第26話 覚醒する勇者
赤き心臓を手にした。
その温かさに現実を感じるが、レール・スプリッターの胸中に去来したのは、違和感だった。
機構魔鞭は、その機能を十全に発揮した。
だが――。
「……おかしい」
勇者の心臓がそう簡単につかめるはずがない。あらゆる妨害を「拒絶」はした。
それでも、掴めるとは思っていなかった。つかみ損ねたところでカウンターが来る。そう予測して、レール・スプリッターは、戦術を組み立てていた。
カウンターに合わせて、四肢をそぐ。それだけのことをしようと備えたが、結果として心臓は彼女の手の中にある。
そして、勇者は倒れている。
だからこその違和感。
ありえないという感覚とある予感。
やってはならないことをしたという予感が止まらない。
あらゆる全てを面倒くさいと拒絶するがゆえに、レール・スプリッターは、厄介ごとに対する直感が鋭敏だ。
その直感が、言っている。
――箍を外してしまった。
「…………」
ゆらりと機構聖剣が先立つように、勇者:ユーマが立ち上がる。
その雰囲気は、何かが異なっていた。先ほどまでとは明らかに何かが違う。
まるで兵器だ。無機質に、感動も、感情もなく、殺戮駆動する兵器。魔を殺す聖なるもの。
目覚めてはいけないナニカを目覚めさせてしまったのかもしれない。
「――全ては、勝利せんが為」
ユーマの口が言葉を出力する。
硬質なそれは、あらゆる全てを否定する拒絶だった。
「――!!」
とっさに振るった鞭は吸い込まれるようにユーマの頭部を胴体から切り離した。
だが、機構聖剣から伸びたケーブルが、腕を通り、首から飛び出して宙に飛んだ頭を繋ぎ止める。
――また一つ、完成に近づいた。
何かの予感がレール・スプリッターの脳裏に浮かんだ。それは、原初にある記憶に近いもの。魔が感じる聖なるものに対する忌避。
「行くぞ。オレは、全てを救う」
あらゆる全てを轢殺し、所有者の心すら殺してでも、全てを救うのだ。
機構聖剣が、その役割のまま駆動を開始する。
「――っ! オマエは、ここで死ね!!」
レール・スプリッターの一撃がユーマの腕を切り裂いた。しかし、その先から、這い出すケーブルがすぐさま修復する。
ならば細切れにしてみせれば、機構聖剣から飛び出した機構か材料となりその腕を再生させる。
そして、再生するたびに、修復される度にユーマの動きは速く、鋭く、力強くなっていく。
「なら」
這い出す不死者ども。城の地下にあったあらゆる怨念がここに這い出し、数千の敵となる。
だが――
「救世機構駆動――今ここに誓う。あらゆる全てを救わん」
だからどうしたと、ユーマの口より紡がれる機構聖剣の言葉。
機構聖剣の機能を解放していく。
「何故だ。何故こうも世界に悲劇が溢れているのだ。悲しみ、苦しみ、痛み。正しいことは、なぜこうも苦しい。
世界に邪悪がはびこり、嘆きと悲しみが世界を支配している。そんなもの認めない。邪悪がはびこる世を嘆き悲しむ民人よ、待っていろ」
今、ここに勇者が新生する。
救う者へ。
あらゆる全ての救済者として。
「今、全てを救ってやる。
おまえたちを悲しませる全てを破壊して、この世界を平穏へと導いてやる」
ユーマ・サトゥという存在を燃焼させて、勇者という歯車へと新生させていく。
連続する機構解放。
崩壊する肉体は、機構聖剣が最適な形へと変えていく。
その激痛に、ユーマの意識はとっくの昔に目覚めていた。だが、聖剣は止まらない。担い手の意識がどうであろうとも、役割を全うする。
もとより、世界への奉公だ。全身をバラバラにしてくっつけるという拷問連鎖。生きたままばらばらにされて、子供にぐちゃぐちゃにくっつけられるという程度の痛みでなぜ、聖剣がその役割を放棄せねばならない。
そんなもの理由にはならない。
「故に魔よ、滅べ。
皆悉く、我が前に頭を垂れて首を差し出すが良い」
痛い痛い痛い。
泣き叫ぶ心。
軋む意識。
混濁する意思。
矮小なただの一般人でしかないユーマの意識を強大なる意志が牽引する。
これは誰の意志だ。
そんな些事にかまけるな。
死にそうだ。
死んでないのならば、安いだろう。
強大な意識を受け止めることのできない心が悲鳴を上げて泣き叫ぶ。
それを、天上から睥睨する強大なナニカ。魔王を殺す聖剣へと、今、ユーマは確かに触れていた。
「救え、救え、救え。
おまえたちを悲しませる全てに正義の鉄槌を喰らわせて、世界を救ってやる」
意味があることは進むことだけ。担い手に求められることは、何もない。必要なのは聖剣を持つことができるという事だけ。
