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第9話 聖弓

 薄れゆく意識。明確な死が自らに迫っていることをルシアンは感じていた。身体に大穴が空いている。情けない。ただの一撃でこのざまだ。

 その結果としてユーマに一人で戦わせてしまっている。本当に情けない。敵を討ちすら成し遂げることができず他人任せ。いかにイケメンであろうとも許されないだろう所業だ。


 だが、相手は魔だ。まだ生きていることをこそ称賛されるべきだろう。言葉を介するだけの知能と強さを持ったクロンダイクを相手にまだ死んでいないというのは称賛されるべきだ。普通のヒトであれば、ただの一瞬で死んでいる。

 かといってそれだけだ。死んでいないだけ。時間の問題には変わりなく。立ち上がったとして何ら役に立たない。ただの弓では魔を殺すには足りないのだ。あの硬い体毛を、皮膚を貫くほどの強弓が必要だった。


 そして、そんなものはない。ないからこそ聖剣に頼らざるを得ない状況に陥っているのだから。ヒトが封じ込められ魔に滅ぼされかけているのはそういう理由だ。

 かつてならば騎士団でもいれば倒せた魔は魔王の復活によって力を増している。かつての比ではなく。だからこそヒトは壁の中に閉じこもっている。


 ゆえにこそ勇者という存在は希望なのだ。


 ――それに、任せてちゃ、駄目だろ……。


 ユーマにそれを背負わせてはいけない。伝説の勇者のような存在ではない。彼はそんな存在ではない。伝説の勇者たち。

 彼と歴代の勇者たちは違うのだ。サムライと呼ばれた勇者やもっとそれ以前の勇者たちとは違う。彼は誰かを倒すことを善しとできる者ではない。


 きっと幸せに生きて来たのだろう。きっと、敵というものを知らずに生きて来たのだろう。平和の中で生きて来たのだろう。

 そんな彼を戦わせたままで良いわけがない。


 ――だから、立たないと……。


 だが、身体は動いてはくれない。腹部に穿たれた穴から自らの命が抜けていっているのを感じる。

 端的に言って満身創痍。もはや感覚がくるって熱いのか、寒いのか、痛いのか、苦しいのかすらわからない。

 足の感覚がないということは、背骨でも折れているのか。喉奥に感じる鉄の味は内臓も無事ではないことを告げている。


 絶望の中で笑うのはただ一人のみ。その存在が満足するように莫大なエネルギーを伴って絶望はさらなる嚇怒を巻き上げながら全てを飲み込んでいくのだ。

 平和のためには犠牲がつきものとルシアンは言いたくはない。それは確かに歴史が証明している。だが、的外れもいいところだ。


 そんなものは傍観者の言葉だ。現実で、目の前で犠牲になろうとしている彼を見てそんなことが言えるのならばそれはヒトではない悪魔だ。

 だから、立てと自らの足へと激を飛ばす。


 その時だ。


 ――ルシアン。


 彼は自らを呼ぶ声を聞いた。それは目の前。かすんだ視界の中に鎮座した弓から聞こえた。機構聖弓と呼ばれる至宝。聖剣から派生したとされる神々の機構武装の一つ。

 そして、その声は兄の声だった。


「兄さん……」


 ――力がいるのだろう。ならばとれ。


「なにが、どうなって……る、のやら……」


 ――それは、オレにもわからない。だが、殺される瞬間、オレは機構聖弓の前で死んだ。おそらくは、その時にいくばくの時間を用意してくれたのだろう。


「そう、か」


 ――時間がない。だから、とれ。そうすれば機構聖弓が教えてくれる。


「あいかわらず、兄さんらしいや……」


 だが、それならば是非もない。動かない体を無理やりに前へと進める。戟の音が響く背後の戦場で戦う弱いけれど、誰よりも優しい勇者の為に――。


 そして、その手に弓をつかんだ――。


 ――あとは任せるよ。


「最後まで、そんなとは」


 ――そんなものさ。愛しているよルシアン。


 声が聞こえなくなり、頭の中に弓の使い方が入ってくる。強烈な吐き気。それと同時に聖弓が歓喜に打ち震えていた。ようやく戦える。作られてから初めて力を振るうという機会に打ち震えている。

