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第12話 影

「ユーマ、大丈夫かな」


 ユーマと別れ、その後、用事があるからとルシアンとも別れたシオンはひとり王城の廊下を歩いていた。窓から空を見上げて思うのは別れたユーマのことだった。

 悪いことにはならないことはわかっている。勇者なのだ。誰よりも丁重に扱われるだろう。だが、だからといって心配がないわけではないのだ。


 なぜならば、自分の役割というものを考えたら自然にそう思ってしまうのである。自分という存在がいる意味。勇者について行っている理由を考えれば安心できるどころか心配しかない。

 そもそもシオンという女は何か。ラーケ。奴隷。計算や知識豊富な商人に買われた女。本当に? 本当にそんなに都合のよい人材がいるというのだろうか。


 勇者が必要とする知識を教えることができるほどこの世界に精通するとなるとそれこそ奴隷では不可能だ。特にラーケという種族では。

 ラーケはこの国では基本的に奴隷種族という認識が強い。もともと誰かに従うことを本能的に幸福と感じる種族ゆえに、奴隷のように扱われることが多かった。この国でもそうであっただけのこと。


 そんな種族がまともな教育など施されるわけがない。誰かが意図しない限りは。つまりシオンという存在は誰かが意図して作り上げたということになる。

 その誰かと今から会うことになっているのだ。


「…………」


 シオンがやってきたのは城の階下に存在する地下牢。そのさらに奥に存在する部屋だった。石に囲まれた暗く、圧迫感の強いじめりとした部屋だ。

 さながら湖の底や洞窟の奥底のような光のない空間だった。生き物がいるような場所ではない。さながら死の霊廟のように静まり返り生の気配というものが甚だ抜けている。そこらじゅうに死体があるというのに虫がたかっていないのがそれに拍車をかける。


 ここがシオンが生まれた場所だと言ったらどれくらいの人が信じるだろうか。その証拠として壁際にある鎖の先に繋がれた死体がある。足を広げた女の死体。まるで出産した瞬間に死んでしまったかのような。

 それがシオンの母親だった。何のことはない比喩でもなくシオンは此処で生まれたのだ。生まれた場所に帰るということに感慨などありはしない。ここはシオンにとって良い場所では決してないのだから。


「報告せよ」


 暗がりから声が響く。その声に、シオンは跪く。


「はい」


 報告するのはユーマのこと。彼がどんな人物で、どのようなことを好むのかということ。シオンに対する反応などを事細かにだ。それでも言いたくないことは意図して、言わなかった。

 報告しなれば暗がりから鞭が跳ぶだろう。それを考えただけで震えが来る。それは恐怖だ。恐怖というのは鎖だ。容易く人を縛ることのできる強固な。


「おまえの役割はわかっているな」

「はい」


 役割。それは勇者の案内役ではない。勇者を探り、王ではなく貴族のひとりに協力するように誘導すること。王につくよりもこちらの貴族についた方がいいのだと思わせることが役割だった。

 あるいは、まったく期待されていないが女としての武器を使っての篭絡だ。


「ふん、その程度か。女なのだから、篭絡くらいしてみせろ」

「……もうしわけ、ありません」

「ふん、下賤なラーケに期待せんがな。まったく男がいれば女など」


 本来であれば暗がりの男は男のラーケを使うつもりであった。だが、男のラーケは昨今ほとんど表に出てこない。全ては防衛に使われるからだ。人間よりも力の強い種族、防衛に利用しない手はないだろう。

 だからこそ女ではなく男が良かったのだが、都合よく用意できなかったためにシオンで妥協されたのだ。なぜならば男は感情で動くことを排することができるが、女は感情で動くからだ。


 女という生き物は感情が全てにおいて先に来る生き物だ。少なくとも暗がりの男はそう思っている。例えば嫌なことをされればそれが貴族の男だろうと後先考えずにひっぱたくことができるのは女だけだ。

 また、愛だの友情だのと言った感情で女は殺すことができる。だからこそ、暗がりの男は一切、シオンという存在を信用すらしていない。いいや、それどころか人とすら見ていないだろう。


「良いな、くれぐれもこちらが篭絡されぬようにな」

「はい」

「貴様が裏切れば、どうなるかわかっているな。貴様の肉体に直接刻んであるのだからな」


 背中に刻まれた火傷の痕がうずく。背中の刻印が痛みを発する。それは紛れもない恐怖の証だった。刻まれた恐怖。

 逆らえば、相手が気に入らなければ即座に焼かれるか鞭で打たれた。だからこそ、必死に算術もあらゆる知識も覚えたのだ。


「はい」


 ――でも、それはもう無理だよ。

 ――だって、支えるって決めちゃったから。


 これは明確な裏切り行為。篭絡するはずが篭絡されちゃっているのだから。


 ――だって、あんなの放っておけるはずがない。


 これはもう本能の部類だ。母性本能とでも言うのだろうか。とんとシオンには縁のなかったものであるが、それでもやはり女にはあるのだ。

 あの優しい子を幸せにしてあげる。それがシオンが今やるべきことだと認識している。決して彼らの手に落としてはいけない。それだけは確実だ。そうなれば政戦の道具にされてしまう。それはきっと彼は望まない。


