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第24話 心変わり

 ミーミルのメシマズテロにあわや昇天しかけたユーマだったが、水をがぶ飲みすることによってどうにかこうにか立ち直ことができた。

 おそらくこの世界に来て一番死を覚悟した瞬間だったといえるだろう。それほどまでに彼女の料理は度し難い。まずいと大っぴらに言えないのでこんな表現であるが、普通にまずい。


 一口食べて、とりあえず椀をそっと置いて忘れることにした。これを思い出したくはない。思い出しただけで吐き気がするまずさ。こんなものよく食べられるなとユーマは思った。

 自分ならば絶対に食べられない。一口で断念したのがその証拠だ。だから、話題をそらずべくユーマは、彼女に問う。


「それで……結局何がしたかったんだ」

「なにが、とは? 戦いを始めたのはそっちが先だ。ワタシが始めたわけじゃない」

「いや、魔王のこととか教えてくれただろ」

「教えていない」

「はぁ……」

「ため息をすると幸せが逃げるぞ――さて」


 そう言って彼女は立ち上がる。


「食後の運動にはちょうどいいか」


 彼女が見据える先にあるのは大量の赤い煌めきだ。魔の瞳の輝き。大群が迫ってきていた。全て漆黒の狼だ。バイアに似ているがそれよりもはるかに異形だった。

 ぼこぼこ内側から破裂しそうなほど膨れ上がった肉体。そこから飛び出したあらゆる殺戮兵器が如き爪や角が全身を覆っている。


 狼の異形。ブロンクス。その大群が迫ってきていた。聖剣や機構武器のぶつかり合いによって集まってきたのだろう。

 この辺りのボスと言ってもいいのかもしれない。ひときわ巨大なブロンクスはもはや人を丸のみにしてもあまるほどに巨大だ。


 その敵意に聖剣が反応するが、それよりも早く地面が爆発したかのような踏み込み一歩でミーミルが群れの中に飛び込んでいた。

 群れの中央が爆裂し、数十匹のブロンクスが爆ぜる。背中から一気に抜き打った聖鎚の一撃が地面に突き刺さり、爆裂させそれとともに範囲内にいた生物をバラバラにしてしまう。


 それで終わりではない。雷撃が走る――。機構聖鎚から放たれた雷撃が放射状に牙を広げた。範囲にある全てを飲み込み消し炭に変える。

 それから軽くステップを踏むように地を蹴る。まるで風に乗るようにふわりと後ろへ浮くミーミルの体。朱い外骨格の爪が大気を引き裂く。


 ブロンクスのボスの一撃は空を切った。その隙をミーミルは逃さない。軽く跳んだことによって着地は早い。即座に攻撃へと転じる。

 そんな攻防の最中ミーミルの思考は先ほどの戦いの中にあった。


 ――動きは悪くなかった。


 特にラーケ。あの中では最も慣れている。人と戦うということ。何かを殺すということ。狩猟民族、奴隷民族、戦闘民族。そう呼ばれるラーケであるだけではない。もっと深い。

 何をその腹に抱えているかわかったものではないが、先ほどのやり取りからして勇者に対して並々ならぬものを抱いている。


 信用はしても良いだろう。勇者に関して、あのラーケは裏切らないとミーミルは判断する。何より飯が美味い。

 持っている資質自体も悪くない。磨けば光る原石だ。それも相当な。戦闘だけでなく、それ以外にもまさに万能というのが ふさわしいだろう。


 磨けば磨くほどあれは光る。百年に一人とは言わないがそれでも逸材であることに変わりはない。何より飯が美味い。

 ゆえにもったいないとミーミルは思う。もし全てを武につぎ込んでいたのならばとは思わずにいられない。というか、その資質をわかっていないのがもったいない。


 次にエルマード。言動はふざけたもの良いであるし、態度も柔い女好きであるがアレはあれで常に周りを見ている。

 射手としてはかなりのものだ。狩猟経験で培われてきたものであるため、動体に対しても静止体に対しても当てられる技術がある。聖弓の扱いだけは全然であるが、それもこれからの経験次第といったところだ。


 ただ、ドヴルとエルマードは同じ長命種だ。資質に関しては低い。伸びしろは少ないだろうといえるが、それは時間が解決することだ。

 短命種ゆえに高い資質を持つことの多い人間やラーケと比べたら長命種は才能あふれるというにはあまりにも長生き過ぎる。


 神が世界のバランスをとるためにでも設定したかのようであるが、長命種にとって才能の有無は関係ない。時間が全てだ。

 人間やラーケがかけることのできない時間をかけることができる。それが長命種の強み。そう考えると若いエルマードは戦力としては落第だろう。そこは機構聖弓とやらに任せるとしよう。


