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第19話 絶望の底で

 ラーケの力で槍を突き入れる。ユーマが倒した兵士が持っていたドヴルの鋼鉄の槍をシオンは魔へと突き入れた。


「はああああ!!」


 全力の突き入れは硬質化した皮膚を貫き肉へと突き刺さる。ラーケの力もそうだが、それに耐えるドヴルの槍は具合が良い。

 悲鳴をあげる魔を無視しながら踏ん張りを利かせて魔を振り回して投げ飛ばす。空中へと投げだした魔へと跳躍し、そのまま落下に合わせて鼓動が響く場所へと穿つ。


 着地と同時に消える魔をそのままにシオンは疾走する。なりふり構っていられない。荷物を捨てて、ただひたすらシオンは己の技能を使いユーマがいる場所を目指す。

 激しい剣戟の音がシオンには聞こえていた。それから彼の慟哭も。だからこそ、彼女は走る。立ちふさがる魔を出来る限り避けて吹き飛ばしながら疾走する。


 槍がきしんでいるのがわかる。ラーケの膂力と魔という規格外の化け物に対して振るわれた槍は今すぐにでも砕け散りそうなほどに悲痛な悲鳴を上げていた。

 それでも止まるわけにはいかない。


「ユーマ!!」


 混戦の中、シオンはルシアンとすら分断されてしまっていた。状況は考える限り最悪だ。それでもユーマは戦っているのだ。

 刺されて人を殺した。あの瞬間、ユーマの意思に反して聖剣が動き出していたのをシオンは見た。勇者に近づいてはならない。それはつまりこういうことなのだ。


 あの聖剣は勇者に敵意が向けられると反撃に出るのだ。それもユーマの意思に関係なく。だからこそ、今もかれの慟哭が耳に響いている。


「行かなきゃ!」


 絶対に行かなければならない。


「邪魔かな!!」


 立ちふさがる魔を刺しながら駆け抜ける。反撃で傷を負うことすらいとわない。この程度の痛みは耐えられる。致命傷だけ避けながら一直線にユーマの下へと向かう。

 そうしなければならないと本能が叫んでいる。


「だから、私の前に立たないでほしいかなァ――!!」


 目の前に出てきた巨大な魔――十足一つ目のアラワクに蹴りを叩き込む。みしりと骨がきしむ。にやりとアラワクが笑うのが見えた。

 十足の内のひとつがシオンへと手を伸ばす。それを槍でついて躱す。しかし、空中でこれ以上の方向転換は不可能。躱しきれない別の腕がシオンを殴り飛ばした。


「ガッ――」


 倒壊していなかった建物を倒壊させながら吹っ飛ぶ。視界が上下左右ぐちゃぐちゃになりながら凄まじい速度で激突し突き破り、建物を倒壊させて止まる。

 一瞬だけ意識が飛んだ。吹き飛んだ意識は、すぐに魔の気配を感じて覚醒するも、意識が回復したとき、何が起きたのか理解ができなかった。


 何が起きたのか、何があったのか。ショックによる一時的な記憶の混濁。

 それと同時に、


「あ――っ――ぁ―――」


 激痛が神経を犯し脳髄に存在する判断、理性、ありとあらゆるものを洪水となって押し流していく。全身至る所に傷があるのだろう。

 どこがどうなっているのかすらわからない。背中に感じる生ぬるい感覚は血溜まりという奴だろうか。ただただ苦痛だけを感じるだけのものにでもなってしまったかのようだった。


 創傷裂傷死傷殺傷、端的に言って満身創痍。もはや感覚がくるって熱いのか、寒いのか、痛いのか、苦しいのかすらわからない。

 ただ一瞬でそれだけの傷を負わされてしまった。シオンは懐に入れていた丸薬を飲み込む。痛みを消し去るもの。けがを治すのではなく誤魔化すだけの痛み止め。


 それで無理やりに立ち上がる。ただそれだけで意識が飛びそうになった。


「行かなきゃ――」


 槍がない。視界の半分が黒に染まっている。己は弱い。ユーマやルシアンのような機構武装を持っていないから。

 そんなやつはここで倒れてしまうのがいいのかもしれない。


「けど、泣いてる子はほっとけない、かな」


 だから――


「そこをどく、かな」


 シオンは立ち上がった。

 そして、地獄を見た――。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 機構聖弓の砲撃形態。その正面に展開された六枚羽。弦を引き絞れば羽もまた引き絞られ放つことによって矢となり飛翔する。

