第23話 求める
風呂を無事に――途中、ミーミルが裸で出てくるなどと言った事件はあったものの――無事に済ませて見張りを立てながら順番に眠った翌朝。
「さて、ワタシは行く。朝飯もうまかった」
「それは良かったかな。でも、ちょっと待ってほしいかな」
「待たない」
「待ってもらうよ」
「待たない」
しかし、口ではそう言いながらまったくミーミルは行こうとしない。一応話は聞いてくれるということでシオンが話し始める。
「私たちの旅についてきてくれないかな」
「同行しない。なぜワタシがオマエたちについて行かないといけないのかなァ」
「その武器が理由かな」
シオンはミーミルの持つ鎚を指し示す。打撃部の中央に光の渦巻く宝石が付いている。それは機構聖剣や機構聖弓と同じものだ。つまりその鎚もまた同じ武器ということ。
それはユーマやルシアンも認めている。
「ああ、これか。機構聖鎚とか言ったね。だから? こんなもの勇者様には必要ないだろう?」
――ワタシは500年前を知っている。
そう彼女は言った。今年で600歳ほどになる。ゆえに、先代の勇者にも出会ったことがあると言っていた。その勇者は強かったとミーミルは言った。
ただひとりで魔の首を狩って、狩って、狩っていた。共などつけず、ただ案内だけつけてひとりで戦い抜いたのだ。
「勇者に共などいらんだろう? ああ、なんで、勇者に共なんているのか。なァ、邪魔じゃないのか。勇者」
「別に勇者に共がいちゃだめっていう決まりはないんじゃないかな」
「はは」
それは嘲笑だった。何を言っているんだこいつはという風に、そして、その笑みが消え失せた。
「オマエこそ何を知っているんだ? 勇者に共などいらんだろう。かつての勇者がそうだった。今代はそれよりも力が上がっているはずだ。そのはずなのに、なぜ、共なぞ連れている。まあ、それは良いとして、なぜワタシまで、オマエの共にならねばならない」
「必要だから。ユーマには、貴女の力が必要だから」
「はっ、はっはっは」
哄笑が天を突く。それはもうこらえきれないというように。おかしすぎる何を言っているんだと言わんばかりだった。
「――はぁ。面白いことを言うな。その勇者に必要か。はは。ならば、力づくで手に入れろよラーケ」
「おいおい、もう少し穏便に――」
「はは、穏便? ワタシが欲しいんだろう? なら、死ぬ気で来い」
「――どうしても?」
「どうしてもだ。ワタシがほしいというのなら力を示せ――」
「わかった――」
腰に差していた二本の聖剣の眷属を抜き放つ。逆手のままシオンは疾走する。姿勢を低く、それでいて速く。
そして、誰の視界からも彼女は姿を消した。刹那、ミーミルの背後へと現出する。
歩法・裏霞。
聖剣が用いる特殊歩法。相手の視界から消えるように高速で動き、相手の背後をとる。その様が霞のようであるから名付けられた勇者が伝えた歩法の一つ。
眷属であるとは言えど、シオンの持つそれにはそんな機能はない。単純に強い武器ということではあるのだが、シオンは裏霞を使って見せた。
上昇した身体能力もあるが、何よりユーマたちの戦いをずっと見ていたのだ。この程度のことはできる。ずっとユーマを見て来たから。
足全体で地面をけるように踏み込む高速の踏み込みによって背後へと移動。そのまま殴りつけるように眷属を振るう。
ここは拳打の間合い。巨大な聖鎚を満足に振るうことができない。
「はっ――」
そのまま背後からの拳打。そのまま相手の正面へ移動しての二度、三度の拳戟を接続する。この間合いではシオンも眷属を振るうことはできない。
しかし、ラーケの膂力が眷属によって強化されている。拳もまた立派な武器なのだ。二度、三度、殴りつけていく。
「―――」
強烈な一撃がミーミルを吹き飛ばす。
「――――っ」
「言っただろう。ワタシは固い女だと。いや、この場合は硬い女というべきか」
だが、ダメージを受けているのは殴りつけた方だった。殴ったシオンの手が無残にも血に染まっている。対して殴られたミーミルはまるで何ともないように無傷。
