映させるためにあらゆる敵を殲滅させる殺戮機械。
それが勇者だ。誰もが望む綺羅綺羅したものでは断じてないのだ。それは、この世界に生きる種族にとっての生命線。
種族を繫栄させるために、絶対的な力で正義を成す。そこに善悪などない。ただ、機構聖装が担う種族を何があろうとも繁栄させる。
ただそれだけしかないのだ。
勇者は、ただそれを成すための部品。
機構聖装が守るべき種族を愛し、これを守りたいと思う善人であるならば。
それがたとえ、首を刈る鬼であろうとも。
それがたとえ、不浄なる姫であろうとも
それがたとえ、普通の少年であろうとも。
関係ない。誰でもいい。
ただ、聖剣が提示する条件に合致すれば、どこの誰であろうとも関係などない。
修羅の道を歩ける理想を掲げる正義漢ほど、選ばれない。彼らは聖剣と同じであるから。
選ばれるのは、ただ深い愛を持った者。途中で投げ出すことのない者。全てを殲滅する機構は愛を持たない故に、愛を持つ者が選ばれる。
鬼は、確かに自らが守るべき領民に愛を持っていた。
姫は、愛を求めるがゆえに、愛を知っていた。
少年は、愛する者が出来た故に戦っている。
藍があるから戦う。愛せ、担い手よ。自らを愛する者の未来のために戦うのだ。
聖剣は、聖弓は、聖槌は、そう叫び続ける、狂ってしまうほどに。担い手に叫び続けている。愛する者が失われる未来など許容できるはずがないから、人は戦うのだ。
いいや、戦うのではない。機構聖装に使われるのだ。
それを哀れだと思った。今代勇者は、それに納得できないから。ミーミルは哀れだと思った。
だが、それだけだった。哀れだと思うが、それをどうにかすることなど彼女には一切なにもできない。この世界には勇者が必要だ。
聖剣に選ばれた勇者が必要なのだ。それがわかるからこそ、長く生きたからこそ、彼女にはたとえ何をどう思っても、何一つできることはないのだ。
「ままならんものだねぇ」
だが、今ここで彼に対して根本的な解決はできずとも、何かしてやることはできる。
いまだに眠り続けているシオンとルシアンを肩に担いでユーマの下へと向かう。
「大丈夫かい?」
「…………」
「口もきけないかい? まあ、どーでもいいさ。ここらにもう用はない。安全なところに行って野営だ。ついて来い」
「……ああ……」
ユーマと伴ってミーミルは移動する。
その間、ユーマは一言も口をきかなかった。ミーミルもまた、話すことはなかった。
「この辺でいいだろ」
そこは泉だった。汚染された魔の谷にあってここは清浄に過ぎる。先ほどの戦闘の余波は不思議とここにはない。
それも当然だった。ここは聖域だ。泉の精霊が守る聖域であり、かつて勇者が休んだ場所でもある。泉のほとりで、ミーミルはかついでいた二人を降ろして、野営の支度をする。
ユーマはそれを見ていた。手伝わなければと思うが、身体は動かない。どうすればいいのだろうかと、頭は考え続けている。このまま一緒にいていいのかともすら。
「へたなことは考えないことだ」
火をおこして、何かの準備をしているミーミルが不意にユーマにそういった。
「……え……」
「変なこと考えてるってツラさ。やめとけ、考えるだけ無駄だ」
「……無駄って……」
「ああ、そうとも。オマエが考えたところで、何にもならん」
「……じゃあ、どうすれば、いいんだよ……」
ユーマには解らない。
だが、戦わなければ世界が滅びる。レエーナが、シオンが死んでしまう。それだけはどうしても、許容できない。
だから、戦うしかないのだ。既に選択肢はない。もし二人を見捨てられたのならば、どんなに楽だろうか。
何もかも捨ててしまえれば、どれほど楽になるだろうか。
だが、捨てることはできない。普通であればあるほど、大切なものは捨てられない。捨てられるのは、大切ではないものだけだ。
ユーマには捨てることはできない。それが失うことに耐えられない。もう答えなど決まっているようなものだった。
それでもユーマには選べない。選んでしまえば、全てが定まってしまうからこそ、選べない。重大な決断程、身を切るほどの覚悟が必要だが、普通の少年であるユーマにはそんな覚悟を持つのは並大抵の事ではない。