 充填されたエネルギーが臨界に達すると同時に爆音と光が生じ、射出されたのはビーム状の弾。弾丸は空間を円形に消し去りながら高速で直進し、進んだ先で分裂し破壊をまき散らす。


 直撃した魔は綺麗にその部分が空間ごと削り取られて絶命する。

 だが、死んだ端から立ち上がり再び襲い掛かって来る。どんなに削り取っても一部でも肉体が残っていればまるで見えない糸に引きずられているかのように襲い掛かってくるのだ。


「くそ、なんだこれ、きりがない、どけよ!!」


 ルシアンはユーマが人を殺すのを見ていた。それを止めることができなかった。止めようとして全て魔に阻まれた。

 そして、この現状を生み出した首魁と彼が戦っていることも理解している。わかってなお、一歩もユーマのところに近づくことができなかった。


 おびただしいまでの魔がルシアンを取り囲んでいる。機構聖弓で倒しても倒してもわきだすように現れる。


「最大火力で吹き飛ばしてもすぐに出てくるし、なんでか立ち上がって来るし! 本当、邪魔だよ!」


 とびかかってきた魔を撃ちぬきながらルシアンは思考する。どうすればいいか。

 そんなものは決まっているユーマのところに行くのだ。シオンともはぐれたが、彼女もきっとユーマのところに行くだろう。


 彼女は心配だが、他人の心配などユーマの心配だけで手いっぱい。あとはもう自分のことを考えなければいつ死んでもおかしくない。

 魔は強くはない。機構武装があるルシアンはシオンと比べればかなり楽だろう。だが、数が多いのだ。息つく暇がない。


 前に進めなければ意味がないのだ。敵を殺しても殺しても立ちふさがってくる。寧ろ、死体になってからが本番だとでも言わんばかりに立ち上がってくるのだ。

 これがおそらくは敵の首魁。今ユーマが戦っているマザー・シャーマンの能力なのだろうとルシアンは考察する。


 ――人形劇といい悪趣味極まりないが効果的だ、ユーマには。


 ユーマはそこまで強くない。戦闘能力という意味ではない心がだ。戦う者ではない。彼は普通の男の子なのだ。戦ったことのない男の子。

 それが守るべき人を殺した。しかも恨み言を叫ばれながら。そんな精神状態で敵と戦い続けるなど正気の沙汰じゃない。


 敵はユーマのことを分析した。そのうえでこういう趣向を試してきたのだ。最悪極まりない。もっとも効果的だ。

 幸いなのは彼が殺した人々は既に助かる見込みなどなかったというところだろう。中身は空っぽ。彼が殺した先から魔と同じように消え失せていた。


 つまりは既に魔となっていたも同義である。ただ、人の意識を意図して残されていたに過ぎない。それでいて体の自由は利かず、勇者に殺される。

 罵倒する、怒る、泣きわめく。どれもこれも精神攻撃としては最低最悪にして最上すぎる。多少は人死にに慣れているルシアンですら吐き気がしているほどだ。


 それがなれていないユーマならどうなる。その絶望、その慟哭の深さは計り知れない。そんな彼をひとりで戦わせるわけにはいかない。

 助けると決めたのだ。だからこそ、


「どけよ!!」


 聖弓の弦を引き絞り、砲弾を叩き込む。放ったと同時に拡散した弾はルシアンの意思の通りに魔を撃ち殺していく。

 時には聖弓自体を振るう。聖弓自体もまた刃であるがゆえに振るって使うこともできる。それで近づく敵を薙ぎ払い、矢の掃射で道を切り開く。


 そして、地獄を見た――。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 ――そこは地獄の底だ。


 絶望の窯の底。糜爛した地獄の中で、今、決戦が始まろうとしていた。地獄を演出した()と地獄を形作った(勇者)が今、激突する。