それだけが、機構聖剣に選ばれた担い手の役割だ。痛み、苦しみ。その程度など我慢すればいい。世界を救うという大事の前に、個人の痛みや苦しみなど全ては些事に過ぎないのだから。
無理や無茶など知ったことではない。機構聖剣はただ役割を全うする。そう在れかしと作られたがゆえに、機構聖剣はあらゆる全てを駆逐するまで止まらない。
全ては、世界を救うために。そのために何を犠牲にしようとも止まらない。担い手のあらゆる全てを犠牲にして、機構聖剣は世界を救う。
「悪よ、覚悟せよ。
例え自らの身が果てようとも、必ずおまえたちを滅ぼす」
その果てに、担い手が砕け散ってしまうその時まで。あらゆる全てを燃やし尽くし灰となってしまうまで。
機構聖剣は止まらない。嘆き、苦しみ、叫び、泣いても。止まらない。機構聖剣は担い手を刃に変えながら、敵を殺す。
たとえそれが、救うべき人間であろうとも、敵ならば轢殺する。
敵を滅亡させて、涙と悲劇を駆逐する。そのために流れる涙、血、あらゆる全てを忘我の彼方へと押しやって、機構聖剣はその権能を振るうのだ。
「幸福な未来を皆に届けるため、邪悪なる者、その一切悉くよ、消え失せろ」
――征くぞ担い手よ。
――あらゆる全てを救うのだ。
不滅の意志で。
不屈の闘志で。
機構聖剣を手にし続けろ。
それが、おまえに期待される役割だ。
「起動――救世機構、全て救う清浄なる勇者」
――さあ、死に絶えろ邪悪よ。
次の瞬間、振るわれた聖剣の斬撃が数百の不死者を刈り取る。ただ振るわれた一撃。聖剣の刃は分裂し、ただの一撃で数百の斬撃を形成する。
さながら太陽を宿どすかのような熱量を機構聖剣は発して、まるでバターでも斬っているかのように容易く不死者どもを屠っていく。
その速度、その力、今までの比ではない。まるで別のものに進化でもしたかのようであるとレール・スプリッターは感じている。
事実、先ほどまでとまさしく別人だ。
「なんなのよ、アンタは!」
「勇者だ」
硬い機械のような言葉に戦慄する。
年若い彼女は、勇者の怖さを知らない。勇者とはどういう存在なのか、知らない。全てを殴殺し、轢殺し、惨殺する勇者という存在を知らない。
感じるのは、恐怖だった。もはやマザー・シャーマンに対する憎悪などなにもない。あるのは、拒絶。こんなものの前にいたくない。
一瞬でも早く、この場からの撤退を。
「――逃がすものか」
その逃走を死神は逃がさない。
逃走を闘争に塗り替える。
「光の使徒として、魔は絶対に逃がさない。
ここで死ね。みんなの為に」
死刑宣告。
あらゆる全てをここで殺しつくすと告げる言葉。
「……ふざ、けるな――」
そんなものレール・スプリッターは認めない。拒絶する。拒絶する拒絶する。
あらゆるすべてを拒絶する魔の女がその権能を最大限振るう。機構魔鞭が駆動し、あらゆる全てを拒絶せんと猛る。
まさしくそれは嵐だ。音を超えた嵐は、風すらも刃に変えて敵も味方も関係なく殺しつくさんとする。
「ぬるい」
だが、その斬滅の刃の嵐に機構聖剣は、躊躇うことなく身を投じた。刹那、ユーマの身体はバラバラにされる。
その瞬間から修復していく。弱い肉体だ。ならば強く。何よりも強く。あらゆる全てを滅殺する勇者となるために。
血はより純度の高いエーテルに。筋肉繊維はより強靭なマナファイバーに。神経は、より高い伝導ケーブルへと置き換わる。
臓器もまた、全てを機構聖剣の救世機構へと置き換えられて行く。
「や、め、ろ……」
辛うじてユーマの意識が拒絶を露わにした。
「耐えろ」
だが、聖剣は無慈悲に取り合わない。目の前の敵を殺すのだ。それ以外に構う必要はない。担い手の意見など必要ない。
心臓をつぶされて、かつてないほどに死んだことによって、覚醒した聖剣の力。片翼の翼は今、比翼を手に入れたのだ。
振るわれる刃は光を纏い、あらゆる魔を寄せ付けない。さらにその光は絶対の致死性を持っている。躱したところで、光は硬質化して斬撃は空間を侵食して清浄な光を振りまき残り続ける。
太陽の如く、いやそれは太陽の光など比べられたものではない。世界を救うする光だ。
それが救世機構、全て救う清浄なる勇者の権能。あらゆる全てを滅ぼす光の前に、魔になすすべなどありはしない。
「ひ、ぐ――」
レール・スプリッターが蹂躙される。光の奔流を前に魔は生き残れない。その光はまさしく極小の神の杖にほかならない。
エネルギー総量は核融合のそれをはるかに凌駕して、今もなお上昇を続けていく。その光に耐えられずユーマの身体が溶けていくが、機構聖剣はその程度の軽微な損傷など目にとめない。