普通ならば無理だ。故にこんなになってもなお、決めきれない。普通であればあるほど、苦悩する。知っているからこそ苦悩する。知らなければ、ただ戦うだけの装置でいられたが、そうはならなかった。
聖剣が選んだのは、今のユーマであるがゆえに。
どうしていいのか、誰かに言われればできる気がした。御願いと言われれれば頑張れる気がした。凄いねと言われれば、きっと大丈夫だと思った。
「知らんね。そんなものオマエが決めることだ」
だが、ミーミルは、その願いを切って捨てる。そんなことでは、つぶれて死ぬか、完全に壊れるかだ。
そうなってしまえば楽なのだろう。そうなってしまえば、あとは聖剣が全てをやってくれる。しかし――それでは駄目なのだ。
それでは今までと変わらない。魔王を封印するだけにとどまってしまう。
この戦いを終わらせて、次の犠牲者を生み出さないようにするためには、魔王を完全に滅ぼす必要がある。
そのためには、聖剣ではダメなのだ。愛があるから人は戦う。愛が必要なのだ。戦闘機械になり果てるのではなく、苦悩しながら進み、その果てに勝ち取ったものがなければならないのだ。
「そんな……それに、俺は……もう……」
「…………」
それをミーミルは知っている。
だから、甘えは許さない。泣き言は言えばいい。だらしなく失禁しても、鼻水を垂らしてもいい。だが、決断だけはしてやらない。
それでは、何一つ変わらないのだ。だから、何も言わない。その代わりに。
「脱げ」
「は――? な、いや――」
返答は聞かずに、ミーミルはユーマの服を引き裂いた。汚れたものは、全て消し炭にしてしまう。そして、そのままユーマを抱えて泉へと投げ入れる。
ユーマは必死に体を隠した。自らの身体は既に人間のそれとは大きく異なっている。体の大部分は救世機構の歯車へと置換されている。
そんなものを誰かに見られたくなどなかった。醜いものと思っていた。そんな自分は、勇者だから、もうみんなといないほうがいいのではないか。
そう思っていた。
「――見ろ」
「――――」
だが、次の瞬間に、そんな思いすらも吹き飛んだ。
目の前にはミーミルの裸体がある。だが――その身体のほとんどは、ユーマと同じであった。
「俺はもう? なんだ、何が言いたい? 人間ではない? オマエの思うことなんてわかりやすい。どうせ、醜いだの、皆といられないだのそんなことをつらつら考えているんだろう? なあ、おい」
「な――」
「気にする必要などない。この肉体で私は数百年を生きている。何一つ問題なく、子供すら作れたな。まあ、魔族のおかげで死に別れたわけだが――どうだ? 先達がいるんだ、不安などないだろう」
「なん……だよ……それ……」
そのあまりにもあんまりなものいい、宣言は馬鹿らしかった。
「それにだ、この身体、醜いと思うか?」
「――――」
それはなんと卑怯なことだろうか。
「それは……卑怯だ――」
「卑怯ではない。なんとでもいえ。ワタシは、オマエが気に入った」
魔王を倒せる勇者。
であれば、守ろう。
それは、かつて守れなかったものと同じモノを生み出さないために。
ミーミルもまた背負っているものがある。天邪鬼のように話すこともその一つ。背負ったモノのために火とは戦う。
愛の為に、戦う。
だから、これもまた一つの愛だ。
今更一つ追加されたくらいで潰れるものでもない。
「だから、気にするな。今はなにも決めなくてもいいさ。だが、後悔はしないように選択しろ」
「…………」
黙り込むユーマ。
「さて、では、洗うぞ」
「な――い、や、自分でやれる!?」
「やれない。任せろ」
抵抗虚しく全身くまなく洗われたユーマ。
「ぅぅ、もうお嫁にいけない」
「行ける行ける」
「この――っ! …………助かったよ……」
「…………何がだ」
潰れてしまうところを助けられた。これなら、また、いつものように笑える。少なくともシオンやルシアンに心配はかけないで済む。
「……いろいろと……」
「そうか……食ったら寝ろ」
ミーミルのマズイ飯は、不思議と喉を通った。
そして、ユーマは眠る。あたたかなミーミルのやさしさを感じながら――。
更新です。
どこまでも、どこまでも普通な少年は、選ぶことができない。
それでも諦めてしまえば、誰かが死んでしまう。
それを許容できないからこそ、少年は前に進む。




