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第18話 人形劇

 全ての阿鼻叫喚は一瞬のうちに巻き起こったのだった。

 ユーマの目の前に現れたのは地獄だった。何が起きたのかわからない。ただ一瞬にして目の前にいた住人がひき肉に変わり、聖剣の焔が世界を焼いている。

 

 魔を殺すはずの聖剣(兵器)は、単純に魔という敵意の塊を認識していたに過ぎない。聖剣は魔だけを殺すのではなく、敵を殺す兵器なのだ。

 勇者に敵意を向ければ聖剣はそれを殺す。例えそれがヒトでもだ。ゆえに、勇者への敵意を持たされたトミントゥール住人に聖剣は牙をむく。聖剣の吐き出した嚇炎は全てを燃やし尽くさんと火の粉を振りまいていた。


 一瞬にして、瞬きをしたその瞬間に世界が変わっていた。視界に入る全てが血で染まり火の粉が地獄という名の世界を彩っている。

 誰かが地獄とはかくあるべきだとでも言わんばかりに地獄絵図を煩雑に書き出している。

 赤と黒、その二色を無茶苦茶にぶちまけたかのように、ユーマの目の前に一瞬のうちに糜爛びらんした地獄が出現していた。


 あらゆるものは倒壊する建造物の轟音に消えて悲鳴、怒号、恐怖に絶望が伝播する。

 機構聖剣(殺戮兵器)はそこにある全てを蹂躙し無に帰すと告げていた。


 ユーマの視界に広がる自らが行う虐殺という名の過剰殺戮が織り成す地獄。どこを見ても赤、赤、赤。血が全てを染め上げていく。

 急速に拡大を続ける過剰殺戮。誰も彼もが悲鳴を上げて惑い、自らの意思に関係なく勇者に向かい聖剣に殺される。そのことごとくが逃げられはしない。


 それはもはや作業だった。それをユーマはまるでゲームでもしているかのうに背後から見ているような、そんな現実感の薄い作業。

 襲い来る敵に聖剣は反応しユーマは首を刈り取った。柔らかく、折れやすくなによりも切りやすい。


 首がなくなったことにより血が吹き出し雨のようにユーマに降り注ぐ。生温かく鉄くさい、不快で吐き気が襲う。堪らずに吐いてもユーマの身体は止まらない。

 怯えて従っているだけだったものが、敵意を持った時、それはもはや聖剣にとって敵なのだ。いや、より正確に言うのであれば、あの声が街の住人に聞えた瞬間この都市の全てが聖剣にとって敵となった瞬間だ。


 だからこそ聖剣は止まらない。悲鳴を上げて容易く屠られる人間たち。だが、数が多い。斬っても切っても現れる。アクシアのゾンビのようであるが、それよりも動きが良い。

 兵士でもない女子供すらまるで熟練の兵士のように動きユーマを狙う。ユーマと同じく泣き叫びながら。誰かに操られているのではないか。ユーマはそう察するが、聖剣には関係ない。


 泣き叫び、痛みに吼え、そして、恨みを吐きながら死んでいく。


 ――やめろ、止まれ。止まれ止まれ。


 刺されたことに対して恐怖や恨みがある。だが、それでも泣き叫ぶ相手を見て、それが持続するほどユーマは鬼ではない。

 女子供なんて、そもそも人間と戦うために勇者をしているのではない。だから、止まれと叫び続けるが、聖剣は止まらない。ユーマの殺戮は止まらない。


 止まれという命令と殺せという命令。相反する二つの命令に身体が引き裂けていく。ただ動くだけで全身から血が噴き出してもなお止まらない。

 むしろ、加速する。聖剣の機構(死神の鎌)が鎌首をもたげる。聖剣が分割され、それはさながら鞭のようにしなりをあげて延長する。


 蛇腹剣と呼ばれるような剣と同等の剣身延長機構。ただ鞭のように扱う蛇腹剣と違うのは、蛇腹のように分断された刃であってもあらゆる全てを切断するだけの力を聖剣が持っていることだろう。