 最後にユーマだ。才能、並み。身体能力は馬鹿高い。元から鋼鉄を握りつぶせるほどの剛力を誇るミーミルですら機構聖鎚がなければ押し負けるくらいには強い。

 だが、それだけだ。本格的に戦いを見たわけではないがわかる。アレは戦う者ではない。平和なところで暮らしてきたのだろう。


 手は柔らかく、筋肉などは仕事をしてつけていたものではない。多少は鍛えられているようだが、それもここに来てからだということがミーミルにはわかる。

 最も落第。だが、聖剣を込みにすると違う。


「はは――」


 それはいつの間にか戦場に立っていることからも言えた。ありえないほどの急加速。ラーケのシオンが見せた裏霞をはるかに超える練度の踏み込み。

 まるで羽のように軽々と聖剣を扱い、ブロングスの群れを殲滅していく。聖剣の機能のひとつひとつを熟知して、その全ての無駄なく使っているように見える。


 飛翔する刃。それから放たれる高密度エネルギーによる飽和攻撃。もしその攻撃から生き残ったとしたら最悪だ。

 そこで死んでいた方がはるかに幸せだろう。延長される刃。蛇腹剣のように伸びる剣身は更なる変貌を遂げる。


 生じる刃。伸びるために分割された刃からさらに刃が飛び出す。それはさながら鎌のように逃げたブロングスを刈り取っていくのだ。

 刃は分割された刃の数だけある。遠くに逃げれば逃げるほど、刃の数は増え、その分痛みも増えるという残虐極まりない武装だった。


 だが、確実だ。苦痛が増えるということはそれだけ傷を抉るということなのだから。そして、それだけにとどまらない。

 飛翔する聖剣の刃、そこから放たれる不可視の弾丸。空間を抉り取る一撃が射線上に存在するあらゆる全てを消し穿つ。


 そして、爆光が爆ぜるのだ。世界すら両断しかねない聖剣の光。掲げられた聖剣から伸びる螺旋の光にブロングスは恐れ慄き逃げ惑う。

 しかし、その全てを聖剣は逃がしはしない。振り下ろされた爆光。延長された斬撃の一撃はどこまでも届く。遥か尾根の向こうに谷を作ったほどだ。


 もちろん、その一撃を受けたブロングスなど塵も残さず消滅した。これが聖剣。魔王を屠るために五百年以上も進化を続けて来た機構武装の神髄。


「ああ、確かにこれは倒せるな」


 ならばミーミルのやるべきことは決まった。


「決めたぞ、少年」

「は、い……?」

「オマエたちについて行ってやろう。勘違いするな、オマエの為でなどあるはずがない。オマエではなく、そこで眠っている二人を鍛えるためだ。オマエは鍛えても面白くないが、この二人は鍛えると、それなりに面白そうだからな」

「良いのか」

「いいはずがないだろう」

「…………ついてくんなよ」

「是が非でもついてこさせてもらうさ。さあ、そうと決まれば行くぞ、こっちだ。さっさとその二人を起こせ」

「どこに行くんだよ」

「楽しいところだ」


 そうミーミルは楽しそうに笑った。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 街道を北へ行くと深い谷がある。とても深く広大な谷には一本だけ橋が架かっている。

 術式固定された橋だ。渡れば、そこはもはや別世界に迷い込んだとでも言わんばかりの光景が広がっている。

 空気が変わる。

 澄んでいた空気は、おどろおどろしく重たいものへと転じているだろう。その空気に当てられたのか生息する生物も植物も変容している。


 わずかに整備された街道の両脇を覆うのは茨だ。漆黒に近い緑の鋭い棘を持つ茨が辺りを覆っている。それはどこまでもどこまでも続いている。

 かつては街があった場所ですら茨は覆い尽くして全てを呑み込んでいた。ここに住んでいる生物は黒の眷属と呼ばれるものだ。


 飛翔系の蝙蝠だとか、穴倉系の蟻であるとか。その手の魔物がここには住んでいるし住めない。通常の魔ですらほとんど住めない極悪環境。

 なにせ、瘴気が覆っているのだ。魔が分泌する物質であり、世界中に広がっているものでもあるが、もはやそれは同族ですら巻き込む猛毒と変わらない濃度。人間が足を踏み入れればどうなるかは言わなくともわかるだろう。まず間違いなく死ぬ。


