第11話 再会
王都の門をくぐるのはどれほどぶりだろうか。ほんの数週間くらいのはずであるが、とても懐かしくここを出たのがひどく昔のようにユーマには感じられた。
ソノラの村の道中何度も魔に襲われたがユーマが出る前にルシアンの聖弓が迎撃してくれたおかげで彼が戦うことはなかった。それだけでも随分と助かった。
「んー、帰って来たね」
背後で城門が閉じると同時にシオン伸びをしながらそういう。そういうものだろうかとユーマは思う。ユーマには少なくとも帰ってきたと思えるほどではない。
ユーマが本当に帰ってきたと感じる場所はこの世界にはないのだから当然と言えば当然なのだが、強固な城壁の中、少なくとも警戒する必要ない場所というのはやはり安心できた。
「いやー、王都は久しぶりだねぇ」
「ルシアンは来たことがあるのか?」
「昔にちょろっとね。でも、ここはあまり変わりはないみたいだ」
「まあ、王都だからね。それだけ厳重ではあるし。さあ、行こうか。勇者様は登城しないとね」
ソノラの村人と別れてユーマたちは大通りを通って城へと向かう。城下町は以前と変わらず遠巻きに見られているようだ。
相変わらず勇者に触れることは禁ずるという法は理解できない。
「まあ、あってないような法律だしね。ただ危険があるからっていうのも理由みたいだけど」
「ますますわからん」
もっとこう勇者だからと敬ってもらえたりはしないのだろうかとも思うのだが、十分に敬られている。大抵の人間が勇者を上に見て、それに触れることは大概が禁忌だ。
身分の低いものが高いものに些末な理由で話しかけることができないように、一般人が勇者に早々話しかけることはできないということ。
無論、法となっているからにはそれなりの理由がある。その理由をユーマが知るのはまだ先になる。だから今はただわけもわからず遠巻きにされて、さながらモーセのように割れた人込みの中を進む。
すると、
「勇者様!!」
ひとりの男性がユーマの前に跪く。すぐにシオンがユーマの前に出た。
「誰だ、名を名乗れ!」
「(ちっ、ラーケの分際で……)」
「聞こえている。このまま巡視に突き出してもいいが」
「滅相もありません。私はアクシアの街に住んでいた者の代表であったもの。名をイシュクと申します。勇者様の活躍でアクシアの街に戻れると聞いて、そのお礼を言わねばと!」
「そうか。ならばそこで述べよ。私から勇者様に伝える」
男が内容を伝えるとシオンは去れと言ってシオンはユーマに彼の言葉を伝えた。
「お、おいシオン」
あまりに雰囲気の違うシオンの様子にユーマは狼狽する。
声のトーンが低くいつもの優し気な雰囲気がどこかに吹っ飛んで相手を威圧する獣性を垣間見せていた。見たコトのないシオンの姿に混乱する。
「さっきのは必要なことかな」
先ほどとは打って変わってユーマに向けていった彼女の声はいつも通り。
わけがわからず混乱するユーマに答えを教えてくれたのはルシアンだった。
「ユーマ、この国の貴族はね、直接平民と話すことなんてないんだよ。そんなことを許すと誰でも彼でも話しかけてきてちっとも街を歩けなくなる。想像つくだろ? それにね何より取り立ててくれー、取り立ててくれーってうるさいんだよ」
貧しいことは嫌だろう。だからこそ、誰もが貴族に取り立ててもらおうとする。貴族に取り立ててもらえば少なくとも日々を貧しく生きることからはある程度解放されるのだ。
貴族は貴族故にそれなりに金を持っている。領主貴族ほどではないがこの王都にいる官僚の文系貴族たちであっても平民からしたら夢のようなほど金を持っている。
そんな貴族に取り立ててもらう。男であれば従士。そこから王の目に留まって騎士の叙勲とかを夢見ている。女であれば当然貴族の妾の地位などを夢見る。
無論、そんなことは無理なのだが、平民も必死だ。特に今の時代、明日を生きるも辛い世界だ。王都であってもその事実は変わらない。平和そうに見えて裏路地に入れば子供の死体がわんさかあったり、子供だけではなく浮浪者の死体も多い。
大通りから一歩通りを変えると盗みが横行し、気に入らない相手との乱闘など日常茶飯事だ。巡視ですら近寄らない街区が存在するほどであり、その巡視すら加担して悪だくみなどざらである。
