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第21話 眷属

 魔王という存在の復活が示唆されたのは、今より20年は昔のことだ。旅芸人の一座の女が予言として呟いた。そう今や亡き、王に娶られた女が残した言葉である。

 それから5年。魔王は復活し、世界は魔と分厚い雲に覆われることになった。魔は日の光を嫌う。その下ではあらゆる魔は力を失うのだという。


 ゆえに闇の中、雲の下で魔は活動する。その絶対的な不死性の前に魔は瞬く間の間に数々の国を蹂躙せしめた。西から東へと、リードヴェルンまで。

 しかしリードヴェルンは魔に備えることができた。予言を利用し、勇者の再来すらも予知された。ゆえに魔を押しとどめるべく戦があった。


 それは12年は昔のことになる。大軍勢となりて襲う魔の軍勢に西の長城にてリードヴェルン王国は迎え撃った。

 機構聖剣を元にしたというドヴルのあらゆる兵器を用いての戦。超常の戦が幕を開ける。負けぬはずだった。備えをしたのだ。負けるはずがないと誰もが思っていた。


 諸侯ですら軍を出した。魔は強大だが、それでも何とか戦えていたのだ。だが、結果として、人類は負けることになる。

 その敗北は、魔王の参戦というただひとり、個人の力において行われた。いや。それは正しくない。正しくは、ただ一つの言葉において終わったのだ。


 おびただしい量の血が流れ、緑の平原が人間の赤と魔の黒に染まった頃。それでもなお戦は終わらずに泥沼の地獄が作り上げられていた頃。

 ただ一つ、闇とともに言葉が降ってきたのだ。


『疾く平伏せ、魔王の降臨である。汝らの死を以て祝福せよ――』


 傲岸不遜な言葉だった。死を以てあらゆる者に祝福せよと宣うその傲慢。まさしく伝説に謳われる魔王。言葉一つで生命の一切を殺す魔力に人類は敗北したのだ。

 ただのその一言でその場にいたあらゆる生命は死を迎えた。あらゆる全て血だまりに沈み、土、岩、木すらも死に絶え灰と化す。


 灰の平原とのちにこの決戦場は名付けられることになる。今やそこには、何一つありはしない。そこでは不死者すら生きることは叶わぬのだから。

 だからこそ数年前、勇者の到来を王女が予知した時、王都に走ったのは希望だった。あらゆる絶望の雲海が世界を覆う中に降臨する陽の光。


 勇者が魔を滅ぼした先が晴れ渡るのはそういうことだ。魔を払い光をもたらすまさしく希望。

 今代の勇者の名は、ユーマ・サトゥ。

 異世界より来たりし、聖剣の勇者だ――。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 トミントゥールを出てから一週間が経過していた。あそこにいたヒトたちは全員助からないと言われてもやはりユーマの気は晴れることはなかったが、それを隠してユーマは旅を続けていた。

