第25話 魔の谷
ミーミルに連れられたやってきたのは谷だった。その谷には明らかに人に有害そうな紫色の瘴気が渦巻いている。紫の川が流れ毒沼が広がり茨が全てをおおっていた。
どう見ても人が進んで良い場所じゃないとユーマは身震いする。だが、正反対に聖剣は敵の気配を感じとり歓喜に打ち震えていた。
「それで、こんな場所に連れてきて私たちをどうするつもりなのかな?」
「何もしないさ。ただ、ラーケとエルマードを鍛えてやろうと思ってな」
「ふぅん。まあ、ついてきてくれるのはありがたいし、鍛えてくれるっていうのなら願ってもないかな。でも、ユーマじゃないんだ」
「アレは鍛えたところで意味はない」
鍛える必要がないともいう。ユーマには聖剣があるのだ。聖剣があれば魔であればどんな相手だろうとも負けることはない。それが聖剣というものだ。
だから鍛えたところで付け焼刃どころか聖剣にとって邪魔になるだろう。だから聖剣にやらせておけばいい。
だが、シオンとルシアンはそうはいかない。鍛えておかなければいつか死ぬだろう。ミーミル一人にいいようにやられたのがいい例であるし、マザー・シャーマンが動いた時も何もできなかった。
だからこそ鍛える必要がある。無論、ミーミルは彼らが鍛えた方が面白いからこそやっているのだ。ミーミルが動く理由などそれだけだ。
長く生きる長命種にとって面白いか、面白くないかは重要なポイントである。長い人生がいかに有意義になるかは精神衛生上とても重要なのだ。
だからこそ面白ければそれでいいと全てを面白いか面白くないかで判断している。
「さて、では鍛える前に、紋を開くとしよう」
「紋?」
「ああ、オマエたちに教えてやるとっておきの術だ。まあ、適性がなければ死ぬがな」
「それはちょっと困るかな――ごぁ」
「ぐっ――」
即座に身体の中心を貫かれ倒れ伏すシオンとルシアン。死んだように動かない二人にユーマは戦慄する。
「シオン! ルシアン!」
「一々騒ぐな鬱陶しい」
「二人に何をしたんだ! 答えるな!」
「答えてやるが、やる気をなくさせるなよ。まったく、その物言いではつまらん」
「良いから言うなよ」
「悪いが言わせてもらう」
ミーミルは、溜め息を吐いてやれやれというように話し始めた。これは簡単に言うと修行であると。
「修行?」
「ああ、紋を開く、な」
「もん?」
「理に繋がる紋だ」
世界には理がある。それは世界を世界足らしめる法則だ。全てのものに理はある。存在の理由と言って良い。あるいは根源とも。紋とは門であり、自らの理に繋けるもの。
紋は理に繋がり、真を表し、形を成す。理が存在理由であれば、真はそこから生じる現象であり、形とは理から真を汲み出し紋として外界に引き出し形にすること。
つまるところ超常の力の発露と言い換えても構わない。誰もが使えるものではないが、鍛えた武芸者が時おり使えるようになることがある。同一時間に連撃が重なることや事象の繰り返しのような人間業を超えた剣技や武技の数々。
そんな常識を超えた武技の源泉とも言える力だ。人の常を、尋常ならざるものに変える理由。これはそれを二人に体得させるための修行なのだと彼女はいった。
「俺は良いのか?」
「良くない。……貴様にはいらん。聖剣に任せる。それより、せいぜい気合いをいれることだな」
「――っ」
ミーミルの言葉を脳が理解するよりも早く体が動く。意思に反した行動。聖剣が身体を動かす。背後を確認せずに振るわれた聖剣が魔を切り裂く。
爆発四散したかのように消し飛ぶのは、ぼろぼろの骨だ。骸骨が立ち上がり襲い来る。骨という骨が刃として新生した魔の骨スケルトン。異形にねじまがった骨格が尋常ならざる動きで向かって来る。
ユーマの意思が、スケルトンの虚ろな眼孔に宿る憎悪の炎に恐怖し逃げることを選択する前に聖剣の意思は敵の絶滅を願う。突っ込んできた一体のスケルトンを切り伏せ踏み込む。
大地を踏み鳴らすような踏みに地面が窪み、ユーマの姿が一瞬にしてかき消えた。同時に山のように殺到するスケルトンの群れが爆発したかのように吹き飛んだ。
爆心地にいるのは聖剣を振るったユーマ。聖剣は鞭のようにしなり熱を発生させ眩い光を放ち光軌を残してスケルトンを消し飛ばしていく。