すさまじい衝撃音と打撃音がしていたというのに、まったく効いていないようだった。
「言っただろう。ワタシは鋼鉄の部族。そこいらのドヴルと同列に扱うなと」
「そうだね」
しかし、その傷も眷属を持っていれば瞬時に治る。
「はは――。そうか。そうなのか。はは――はぁ、そうかァ、そうなのかァ。はははは――壊れないのかァ。ああ、そうかァ」
それを見たミーミルの表情が笑みに変わる。恐ろしさしか感じない笑みだ。
「――行くよォ」
そして、踏み込んだ。
「――――」
その速度にシオンは息をのんだ。気が付いたら目の前にいた。速いとかそんな次元じゃない。見えなかった。認識すら追いつかない。眷属に強化された感覚ですら追いつかない。
たった一歩だ。ミーミルが立っていた地面が抉れて大穴が出来上がっている。それほどまでに強い踏み込みで砲弾のようにシオンの目の前に吹っ飛んできたのだ。そして、聖鎚を振りかぶっている。
その威力は見ただけで破滅的なものであることがわかる。シオンは下がるのではなく前に出ることを選択した。
刹那の間にシオンの思考は避けても無駄だということを悟った。だからこそ、前に踏み込んだ。姿勢を低く地を這うように、駆け抜ける。
振るわれる聖鎚の下を潜り抜けて逆手の眷属を振るう。響いたのは硬質な音だった。ミーミルは鎧などを着ていない。だが、刃が通らない。
確かに刃は黒衣を切り裂き、彼女の皮膚に達している。だが、そこで止まってるのだ。それはミーミルの種族特性と言えた。
ドヴルは鉱石の種族だ。石の部族、青銅の部族、鉄の部族、銀の部族、黄金の部族。様々な部族が存在し、それぞれの体はその鉱石や金属に近しい構造をとるのだ。
ミーミルは鋼鉄の部族。その身体は鍛え上げられた鋼だ。それが聖鎚で強化された。もはや並みの一撃では刃が通らない。
「手加減なんてするなよォ。ワタシは、そういうのが一番嫌いだ。殺すつもりで来い。でなければ、死ね――」
「はーい、なら本気で撃っちゃう」
「―――!」
放たれる不可視の弾丸。それは空間を抉りながら飛翔する。聖弓の砲撃。空間を抉り、何物をも貫通する矢だ。いかに鋼鉄ほどに難かろうともそれごと抉り取れば無意味。
「ならばもっと撃つタイミングを考えろ若いエルマード」
「――!? ――ァ!」
シオンが首をつかまれ地面へたたきつけるように投げ飛ばされると同時に振るわれる聖鎚が弾丸を弾く。同様の機構兵装であるためにその力は同等。互いに削り取ることは叶わない。
そこにシオンが再び踏み込む。逆手の眷属を身体を回転させて振るう。灼熱する眷属。振動し、あらゆる全てを切り裂かんと猛る。
それをミーミルが後ろに一歩下がることで躱す。無駄のない動き。ゆえに、回転のままに振るわれた足刀が顔面へと叩き込まれることになる。
轟音が鳴り響き、大地が割れる。
「おいおい、顔はおんなの命だろう。あまり狙わないでくれよ」
「なら、顔面で受けないでほしいかな」
シオンの頬をつつーと汗が伝う。完璧に入ったはずの足刀。しかし、ミーミルはびくともしていない。決して自分が弱いとは思わない。だが、相手が強すぎる。
これが長命腫だと言わんばかりの差がそこにはあった。少なくとも600年。彼女は生きて来た。その中でどれほど技術を磨いたのか。
だからこそ、
「ますますほしいかな!」
彼女がいればユーマはもっと楽になる。自分たちだけじゃどうにもできないような敵がいても、彼女はきっとどうにかしてくれるかもしれない。
協力者として是非とも協力してほしいものだった。ユーマの為に。
「断る――」
足刀が覇気によって弾かれると共に伸びて来た腕につかまれる。万力のような握力でつかまれ、そのまま振り回されて投げ飛ばされた。
そこに放たれる聖弓の矢。ルシアンによる援護、それをミーミルは聖鎚を振り回すことで弾き、マントを靡かせて踏み込んだ。
砂塵を巻き上げ一瞬にして前に来たミーミルに対しルシアンは矢で迎え撃つのではなく弓で迎え撃った。機構聖弓も機構武装。ただの弓ではない。それ自身が刃でもある。
