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第22話 ミーミル

 それの出現は突然だった。聖剣すら反応せず、誰かの接近に対して敏感なシオンがまったく気が付かず談笑したままでその背後に顔を浮かばせているという異常事態。

 そう、暗闇の中に顔だけが浮かんでいた。笑みを浮かべた顔。ホラーゲームやホラー映画の幽霊や悪霊のようにも見える顔がそこに浮かんでいるのだ。


「――――!?」


 突如、浮かび上がるように現れたその顔にユーマは飛び上がらんばかりに驚いて固まる。聖剣が反応しなかったこともそうだが、ここまで接近されてシオンすらも気が付かないことにただひたすら戦慄する。

 それに加えて聖剣がまったく反応していないのだ。つまり敵意がないということだが、そんなことが信じられないくらいに恐ろしい顔だった。


 井戸のそこから這い出してきた怨霊とか言われても信じるくらいだ。それがただじっとユーマの方を見ているのだ。

 思わず持っていた皿を取り落としてしまったほど。それに顔が反応したような気がした。そのおかげでまったく身動きができない。


 幽霊とかいるわけないだろ、と言ってホラーなんて問題ない。問題ない。まったく怖くないと言ってきたユーマであったが、実際にそれっぽいものに遭遇して初めて、心の底から恐怖を感じた。

 魔を相手に感じる恐怖とは根本のベクトルが異なる異質な恐怖。物理的ではない直接精神に訴えかけるような恐怖にただただ脂汗が流れ続け身体の方が勝手に震える。


「――どうしたのユーマ?」


 だらだらと汗を流すユーマにシオンは首をかしげながら聞く。その事実を口に出すことだけはユーマはできそうになかった。

 だから、ユーマはただ震えながらシオンの背後を指さした。そこにあるものを見てくれという意思をせめて込めて。


「後ろ?」


 後ろをシオンが振り返る。そこには何もない。必然として視界は徐々に上に。そして、そこ浮かんだ顔と目を合わせた。

 何度か瞬きを互いに繰り返したところで、


「こんばんは」


 まさかの顔の方が挨拶をしてきた。どこか冷たさと硬さを感じる金属のような鋭利な凛とした声だ。少なくとも話が通じない相手ではないようだった。だが、脂汗は止まらない。

 さすがのシオンもこの状況は驚きだったのだろう。ぴしりと石化したように固まったかと思うとようやくという風に挨拶を返した。


「こ、こんばん……は……か、な」

「――――!?」


 その段になってようやくルシアンも反応して聖弓を構える。


「驚かせて済まない、いい匂いがしたものでねェ。ワタシは我慢ができない性質なんだ」


 撃たれてはたまらないという風に、ぬらりと暗がりから光の届く範囲に入ってくる。それはマントを着た鈍色の髪の短い女だった。

 二メートルを超す長身で浮世離れした美しさの女。その容姿から男かとも思ったが、黒のマントの隙間から除く細身ながらも出るところは豊満な肉体とルシアンのレーダーが女だと認識したので女だと断定した。


 黒のマントに黒衣。暗がりで妙に白い顔だけが浮かび上がるのも必然だった。何やら棒の突き出した釜のようなものを背負っており、旅でもしている風だ。

 この時代、旅をしていることは異常だ。だからこそ怪しい。魔を相手にしても問題ないほどの使い手であることは少なくとも確定だ。


 聖剣が敵として反応していないので敵意がないことだけは確かだが、同時に何かを感じるのだ。機構聖剣が感応しているようなそんな気配がする。

 とりあえずは話ができそうであったためユーマがなけなしの勇気を振り絞り聞いてみた。


「あ、あの、あなたは」

「――名乗るほどのものじゃない。ただのしがないドヴルだよ」

「ただのしがない、ドヴル?」


 そうただおうむ返しのようにつぶやいた。

 ドヴル。シオンに聞いた話では長命腫のひとつであり、鉱石種と呼ばれる種族。部族によって異なるが身体が石や鉄のような種族であり、自らと似た鉱物の扱いに長けると言われている。