だからチャンスとあればなにがなんでも飛びつこうとする。それもこれも生きるためだ。
「本来なら十数人の騎士で道を先回りして整えたりするんだけどね」
「いや、ちょっと待ってくれ、それだとまるで俺、貴族扱いされてないか!?」
「まるでもなにも貴族だよ勇者様は」
「聞いてないぞ、そんなこと!?」
「うん、言ってなかったかな。体験した方がわかりやすいと思って」
それもあるが、あまりそういうことを意識してほしくなかったというシオンの思惑もある。貴族にかぶれると本当にいいことはないのだ。貴族と関わるとろくなことはない。少なくともシオンはそう思っている。
できることならユーマには貴族だとか平民だとか関係のないところにいてほしいのだ。下手に関わり合いになってしまえばもう逃げられない。
過保護かもしれないが、ユーマが自分から決めて関わるというまではシオンはそういうことを意識させる気はなかった。それがある方の思惑に外れようともだ。
「頼むから、そういうことは言っておいてくれよ。驚くだろ」
「うーん、まあ先に言っておいてもいいんだけど、体験した方がわかりやすいでしょ? それにユーマ覚えられる? 貴族の作法とか。私は一応教えられるけど」
「へぇ、ラーケなのに貴族の作法とか知ってるんだ」
「良い女には秘密が多いってね。あまり女の子の秘密を詮索すると嫌われちゃうかな、ルシアン?」
「ふぅん、まあそういうことにしておこうか」
「いやいや、だからどういうことなのか説明してくれよ」
「ユーマはそのままでいいってこと。勇者だからあまりその辺気にしてもあれだからね。でも、今回みたいなことがあったらまたああいう対応になるということだけは覚えておいて」
誰でも彼でもついて来たり、取り立ててくれと言われるのは面倒だよ? という言葉にとりあえずユーマは頷いた。
どうせ聞いてもわからない話だ。シオンに任せておけばいいだろう。そう思ってひとまずその話を放棄した。
「どうせ、俺にはこれに使われるしかできないしな」
背の大剣。分厚く、硬く、巨大に過ぎる数多の機構を宿す聖剣。殺戮兵器の名をほしいがままにする魔を滅ぼすための武装。
それに使われて魔を倒す以外にユーマにできることはない。正直なところ、この前の戦いでだいぶ懲りたというかもう諦めたいと思っている自分がいる。
「けど、王女様に約束したしな」
約束を破る男にだけはなりたくない。あそこまで格好つけたのだから、最後までやってやる。
「お待ちしておりました。勇者様」
城につくと門の前で騎士のひとりがやってきて中へ案内されることになった。
「それじゃ私たちはここで」
「じゃ、またあとでねー」
「二人は、来ないのか?」
ルシアンはどうでもいいが、シオンと別れるのは正直不安だった。
「そんな顔しないの。大丈夫だかな。それに、どうやっても私じゃ王城には入れないし」
「僕も似たようなものだからね」
「そうなのか……」
「ほら、早く。きっといいことがあるよ」
後ろ髪をひかれながらも騎士について行く。
「まずは湯あみを中に従者らがおります故」
連れていかれたのは風呂だった。しかも湯の張ったそれである。ユーマが想像していた中世は衛生観念に乏しくゆえに発生する体臭対策のために香水を愛用していたとかそんな具合であり、風呂なんてないものだと思っていたのだ。しかも、こんなに湯を張れる立派なものがあるとは思いもしなかった。
この時代、実は意外なほど入浴というものは多くの人に親しまれている。これほど立派な浴場はないものの男女ごちゃまぜの大衆浴場なんてものはこの王都の城下においても多く存在するほどだ。王城の浴場ともなればそれはもう豪華だ。かつての大帝国縁の浴場であり本格的だ。
脱衣所に入るとそこには従者たちがいた。全員男であることは間違いない。それも全員イケメンであり、特に足がキレイであった。
「えっと……」
「我々にお任せを勇者様」
その中のひとりがそう笑顔で告げて、てきぱきと指示をしていく。突然のことでユーマは反応できない。反応できた時にはあれよあれよという間に裸にされていた。
「ちょっ!?」
いきなりのことで驚くが既に事態は進行中であり、ユーマが拒否を挟める雰囲気ではない。そのまま浴室に連行され、身体を洗われる。それこそ隅々までだ。そう隅々まで……。