振るわれる聖鎚に対して弓で受け流す。そのまま相手の膝を刈るように蹴りを放ちその首に向けて弓を振るった。
ミーミルは、聖鎚を脚元に落とし、それを蹴り上げた。回転しうちあがる聖鎚が聖弓の一撃をはじく。
「なぁ!? いくらなんでもめちゃくちゃでしょ!」
「そういうな。ワタシだって傷つく」
「傷ついてないくせに!」
「当たりだ」
打ち上げられた聖弓につれて腕が上がったルシアンに音がなるほどに握りこまれた拳が叩き込まれる。めきめきと何か致命的な音を響かせながら吹き飛び地面を転がるルシアン。
「んー、おい、勇者は来ないのか?」
「っ――――」
ユーマは仲間がやられていくなか動けずにいた。聖剣が反応しない。それはつまり、この女がまったく敵いなく戦っているということだ。
敵意がいないと聖剣は反応しない。それは敵ではないからだ。つまり、ユーマが動かなければならない。
「――――」
無理だ、とユーマは思う。恐ろしいのだ。ミーミルという女が。笑いながらシオンとルシアンを叩き潰している女が。
だが――。
「う、おおおおおおお!」
それでも行かなければならない。ユーマは勇者だから。
「なんだ、それ」
身体能力にモノを言わせて突っ込んで聖剣を振るった。言葉にすればただそれだけ。
「な――――」
聖剣はミーミルにつかまれている。びくともしない。
「おい、なんだ、それ。オマエ本当に勇者かァ? 先代は恐ろしかったぞ。戦うことしか能がないっていうような奴だった。敵対したら最後首を狩られるそう思った。それだというのに、オマエはなんだ、腑抜けているのか? 同郷だろう。同じ、ヒノモトとか言ったか。そこから来たんだろう? なァ、おい勇者――」
「し、知るかよ!」
無理やりに振り切った。めちゃくちゃに聖剣を振るって吹き飛ばす。
「ああ、確かに力は上がっているのかァ。そうかァ、そりゃ、残酷だァ。知ったことじゃないが――ふぅ、じゃあ、寝ろ」
掲げた聖鎚に雷撃が宿る。雲間から降ってきたいつかどこかで見た輝きを纏った聖鎚が振り下ろされ、すべては光に染まった――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
勇者一行を手加減してきっちり吹き飛ばしたミーミルは転がっていた勇者一行を回収してその辺に寝かせる。
それから座って火を起こす。戦っていてすっかりと腹が減ってしまった。何か作るつもりだった。
「――っ」
ふと、その時にユーマが目覚める。
「おはよう」
「…………」
「おやおや、嫌われたもんだねェ」
「おまえ、なんのつもりだよ」
「何のつもりもない。仕掛けて来たのはそっちだろう」
それはそうであるが、穏便にすませようと思えばできたはずだろう。そういえば、
「言っただろう。力を示せと。ワタシがほしいのならそれ相応の力を示せといっただけだ」
「じゃあ、なんでまだいるんだ」
「なんだ、寝たままにして魔に襲われても良かったのか?」
「良くないけど…………あんたには敵意を感じなかった」
敵意がないから聖剣は動かなかった。ならば、いったい何を想って、この女は戦っていたのかとユーマは思う。
戦闘中はあれほど怖かったミーミルは今はまったく恐ろしくない。
「約束なんだ。勇者にまた会ったら今度は一緒に連れて行ってもらうってね。まあ、ワタシがした約束じゃないんだが、友人の頼みだ。聞かないと嫌な女になるだろう? だからこうして500年、オマエたちが来るのをワタシは待っていたんだよ」
「なんだよそれ…………」
――それじゃ、まったく戦う意味はなかったということじゃないか。
「なんだ、いいじゃないか。良い運動だろう」
「一方的にぶっ飛ばされたんだけど」
「手加減はした。それに、機構武器とその眷属を持っているんだ。そのくらいの怪我なら問題ないだろう。既に治っているはずだ」
確かに全ての傷はもう治っている。だが、ユーマはその分だけ何か得体のしれない何かが体の中を這いずっているような言い知れぬ感覚を感じるのだ。
