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第14話 夜会

 どこか甘い香りでユーマを目を覚ました。知らない天井。この世界に来て何度目かになる知らない天井を見上げての目覚めは、いつもよりも良い目覚めになった。


「ん――」

「あら、目が覚めた? ちょうどいい時間ね」

「あ゛――――」


 覚醒と微睡みのはざまで揺蕩っていたユーマの意識は、その声とその顔を見た瞬間に現実へと吹き飛ばされる。刹那の内に、眠りに入る前の情景が再生され状況を高速で理解する。

 がばりと思わず飛び起きるように起き上がってしまったのはいつまでも好きな人に無防備な姿をさらしたくないという男の矜持だった。できればキリっとした男らしい姿を見てほしいのである。


 今更だということに気が付いていないのは、それだけテンパっているからだ。


「よく眠れたようね」

「あ、はい、おかげさま、で」

「はい、これ。お茶よ。目が覚めると思うわ」


 甘い香りの正体はこれかとユーマは思う。差し出されたカップの中の液体を見る。紅茶のようなものなのだろう。赤みのある液体が注がれていた。


「シャーリーのお茶はおいしいわよ」


 喉も乾いてることだしと一口、口に含む。


「おお!」


 その瞬間、さわやかな風が喉を吹き抜けたのをユーマは感じた。甘さはないがすっきりとした味わいが口内に広がって香りが花開く。

 異世界の料理の中で今初めて純粋にうまいと感じることができた。


 ――うまい。なんというお茶なんだろうこれは。


 そんな内心の疑問を察したようにレエーナが産地を答える。


「セミントゥールという地方で作られていたお茶よ。それが最後だったかしら」

「それは、飲んでよかったのか」

「いいのよ。そんなことより、目が覚めたわね? なら少し運動をしてもらおうかしら」

「運動?」

「ええ、これからパーティーだけど最低限度の挨拶の作法くらいは覚えてもらおうと思ってね」


 ――うげ。


 ユーマは露骨にいやそうな顔になる。


「ええ、わかっていたわ。どういうわけか勇者たちは全員そんな顔になるらしいのよね。でも、重要なことよ」

「わかった。でも、俺そんなに要領よくないぞ。あ、いや良くないです」

「別に敬語はいいわ。楽にしなさい。さすがに一目があるところではだめだけれど、二人っきりなら別に構いはしないわ。慣れていないでしょう?」

「ま、まあ」

「なら楽にしなさい。それじゃ、まずは立ち方から、簡単な礼。あとは文言。これさえ覚えておけばあとは私が何とかするわ」


 そう言ってユーマはレエーナから立ち方と礼のやり方を習う。高校に入学する際面接を受けたのでその点はあまり苦戦することなくそれっぽくできるようになった。

 問題は挨拶の言葉の方だと思っていたのだが、ユーマが驚くほどするりと覚えられてしまった。思えば聖剣から流れ込んできた知識も全て覚えていることに今更ながらに気が付く。


 ――気持ち悪いな……。


 自分が自分でないようだった。確かに記憶力が上がったことは嬉しいが、明確に自分という存在の差異を見つけてしまうと嬉しさよりも違和感の方が勝る。吐き気がするとまではいかないが多少の気持ち悪さは否めない。

 ただそれをレエーナに悟らせることだけはしたくないとユーマは、努めて普段通りを心掛ける。好きな女の前では意地を張りたくなるのが男の子という生き物だった。しかし、レエーナにとってユーマのそんな意地など御見通しであった。


 宮廷は魔窟だ。貴族という名の化け物たちが己の利益の為に相手を騙し、利用し、陥れる。それが政戦であり政治という名の戦争に他ならない。

 そんな魔窟を外の不浄な血を受けた王女として生き抜かねばならなかったレエーナにとって相手の心を推し量ることはたやすい。そういうことに縁のなかっただろうユーマが相手ではなおさらだった。


 ――まったく、男の人というのは……。


 無論、それを指摘することはできた。だが、レエーナはそれをしない。指摘したところでこのユーマという人間がどういう返しをするのか予想ができるからだ。

 相手の動作、しぐさ、視線の動き。あらゆる情報から算出されたユーマという少年の性格をこの短い間で理解しているレエーナはそういう注意が一切役に立たないことを悟った。


 むしろ意固地になる分厄介なのだ。本当ならば、そんなこと気にせずに止めるべきなのだろうが、この先の利益を考える。

 王国という多くの人が暮らす国を守るためにはユーマの力が必要でありやめさせることはできない。そのことがわかるのだ。


 彼には戦ってもらわなければならない。だからこそ、彼を否定することはできない。それが彼の破滅に繋がるのだとしてもだ。

 王位継承権すら持たない。自らを取り上げる派閥もない。後ろ盾などありはしないレエーナには彼を否定してでも止めるなどということはできない。いいや、できたとしてもやれない。