 ルシアンは身体に力を入れる。聖弓を手にした瞬間に光が包み込み、彼の身体を修復していく。聖弓の力だった。身体に問題はない。


「さあ、行くぞ――」


 弦を引く。矢などいらない。持ち手の先に光が渦巻く円盤状の宝玉があり、それを包む円環が回転する。莫大なエネルギーが生じそれは矢となる。


「――――!」


 気が付いた時には遅い――。


「穿て、聖弓――」


 全てを穿つ神々の弓が咆哮を上げる。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「ゲハハハ!」


 クロンダイクの笑いが広間に響き渡る。戦いは苛烈さを増し、苦痛もまた加速度的に増していく。


「――――」


 それでもユーマに逃げることはできない。許されない。勝てるはずがないとユーマが叫んでも、聖剣が逃がさない。

 現実に絶望し、ひび割れる心。ただ一つ焦がれた輝きに縋っていることすら忘れそうになるほどの痛みの中で諦めそうになる弱い心にその時、光が差した。


「あ?」


 それはクロンダイクも気が付く。背後、倒したと思っていた相手が立ち上がり、弓を構えている。機構聖弓。それが何かはわからずとも、その脅威に気が付く。

 聖剣と同類。雰囲気の根本が違えどもそれは感じ取れる。すでにそれが権能を発揮していることも理解できた。


 放たれた光の矢。だからこそ、クロンダイクの判断は一瞬だった。まず、聖剣の防御ごとユーマを蹴り飛ばす。

 勇者が邪魔をして来たら避けることすらままならないからだ。いくら攻撃しようとも傷ついても引くことなく応戦してくる勇者は生きて来た中でもっとも強い相手。そんな相手と戦いながらあの弓の権能を躱すことなどできない。


 だからこそ一瞬でもいいクロンダイクは勇者から離れることを選んだ。そうすれば避けられると踏んだのだ。

 弓の一撃とは単純に言えば点の一撃なのだ。ただ数歩横にずれるだけでその力は破壊を生むことはできない。だからこそ一歩でもいい。ただ一歩、そこから動けばいい。


「あ? ――」


 だが、クロンダイクの身体は動かない。足元に聖剣の刃が突き刺さっている。引き抜くことすらできぬほどに強く深く。


「にが……すか……」


 ぼろぼろのユーマは、光を見た。それは確かに希望の光のように思えた。それと同時にあの光景を思い出したのだ。

 どんなに時がたっても、どんなに辛いことがあっても、どんなに苦しいことがあっても、どんなことがあっても頭と心に焼き付いて、いつでも色あせない光景(思い出)。感動。感激。感嘆などありとあらゆる感情によって魂に焼き付くほどの色褪せない光景を。


 陽光が照らす大広間の中、渦巻く黄金の粒子、陽光を受けて輝く彼女の姿を思い出した。


「――――!!」


 だから、ユーマは前に出た。恐怖ですくむ身体を聖剣に任せ。意志だけでも一歩、前へ。ただそれだけで、聖剣はその意思をくみ取ったかのように分解する。

 分かたれた刃は飛翔し、クロンダイクの足を刺し穿ち床へと固定する。動くことはできない。逃がさないと言ったのはそういうこと。


「勇者アアアア――――!!」


 断末魔の咆哮砲。灼熱の光線がユーマへと迫る。


「ユーマ!!」


 ユーマを救ったのは聖剣ではなくシオンだった。飛び出したシオンに抱きかかえられるようにして咆哮砲の一撃から逃げる。彼女の肩越しに見たクロンダイクの最後は光に包まれて消滅していく姿だった。

 勝利した。辛勝というわけではないだろう。あのまま続けていても聖剣はさらにその機能を使ったということがユーマにはわかる。


「ああ――」


 それでも、助かったのだとユーマは感じた。あのまま続けていれば自分はどうにかなってしまっていただろうから。全身の痛みはもうない。既に聖剣が治療を開始している。

 傷はすぐに消えるだろう。重傷ですら治せると知識が言っている。それでも立たなければならないだとか、勇者だからとか、そんな気力は残っていなかった。


 まあ、いいかとも思う。シオンの前ならいいかとも。彼女ならばそんな自分でも受け入れてくれるだろう。それがわかっている。


「ユーマ! ユーマ、大丈夫!?」

「――――」

「ありがとう、ユーマ。君のおかげだ」


 ルシアン言葉すら遠い。それでも初めて聞いた感謝の言葉に、ユーマはどこか救われた気がしていた。

 そして、そのまま彼の意識は深い闇へと沈んでいった――。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 ユーマは夢を見た。


