第10話 王女
「それじゃあ、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ大したこともできず。どうか道中彼らをよろしくお願いします」
「はい」
盛大な祭り。食って、飲んでの祭りは朝まで続いた。ユーマと言えば慣れない酒で一発でダウンして朝までシオンの膝でぐっすり眠っていたらしい。らしいというのはまったく記憶がないからである。
それから一日休んでからユーマたちは一度王都へと戻ることに。今回のことの報告とちょっとした休憩。それから村から王都へと人の護衛である。
大半の魔はいなくなったとは言っても魔が完全にいなくなったわけではない。残っている魔はただのヒトにとってはやはり脅威であることに違いはないのだ。
だからこそ移動は基本としてまともな軍を頼るか、今回のように勇者など腕の立つ人物に同行するのがこの時代の一般的な移動法である。
「さあ、行こう。僕らの冒険はこれからだ!」
「なんで、あなたが音頭を取ってるのかな。そこはユーマでしょうに」
「いや、俺は別に。そういうの苦手だし」
「勇者だからね。こういう機会はほかにもあると思うし」
「そうそう。だから僕を参考にして覚えると良い」
そして、今回ユーマの旅に同行することになった村人の中にルシアンがいた。しかも、王都へ行く組ではなくユーマたちについてくるらしいのだ。
「なんてたって僕は聖弓に選ばれてしまったからね。それなら、君たちについて行くのが当然だろう」
「まあ、それはそうだけど……村は大丈夫なのかな?」
「大丈夫さ。僕がいなくとも彼らは問題ない。ユーマのおかげでね。だから、僕はユーマについていくのさ。戦えるのが二人になれば多少はらくだろう?」
「そうだな。それは……助かる」
ひとりで戦わないで済むというのはとても大きい。片方が敵を引きつけておけば片方が楽になるのは当然であるが、遠距離攻撃手段である弓が味方に入ったということは、ユーマがわざわざ戦わなくても良い機会が出てくるということだ。
剣砲としての機能を使えば、直接戦うよりも傷つくことは少なくなる。少なくとも、クロンダイクの時のように相手の攻撃の余波だけで傷つくことはなくなる。あのような痛みはもう受けたくない。それでもユーマはやめることはできないし、諦める気はなかった。
折れかけたが、戦う理由を思い出したのだ。王女様の為に魔王を倒すと誓った。だからこそ、ユーマは戦うのだ。
――何かがひび割れる音が響いている。
その心を罅割れさせながら摩耗させながらユーマは進むのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
リードヴェルン王国。それは魔に滅ぼされかけている世界において未だ広大な領土を保っている唯一の国だった。東は海まで、西は魔の侵攻を押しとどめて来た長城までを持つ国であった。
ただ各領土の諸侯たちとの連絡などはなく、実際この版図がどれほど役に立つのかはわからないが、少なくとも数十年前、魔王が復活するまでは広大な領地を有していた。
それもこれも王女という存在があったからだ。王女レエーナ・アル・リードヴェルン。王族でありながら位階が王族に本来つけらる敬称であるところのデラよりも下位のアルの称号を名に持つ王族の中でも特異な立場にある女であった。
勇者の到来を数年前に予知した巫女とされている。それは正しい。彼女は正しくそういった血を引いている。
予言者と呼ばれる者たちがこの国には存在している。古くから為政者と関わることなく各地に散らばり吟遊詩人や楽団などと言った個人から集団となり各地で詩を歌い予言を伝えてきた一族。
その力に目を付けた王が十数年前に吟遊詩人を王宮に招き、子を孕ませた。生まれたのは女児であり母と同じ力を持っていた。
幼少の頃より天候の変化を言い当てたり、開戦の兆しを言い当てたりしたという。王族としては下賤な血が混じっているがその力は重視され、それなりの扱いを受けている。
無論、貴族の中には彼女を疎ましく思う者も多い。下賤な血。それもひとところに留まらぬ流浪の者たちの血だ。不浄という者も多い。
すでに齢は18歳という嫁に行き遅れているのもそれが理由だった。それだけでなくとも未来を予知するという王女だ。ほしがる者は数多いるものの、王がそれを認めなかった。
そんな力を諸侯に渡すことなどできはしない。ゆえに彼女に与えられた選択肢は一生の飼い殺しのみであったという。
それが魔の到来から勇者の召喚以降変わることとなる。彼女に与えられた新しい命令は、こうだった。