 王国に住まう人々とユーマという一人の少年を天秤にかければその結果は一目瞭然なのだから。


 ――酷い女ね……。


 そう自嘲しながらレエーナはユーマに必要なことを教えていく。飲み込みは早い。頭も悪いわけではない。時間には間に合いそうである。


「うん、いいわ。それでは、外で待っていて」


 一通り覚えたところで寝室から出される。ソファーに座って待ってしばらくすると、


「お待たせ。じゃあ、行きましょう」

「――――」


 正装に着替えたレエーナが出てきた。

 その姿を見た瞬間、また魂が抜けるほどであった。目も魂も吸われるかのような美しさがそこにある。美の究極という陳腐な言葉すら烏滸がましい。

 彼女は美しい。ただただそう思う。先ほども綺麗な服を着ていたがこれはまた違う雰囲気だ。パーティー用のドレスなのだろう派手さの中に気品も感じられるよう。


 先ほども良いが、これも良い。というか彼女の全てが素晴らしいとユーマには感じられる。


「綺麗だ……」

「ありがとう。さあ、行きましょうか」

「あ、……ああ」


 それと同時に思うのはこんな人の隣に立ってもいいのかという思いだった。


 ――いや、俺は勇者だ。だから、問題ない。


 そう思う心もあれば。


 ――いいや、僕なんかが隣に立てるはずがない。


 そう思う心もあった。


 だが、今は、ただただ彼女の美しさに見惚れるばかりだ。まばゆい光のように輝き、高貴な匂いが香るような美しさ。

 まさしく正しく生きている世界が違う。これが青い血。流れている血すらも高貴な人としての頂点に立つ存在の気品がただそこにいるだけで周囲に香りあらゆる者を虜にしていくかのように感じられた。


 月の光に咲き出でた夜の華のような花開いたばかりの美しき白百合の姫君。どれほど言葉を尽くしたとしても自らの貧相な語彙ではその美しさを永劫表現することはできないだろうとユーマは思った。


「さあ、気合いを入れなさい。いつまでも呆けているひまはないわ」


 そんな風に呆けていたからいつの間にかパーティー会場で呼ばれて入場する段になっていたことに直前まで気が付かなかった。

 それでもどうにかレエーナに続くように入る。その瞬間にさらされるのは好奇の視線だ。ユーマの一挙手一投足全てに注目が集まっている。


 直前にレエーナに言われた通りに一度広間の中央まで出てから壁際へと移動する。バルコニーの近く。いつでも外に避難できる位置だった。

 それから二人の王子が入場し、最後に王が会場へと入ってくる。王妃を伴っての入場。その瞬間、ユーマは心臓をつかまれたかのように感じた。


 王や貴族ですら、一級の戦士でなければ通用しなかった。いいや、成立すらしなかった中世の圧倒的な武骨な世界観を感じさせる覇気がユーマを射抜く。

 鋭い青の瞳。タカやワシの如く鋭く、遥かな高みから射抜くようなその視線にはただただ畏怖しか感じない。これが王。これが一国を統べる者。ユーマがどんなに逆立ちしても聖剣がなければ目の前に立つことすらできない存在。


「――――」


 思わず唾を嚥下する。生物としての格の違いを見せつけられているかのうだった。深いしわの刻まれた年月に感じられる知性と武性。静と動が同居した圧倒的なまでの王気を前にした瞬間、本能的に跪きそうになった。

 そうならなかったのは視線の交差がただの一瞬であったこと。すぐにレエーナが前に出たからだ。


「皆さまお集まりいただきありがとうございます」


 今日の夜会の主人ということになっているレエーナの挨拶が入り、そこから各貴族たちのあいさつ回りが始まる。

 順番を守っての挨拶。そうしなければ相手を侮辱したということになり戦争が始まりかねないから注意が必要だった。


「さあ、行くわよ」


 今回は不慣れだろう勇者を王女が助けるということでレエーナについてユーマもあいさつ回りをする。一番位が高い王に一番に挨拶をするのだ。

 あの瞳に射すくめられると途端に蛇の前のカエルのようになるが、それでもどうにかこうにか教えられた通りの挨拶をこなす。


 それには貴族たちも思わず驚きを隠せないようであった。伝説に聞く勇者はそういった作法に不慣れでありこういった夜会では無作法をやらかしていたという話ばかりが伝わっているからだ。


「こちらこそ光栄だ勇者殿」


 鋭い瞳からは信じられぬほどに温和な声。浮かべた笑みは、どこかレエーナに似ているようにもユーマには思えた。


「アクシアを取り戻したと聞いている。さすがは勇者殿だ」

「あ、ありがとうございます」

「もっと話をしてみたいが、他の者も其方と話したいであろうし、私ばかりが話すのも悪かろう。ゆえに、アクシアを奪還した褒美を取らせる。後程我が娘より受け取るが良い」


 さあ、行きなさいと優しく送り出される。


 ――雰囲気は怖い人だけど、いい人なのかな?