 ――うん、ユーマが好きな子ときちんと結婚できたのを見届けるまで頑張らないとね。


 それがシオンの決意だった。


「…………ふむ。一応、刻むか」

「え――」


 突然暗がりから四本の手が出てきて押さえつけられる。それはラーケの手だ。心を抜かれた人形のようなラーケの手がシオンを押さえつける。

 そして、服を引き裂き背中を出させる。醜く焼けただれ、傷が一面に広がった背を。


「さて、引き締めておくとしよう。なに、安心すると良い。勇者が戻る数日後までには治るくらいにしておいやるさ」


 嗜虐的な声が響く。暗がりから出てきたのは男だった。仮面をかぶった男だ。


「いや、やめて――」


 だが、男がやめることはない。男が取り出したは煌々と燃え盛る炎に炙られ赤熱した焼きごて。それを見た瞬間、あらゆる恐怖が想起される。

 泣き叫び暴れようとも外れることのない拘束。それが相手の嗜虐心を刺激するのだとしてもやめることなんてできない。なぜならば、そういう風に教育されたから。


 音を上げる熱量。ただそこにあるだけで空気を熱していく焼きごてがゆっくりとゆっくりと背中をなでていく。

 触れていない。だが、焼けた空気が徐々に徐々にシオンの背を炙っていく。そして、一気に押し付けられた。


「ア――ア゛ア゛ア゛ア゛」


 悲鳴が地下に響き渡る。肉の焼ける臭いが充満していく。仮面の男は悲鳴に笑みを浮かべ、漂う臭いに辟易とする。悲鳴は良いが、この臭いだけは困りものだった。なにせ、肉が食いたくなる。

 それに、押さえつけていえる洗脳したラーケが焼けた背中の肉を喰らうのだ。治療が面倒になるからやめろと言いたいが、それがまた良い悲鳴を響かせるのだと暗がりの男の笑みは辟易としながらも深まるばかりだった。


 声が枯れて悲鳴がでなくなるまでそれは続けられる。炙り押し付け、喰らわれる。循環するように何度も何度もシオンの声が枯れるまで続き。

 声が枯れると、今度はシオンの髪をつかんで引き摺って行き壁際にある水をためた桶にその頭を突っ込むのだ。声が枯れたのなら水を飲ませて元に戻すだけだ。そして、元に戻ればまた悲鳴を上げさせる。


 何度も何度も。己の立場というものを理解して従順になるまで。女は特に念入りにだ。何かの間違いで勇者にほだされこちらを裏切ることないようにだ。

 ただでさえ現在勇者は城で王女に世話をされている。王が行っている取り込み政策であることは一目瞭然だ。役に立たない王女をここぞとばかりに使う。


 それをされてしまえば、暗がりの男には手が出せない。だからこそシオンを用意したというのもある。これで男であれば完璧だったのだ。

 篭絡するという点においては合格点であるが、それ以外に不安が残る。感情の問題が最も厄介。ただでさえ女のラーケというのは情に厚いのだから。


 だからこそ念入りに焼く。そういったことを抱けばどうなるかを教え込む。


「私を裏切ればこの倍、いいや、死んだほうが良い苦しみが永遠に続くことになる。努々忘れないことだ」

「は……い……」


 死んだように床に転がるシオン。そのまま彼女は数日。ユーマが再び旅に出るまで放置されることになる。


「ゆ……ま」


 それでも彼女の決意は揺るがなかった――。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「さてさて、僕を呼び出しとはどなたかな」


 シオンと別れて宿を決めて早速色街に繰り出そうとしていたところにさるお方からの使いという少年が来て呼び出しを喰らった。

 無視してやろうかとも思ったルシアンであったが、絶対に来てくださいねという少年がどこまでもついてくるので行かざるを得なかったのだ。


「やあ、わざわざ呼び出してすまないね。さあ、どうぞ座って」


 そして、指定された場所に行ってみるとそこにいたのはエルマードだった。それもただのエルマードではない。着ている服は上等でありかなり高い地位にある者であることが伺えた。