むしろ、より強くすべく、機能を拡張する。
激しい痛みに、意識は覚醒と断絶を繰り返す。
あまりの恐怖に、涙と鼻水は止まらず、詮が壊れたかのように失禁し、脱糞を繰り返して嘔吐する。もはや出すものを出し尽くしても、止まらない。
もう殺してほしいと思っても、死ぬことすらできない。
もはや何も感じない方がいいと思っても、鋭敏になり続ける感覚は否応なくユーマに現実を知覚させ続けている。
生き地獄とはこのことだった。そして、勇者とはそういうものだ、耐えろと機構聖剣はユーマに更なる地獄の宣誓を突きつける。
何より、痛みが消えていくのが怖かった。損傷し、修復される度にユーマは強くなっていく。無双の強さを超えて、強さという極点へと至ってもなお、さらに強大に作り替えられていく。
痛みがなくなることに恐怖した。自分が人間から遠ざかっていくことに悲しんだ。
だが、それでも目に浮かんだモノがあった。それは王女の顔であり、シオンの顔であり、ルシアンの顔、ミーミルの顔、みんなの顔だった。
戦わなければ、滅ぶ未来を見せつけられる。それは、機構聖剣が見せる記録だったのかもしれない。だが、戦わなかった結果は一つだ。
全ては滅ぶ。その結末が、ユーマから退路を奪っていた。力ある者の責任が、ユーマを縛りつけて離さない。
王女やシオンたちの期待が重しとなって、遥かな底へとユーマの身体を引いて行く。
聖剣からは逃げられない。
機構聖剣は、世界の末路を見せつける。
戦え、戦え戦え。全てが滅んでもいいのか。愛する者が犯され、殺され、残された者がなく世界を認めていいのか。
そんなはずはないだろう。
良識ある人間ほど、善人ほど逃げられない、答えこそがユーマを楽になどさせてはくれない。ここで逃げる選択肢をとれるのならば、元から聖剣になど選ばれない。
ゆえに、ユーマには、前に進む以外の選択肢がない。前に進み、勝利し、悪を、魔王を滅ぼすまで歩くことを止めることはできないのだ。
そして、機構聖剣は、レール・スプリッターへと辿りついた。
「このッ――!」
あらゆる全てを拒絶する魔鞭の一撃は、もはやユーマの身体を傷つけるには足りない。使い手の技量が足りないのだ。
何より、機構が駆動していない機構武装など、完全に救世機構が駆動、いや、超過駆動の領域に入っている機構聖剣の担い手に傷をつけられるはずもない。
最後の一撃は何の感慨もなく振り下ろされた。光の剣は、魔を消し去る。欠片も逃しはしない。全ては、光の前に屈した。
そして、静かに、救世機構は通常駆動へと戻る。
機構聖剣は静かに眠りに入った。
「…………」
ユーマは、静かに機構聖剣が成した結果を眺めていた。そこには何もない。死体もなければ、残骸もない。
あるのは、戦闘の痕を残す大地だけだ。立っているのはユーマと、遠くにいるミーミルたち。何もない。何も。
それは未来を暗示しているかのようだとユーマには思えた。何も残らない。滅びではない。救った後ですら、きっとこんな光景になってしまうのだろうという漠然とした予感。
「はは――」
乾いた笑いが出た。涙はとっくの昔に枯れた。もはや笑う以外になかった。怒りを抱く前に、恐怖を抱き、あらゆるすべては飽和して処理しきれず、ただ乾いた狂った笑みとなって流れ出す。
「はは、はははははははは――」
ただそれだけしかできない玩具のように、ユーマは笑うことしかできない。悲痛な、慟哭のような笑いをするしか、もはやできない。
狂い疲れ、笑い疲れ、意識が闇へと沈むことすら拒絶する。夢という安息すらもはやユーマにはない。眠ってしまえば、どうなるのか、恐怖があらゆる心に焼き付いた。
眠れば、この光景を夢に見る。機構聖剣にひかれるままに、全てを轢殺した夢に、自らが作り替えられていく夢が相乗される。
楽しい夢など望めない。もはや、楽しむことは、彼からもっとも遠くなってしまったのだ。
だが、それでもユーマは機構聖剣を手放すことができない。できはしない。
勇者だから。
自らが破滅するその日まで、全てを救う以外に、もはやなにもないのだ。
お待たせして申し訳ない。更新です。
機構聖剣覚醒。
あらゆる全てを救うために、敵を滅殺するまさに勇者となれ。
まともに考えると何も思わず敵を殺し続けるRPGの勇者とか主人公って狂人ですよねという私なりに解釈。
狂人になれない、一般人なユーマ君は、血反吐を吐いて、心を削りながら魔王を倒すしかないのです。




