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第17話 殺人

「それじゃあ、僕は寝るよ」


 交代の時間になり、ルシアンがシオンを起こして少し離れて外套に包まる。

 夜更けまでどれほどだろうか。ユーマはあくびを堪える。


「ユーマ、大丈夫?」

「ああ、うん大丈夫……」


 となりに座って来て顔を覗き込んでくるシオンに思わずどぎまぎする。否応なく、ルシアンとしていたあの話が思い出される。

 駄目だ駄目だと必死にその話を忘れようとするが、意識してしまえばしてしまうほどくっきりと思い出せてしまうのだ。逆効果である。


「顔赤いよ? 大丈夫?」

「ひゃっ――」


 ぴたりと彼女の手が額に当てられる。思わず変な声が出てしまった。座ったユーマの額に手を伸ばすシオン。そのおかげで彼女が近い。

 感じる彼女の匂いに心臓はばくばくだった。王女が好きと言っておきながらこれ。そんな自分に嫌になるも同時に、思春期男子なんだから仕方ないと思う心もあった。


「んー、大丈夫そうだけど、本当にきついのなら言ってほしいかな」

「あ、ああ、うん……大丈夫」

「そっか。んー、そうだ。ルシアンに聞いたんだけど、私はユーマが望むの良いよ?」

「――――……な、なにが?」

「んー、女の子の扱い方」


 ――何してくれてんだあの野郎!?


「私としてもルシアンの言い分には賛成かな。ユーマは勇者だから」

「…………」

「でも、ユーマが望まないなら何もしないし、この話はここで終わりかな」

「ほ、保留で……」


 ――なに言ってんの僕は!?

 ――いや、しかしな。


 ちらりと隣に座るシオンを見る。


 ――シオンは美人だ。


 そう掛け値なしにユーマは思っている。

 分厚い雲の向こう側にあるだろう彼方の月のように美しい。奴隷という割には上品であり、目が覚めるように美しい。

 王女の気品と上品さを兼ねそろえた隔絶した美の化身や女神のような美しさとはまた違った美しさ。しなやかで鍛えられた健康的な美。


 レエーナが美術品的な他を圧倒する美しさと称するのであれば、シオンは大自然のような他と調和する美しさ。

 主張激しく美しさが醸し出されるのではなく、自然な風のように気が付けばそこにあるような綺麗さがある。しなやかな肢体に耳や尻尾がアクセントとなってとても素晴らしい。


 そんな彼女がユーマが望むのなら良いと言ってくれている。思春期男子としてはぜひともというほどだ。だから保留。

 いや、正確に言えばへたれて逃げただけである。


 ――俺のへたれぇぇ。


 言ってから後悔するのはユーマにとっていつものことだった。


「……?」


 ふとシオンが黙っていることに気が付く。いつもならユーマの返答に対して何かをきちんと返す彼女が押し黙って一点を見ているのだ。

 耳がそちらを向いてぴくぴくと動き、すんすんと鼻を鳴らしている。


「シオン……?」

「し……ちょっと静かにしてほしいかな」


 ぱちりとはじける薪の音が響くだけの静かな夜だ。魔の行動する時間であるが、聖剣の反応がないということは魔がいないということ。

 しかし、シオンは何かに気が付いた。ラーケの鋭敏な感覚をユーマは知っている。だからこそ、黙って彼女の言葉を待つし、彼女が見ている方に目を凝らす。


 ――子供?


 暗闇の中に浮かぶ白い顔。それは子供のようであった。それがこちらに向かってきているようだった。


「誰!」


 焚き火の明かりが届く距離になってシオンが歩いてきた子供に問う。男の子だ。まだ声変りもしてないだろう年頃に見えた。


「お待ちしてました勇者様、トミントゥールからお迎えに上がりました」


 ユーマの予想通り声変りをしてない声だ。


「子供が、こんな時間に? それはちょっとおかしいんじゃないかな」

「焚き火が視えまして。それにこれでも人の何倍も生きております。ドヴルですから」

「うん、知ってる。石の匂いがしていたからね。それで信用しろって?」

「早くお迎えにあがりたかったのです」


 気味の悪い子供だとユーマは思った。いいや、ドヴルなのだから子供ではないのだろうが、こんな暗闇の中、しかも魔であふれる場所を一人で歩いてきたというのが不気味で仕方なかった。

 しかし聖剣は反応していない。それはつまり魔ではないということだとユーマは判断する。もし魔なら聖剣が動かないはずがないからだ。


 気に入らない聖剣であるが、その点だけは信用している。この聖剣は魔を見逃さないだろう。より正確に言うのであれば魔を見分けているのではなく、魔が持つ人間への敵対心を捉えているのだ。