 そのため振るえば最後、ユーマを爆心地に紅の華が咲き誇る。ただ振るえば肉が引き裂け、血の雨が降る。魔を殺すための剣だ。人間など木っ端でしかない。


「なんで、ゆうしゃさまはわたしたちをたすけてくれるんでしょ――」


 子供の恨みが響き渡る。


「よくも、私の子を」


 親の恨みが響き渡る。


 ――違う、違う。

 ――僕じゃ、僕じゃない。


 トミントゥールは、突如として全ての阿鼻叫喚、全ての絶望を混ぜ込んだ魔女の窯の底へと変じた。ぐつぐつと煮えたぎる窯の底ゆえに逃げ場など存在(あり)はしないのだとユーマは頭の隅で理解する。

 悲鳴が響き渡り、次の瞬間には一瞬の静寂が広がってまた悲鳴が上がる。それが自分が元凶であると理解できない、したくなかった。


 逃げたいと叫び、こんなことしたくない、死にたくないと絶え間ない悲鳴が上がりユーマに向かってくる。ただそれだけで紅い華が咲く。

 聖剣はさらに殺戮を加速させる。焔を放ち、氷結させ、風をまき散らし、雷を放つ。死骸は例外なく炎に包まれ燃えさり消え去る。油分が大気を汚染し燃える死骸は酷い瘴気を撒き散らす。