「では、行くぞ、勇者」


 そうマザー・シャーマンが踏み込んだ瞬間、凄まじい破裂音が辺りに響き渡る。


「ガァァアァ――」


 それがマザー・シャーマンの手に持つ二丁の()から放たれた発砲音だと気が付いたのは、その弾丸を機構聖剣で防いでなお、吹き飛ばされて壁に激突した時だった。


「それ、は……」

「機構魔銃。なに、君のそれと似たようなものだよ」


 破裂音が二度響く。飛翔した弾丸はまるで命を持っているかのように聖剣の防御をすり抜けてユーマを穿つ。


「――く、ぁ」


 痛みで何が何だかわからない。だが、その痛みもすぐに消える。聖剣から伸びたコードがユーマの全身を治療する。

 ただ、そのたびに自分が何か別物になっていっている感覚にひどい吐き気を催す。だが、胃の内容物はもう何もない。吐いても血を吐くか、何もでない。


 気持ちが悪い。このまま倒れてしまいたい。だが、倒れることを聖剣は許さない。


 ――殺せ、殺せ、殺せ。敵はすべて殺せ。


 聖剣の声が響く。脳裏に響く声。殺せ、殺せ。殺せ、殺せ。

 その声に身体は勝手に従う。剣身の半分を飛翔させる。放たれる弾丸をそれで弾きながら駆け抜ける。彼我の距離を歩法・裏霞によってゼロと変えた。


 たった一瞬の間に数十の破裂音と金属音が響き渡った。放たれた弾丸の数は破裂音と同じで、はじいた数はそれよりも低い。


「――――っぁ」


 ユーマの身体に穴が開いている。だが、それだけだ。距離はゼロ。ここは既に聖剣の間合いだ――。


「否――。ここもまた私の距離だとも」


 ぞわりとマザー・シャーマンの言葉にユーマは悪寒を感じた。聖剣が首を振らせるのとほぼ同時。激発音が響くと同時にマザー・シャーマンの身体がブレ(・・)た。

 頬が切れる。認識すらできない速度で彼の蹴りが叩き込まれていた。更に激発音が続く。振り返ると同時に振るった聖剣が破裂音を伴い音の壁を超えたマザー・シャーマンの蹴りを受け止める。


 続く激発音。既に蹴り切ったはずのマザー・シャーマンの蹴撃にさらに力がこもる。ふわりと身体が浮き上がる。重力の枷から解き放たれ内臓が浮く。

 ユーマは見た、マザー・シャーマンが銃を上空に向けて撃つのを。それだけで、蹴りを放っていた彼の身体は地面に足をつける。そして、今度は背後に向けての射撃。その反動を推進力に蹴撃が放たれた。


「ガ――――!?」


 ユーマの浮き上がった内臓が破裂した。だが、すぐに機構聖剣が正常なものに置き換える。吹き飛ぼうとするユーマの身体を飛翔させた刃を脚に突き刺し縫いとめる。骨と足が切れたが知ったことではない。

 魔を殺せればいいのだと聖剣は言っている。そのまま収束させたエネルギーを不可視の刃として放つ。柄から生じる激発によって加速する刃。


「――――」


 その一撃はマザー・シャーマンの胴へと入る。半ばまで入ったところでマザー・シャーマンが魔銃を放ち距離をとる。


「ぐぅお、やります、ね。やはり腐っても、聖剣――」


 かなりのダメージだ。現状においては再生出来ない。マザー・シャーマンはさらに見た。機構聖剣が更なる権能を発動していることを。

 爆ぜる爆光。機構を解放し二本へと分かたれた聖剣それぞれに尋常ならざるエネルギーが収束している。それは天へと上る光となってただ掲げただけで雲すら引き裂いている。


「――――っ!!」


 ここに来てマザー・シャーマンは初めて勇者という存在に戦慄する。先ほどの不可視の刃もそうであるが、ここに来て勇者の力が上がっているからだ。傷をつけていけば行くほど勇者が何かに変わっていく。気配の変化をマザー・シャーマンは感じていた。