だが、倒しても倒してもスケルトンの数は減ることはない。むしろ、倒せば倒すほど数が増えているのではないかとも感じるほどだ。
「み、ミーミル!」
「なんだ? 手伝え、か? それも良いが、こいつらが死ぬぞ」
ミーミルはシオンとルシアンの前に立って、群がってくるスケルトンを消し飛ばしている。彼女がその場を離れるということは二人が死ぬということだ。
「なんだ、それが望みか。ならば早く言え」
「この――!」
「はは。頑張れ頑張れ」
敵を倒しながら聖剣はさらに奥へと進んでいく。
「ん、やれやれ。どこへ行くのやら」
並み居る敵を薙ぎ払い、聖剣の暴風が消し飛ばす中、盆地となったそこに城が建っていることがわかった。それがどのようなものであるかは想像などつかないが明らかに魔の居城であることに違いはないだろう。
スケルトンやゾンビなどの魔がそこからどんどん出てきている。際限なしとはよく言ったものだ。たとえばらばらにされた死体であろうとも向かってくる故に減ることはない。
だが、聖剣の敵ではない。ミーミルは理へと進行中の二人を抱えてユーマの姿を追う。ゆっくりと立ち向かってくるスケルトンどもを気当てで薙ぎ払い、それでもなお近づいてくる上位種は聖鎚で叩き潰す。
減ることなく溢れ続ける魔。瘴気煙るそこに踏み入れた途端ユーマが感じたのは不快感だけであった。その瘴気がどんなものかはわからずとも体に悪いものだということはわかる。
しかし、想像しているよりもまったく瘴気の影響を感じない。その理由は聖剣であることはわかっていた。何かしらの力を自分が身にまとっている。
それが紋より生じる理に通ずる力。彼の体を際限なく強化してなお壊れぬようにする術法のひとつである。ゆえに何の問題なくユーマは戦場を駆け抜けることができる。
「――――!」
聖剣を振るう。その一撃でどれほどの敵が吹き飛んでいくだろう。敵はどんどん向かってくる。広がる知覚。ミーミルがシオンとルシアンを抱えてこちらに来ている。
敵のほとんどは自分が引き付けていることに安堵する。二人に何かあったらと思うとユーマは気が気ではない。今だけは、恐怖も忘れてただ聖剣と利害が一致する。
「アレは城だな」
「城? なんの!」
「さて、敵の四天王のかもしれんな。どうする?」
どうするもなにもないとユーマは思う。君子危うきに近づかず。ユーマとしてはこれだけやっても何もないのであれば早々に帰りたいと思うわけなのだが――聖剣はそうは行かない。
どのみちここまで来てしまった以上倒す以外に方法などないのだ。そして、そのための機能を聖剣は解放する――。
聖剣に従うままにユーマは聖剣を掲げる。光が立ち上り、円状起動陣が聖剣の刀身より投影され、それが中空へと昇っていく。
天高く昇っていく起動式。高く成層圏を突き抜け衛星軌道上に存在する兵装にまでそれは届く。遥かな空。大気を越えてその果て。星の海に存在する巨大な砲。
内部チャンバー内で上昇を続ける莫大なエネルギー。次の瞬間に放たれるのは光の柱。聖剣が指定した区域全てを破壊する。
かつて神代の時代において文明を滅ぼした神の力がここに具現した。あらゆる全て、ことごとくよ消え失せろと言うわんばかりの破壊が降り注ぐ。
放った本人ですら、そのあまりの威力にひくほどだった。何も残っていない。雲を突き抜け、降り注ぐ陽光。大地にはそれを受けるものなどなにもありはしない。
光の柱によってあらゆる全ては消失し赤熱した大地だけがそこに存在している。広域浄化の光。神の光からのがれられたものなど何もいない。
スケルトンもゾンビもあらゆる魔が消え失せていた。そうただ一人を除いて――。
「ぁあぁあ――私の、城」
城があった場所に一人の女が立っていた。立ち尽くしていた。レール・スプリッター。魔王の四天王と称される魔の女が立ち尽くしている。
聖剣はそれを認識した瞬間、駆けている。大きく刃を振りかぶり振り下ろす。
「誰よぉ、こんなひどいことしたの――!!?」
それを間一髪で自らを包む鞭で受け止め、足を払い、掌底をくらわして距離をとる。
最悪の一言に尽きた。明日から頑張ろうと思っていたら勇者の方から来た。最悪だった。これでは逃げることもできない。