「勇者を篭絡しろ」
王から告げられたのは王女に城下に多くある娼館の娼婦まがいのことをしてでも勇者をこちらの陣営につけろという命令だった。
アクシアを取り戻したという報が伝わった。此度の勇者も力となることを証明したのだ。既に王は魔を倒したあとのことを考えているのである。
この時代、ユーマの時代に照らし合わせるならば封建制が強い。国王が諸侯に領地の保護――防衛であるが――をする代償に忠誠を誓わせる。諸侯も同様の事を臣下たる騎士に約束し、忠誠を誓わせるという制度である。それが封建制だ。
それだけを聞けば、騎士道物語などのイメージから誠実で奉仕的な主従関係と考えられがちではあるのだが、実際にはお互いの契約を前提とした現実的なものだ。
両者の関係が双務的であり、主君が臣下の保護を怠ったりした場合、短期間で両者の関係が解消されるケースも珍しくない。
絶対できない緩やかな関係。更に臣下の臣下は臣下でないという言葉もある。直接的に主従関係を結んでいなければ臣下の臣下は主君の主君に対して主従関係を持たなかった。つまり、臣下の臣下は、主君の主君であっても命令に従う義務も義理もないのだ。
特にそれは地方の領地持ちの諸侯たちに強い傾向がある。王という主君を戴いてはいるものの、一番に優先するべきものは己の領地なのだ。王は二の次。一定の義理を果たしておけばよいという程度のつながりしかない。それに金持ちであるがゆえに平気で大臣にも逆らえる。
王はリードヴェルンという王国の主ではあるが、そのリードヴェルンという国はある意味で多くの国を戴く多国が共存している国といえる。この時代、多くの国がそのようなものだった。
ゆえにこそ王は力を求めているし、それは諸侯も同じ。現在、各地の諸侯と連絡を取る手段すらなく、各地がどうなっているのか不明であれば先んじて動くというのは当然であった。
諸侯が手をこまねいている間に領土の再編を王はもくろんでいる。王とは言えど絶対的ではない。絶対的な王となるため、勇者は暴力装置としてつかうのだ。
その始まりが、アクシアの復興。あそこは交通の要でもある。全ての道がそこから広がって王都へつながるのだ。
アクシアは王の領土ではなかった。近くはあれど治めているのは別の領地。王の領土は王都よりも東に多くある。もともとリードヴェルン王国という国は海運で栄えてきたのだ。東の海に面した広大な領土を所有している。敵に責められることもないゆえに豊かな領土だ。
それでも陸路で各地に送り出す商人たちに無用な税をかけられるアクシアの街はまさに目の上のたんこぶと言えたのだ。それが滅んでくれたのは実に好都合。取り戻し復興させたという既成事実によって手に入れるつもりであった。
無論、反発はあるだろうが、そのための勇者である。魔王を倒せるほどの暴力装置遊ばせておくつもりなどない。
王が目指すのは絶対的な王というものだった。彼の魔王がなしているという政治体制。憎き魔ではあれど、その絶対的な在り方は合理的だ。全てが王に集約していればやれることできることの幅は今の状態よりも多くなるだろう。かつての大帝国の後継を名乗るかの帝国に成り変わり神聖帝国すら名乗れよう。
幸いなことに王女は見眼麗しい。行き遅れだろうとも勇者というのはそういうものはあまり気にしない者が多い上に何より王が見たところ、召喚に際し勇者の視線は件の王女レエーナに向いていた。脈がないわけではない。
だからできない命令ではない。今のおまえにはその程度しか価値がないのだから。
「…………」
そんな王の思考を正確に読み取って模写してしまった、レエーナは溜め息を吐いた。
「姫様、人前ではありませんが、あまりそのような」
「そうねごめんなさい」
侍女の前とはいえため息を吐くのは王族のやることではない。だが、憂鬱なことに変わりはないのだ。それが必要なことだとわかっていても好きでもない相手と結婚というのに思うことがないわけではない。
これでも女であるのだから、昔に話聞いたお伽噺や演劇のような大恋愛などに憧れる気持ちがないわけではないのだ。
無論、既に行き遅れである自覚はあるのでそんな夢見がちなことからはとっくの昔に卒業しているが、
「どこの誰とも知れない勇者と結婚……」
自分がどんどん無価値になっていくことが憂鬱で仕方ない。
「侍女一同心より祝福いたしております」
「そうね、そうしないとあなたたちは結婚できないものね」