 肌に張り付くのは死体から出た魂の如き瘴気だ。生者を呑み込む死者の手招きは加速度的にその手の数を増やしていく。

 声ならぬ声が聞こえた。お前も来い、お前も来い。そう絶望の中で死者が叫んでいる。一度足を引かれればもう遅い。気が付けばその列に加わっている。


「ユーマ! ユーマ!」

「ユーマ!」


 シオンとルシアンの声が響く。だが、それはもはや遠い。彼らもまた泣きながら突っ込んでくる悲鳴の兵士たちに阻まれてユーマのいるところまで行くことができない。

 人だけでなく魔すらも彼らを阻む勇者の下へは行かせぬというかのように。城壁を突き破り、魔の大群が現れる。


 止められない。地獄は、希望をもたらすはずの勇者の手で形作られていく。ただそれを見届けろと彼らを足止めする。


 何処を見ても死骸がない場所もない。死体の博覧会会場と言われても信じられることが出来そうなくらい石畳の上は赤く染まっていた。

 しかも現在進行形で死体が増えていっているというのだから恐ろしい。おおよそ考えらえる以上に絶望に薪がくべられているという事実。


 あちこちで助けを求める声が上がっている。絶望の悲鳴。木霊する悲鳴の中、涙を流してユーマを攻撃してくる住民たち。

 助けるどころか聖剣は区別なくあらゆる全てを殺していく。


 足の裏に感じたのは誰かの目を踏んだ感触。誰かの骨を踏んだ感触。誰かの肉を踏んだ感触。嫌な感触が全身を駆け巡る。

 石畳の破片が飛んできて足を切るよりも、それは強い衝撃となって脳髄を蝕んでいく。


 顔面は蒼白となり、歯は金物のようにがちがちと鳴り響く。既に精神は限界。肉体もまた聖剣の酷使によって筋繊維が一本、また一本と千切れていく音が聞こえている。

 ユーマは声にならない悲鳴を上げた。胃の内容物を吐き出す。涙を流す。もう動きたくないと思っても聖剣はとまらない。敵がいる限り止まることはない。


 聖剣は彼を逃しはしない。

 そもそも誰も彼もをここから逃すことを聖剣は許していないのだ。元より生じた地獄の窯の底。だれひとりとして逃げられるわけがない。


 ――さあ、絶望しろ。それこそが望むもの。


 誰かの声が響く。至るは破滅への道。

 聖剣は、誰も、逃しは、しない。


 絶望は、嘆きは、悲しみは怒りへと変わる。

 憤怒の形相となって襲い来るトミントゥールの兵士たち。守るべき人が蹂躙される光景は彼らにとって怒りを想起させた。


 それがたとえ、自分たちが原因で起きたとしても、その事実はもはや怒りの向こう側へと消え去る。いや、そうなるようにさせられていた。

 勇猛果敢。住人たちを守れればそれでいいのだ。まるでそう言わんばかりに勇者(絶望)に立ち向かうその姿は賞賛されてしかるべきだろう。


 だが、断言する。不可能だ。彼らは勇者に勝つことなどできない。いかに不退転の決意を示そうとも力がなければ敵を倒すことなどできないのだ。

 赤い血が流れ出して、爆炎をあげて瘴気を撒き散らす。

 ああ、無情。救うことを願い、そのためならば命を賭けるもまだ足りぬ。もとより筋書きにそんな結末などありはしない。


 意志、覚悟、根性。そんなものが通じるのは小説の中だけの話だ。現実問題、それではどうにもできない事態が必ず存在する。

 その時、頼れるのは結局のところ力だけ。積み上げた自らの力のみ。ゆえに、力の足りぬ者は死ぬ。呆気なく、何の感慨もなく無残に死ぬだけだ。


 そう彼らには力が足りなかったのだ。ゆえにこの現状に叩き落された。第三者の策略であることに気が付かず、自らが自らの意思を全うしていると信じている。


 ――滑稽かな、滑稽かな。


 地獄の底の饗宴を嗤う声が響く。それは滑稽な人形劇をあざ笑う声だ。


「たすけ。たのむ、誰でもいい。だれか――」


 それに気が付かずユーマは願う。誰でもいい。この事態を好転させるのならば神でも悪魔でもなんでもいい。頼む、助けてくれ。

 ユーマが必死にそう願うもこの世に神などおらず、助けは来ない。全ては死へと染まるだけだ。歯がかちかちと音を鳴らす。震えが止まらない。


 みっともなく涙を流し、全身を赤く染めて、動くたびに血が噴き出しては聖剣によって治っていく無限の苦痛の中で、もはや勇者だとかそんな体裁を気にする余裕などなく、無様に助けを願う。


 ――たすけて、たすけてたすけてたすけてくれ!!!


 誰でもいい。この事態を好転させるのならば神でもあくまでもなんでもいい助けてくれ。

 それもまた純粋な願いゆえに、遠く遠く聞き届けられるのだ。


 ――最悪の形で。


 しかし、純粋であるがゆえに運命は彼を逃しはしない。純粋であるがゆえに、それは何よりも強く声ならぬ叫びとして奴らの耳に届くのだ。

 絶望をくべる火の番人。鋼鉄を打ち鳴らす鍛冶師が如き、殺戮の使徒へとそれは届くのだ。


 他に交じるものなどない欲求、想いを運命は聞き届ける。そもそもこの状況にして混じるものなどある方がおかしいのだ。願いはどこまでも届く。

 ゆえに、それが純粋であればあるほど呼び寄せてしまうのだ。


「滑稽かな。ああ、なんとも素晴らしいな、勇者よ」


 視界の端、そこにいたのは男だった。ペスト医師の如き仮面をかぶった古臭いぼろを身にまとったかのような男。ぼろの下は漆黒の紳士服を着ていることが奇妙さを醸し出している。。

 この地獄の中において傷も汚れも何一つない男。その異常性がただただ奇妙さを浮き彫りにする。魔であった。人の姿をした魔。さながら鴉のような男はユーマを睥睨し、この地獄を俯瞰して滑稽かなと嗤う。