ルシアンやシオンたちが感じていない奇妙な感覚を。
「…………」
「そう落ち込むなよ勇者だろう。勇者なら、前だけ見ていろ。戦だけ見ていろ。他人など気にせず、己の為すべきことだけを見ていればいいんだよ」
「……」
「それくらいで勇者ってのはちょうどいい。一人で魔王なんていうものに挑む馬鹿でいるくらいがな。他人を気にしていたら潰れるぞ、特にオマエはな」
所詮、ひとりの人間に世界なんてものは背負えない。聖剣の勇者だからと全てを救う必要などないのだ。勇者に求められているのは魔王の討伐。ただそれのみだ。
「なぜ、勇者の旅がまっすぐ西に向かっているか知っているか?」
「いいや。あんたは知ってるのかよ」
「知らないね」
「……本当は?」
「これでも600歳だ。知らないことの方が少ない。まあ、飯ができるまでの暇つぶしに教えてやろう勇者」
どこからかだした食材をミーミルが切り刻んでいく。てきとーだった。やり方を知らないのかめちゃくちゃに切って、すべて鍋にぶち込んでいる。
この時点で匂いがヤバイ。料理ではあるが、生臭く、獣臭い。正直、ユーマは話しどころではなくなっていた。だが、ミーミルは構わず話を続ける。
「魔王を倒すためだよ。勇者は、人を救う者じゃない。魔王を倒す者だ。だから、先代の勇者も民のことは気にしてなかったな。立ち上がれとは言っていたし、無駄に扇動して魔の大群に民草を率いて突撃なんてしてくれたが、基本的に勇者は魔王を倒すことだけを期待されている。
街を取り返そうが、取り戻そうが、そんなものは全部王様を名乗るやつの思惑なのさ」
「……俺は、魔王だけ見てろって?」
それは勇者としてどうなんだと思う。世界を救うために戦っているのに、他の人のことなど考えずに魔王を倒すことだけを考えるなんて、勇者のやることではないのではないかと思うのだ。
だが、ミーミルはその考えを笑う。
「馬鹿か、貴様。貴様ひとりで世界の全てを背負えるつもりか? 驕るのも大概にしておけ。勇者に選ばれ魔王討伐の役割だけはおまえに押し付けられたがそれは、聖剣が勝手にしたことがワタシは知らんが、聖剣が望むのは魔と魔王を倒すことだけだ。それだけやれば貴様の役割は終了だ」
「魔王を倒せば、終わり?」
「そうだ。魔王を倒すことが世界を救うことと同義だ。魔の性質は知っているだろう。一番上さえ倒してしまえば、終わるんだよ」
「…………」
だからこそ、世界を救うというのなら可及的速やかに魔王を倒すことが大事なのだ。だからこそ一直線に魔王の城へ向かう。
ほかに目をくれてやる義務はない。必要なら助けるが、必要でないのなら何もせずまっすぐに魔王の城を目指すべきなのだ。
「そこのラーケの女もわかっているだろうに、ここに来たのはなぜだ。なあ、勇者」
「……俺が情けないからだろ……」
「はは。なんだ、オマエ、可愛いなァ。壊したくなってくる。さて、できた。食うか?」
差し出された椀の中に入っていたのは泥だった。一見して泥だった。昨晩シオンが料理に使ったのとほとんど同じ食材が使われている。だというのにこちらは泥だった。
「なん、だ、これ……」
「スープだ。いらんのならワタシが全部食うが」
「…………」
せっかく出されたものである。断るわけにはいかないとひとくち食べる。
「―――!?」
度し難い味がした。まさに泥を食べたかのような触感。ひとくち嚥下するたびに喉と腹を突き抜ける爆発に身体を折る。
脳が味を感じることを拒否したかのように無味であるが、ただ生臭く青臭いことだけが脳を直接刺激する。異世界の料理はまずいがここまでまずい料理には出会ったことがなかった。
「なんだ、まずいか。そうだろうな。そっちのラーケの飯はうまかったからな」
「あ、ひ、あ……」
ろれつが回らないほどのまずさだった。
今回から週間更新にします。リアルの事情故です。申し訳ありません。毎週土曜日に更新したいと思います。
これからもよろしくお願いします。