 人間であっても敵対すれば聖剣は反応してユーマを守るべく動く。守るために守る対象の身体を使って敵を迎撃するという本末転倒な方法ではあるのだが。


 それでもその聖剣が動いていないのである。つまりそれは相手に敵意がないことを示す。少なくともシオンのように警戒をする必要はないのではないかとユーマは思う。

 確かに怪しい上に張り付けたような笑みを浮かべているのが気味がが悪いものの聖剣が動いていないのだから敵ではないはずだった。


 だからシオンに提案する。


「シオン、そんなに警戒しなくてもいいんじゃないか?」

「……ユーマがそういうのなら。――ルシアン、起きても良いよ」

「はーい、敵じゃないみたい?」


 背を向けて眠っていたと思ったルシアンはどうやら起きていて、聖弓をいつでも放てるようにしていたようだった。

 いつから起きていたのかとても聞きたくはあるが、今は目の前のドヴルのことだ。


「少なくともユーマは敵じゃないと思ってるみたいかな」

「ふぅん……、まあ、ユーマが言うのならそうなのかな? 少なくとも魔を感知することに関してはユーマはすごいし」

「聖剣のおかげだよ」


 それのおかげで一番に恐ろしい敵である魔に突っ込んでいくのだけは勘弁してほしいが、聖剣はユーマの都合など考慮しない。殺せ殺せ殺せ、魔を殺せと騒ぎ立てユーマの身体を乗っ取って魔を殺しに飛び出すのだ。

 だからその聖剣が反応していないのであれば敵ではない。ユーマはそう思った。


「シオンが警戒した方が良いのなら反論はしないよ」


 シオンの方がはるかに旅慣れている。ユーマと違ってこの世界の常識にも明るい。だからこそ、彼女が警戒すべきと判断したのであれば、警戒する。

 聖剣よりもシオンの方が信用度では高いのだ。ゆえに彼女が警戒した方がいいというのであれば、心苦しいもののユーマも彼を疑い警戒する。


「ううん……なんというかうまく言えないかな。なんか変な匂いが混じっているような気がしただけだから。うん、ごめんね」

「変な匂い?」

「うん、なんというか普通じゃないような。でも、今はしないし、多分気のせいだったのかな」

「疲れてるのなら寝てくれ」

「大丈夫、無理はしてないし、疲れているわけでもないから。あなたもごめんなさい」

「いいえ。当然です。私こそ、こんな夜更けに来て申し訳ありません。ですが、それほどに勇者様の力を必要としているのです」


 彼は言った。トミントゥールは、恐ろしい魔に襲われているのだと。いつ城壁や門が破られてもおかしくない。そこに明かりが平原に見えた。

 こんな時代に旅をするのは勇者くらいのもの。そんな希望に縋り幾人ものドヴルの手練れが迎えに行った。人間でないのは人間はすぐに死ぬからだ。


「私は運よくたどり着けました、ですが、仲間たちは……」


 仲間が一番若い自分をここまで逃がしてくれたのだと彼は言った。


「そう、大変だったんだ。うん、スープの残りがあるから食べると良いかな」

「ありがとうございます……」


 彼に食事を与えながら彼のことについて聞いた。彼の名前はトレイ・クヴィスリングと名乗った。ここから一日の距離にあるトミントゥールの衛兵だという話だ。

 今トミントゥールは恐ろしい魔に襲われている。いつ城門が破られてもおかしくなくもう滅ぶしかないと思っていたところに平原に明かりが見えたのだという。


 何度も言うがこの時代に旅をするものなどいない。それは伝説に聞く勇者くらいのものである。そんなあるかもわからない、敵の罠の可能性の方がはるかに高い、僅かな希望に縋りここまで来たと先ほど話ことを再確認する。

 シオンがもう一度確認をしたかったのだ。それに嫌な顔せずトレイは答えてくれた。その話を聞いた限りで矛盾は見受けられない。ただ、彼女の中ではやはりどこかこのトレイという男は怪しいのだ。


 それが何かは言うことができないが、嫌な感じがする。予感と言っても良い。


「…………」

「シオン? どうかした?」

「――ううん、なんでもないかな」


 その予感の根拠を説明できない。


 ――良い。これは私の仕事。


 何が起きてもいいように警戒だけは欠かさない。トレイという男の一挙手一投足から目を離さないようにしてシオンは備える。


「…………いやー、それにしても助かりました。本当に勇者様が来てくださって」


 シオンにもっと聞こうと思っていたユーマだったがトレイの言葉に遮られる。


「あ、ああ。こっちも良かったよ」


 トミントゥールが滅んでいなかったことには安堵する。また滅んだ街なんてみたくなかったし、ここまで旅してきたのだ。普通の街に滞在もしてみたかった。

 野宿になれてはきたがそれでもやはり屋根のあるところで眠りたいと思うのだ。


 しかし、そのトミントゥールは無事ではあるのだが魔に攻め落とされるのも時間の問題。早く行った方がいいのだろうが、この闇の中を進むのは愚策だ。どこから魔が出てくるかもわかったものではない中を進むのは精神的にきついものがある。