 諦めたいと思い、泣くほどつらくともユーマは進むと決めたのだ。レエーナの為に。絶対に魔王と倒すという約束の為に。


 ならば、そんなことを気にしているひまなどない。世界の危機は未だに続いている。晴れぬ雲から空を取り戻し世界を光で照らす。勇者は立ち止まっている暇などないのだ。

 旅を続けて滅亡まで時間がないことが悟ることができた。行きつく村、街、その全てが魔により滅ぼされていたのだ。


 無事だと思われるのは諸侯の領地の首都ばかりだろう。そういう場所ならば人が多くそれだけ戦えるものも多い上に防備もしっかりしている。

 この状況でも残っているかもしれなかった。いや、残っていてほしいと少なくともシオンは思っていた。


「やっぱり、少し休んだ方がいいんじゃないかな?」


 本来ならば村や街で休みながらや物資の補給をしながら進みたかったのだが、ほとんどの村と街が滅ぼされていた。

 そのためロクに休息も取れていないし、最近では物資の節約の為に料理の量も質も落ちている。その中で連続の戦闘が続いているのだ。


 少しでも休憩を多めにとって体力の回復を行うのが得策だと彼女は判断するが、


「大丈夫だ。先へ行こう」


 ユーマはそれを聞かず先へ進もうとする。その様子は鬼気迫るものがあった。


「でも、もう何度、襲撃されたか」


 先ほどの戦闘も合わせて襲撃の回数は十度を超える。ほとんど日中、夜中すら休む間がないほど魔に襲われていた。

 聖剣と聖弓がそろっている今、この前のマザー・シャーマンほどの敵でない限りは問題ないと言えど襲撃の数が多いために、疲れは確実に溜まっているはずだった。


「ユーマ、シオンの言う通りだよ。急ぐのも大事。けれど、休むのも大事だよ。てか、休ませて僕は疲れた。

 明日には、諸侯の一人、メルビール州の首都カジュールに入れるんだ。まだ何とかなってる街だよ。ここで倒れたらそれこそ大変だ。僕を待っている女の子の相手もしなきゃいけないんだから。ユーマも一緒にね」


 と肩を組んで無理やりにユーマを座らせる。そして、いざや行かん女の園へ! とユーマの手を勝手に持ち上げて振り上げさせる。

 えいえいおーと振り上げさせて、勝手に一緒に娼館に行くことが決定していた。


「おい――って、それはしねえよ!?」

「何を言うんだい、まったく。約束しただろう。女の子を、紹介すると! それとも僕で男になるかい?」

「してねえしやめろ!?」

「ふふ――」


 そんな二人のやり取りをシオンはほほえましく見ながら。食事の準備を進める。メルビール州に入ってからも魔が多くろくにとれるものはないが今日は違う。

 メルビール州の首都カジュールは北の霊峰から流れ出す雪解け水が川となって流れ込んでいる。そのため川が首都を突っ切っているのだが、その川の水はキレイであり、都市を迂回させている迂回路の方は魚類が豊富なのだ。


 つまり今日は魚が取れた。大振りのカジュマスと小ぶりだが数の多いハムキミオが大量だ。何よりすごいのはこれだけの魚を綺麗に撃ち抜くルシアンの弓の腕だった。

 どの魚も内臓を傷つけないように取り出し、キモの方は燻してからミーオというユーマがみそと言った調味料を塗り込んで保存食にする。


 それから身の方の調理だ。カジュマスの方は、身を切り分けて半分は持ってきたフライパンを使ってそのまま塩焼きにし焼きあがったらさらに移す。

 もう半分はそのままフライパンでハシュ――ユーマが醤油のようだと言った調味料――をかけて香草をいくつか投げ入れて煮込み焼きにする。それとは別に川べりの食べられる草を細かく切ったハムキミオと和えてもう一品。


「こんなものかなぁ。ふたりともできたよー」

「やー、いい匂いだ」

「ああ」

「さあ、いっぱい食べて。ルシアンのお手柄だよー」

「いただきます」

「神々に感謝を」


 各々が祈りをささげて食事を始める。


「久しぶりの魚だ。ああ、おいしい」

「良かった」


 味の方は現代のそれとはくらべものにならないが、野宿生活ももう長い。ユーマの舌もようやくこの世界に順応し始めシオンの料理のおいしさがわかるくらいにはなっていた。

 何よりハシュとミーオが日本を思い出させる味でいつもよりもおいしいと思えた。食べた瞬間に広がるのはどこか懐かしい味だ。異世界でも似たような味があることを不思議に思いながら咀嚼すればほくほくとしたハシュがほどよくしみ込んだ身がうまい。


「ユーマはハシュとミーオ好きだよね。もっと早く使えばよかったかな」


 滅んでいた村で手に入れたもので、手に入れてからはユーマが気に入っているためか結構な頻度で使ってくれる。

 一度だけユーマが頑張って作った味噌汁が今あれば良いなとも思うがミーオはそれほど量がないのであまり使えないのが残念だった。


「おいしいねー。そうだ、シオン。聞いていいかな?」

「なにかな?