 このリードヴェルン王国においてそんな高い地位にあるエルマードなどひとりしかいない。少なくともルシアンは知らなかった。


 アロイス・ゼルロード。この国の宰相である人物だ。理知的で柔和な笑みを浮かべたエルマードの青年は、さあどうぞとルシアンを部屋の中に招き入れる。

 彼ひとりかと思ったがどうやら彼以外にもいるらしい。そちらも全てエルマードだ。ただしアロイスと違ってこちらはあまりいい服ではないようであるが。


 そんな彼らの様子はルシアンを歓迎した様子だった。それにルシアンは警戒を強める。いつでも聖弓を抜けるように用意しながらアロイスが指し示す椅子へと座る。


「やあ、まさかあなたのような方に呼び出されるとは思わなかったよ。僕はただの村の名主だし。おっと、言葉遣いも改めないと。ええと、そんな私にいったいどのようなご用件で?」

「ああ、構わないよ聖弓の勇者殿。寧ろこちらがあなたを敬わねばならぬほどだ」

「あ、そう? ならいつも通りで行かせてもらうよ。でも、聖弓の勇者って言った? 僕が勇者? 冗談でしょ」

「いいや、あなたもまた勇者なのだ。我らエルマードの」

「それって勇者伝説ってやつ? エルマードに伝わる?」

「そうだ」


 エルマードにはひとつの勇者伝説がある。それは荒唐無稽な話だ。聖弓を持つエルマードが多くのエルマードを導き、エルマードの時代を築くという眉唾な。

 そんなものルシアンは信じていないし、確かに聖弓を手にしてはいるが、エルマードなんて種族を背負うつもりも彼にはない。


 気楽な生活が出来ればいいのだ。聖弓は戦うために必要だからもっているだけであって誰かを導いたりなんてするつもりは一切なかった。


「あんな眉唾な話信じているのかい宰相殿?」

「無論、伝説ゆえ信じてはいないが、こうして聖弓をエルマードが手にしている。ならば考える必要があるとは思わないかい」

「何を?」

「魔王を討伐した後のことさ」


 魔王を討伐した後のこと。


「それはまた、ずいぶんと先の話だねぇ。そんなこと考えてどうするんだい? 明日は明日の風が吹く。それが僕らエルマードのはずだけれど」

「そうだ。それが我らエルマード。だが、それでは駄目だ。既に人間の王は魔王討伐のあとのことを考えている。この王都にいる貴族もだ。そうなれば我らエルマードもまたラーケのようになるかもしれない」


 人間至上主義が蔓延しそうなのだとアロイスは言う。このところ魔王が現れてから人間は人間以外の存在を嫌う風潮が出てきた。

 貴族の間に昔からあった人間至上主義が再び表に出てきたのだ。


「このまま我らは何もしないわけにはいかない。私はそう考えて君を呼んだんだ。風が君のことを教えてくれてね」

「僕に何をさせたいんだい?」

「簡単だよ。私たちに協力してほしい。魔王を討伐した暁には、私たちの()の旗頭として戦ってほしいんだ」

()? 国って言ったかい? はっははは」

「何がおかしい!」


 笑い出したルシアンを取り巻きの漢が怒鳴る。


「いや、済まない。なにせ、爆笑ものだったから。だって、国だよ、国。あのエルマードが国を作るって? これが笑わずにいられないよ。僕らはそういうのが嫌いだからこそだと思っていたのに」

「時代が変わった。我々も変わらねばならないのだ。そう風が言っている」

「ふぅん。まあ、残念だけど、答えはいいえだ」


 ルシアンは戦争に関わる気などない。もとよりエルマードは同族意識が薄いのだ。自然のあるがままを受け入れる種族であるため滅びもまた自然の摂理として受け入れる。それがエルマード。

 だからこそこの宰相アロイスのやり方は気に入らない。


「そうか。なに強制するつもりはない。だが、断言しよう。魔王討伐のあとの世界の変化を見ればおそらく君は私につく」


 そう彼は断言して去っていった。


「やれやれ、どこもかしこも魔王を討伐を前提で話しているね。倒せるかもわからないのにさ」


 ルシアンはそうつぶやくが、彼自身もほとんど討伐はできるだろうと踏んでいる。なにせ、聖剣だけでなく聖弓もあるのだ。

 問題はユーマ自身であるが、そのフォローは自分がやる。そのための聖弓だ。


「なにがあっても僕は(ユーマ)の味方でありたいものだよ」


 あの放っておけない少年の味方である自分というのは悪くないものだと思うから。


シオンがどういう人物かということとルシアンと宰相の接触ですね。この辺りは魔王討伐編が終わった後に重要になってきます。

この国なんというかいろいろな思惑で動いていますので。


ちなみに、人類以外の敵が出た場合大抵内ゲバしているのが人類だと私は思っています。

燃料求む。無論もらったらお返しにいくゆえに。


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