これで女性のメイドとかだったらもっとやばかっただろうとユーマは思う。かといって男に洗われるというのも甚だ微妙というか、それはそれで嫌だ。何が嬉しくてイケメン集団に全身を隅々まで洗われなければいけないのかと思う。
「いや、自分でできる――」
「ご安心を心得ております故」
そう言っても聞き入れてもらわれない。恥ずかしいのだがと正直に言ってみたのだが。
「綺麗なお体です。何を恥ずかしがるというのですか」
「そうです。御髪もキレイな黒。触らせていただいているのが恐れ多いくらいです」
とかもう恥ずかしいことを言われるばかり。だからもうあとは早く終わってくれと祈るしかなかった。
それでもそんな羞恥プレイが終わると湯船に案内され、彼らは浴室を出ていった。
「はぁ」
数分の出来事であったが、どっと疲れた。
「でも、久しぶりだな……」
それでも湯船につかるとそんな悪いことは湯に流れてしまう。
「はぁ」
あたたかな湯。肩までつかるには少しばかり浅いものの風呂の縁に頭を乗せて寝転がるように湯につかる。広い湯船だからこそできる贅沢を体いっぱいで味わう。
流れる湯の音を目を閉じて聞くととても落ち着く。湯から出した顔を蒸気が多い、程よく温めて汗を流してくれる。
「ふぅ……」
軽く、重くない息を吐く。それだけで疲れが息と一緒に外に出ていくようだった。
気を抜けば眠ってしまいそうになる。それもありだなとか思う。どうせ眠ったところで先ほどの従者の方々が助けてくれるだろう。だったらこのまま眠ってしまうのもいいかもしれない。
――って、駄目だな。
久しぶりのお風呂。それも温泉とか銭湯のように大きな湯船で自分だけ貸し切りという空間。久しぶりにリラックスできる空間ということで思考が変な方向に飛んで行ってしまっていた。
それも仕方がないだろう。風呂なのだ。お風呂。日本人としてこれは外せない。できれば毎日入りたいのだ。旅の間は絶対に無理なので我慢しているができることなら毎日入りたい。それも湯船につかりたいそう思ってしまう。
「無理だろうなー」
だからこそ今はできるだけ堪能する。
「……さて、そろそろあがるか」
しっかりと身体をほぐしてから、湯船から出ると待ち構えていたかのように先ほどの従者たちがやってきて身体を拭く。
もうどうにでもなれの精神でされるがままになり、着せられるがままになった。今まで着ていた服とは違う仕立ての良い服。貴族が着るようなものであることは一目でわかった。それですら現代の服の方が着心地が良いのは何とも言えなくなったが。
それを着せられてからは、ここでお待ちくださいと豪華な部屋で待たされる。これから何があるのか。これを壊したらどうなるのやらという不安でうかつに動けない。
いったいどれほどまっただろうか。数分だとは思うが、下手したら数時間なのではないかと思うほど間延びした待ち時間。不安で押しつぶされそうになったとき、部屋の扉が開く。
「――――」
こつんと靴音が響いた。小さいが確固としたその音が深く響く。部屋に響くただ一つの音。まるで時の歩みが遅くなったかのように感じた。
世界から音が消える。時がゆっくりとなりスローモーションのように世界の動きが遅延する。振り返ったそこにある存在。誰かが部屋に入ってきただけでユーマの世界が支配されたかのよう。事実支配されたのだ。
光を受けて輝く金糸のような髪は柔らかくウェーブし、彼女の僅かな動きに波打つ。白磁の肌は光を纏っているかのように白く輝き、青の瞳が澄み切った青空の色を映し出す。
感じる雰囲気はまさしくユーマとは隔絶している。遥かな高み。人を導く王族にしか出せぬ高貴なる青い血の気配。
ただそこにあるだけで全ての者に畏怖させる気品に思わず一歩引いて傅いてしまいそうになる。
「あなたのお世話をさせていただきます。どうぞなんでもおっしゃってください」
――この日、僕は彼女に再会した。
――愛しい王女様と――。
ついに王女と再会したユーマ。さあ、童貞男子は彼女に名前を聞くことができるのか! そして自分の名前を告げることができるのか!
ですが、次回はシオンとルシアンのターン。だいぶ黒い話になっております。黒いというかドブラックというべきか。あとクズな話か。
そんなわけで次回もよろしくお願いします。