そもそも城を破壊される。神の杖なんぞ使われてしまった日には、こちらもそれ相応の力を示さなければならなくなってしまったのだ。
最悪だった。最悪に過ぎた。レール・スプリッターは働きたくないのだ。何があっても働きたくない。あらゆる全てを拒絶する女は生きることも、死ぬこともあらゆる全てを拒絶する。
だから何もしたくない。だが――。
「ああ、最悪」
妖艶に、レール・スプリッターは流れるように怪しく輝く赤い瞳でユーマを見る。
ただそれだけでぞくりとした悪寒が背中を駆け上がった来るのをユーマは感じた。
「サイアク。そう思わない、勇者――」
「…………」
何を言えばいいのかユーマにはわからない。だが、聖剣が叫んでいるこれは敵だと。放たれる威圧感。広がり続ける死の気配にただただ戦慄する。
腹の痛みから今にも逃げ出してしまいそうになるが、聖剣は逃げることを許さない。
寧ろ、刃を手に近づいて行く。
「明日から本気出そうと思ったけど、私の憩いの城を壊したしマザー・シャーマンの前に、まずは勇者から、コロス――」
「やってみろ」
ミーミルがユーマの代わりに言う。
「そいつは勇者だ、四天王如きに殺せるはずもないだろう」
「…………」
身体を勝手に操り構えをとる聖剣。見得を切り、いくらでも来いとでも言わんばかりの聖剣に内心で悲鳴を上げるユーマに対してレール・スプリッターはただ溜め息を吐く。
「……力を示せ――か」
働きたくはないが、これも働かなくていい地位にいるためだ。ゆえに、機構魔鞭を手にする。機構武装の魔の鞭。
黒く反転した光が燐光を放ちながら振るわれる。
「働きたくない、けど――壊された城の分は、もらっていく」
――流陣歩
流れるように地下に走る流れにのっての高速移動歩法。一瞬にして開いていた距離をはなくす。
「――――!?」
光になったかのようにまるでそこに出現したかのようなレール・スプリッターにユーマは反応できない。当然のように反応するのは聖剣。
振るわれる魔鞭の一撃を受ける。繰り出される連続攻撃にも対応しその全てを防ぐ。
「……やる。これが、勇者」
だが、負ける道理などない。縦横無尽。意思を持ったように駆動する魔鞭の連続攻撃に合わせて打撃を叩き込む。
働きたくないからこそ効率的に。あらゆる全てを拒絶する――。
「ぐ――」
拒絶、拒絶。拒絶。拒絶するのは敵の回避。ユーマがよけようとすれば打撃か鞭が叩き込まれる。回避することなど許さない。
その痛みを感じながら逃げられないという事実に心を砕かれながら、聖剣の刃は振るわれる。しなる聖剣、光輪が生じ空間を切断する。
敵との間の空間を切断し、よって互いの距離がさらに近くなる。叩き込まれるユーマの拳。極限まで強化された一撃が腹を抉るように叩き込まれる。
だが、それがどうしたと言わんばかりにレール・スプリッターは、蹴りを放つ。首が折れる音がした。ユーマの意識が一瞬だけ遠のく。
身体が一瞬だけ制御を離れた。その瞬間を聖剣は逃さない。ユーマの肉体を修復すると同時に武技を放つ。
――哭絃斂祁・煉獄
聖剣に収められた武技の一つ。全身に紋から理を流し聖剣へとためそれを一気にたたきつけると同時に放つ。
あまりの気の密度に焔が広がるような様が見えるさまから煉獄と名付けられた哭絃斂祁と呼ばれる技法に伝わる奥義の一つ。
爆裂する大地。立ち上る大地の破片どもを足場に聖剣の主と、魔鞭の主は立ち上っていく。地面などあってなきもの。聖剣にとって魔を滅ぼすことこそが本懐。
ゆえに滅びろと聖剣は苛烈に攻め立てる。所有者であるユーマの肉体が砕けようとも即座に修復し強化していく。それがどのようなことになるのかを考えることなどない。
「――うるさい」
流麗に振るわれるレール・スプリッターの魔鞭。砂塵を払い、その機能を解放する。即ち、物をつかむという権能。
レール・スプリッターが望むままにその場にあるあらゆる全てを掴み取る。
「がはっ――」
それは、目の前にある勇者の心臓ですら例外ではない――。
更新ですが、何かが違うと思えて来まして、とりあえずこれからの更新を停止して、一度色々考えようと思います。
何かがしっくり来ないのです。とりあえずしばらく考えさせてください。