「また、寝坊? どうせまた夜更かししたんでしょ」


 それは母の夢だった。


「…………」


 そこは自分の部屋で。目の前には母親がいた。平和な世界。何も変わらない日常がある世界。魔なんていない、聖剣なんてない世界。

 退屈だと思っていた日常が尊いなんて初めて知った。失ってからしか人間は気が付けない生き物だと友人が言っていたのを思い出す。まさにそうだった。


「――――あれ?」


 思わず涙が出た。


「ちょっと、ちょっと、どうしたのよ!?」

「あれ、あれ……」


 涙が止まらない。情けないと思っても、格好悪いと思っても止まらない。


「もう、仕方ないわね」


 そして、母に抱きしめられた。いつぶりだろうか――。


「――っ」


 目覚めると知らない天井だった。珍しく少しは寝心地の良いベッドにあたたかな布団。温かくそれでいてなんだか安心する。


「お、おはよう。いきなりだからびっくりしちゃった」


 自分の腕の中にシオンがいた。


「へ?」


 状況を整理する。見知らぬベッドの中である。そこにシオンがいる。いや、なぜか自分が抱きしめているカタチ。服は着ている。骨が折れているのか左腕を吊っている。


「わああああ!?」


 思わずすさまじく無駄なアクロバットな動きを晒してベッドから転がり落ちる。むろん、シオンはその前に離したので彼女は変わらずベッドの上だ。


「―――――っっぅ、もう! 耳元でいきなり叫ばないでほしいかな!」

「な、なななな、なんで!?」

「ん? 何が?」

「なんで、ベッドに!?」

「なんでって……ユーマが引き込んだんじゃない」

「俺……が?」


 記憶がない。どんなに思い返しても記憶の中にそんなうれし――恥ずかしエピソードはない。最後の記憶は、塔の最上階でクロンダイクを倒したことだ。それ以降の記憶がない。


「覚えてないの? ここに運ばれて来て、ユーマの看病していたらいきなり腕をつかまれて引き込まれたんだよ。抱きしめられちゃってあとはずっとこのままだったんだから」

「……お、覚えてません……」


 ――一切覚えがない。

 ――なにしてるんだ自分!?


 そう思うがもう少し堪能しておけばよかったとも思ってしまうのが男の子である。


「でも、よかった。そんなに元気なら大丈夫だね。傷は治ってるみたいだし」

「あ、ああ。それは、問題ない……。シオンは……」

「私? 私は大丈夫かな。骨が折れてるけど、綺麗に折れてたからすぐに元通りだって。ラーケだから治るのは早いし大丈夫。足手まといにはならないかな」

「そんなことは……」


 ないと言おうとしてぐぅとユーマの腹の虫が鳴る。


「…………」

「あはは、お腹すいたよね。私もぺこぺこ。何か食べに行こう? 今、村ではお祭りだから」

「お祭り?」

「うん、お祭り。村の復興と、この周囲の魔がいなくなったことからね」


 クロンダイクを倒したことによってこの一帯の魔がいなくなったのだという。クロンダイクはこのあたりでも最も強い魔だったようでそれを倒した勇者の存在が一気に魔に伝わりこの辺りから引いて行ったのだという。

 魔にはそういう性質があるという。ある範囲を治めるボスを倒せば、その下にいる大半は離散していくというのだ。


「魔っていったい……」

「さあ、なんなのかな。でも、少しは残っているから油断は禁物かな。でも昔くらいには戻ったってみんな言ってる。また村を広げられるってね。さあ、立って、行こう?」

「…………」


 そう彼女が手を差し出してくるが、ユーマは立てそうになかった。ここから出るのが怖いとユーマは怯える。傷つくことが嫌だ。辛いことが嫌だ。苦しいことが嫌だ。

 小さな部屋の中。ここは安全だと思うから、ここから出たくなかった。


「ほら――」

「あ――」


 その時、彼女が手を掴む。そして、引っ張って立たせる。そのままユーマの手を握ったまま。


「さあ、行こう? みんながあなたを待ってる。大丈夫だよ。私が、一緒にいてあげるから」

「――――あ。ああ」


 彼女に引かれるまま、部屋の外へ一歩を踏み出した――。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 そこは数百年前は城であった。かつて時代の片翼と呼べる存在であった魔の王が住まい、その城下は魔の国の中心として賑わいを見せていた。

 だが、今やその面影は一切見られない。全てが時代の激流に呑まれて消えて行ったように、かつて繁栄は今はない。復興はしているが、それでもいまだかつての姿を取り戻すには至っていない。


 そんな廃墟と化して青々とした緑生い茂る主無き魔王城の地下深く。そんな場所の深部。玉座がおかれた場所にそれは存在した。

 傷一つない漆黒に輝く鎧に身を包み玉座に緩やかに腰掛けた美丈夫――魔王。魔の王がそこにはいた。


「勇者が来たか」


 手にした機構が施された漆黒の剣が震えている。対となる機構聖剣の力を感じ取っているのだろう。一つの領域が敵に取り戻されたことも魔王は感知している。


「魔王様」


 従者のひとりが大丈夫なのかと問う。


「騒ぐな。問題などありはしない」


 復活した魔王は此度は負けなどないと告げる。


「我の名を告げよ。我はなんだ。我の名を告げよ」

「偉大なりし王。我らが魔王なり」

「然り。ゆえに敗北などありえぬ。此度の戦、負けはせぬ。不毛な争いなど此度で終わらすとしよう」


 来るがよい勇者。我は此処だ。


 魔王は待ち構える。勇者を。

 決戦は、いまだ遠く――。


聖弓。聖剣と同じく魔に対抗できる武器ですが、実は使われるのははじめてです。


次回はいったん王都に戻るお話。その次くらいにお姫様の登場です。

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