「どうして行き先を変えたんだい? 本来ならもっと西に行くはずなのに、どうして北に?」


 ルシアンがふとシオンに問う。一行は本来なら西へ進むところを北に折れていた。目的地を変更していたのだ。

 本来であるのなら今頃はイシュー湖畔にあるメーベルと呼ばれる街に向かっているはずだったのを北のヘーゼルに切り替えたのだ。ヘーゼルはカジュールの先にある村だ。


「んー、個人的なことで申し訳ないんだけど。武器と仲間を探そうと思って」

「武器、仲間?」

「そう、いつまでもユーマとルシアンに無理させちゃうわけにはいかないからね。ソノラの村と同じ塔を守る村っていうのが三か所あるの」


 このリードヴェルンには神代の時代から建っている塔が四本存在していた。王城のある王都にひとつあったが現在は王城となっている。

 残りの三つがソノラ、北のヘーゼル、南のカモーラだ。その三つが塔のある村として有名なのである。ソノラには機構聖弓があった。王城には聖剣だ。そのことから考えるとヘーゼルとカモーラにも何かあるのではないかと思ったのだ。


 そこで西に存在する魔族の領土に向かう前に戦力を強化するべくヘーゼルとカモーラを目指すことにしたのだ。

 先にヘーゼルに向かうことにしたのは距離が多少近かったためと雲が比較的に薄く見えたからだというのが理由だった。


 それをシオンが説明するとルシアンが納得したように頷く。


「なるほどね。確かに、ソノラの塔に機構聖弓があったということは、他の塔にもそういうものがあるかもしれない。そういうわけだね」

「そう。機構聖剣、機構聖弓。それぞれ人間とエルマード。ならもしかしたらドヴルとラーケにも何かあるのかもしれない。もしそういうのがあるのならユーマにもう少し楽をさせてあげられるからね」

「じゃあ、行き先を変えたのは俺の、為……?」


 思わず泣きそうになった。


「ううん、違うよ。私の為かなー。見てるだけは嫌かなーって。北はドヴルの部族が多いからもしかしたらドヴルにしか使えない可能性はあるけれど、私が使えなくてもそこにはルシアンみたいな担い手がいると思うから、行く価値はあると思うんだ」


 トミントゥールでは、何もできなかった。だからこそ、武器を求めるのは至極当然のことだった。シオンはそれなりに戦える。

 だが、やはり通用する武器というものがないと厳しいことに変わりはない。


 もし使えずとも使い手はいるはずだった。機構聖弓がそうだったのならば他にも存在する塔にある何かが担い手手を選ばないとどうしていえるだろうか。

 それが希望的観測。楽観的な想像だとシオンもわかっている。だが、それでも求めずにはいられないのだ。


「何もできなかったのは僕もなんだけど」

「それでも武器が強ければって思ったかな。それに、ルシアンは弓だからね仕方ないよ。役割が違うもの」

「そうだな。ルシアンは後ろからのサポートが主だろうし」

「そう、もしここで近づいても使えるような武器があればって思ったの」

「それなら……」


 ――それなら、聖剣の機能の中にあったな。


 おあつらえ向きの機能が聖剣にはあることをユーマは思い出す。記憶の中にある知識がユーマの意思を無視するように勝手に思い出される。

 その感覚はやはり気持ちが悪いものだ。トミントゥールをでてから傷つくたびに身体の調子が良くなることからも不気味で仕方がなかったが、好都合ではあるので無視するようにしていた。