「滑稽かな。滑稽かな。ああ、実に、実に愉悦だ。良い恰好をしているな勇者。どうかな、我が人形劇はお気に召してもらえただろうか」

「なに……」

「人形劇だよ。この地獄の人形劇だ。私が用意したこの人形劇だ。悲鳴をあげて、泣き叫びながら勇者を攻撃する。それを勇者が殺す。聖剣とはそういうものだ。

 実に滑稽で素晴らしいものだろう。私としては、会心の出来だと自負しているのだが。ああ、なんだ、わけがわからないという顔だ。良かろう語ってやろう。この魔王が四天王のひとりマザー・シャーマンが」


 男、マザー・シャーマンは語る。


 このトミントゥールは人形劇の舞台であると。生きたヒトを使った人形劇。勇者という存在を陥れるための人形劇だ。

 マザー・シャーマンは人形師である。そう愉しそうに語る。聖剣が敵を倒している視界の端で愉しそうに語るのだ。


「まず私がやったことをひとつひとつ丁寧に教えてあげよう。遠慮はいらん。聞くと良い。この街はな、私の人形劇の舞台だ。私の特技はヒトの脳みそを抉り出すことなんだよ。実際に見せてあげよう」

「ヒッ――」


 目の前に呼びだした子供を持ち上げる。子供が悲鳴をあげる。その恐怖でこわばった表情を愛おし気にマザー・シャーマンはなでまわす。

 それから白の手袋に覆われた左手をゆっくりと子供の頭にもっていく。


「おい、まてよ……」


 ユーマはこの先に起きることがわかった。マザー・シャーマンはやる気だ。脳を抉り出すことが得意だとマザー・シャーマンは言った。それを実際に見せるとも。


「やめ――」


 それをユーマに止めることはできない。ユーマの身体は目の前の敵を殺すことばかりだ。マザー・シャーマンまでは遠く、それを殺す前にまずは目の前の敵を殺す。

 そういう風にマザー・シャーマンはトミントゥールの住人を操っている。


「ガ――――」


 ずちゅりと後頭部から彼の手が子供の頭へと突っ込まれた。そして、そのまま引き抜く。その手の中には医者などのそういう人体を扱うような仕事でなければ一生目にすることのないものが乗せられていた。

 そう脳だ。少年の脳がマザー・シャーマンの手の中にある。だというのに少年は動いている。先ほどと変わった様子はどこにもない。


「これが私の特技だ。この脳を利用して私は人を操る。もう戻せんが、人形だからよかろう。そうして人形劇をするのが私の仕事なのさ。自慢ではないが、私は職務に忠実だ。この人形劇も魔王様の為、我らが同胞の為の見世物なのさ。勇者を絶望させる。これほど素晴らしい演目はないと思考するわけなのだがどうかね」


 理解できなかった。クロンダイクの方がまだ理解ができるほどだ。そして、理解できないとはそれだけで恐怖を呼び起こす。

 絶望に厚く塗り固められた恐怖がさらに堆積していく。


「ふむ、人形が切れたか」

「あぁ……」


 そして、最後のヒトを聖剣が切った。それは脳を抜かれたばかりの子供だった。ひとりも助けられず、全てを殺したのだ。

 結局、止めることができず、全てを殺しつくしてしまった。だが、それで終わりではない。まだマザー・シャーマンが残っている。聖剣は全ての敵を殺すまで止まらない。


「さて、では、演目の最後を飾るとしよう。英雄譚、勇者語り。共通するものはひとつだ。死。名作と呼ばれるそれらは、全て英雄と勇者の死を以て閉じる。貴様の人生(物語)もまた一流にしてしんぜよう」


 地獄の底で、勇者は踊る――。


地獄は続くーよ、どーこまでーもー。というわけでまだまだ地獄の底は遠い。


魔王が動かないわけがない。勇者が現れたということで対策しないわけがなかったということで魔王は四天王を動かしていたようです。

夫大丈夫落ちたらまた上げます。ここで折れるほどユーマは強くないので。


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