 上位の魔であろうとも酔って中毒になるレベルの瘴気濃度とくれば立ち寄る者など誰もいない。至る所に毒沼が点在し、川は紫の何かが流れている。少しでも触れてしまえば死ぬ。そんな場所。

 そんな極悪環境を過ぎると、見えてくるのは城だ。漆黒の城。茨が絡みつき、骨で出来てるかのような不気味な城だ。


 城下町に住むのは、不死系魔族。スケルトン、ゴースト、ゾンビ。魔の中でも最も異形然とした種族たちが茨で覆われた街の中で暮らしている。

 大都市ではあるが、その大半が生存不能環境というそんなありえざる都市。魔の進行によっておそらくはもっとも変貌した場所だろう。


 そんな城に住むのは一人の魔だった。白銀の髪が魔素を受けて輝き、フードの下で血をこぼしたかのような赤い瞳と空を切り取ったかのような青い瞳が妖しく輝く女だ。

 漆黒の衣装は裾や袖がゆったりとしているが、きちんと手足を出している。武器を振るうに引っかかることのないように調整された袖は彼女が戦闘者であることを告げていた。


 城主レール・スプリッターは魔王が選んだ四天王の一人だった。


「シャーマンめ。余計なことを――」


 レール・スプリッタ―は忌々し気に虚空に呟く。虚空に浮かんでいるのは文字だった。それは魔王の言葉。魔王からの託宣。

 命令だ。これを為せという。内容は、力を示せ。マザー・シャーマンが動いたのであれば、他の四天王も動けというお達しだった。


「はぁ、面倒くさい」


 レール・スプリッタ―が何のために城を構えているのか理由を考えろと内心で魔王を罵倒する。単純だ。レール・スプリッターが城を構えたのはそこから出たくないからだ。一応の仕事としてあらゆる全てを飲み込む魔の瘴気を放ち、街を飲み込んでいる。

 それでやることはやっているとして今まで放置されていたというのに、マザー・シャーマンが動いたおかげでレール・スプリッターまでうごかなければならない。


 いいや、動いただけならばまだ良いのだ。問題は勇者と戦って、おめおめと逃げ帰ってきたことだ。飄々として逃げ帰ったことなどなんとも思っていないマザー・シャーマンと違ってそれを良しとしない魔も多い。

 ゆえに格好だけでも動かなければいけないのだ。魔とて感情を持つ。マザー・シャーマンが動いたのにほかの四天王が動かなければどう思われるかは明白だった。


 ゆえに、次はレール・スプリッターの番ということだ。だが、レール・スプリッターは動きたくない。そもそも生ける屍である彼女が何のためにそうなっているのかという話だ。

 答えは単純、何一つやりたくないからだ。死ぬことすらやりたくないからと拒絶した結果が不死身の王(ノーライフキング)としての再誕。


 魔王にたまわった機構武装が鞭なのもその場にいていろいろなものを手元に引き寄せることができるからだ。レール・スプリッターは何もしたくないのだ。

 だが、魔王の命令は絶対だ。従わなければ殺される。たとえ四天王であろうとも魔王にはかなわない。逆らえば容赦なく殺されるだろう。


 死すら拒絶したレール・スプリッターであっても魔王にはかなわない。拒絶した死ごと殺される。それが魔王だ。


「はぁ、ハーベイ・ウォールバンガーにやらせればいいのに」


 敵と戦うのならば彼の方が適任だろうに。なぜ先に自分に回ってくるのか。最悪だった。ずっとひきこもっていたいなにもしたくないというのに働けというのか。


「はぁ、でもやらないと」


 殺される。死にたくない。死ぬこともなく一生だらだらしていたいのだ。


「それもこれもマザー・シャーマンのせい。絶対コロス」


 あのふざけた人形劇の演出家は絶対に殺す。そう誓いながら寝返りを打つ。


「明日から、頑張ろう……」


 動くのは明日からでいいだろう。何も命令はすぐに実行しろと書かれていたわけではない。ならば、明日からでも問題はないはずだ。

 そう判断してレール・スプリッターは眠りにつくのであった。自らの領域に近づく存在がいることに一切気が付かずに――。



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