 かつてアクシアの街でみた共鳴剣オルゴールブレードを作り上げたのも彼らの技術者だという。機構聖剣を見て解析して作り上げたというのはドヴル最大の功績だと言われている。

 そんな種族にあるのは二人目だ。トミントゥールの忌まわしい記憶が思い出される。吐き気がして思わず口を押えた。


 そんなユーマに女は唐突にたたきつけるように言う。


「ミーミル。鋼鉄の部族だ。そこらのしがないドヴルじゃない。言葉には気をつけることだ」

「は?」


 言っていることが真逆になっていた。自分でしがないドヴルと言ったくせにおうむ返しのようにつぶやいたら突然言っていることが逆になった。

 そのいきなりの変貌に目が点になる。ミーミルと名乗った女はそんなユーマたちのことなど眼中にないのか、その視線は鍋に向いている。


「それより、せっかくだ何か食わせてもらいたいものだ。ワタシは腹が減っていてね。なに、ただとは言わない。ワタシの自慢の風呂に入れてやろうと思うがどうだ?」

「シオン?」


 どうしようという風に助けを求めることも兼ねて彼女に託す。その意図を正しく受け取った彼女は頷いてこほんと咳払い。


「ええと、ミーミルさんだっけ。ここで会ったのも何かの縁だろうし、まだ残っているから食べていくといいかな」

「ああ、ありがたいねェ」


 そう言って釜を降ろし、中から大きな椀を取り出してシオンに手渡した。


「はい、どうぞ」

「いただこう。鋼鉄の部族、我らが神に感謝を――」


 祈りを捧げて、そして彼女はすさまじい勢いで食べ始めた。


「…………」


 それを黙ってユーマたちは見ていた。どう行動していいかがわからないのだ。一応、悪人ではないのだろうとは思われるのだが、それでも完全に信用することはできない。

 もう少し情報が必要だった。


「あ、あの、どうですか?」

「どう、とは?」

「美味しい、ですか?」


 シオンがおずおずと聞く。ここから会話を広げていこうというつもりなのだろう。だが、その魂胆は彼女にバッサリと切り捨てられる。

 いや叩き潰されたと言っていい。


「まずい」

「まずい!?」


 いきなりのまずい宣言にぴしりとシオンが固まる。シオンは料理がうまい。それはルシアンの味覚が証明しているし、ユーマもおいしいと思っている。それは間違いのない事実だ。

 だが、ミーミルという女はばっさりとまずいと言い切った。それに少なからずショックを受けて、


「いや、うまい」


 シオンがまずい!? と驚いた途端言っていることが逆になった。


「え、うまい!?」

「まずい」


 そして、また入れ替わる。


「――えっと、どっち!?」

「……うまい」

「…………」


 シオンが珍しくギギギときしんだ機械のように首だけを動かしてユーマとルシアンに助けを求める。ルシアンは最初からお手上げというように両手を上げて顔を背けるた。

 シオンの視線はユーマに。


「うえ――!? ええと、ええと――あ」


 必死に何かないか考える。

 言っていることが逆になる。まずいと言ったかと思うとうまいという。うまいといえばまずいという。そのやり取り見て、ふとユーマは思いついた。


 ――もしかして天邪鬼ってやつなのか?