 そう変わっている。速度が上がっていた。その速度、音を優に超えている。更に聖剣を振るうだけで雲まで吹き飛び、空に青空が浮かんでいる。

 振るわれる爆光。全てを滅する光が振り下ろされる。世界を二分するほどの輝きの一閃は冗談のようなエネルギーを伴っている。直撃すれば最後、マザー・シャーマンですら、いや魔王ですら消滅する。


「――――機構魔銃よ、我が意に従い、その理を為せ」


 その刹那の間に、言葉が爆ぜる。そして、あとには何も残らない。振り下ろされた爆光はあらゆる全てを消滅させた。

 そこにはもう何も残っていない。雲が引きちぎれ太陽の陽光が降り注ぐ。絶望は終わりを告げて光がユーマを照らし出す。


 ――地獄で勇者だけが光に照らされて立っていた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「――――ユーマ……」


 ――地獄を見た。


 ひとり切れた雲かから除く光に照らされたユーマの姿。その周りには死体。死体。死体。赤い血だまりが出来上がり、ぐずぐずになって消えかけている死体が浮かんでいる。

 これが勇者が歩いた跡だとでもいうのか。こんな血塗られた道を歩かせていいはずがなかった。


「ユーマ!!」


 シオンは、ぼろぼろの身体を引きずってユーマへと駆け寄る。


「ユーマ! ユーマ!」

「…………ぁ、シオン……」


 薄いが反応がある。立ったままどこも見つめていなかった彼がシオンを見る。だが、それでもうつろだった。いつもならこんなぼろぼろになったシオンを心配する言葉をかけたはずだ。

 だが、それすらなく、ただうつろにシオンを見つめるだけ。


 シオンは一瞬、言葉に詰まって、


「お疲れさま。行こう? この先に休める場所があるから、そこで休もう?」

「…………」


 ユーマは頷く。シオンが何を言っているのか理解しているのかも怪しい。


「よし、じゃあ行こう」


 ユーマの手を取ろうとして、


「――――!」


 その手を払われた。とても、強い力で。


「っ――」

「ぁ……ご、め、ん」


 それで多少こちらに戻ってきたのだろう。うつろな現実とは違う逃避から。


「大丈夫大丈夫。さあ、行こう」


 払われた手を背に回してシオンは言って先を歩く。後ろからユーマが付いてきていることを確認しながら、


「荷物、回収してきたよ」

「うん、ありがとうルシアン」

「良いよお礼は、僕は、結局、何もできなかったんだから」


 魔と戦っていたなんて言い訳だよと彼は言った。


「これじゃ、仲間失格だよ」

「それは、私もかな」


 なぜなら結局、ユーマを助けることはできなかったのだから。


 トミントゥールを出て撃ち捨てられた野営地で休みを取る。シオンとルシアンはユーマを着替えさせて無理やり眠らせた。今は、何かを考えるよりも眠った方が良い。起きてからどうするか考えるのだ。


「…………」

「…………」


 野営地の空気は重い。雲が晴れた夜空の見える夜だというのに、暗く重苦しい。


「大丈夫かい?」

「……うん。大丈夫。ちょっと痛いけど」

「そっちじゃないよ。ユーマに手を払われたこと」

「……無理もない、かな。今は、たぶん、誰も近寄らせたくないと思う」


 自分のせいで多くのヒトを殺してしまったと思っているだろう今は。


「…………聖剣、ってなんなんだろうね」


 ぽつりとルシアンが呟く。持ち主を選ぶ意思ある剣。魔を殺す武器聖剣。あのユーマがためらいなくヒトを殺すはずがない。

 だからこそ、やっていたのはナニか別物。ルシアンが感じた気配は聖剣からだ。

 聖剣とはいったいなんなのだろうか。聖弓とは何かが根本から違っているようにルシアンには思えた。


 だが、いくら考えても答えは出ない。誰も答えなど知らない。知っているのは、聖剣だけなのだから。


物量に勝るものはない。たとえどのような才能を持ったものでも物量にに勝つのは難しい。


あと、マザー・シャーマンは生きてます。こんなおいしいキャラがこんなところで退場するわけないです。

さて絶望のどん底。だが、勇者は進まなければいけない。

その時ユーマは。


では、また次回。

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