 思い出されたのは眷属を作り出す方法だった。聖剣が生み出す聖剣の欠片。それを眷属と呼ぶ。聖剣には劣るが、同種の力を持ち。

 それが新しく芽吹くのであれば新たな聖剣を生み出すことができるという代物だユーマの頭の中にはある。


 それならばシオンの希望を叶えられるのではないだろうか、そう思ってユーマは提案する。


「眷属はどうだろう」

「眷属? なんだいそれ」


 眷属について知らないルシアンが聞く。


「俺もよくわかってないんだが、聖剣の機能のひとつなんだ」

「ああ、剣聖ゼクスと同じものかな?」


 それを聞いたシオンがピンときたのかゼクスの名を告げる。


「たぶん、そうだと思う」


 聖剣の眷属を持つゼクス。レエーナに聞いた名前だ。ルシアンもその名前は聞いたことがあるのか、聞いた瞬間に納得したようだった。


「なるほどね、そういうことか。わかった。それなら確かに有効かもしれないね」

「うん、だから、眷属が作れるのならやってもらいたいかな」

「良いのか……?」


 戦うことは辛い。それはユーマが身に染みてわかっている。それをシオンにやらせてもいいのだろうか。そう思う。


「うん、私がしてほしいの」


 シオンはまっすぐユーマを見ていった。泣いている子供を見ているだけなどラーケとしても女としても看過できるものではない。

 だからこそ力を得ることができるのであれば、躊躇うことなどなかった。それが聖剣の力の一端。眷属として人の生を歩めなくなってもだ。


「――わかった」


 聖剣を自発的に使う。それは初めてのことだ。失敗しないだろうかと不安になりながらも頭の中にあるやり方を思い浮かべる。

 聖剣はユーマの意思に従い、すんなりと眷属を生み出してみせた。柄の部分にある宝玉が光り輝き内部に渦巻いていた光が外へ溢れ形を作る。


 それは小さな箱のような形をしていた。想像していたのは剣が出てくることだったが、予想外だった。ただの箱にしか見えない。

 継ぎ目はなく、何か入っているようなものでもない。見た目よりもはるかに思いが、それくらいであり何に使うのかがわからない。聖剣から出たということはこれが眷属なのだろうが、これでは武器ではない。


「これが、眷属?」

「ええと?」


 ユーマも初めてのことで予想外だが、必要な知識は勝手に頭の中に浮かぶ。脳を必要なときにシェイクされているようで気持ちが悪いが、必要な知識はすらりとユーマの口をついて出て来た。


「好きな形を想像すればいい。それは眷属の卵。所有者の血を捧げることで契約は完了する」

「血、を垂らして――吸い込まれた。それから……好きな形、ね……うん、じゃあ……」


 シオンが想像したのは片刃の双剣だった。細身の双剣で彼女は逆手で構えている。それを振るいくるくると手の中で弄び時には投げたりもする。


「うん、しっくりくる。ありがとうユーマ。これならユーマを無理させずに済むかな」

「…………」

「どうしたんだルシアン?」


 なぜ、そのやり取りを見てルシアンが微妙な顔をしていた。


「いや、こういうのはさ、もっとこう、なんというか。厳格なやり取りとか、危機的状況でばばーっと、なったりとかするもんじゃないのかなーって思ったんだよ。そんなにほいほい力をばらまいていいのかねってね」

「たぶん、それを防ぐのが勇者に触れるべからずって法律なんだと思うよ。ユーマに力を貰った私が言うのもなんだけど」


 ――そして、多分、聖剣がヒトを殺さないようにだ。


 敵意を持てば聖剣はそれが誰であろうとも殺す。そういうものなのだ。だからこそ、勇者に必要以上に近づかないことが法律として定められたのだろう。

 間違っても敵意を持たないようにするために。不可解だった法律がある理由をユーマは身をもって悟った。


「…………」


 再び沈みそうになった心をかぶりを振って紛らわす。その時、ふと空を見上げてユーマは気が付いた。


「そういえば、この辺りは雲が薄いんだな」


 微妙に月が見えている。今までだと全然見えていなかったのがうっすらとではあるが見えている。それはつまりこの辺りの魔が弱っているか少なくなっているということになる。


「どういうことだろうね。僕らが魔を倒したからっていうわけでもなさそうだし。なにせ、進行方向だ。僕らの後ろならまだしもね、前じゃね」

「んー、もしかしたら本当に聖弓みたいなのがあって、担い手がいて戦っているとか」

「そうだとしたらいいね」


 楽観的でもいい方に考えるのはいいことだ。そう思いながら視線を戻す。そして、


「――――!?」


 ユーマはびくぅと驚いて固まった。そうシオンの背後の暗闇に、誰の者とも知れない顔が浮かび上がったからだ。ホラーゲームに出てくるお化けのような顔が――。


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