 ユーマがそう思っていると隣のレエーナはわからないように顔を引きつらせていた。


 ――わが父ながら相変わらず……


 やることがあくどい。

 王は自らが与える印象を心得ている。目つき、しぐさ、若い頃の戦働きから来る武骨さと鋭利さ。それをすべて理解しているうえで勇者を見て自らがどのような影響を与えているかを全て理解しているのだ。

 そのうえで、それと真逆の性質を身にまとって見せる。例えば先ほどのように、初めに鋭利な覇気を放っておきながら、話すときは優し気な父親のような雰囲気を醸し出す。


 そうすることによって勇者に与える印象を圧倒的に良くした。人間は、第一印象で抱きたくもない衝撃を与えられると、次にそれとは大きくかい離した印象を与えられば人はたやすくそちらに流れるのだ。

 第二の印象はその人にとって優しいものであるためだ。人は辛いものから本能的に逃げる生き物だ。恐怖を常に身にまとっているからこそ人は人となったといっても過言ではない。


 それゆえに圧倒的な覇気という鋭利な剣を突き立てて置いて、次の瞬間には優しい抱擁を与えてギャップを与える。

 それが与える効果はユーマを見ればわかるだろう。


 だが、それをユーマに伝える暇は今はない。今は、貴族に挨拶をしなければならないのだ。

 次に挨拶に行くのはレエーナの兄たち。つまりは第一王子と第二王子だ。どちらも鋭利な雰囲気を纏っている。


「会えて光栄だ勇者殿」


 常にそう返される。それから二言が三言話して次へ。

 貴族を次から次へと挨拶していく。ようやく全ての挨拶が終わると皆に酒が配られ乾杯の音頭とともに夜会が真に始まりを告げる。


 まずは様子見とばかりに誰も動かない。今回の夜会の目玉は勇者。だから誰もが勇者の動向を気にしている。


「針の筵だ……」

「我慢なさい。少し話をすればバルコニーに出ていいから」


 問題は誰と話すかだった。

 最初に話す相手というのは重要だ。相手からは話しかけてこないだろう。話しかけようとすれば近くの貴族が牽制する。

 ゆえにまだ誰も動かない。その牽制を振り切り動こうとするのも良いが露骨に野心を見せるのはこの場では感心されるものではない。


 だからこそ勇者が動くのを皆が待っている。問題は、どこへ行くかだった。


「誰でもいいわけ……ないよな」

「当たり前ね。へたな派閥を選んで最初に話しかけでもしたら目も当てられないわ」

「派閥ね……」


 ユーマはレエーナに聞いた派閥について思いだす。


 この王宮には複数の派閥が存在している。王を筆頭とした王派。この場にいるほとんどの貴族たちがこの派閥と言っても良い。最大勢力。絶対王政と呼ばれる絶対的な王の力を求めている。全てを王に集約し、彼の帝国に成り変わることを掲げている。

 次に第一王子派。第一王子を旗頭とした派閥であり、次期王ということもあってそれなりの規模を誇っている。こちらもまた革新派とも言える派閥であり、今までの概念を覆し新しいものを積極的に取り入れていく派閥だった。理念的には王派と近しいため王派とこの第一王子派は近しいものの、王派が古くからの古参貴族が多いのに比べてこちらは新興の若い成り上がり貴族が多いのが特徴だった。


 第二王子派。第一王子ほどではないがこちらも規模に関しては大きい。穏健派ともよばれており、魔王討伐以前からの拡大政策には反対しており、今の領土を維持する派閥だ。第一王子よりも第二王子の方が王位に相応しいと思っている者たちが集っている。第二王子の性格からか文に秀でた者たちが多い。

 そのほかにも宰相派や騎士団派閥など多くの派閥が存在しており、いくつかの派閥にまたがって派閥を両立させている者までいるのだ。


 王派閥と第一王子派閥など両立できるところはしているし、騎士団派閥に話しかけたら実は王派閥でもあったということもあり得る。

 そのため誰に話しかけるのかは非常に重要だった。一番に話し掛けられたという事実はそれだけ重く重要なステータス。その選択から勇者として何を重視しているのかを推し量ることも出来る。


「難しすぎる……」


 ユーマの頭ではすでに限界だった。


「安心しなさい。こういう時の為に私がいるのよ」


 本当にレエーナが女神に見えた――。

今回から更新日を月、水、金にしたいと思います。


旅に姫を同行させるか、それともさせぬべきか。

どうしものか。

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