 確かめてみるかとユーマがまた勇気を振り絞りもう一度聞く。


「それ美味しいですよね」

「いや、まずい」

「……そうですよね、まずいですよね……」

「いいや、うまいぞ」


 ――予想通りだった……。

 ――面倒くせぇ……。


 この女は天邪鬼なのだ。ただ言われたことに対して逆のことを言っているだけ。ユーマは肩を落とす。ただ問題は本当は何を思っているのかわからないことだった。

 ただ少なくとも敵意はないことだけははっきりしていた。聖剣が動いていないのだ。少なくとも敵ではない。怪しいことに変わりはないが。


「――はぁ」

「どうした少年。溜め息などはいて、幸せが逃げるぞ」

「誰のせいだと誰の!」

「ワタシだ。良かったな、逃げた幸せは、ワタシの幸せになった」

「こいつ!」

「まあまあ、ユーマ、落ち着いて。あまりうちの勇者様をからかわないでほしいかな」

「からかっていないさ。これがワタシというだけの話だ。それで、オマエたちが噂の勇者様御一行という奴か。こんなところにわざわざ来てくれるとはご苦労なことだ」


 なんだこいつとユーマは思った。天邪鬼であるし、まるでユーマたちを馬鹿にしたような態度をとる。世界を救うために戦っているというのに。


「不満そうだな勇者」

「…………」

「ワタシは貴様のような子供が嫌いだよ」

「俺もおまえが嫌いになったよ」

「そうか、ワタシはおまえが好きになったよ。可愛いところもあるじゃァないか」

「…………」


 何を言っても無駄。逆に返される。本心は一切わからない。


「何考えてるんだ、おまえ」

「何も考えていない」

「……ここで何も考えてないんだなって言えば、おまえはどうせ考えているとでも答えるんだろ」

「答えないよ。ククク。オマエは面白いなァ」

「こっちは面白くない」

「ワタシは面白い。一応断っておくが、これは昔からの癖みたいなものでね。人の言うことには常に逆に答えてしまうんだよ。誓約、まあ、約束みたいなものさ。気にしないでくれ。私は頭の固い女でな一度決めたことは変えられんのさ。――さて、じゃあ、礼をしてやる。風呂を沸かすしばしまっていろ」


 食べ終えた彼女は風呂釜を丁度良い場所に置く。その下には風呂釜の中に入っていた。棒を取り出す。それは巨大な鎚だった。

 打撃部分の中央に光が渦巻く宝玉が存在する。まるで聖剣のような鎚だ。それを風呂釜の中から取り出すといつの間にか風呂釜の中には水がたっぷりと入っていた。


 重いだろうにミーミルはそれを苦にした様子もなく片手で持ち上げたまま今度はその鎚を地面に置くとそのうえに風呂釜を置いた。

 鎚が赤熱し、風呂を沸かしていく。それを見て、ルシアンが耳打ちしてくる。


「ねえ、ユーマあれって」

「うん……そうだと思う」


 機構武器だ。聖剣や聖弓と同じような。機構聖鎚とでもいうべきものだろう。


「それを風呂沸かしに使うってどうなんだい?」

「いや、駄目だろ、普通」

「ん、これが気になるのか。便利だろう。いつでも水が出せるし、どこでも火を起こせる。風呂沸かしに便利だ。ワタシは風呂好きでねぇ。旅の途中だろうとなんだろうと毎日入らないと気が済まないのさァ」


 一応は、伝説に謳われるであろう武器が風呂釜に敷かれている。この武器たちを作ったやつもまさかそんな使われ方をしているとは夢にも思うまい。

 ユーマがやろうと思えばできるだろうが、こんな使い方なんて思いついてもやらなかっただろう。本当につかみどころというか何を考えているのかわからない女だった。どこが頭の固い女なのだろうか。


 しかしだ、風呂に毎日入りたいのはユーマも同意だった。慣れてきたとは言え度水浴びでは限度があるし、水浴びもできない時が多い。

 急ぐ旅、余計なことをしているひまなどないと思って幾ら気を焦られせても風呂に入りたいと思ってしまうのだ。風呂は汚れを落とすだけでなく疲労回復にもなるし、心の整理をつける時間にもなる。


「さて、沸いた。一番風呂の栄誉を譲ってやるとしよう少年。入ると良い」

「良いのか?」

「駄目に決まっているだろう。一番風呂はワタシのだよ」

「本当はどっちなんだ」

「キミにあげるとも。言っただろう。こういう性分なのさ。これをもう四百年は続けている。もう変えられないのさ。私は固い女だからね。さあ、入り給えよ勇者」

「勇者でも少年でもない、ユーマだ。けど、ありがたく入らせてもらうよ」


 そう言ってシオンとともに仕切りを作ってその向こう側で服を脱ぐ。湯に手を突っ込むと丁度良い熱めの温度。ミーミルから借りた桶で水を一度かぶって、汚れをできるだけ落としてから湯につかる。