筆頭侍女たる彼女シャーリーは今年で24歳。行き遅れも行き遅れだ。年増と呼ばれるレベル。早々に結婚したいが、自らの主を差し置いて結婚することなどできるはずがない。他の侍女も似たり寄ったりだ。
だからこそ、今回の話は侍女にとっても悪い話ではない。寧ろ頼むから結婚してくれというほどだ。
「そのようなことは」
「そうね。…………」
レエーナは勇者について考える。名も知らない勇者。今現在こちらに帰還中という報が届いた。数日中にはこの王都にたどり着き、その世話を命じられるだろう。
王女でありながら侍女のまねごとをしてもてなせ。
「はぁ」
これでも王女として蝶よ花よと育てられてきたのだ。侍女や娼婦のまねごと。考えるだけでも憂鬱である。
それに勇者の人間性は伝説に聞く限りとてもそれはすさまじいものだったという。五百年は昔の先代勇者。名をシマヅとか言っただろうか。伝説に聞く限り首が好きとかいうヤバイ奴だったのだ。ことあるごとに首級を上げたと首を持ち帰ってきたことは今でも語られるほど。
悪いことをした子供にシマヅが来て首を取られるぞというのが教育になっていたりもするのだ。
「ああ、でも今代の勇者様はその点は心配ないか」
良くも悪くも普通だった。策謀を巡らせる父のような腹黒い感じも感じなかった。宮廷貴族たちのように悪質なものも感じない。騎士のような戦う者の覇気というものもなかった。
普通。どうあがいても勇者に相応しい者とは思えなかった。けれど、
「…………」
――けれど、彼は言った。魔王を滅ぼし世界を救うと。
その瞬間だけは確かに勇者に見えた。
「大切なもの、失くした甲斐、あるといいけど……」
聖剣による勇者召喚においてレエーナは最も大切な母親と予知の力が捧げられている。大切なものと引き換えに、聖剣は勇者を呼ぶ。
後者はどうでもいいが、前者は堪える。それが仕方のないことだとわかっていても唯一自分を肯定してくれていた存在を捧げたことは、やはり悲しいのだ。
「…………」
予知の力。先天的な予言者の力というものであるが、事実それはあまり関係ない。母の一族に少なからず発現するらしいが、この力はなくても問題はないのだ。
予言者と呼ばれる一族の予言とは特別な力によるものではない。各地に散らばった一族からの情報を用いてあらゆることを予測する。それが予言者の一族の正体。
例えば天気の予知であるが、各地の天気をしれば明日明後日の天気が何かを予測することができるだろう。戦争の開戦もそうだ。他国にいる一族が兵士の終結だとかの情報を伝えることでそれすらも予言というカタチにできる。
いわば、情報網こそが一族の力。たまたまレエーナの一族に予言の力もあっただけのこと。その点に限れば一族の中から母を選んだ王の眼は確かだったということになる。
一族のつなぎだった母も死に、予言の力もなくなった。つまるところ本格的にレエーナに求められていた価値はなくなったわけだ。
そして、新しい価値が勇者の楔となること。
「……できるかしらね、私に」
「姫様ならば」
「…………」
どのみちやらなければ死ぬだけだ。王女であれど、何の価値もない人間を食わせるほどこの国に王都に余裕などない。
王族だろうと貴族だろうとそれは変わらない。寧ろ、不浄の血がなくなると喜々として殺されるか、修道院に入れられるかだ。
「ん、がんばろ」
それならば名前もどんな人間かも知らない勇者と一緒になったほうがマシ。
それから数日後、勇者とレエーナは再会する。
封建制だからね、王のところに全部集約しているわけではないのだ。まあ、私の解釈が微妙に異なってる可能性もありますが大体あってるはず。
でも、魔王という存在の記述が微妙に王族には伝わっているので、王様は王様で絶対王政目指して周辺国を束ねる宗主たる帝国を飲み込んでやるぜとか野心持ってます。
勇者が来たからもう負けるとか思ってませんねこの王様。
王女は王女でいろいろと複雑。ま、貴族だから仕方ないと割り切ってはいますが、自らの価値が変動しまくってることに辟易してます。
とにかく世知辛い世の中なわけで。王女周りに行き遅れの女どもが集まっております。理由は述べた通り。
ちなみのこの小説ですが構想では魔王倒しても終わりません。魔王倒した後も続きます。
勇者の苦難は続きますよ。魔王倒しても解放などしませんとも。
少なくとも敵は魔王よりも弱いが、魔王よりも戦いにくく、それでいて心を削られるハートフル(ボッコ)なストーリになっております。
いや、本当こんな小説なろうで受けるのか心配だが思いつく限り頑張りたいと思いますので応援のほどよろしくお願いします。とにかく燃料がほしいです。