 聖剣が反応するとは言え度警戒しなくていいわけではなく常に神経をすり減らしているのだ。疲労困憊でも戦えるのだが、あとあと反動を喰らうのでできることなら体調は万全にしておきたいのは当然だった。


 だからここで一晩休み明日予定通り出発することにし、ルシアンと交代でユーマは眠ることにする。トレイが起きていると言ったがシオンがそれでは悪いと言って共に見張りをすることになったのだ。

 そして、翌朝トレイとともにトミントゥールを目指す。道中は今までがおかしいくらいに魔と出会うことはなかった。


「魔、いないな」

「ええ、全てトミントゥールの方に行っているのです」

「なるほど」


 ならば急いだ方が良いだろうということで、多少速度を上げる。半ば走るように街道を進む。その甲斐もあり、トミントゥールの城壁が見えたのは昼を過ぎた頃だった。


「……魔の気配は、ない、みたいだな」

「ええ、常に襲ってくるわけではないのです。どうやらちょうどよいですね。引いたときのようです。行きましょう」


 トレイについてトミントゥールへと入場する。彼がいたおかげですんなりと入ることができた。

 城門前の広場には多くの住民が集まってユーマを歓迎しているようである。だが、違和感をユーマは感じた。言いようのない違和感。


「……なあ、シオン」

「うん、何か、おかしい」

「たぶん、顔だよ」


 ルシアンが言う。


「顔?」

「ああ、顔を見て。笑っているんだ」


 住人の顔を見る。確かにルシアンの言う通りであった。トミントゥールの住人たちは薄気味悪い笑みを張り付けている。

 それはユーマが来てくれて嬉しいとかいうものではない。まったくなにも感じない上での笑み。まるで、そうするように言われているかのような――。


「さあ、勇者様こちらに」

「あ――ああ」


 どうするか考える前にユーマはトレイに連れられてトミントゥールの代表という男の前に行く。


「よく来てくださった勇者様。本当にありがとう、ありがとうございます」

「あ、いや、そんなに言われることじゃないですし」

「いえ、言わせてください。本当に、来てくれて(・・・・・)ありがとうございます」

「――は?」


 ぶすり、と何かに刃を入れた音が妙に耳に大きく伝わる。いや違う。耳ではない。それは決して音ではない。なぜならばそれは音になって耳に聞えるほど大きな音ではないから。感じたのは全身。触覚。

 それはつまるところ自分の身体に刃が突き立てられたのだということ。鈍い痛みがじわりじわりと広がっていく。つぅと進むナイフの感触と同時に熱っぽさと冷ややかさが同居した奇妙な痛みがじんわりと全身に広がっていく。


 ――え? え?


 皮膚を貫き肉を抉ったナイフが腹に突き刺さっている。血管から血が流れ出す。それはドロドロのマグマのような熱を出力する。その熱はどんどん広がっていく。痛みは一瞬だけだった。

 突き立てられ肉へと食い込んだ瞬間だけ。あとには鈍い痛みが熱とともに広がっていく。


 目の前の男に刺された。客観的な言葉にすれば現状はそういうことになるのだろう。そんな異常事態に脳がついて行かない。現場を見ても、現実感のことごとくが欠落していた。

 ああ、切れている。血が赤いな。痛いな。そんな現実感に乏しい反応しか脳が身体に入力しない。あまりにも常軌を逸した光景に悲鳴すら上がらない。


  感じるのは肉に金属が触れている冷たさ不快感とやはり熱だった。鋭い痛みは一瞬だけ。あとはどくんどくんと鼓動に合わせて流れる血の熱量と鈍い痛みだけが脳を刺激する。

 息苦しいさに息が荒くなっていく。流れ出す血が床に溜まって湯気を上げている。鉄さびのような匂いが鼻をついてなお、この現実感の薄い行為を認識できずにいた。


「ユーマ!」


 シオンの声が遠い。


「ユーマ! くそ、どけよ!」


 ルシアンの声が遠い。


「――――」


 それでも身体は動いていた。刺した男の首を聖剣が刈り取る。

 女たちの悲鳴が上がる。まるでこんなはずじゃないとでも言わんばかりに。


 ――殺せ。


 そして、何かの声が聞こえた瞬間、住人たちが震えながら武器を構えてユーマに迫ってくる。


「――――ぁ」


 そして――。


あげた分は落とさないといけないですよね。というわけでこれから落下開始です。


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