「ふぅ……」


 自然と息を吐く。久しぶりの風呂。野外ということで露天風呂風。希望を与えてくれるかのようなあたたかな湯に身体だけでなく心まで温かくなっていく。

 いい湯だった。二メートルを超す身長のミーミルに合わせて作られた風呂はユーマがゆったりとくつろげるだけの大きさがあったのもあって実に気持ちが良かった。


 目を閉じれば風の音と川の流れる音、火の爆ぜる音が聞こえる。静かな夜だった。魔に脅かされているとは思えない。

 だが、忘れてはいけない。こうしている間にも多くの人たちが魔に脅かされて殺されているかもしれないのだ。あのトミントゥールのように。


「――――」


 地獄を思い出して吐きそうなってえずく。何とか吐くのを堪えて息を吐いた。先ほどの軽い息とは違う重い息だった。

 頭を振って嫌な気分を振り払う。前に進まなければならないのだ。どんなに辛くてもきつくても。勇者はユーマしかいないから。


「あがるか……」


 風呂から上がり身体を拭いて着替えて戻ると次はシオンが入るようだった。シオンと交代して火の前に座る。

 なるべく火に集中する。仕切りがあるとはいえ、あまり離れると問題なので風呂釜は近くに置いてある。つまり衣擦れの音が聞こえるのだ。


 彼女の服を脱ぐ音が妙に冴えて聞こえる。ルシアンがいろいろと旅の間に行ってくるから妙に意識してしまうのだ。

 ばしゃりと音がして彼女が湯につかったのがわかった。それを見計らってか、案の定となりにはルシアンが座ってきた。


「さて、行こうか」

「おい」


 何に行くのか聞かなくてもわかった。覗きである。


「一人で行けよ」

「おっと、勘違いしないでくれよ。僕は見たいわけじゃないんだ。きみと一緒に覗きがしたいだけなんだ」

「俺を巻き込むなよ」

「なんだ、キミたち覗きがしたいのか。女日照りか」

「このイケメンを捕まえて何を言っているんだい? 僕はモテるのさ。君もどうだいミーミル? 可愛い名前だ。僕と一晩の――」


 言葉の途中でルシアンが押し黙った。ミーミルの顔は恐ろしいまでに笑顔だった。だが、そこに感じられるのは恐怖しかなかった。


「冗談、冗談」

「ワタシは冗談が嫌いだ。自分で言うのは好きだが。言われるのは殺したくなるよ」

「殺さないで―!」

「殺す」

「やっぱり殺して―!」

「誰が貴様なんぞ殺すものか」

「あははは、面白いねぇ君」

「貴様ほどじゃないな。さて、覗きだったな。ほれ」


 唐突にミーミルが手を伸ばしたかと思うと仕切りを地面から引っこ抜いた。


「ん?」


 仕切りが取り除かれ風呂釜に入ったシオンの姿が丸見えとなる。背をあちら側に向けているのでユーマたちに見えるのは体の正面。

 大部分は湯と風呂釜に使っているが、ちょうど伸びをしていたところだったのか、胸が張られてしっかりと見えていた。


 瑞々しい健康的な肌に女性らしい柔らかさが同居したしなやかな裸体がそこにある。


「なに、どうしたの? なにかあった?」


 見られているというのに恥じる様子のないシオン。


「い、いひゃ、なん、なんでもない!」


 脳内フォルダに一瞬で焼き付けて顔をそらしたユーマ。顔が赤くなっているのがわかる。


「そう? あと覗きたいのならこそこそするより堂々と来てほしいかな。私にもいろいろとあるから」

「と、とりあえず、ミーミル、戻してくれ」

「いやだね」


 そう言いつつも彼女は仕切りを戻す。


「はぁ……」

「うん、やっぱり良い身体してるよねシオン――って、あたぁ!?」


 とりあえず一発ぶん殴った。


新キャラ登場。それから新しい機構武装も登場。


旅はまだまだ続きます。

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