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      やっぱり適度な感じが一番良いんだよ

 空は青いのに対し、海斗たちが進むマスは赤かった。

 海斗はアスモの嬌声を聞いて微妙な顔に、サライとトリタカは痛みを半分こにして苦しんでいた。

 海斗はなんだか気まずかった。 2人は痛みを分け合って進んでいるのに、自分はすべてアスモに受けてもらっている。 なんどもサイコロをふれど、サライたちとのあいだに距離ができることはない。 その距離がなんとも言えぬいたたまれなさを胸に咲かせていた。

 サイコロをふれば、3の目が出た。 マスは赤く、「マシンと2回ゴムパッチン」である。 またしても海斗の顔が苦くなった。 おそらくこれは、「ペアで乗り切ってください」という意味で2回にしたのだろう。 開催側の意図が、容易に想像できる。 しかしこれもアスモ1人に受けてもらう。

 もう彼女は目隠しをとき、目が綺麗に濡れている。

 そしてゴムパッチンをしたときのアスモの声といったら。 本当に、心から嬉しいと、気持ちいいと言わんばかりの矯正をあげたのだ。

 それを見て、ビンタマシンに数発なぐられたトリタカが、余裕のない目を海斗の背中に向けた。


「テメェ女に……身代わりになってもらって……大層ラクそうじゃねェか……!」


「うっせェ俺だってツレェんだよォッ!」


 海斗は今日一番の声をあげた。

 なんと弱きことか、自分。 参加動機は小遣い稼ぎなんていう、生意気なことこの上ないにも関わらず、ドMだとはいう女ひとりにすべて肩代わりしてもらっているとは。 情けない、ただただ情けない。

 ふと、あげた視線の先に銀髪の女が見えた。 バルである。 数回ビンタされていた。 後ろのシウニーが慌ただしい様子であることからして、「自分が受ける」とでも言い出したのであろう。

 その光景は、海斗に大きな精神的打撃を与えた。 あのバカ姫でさえも、騎士の代わりに痛みを受けているというのに。

 彼女は言っていた。 アスモは痛みに強く、むしろ喜ぶと。 しかしもはやそんなことは心の支えにはならず、ただ自分の感情に振り回されていた。


「……心でも痛いかよ」


 トリタカは痛む頬をおさえて言う。

 海斗は頷きもしなかった。 ただ、うなだれていた。


「じゃあ……信じてやるくらいしろや」


 信じてやる……? あまり海斗はピンとこなかった。


「そいつ……あのアスモデウスだろ。 痛みに強く、むしろ喜んで受けにいくと聞いたことがある……それが本当なら、別に参加に異を唱えなかったんだろ」


 海斗はアスモの顔をみた。 だらしなくあいた口からは、よだれの束が何本も顎から首を伝い、マスにそそがれている。 そして、異を唱える姿が想像できないほど、顔を真っ赤にほてらせているのだ。


「なら信じてやれ。 最後まで信じてやれ。

 この大会には、いろんな思いを持って参加しているんだよみんな。 見てみろ。 恋人にかっこいいところを見せたくて、彼女のようにすべての痛みを受けてる男だっている。 あそこにも、いるだろ──」


 トリタカの指した方を、海斗は見た。 そこには黒い煙をあげ動かなくなった様子の、人型ロボットを背負う男の姿があった。


「ああやって、運悪く相方が見つからなくて、それでも出たくて、本当はルール違反のロボットを使ってでも参加した男だっているんだぞ」


 その男はどう見ても、秀正であった。 「違うんだ違うんだよ、これはベリアル製のアンドロイドじゃなくて俺の恋人のジェシーなんだよ」と叫びながら、スタッフ数人に囲まれて矯正的に退場させられている。 確かに、いろんな参加者がいるのだとわかった。


「なら……賞金なんて得を考えず、痛みを得として一心不乱に受ける女がいても……不思議じゃねェだろ……」


 海斗は、はっとした。

 トリタカの言う通りだ。 これはアスモがすすんで相方になってくれたことにより実現した、大会参加である。 それに加えて、ドMであることは、いままでの姿を見てきてわかっていたはずである。 それに関わらず、彼女の趣味嗜好を疑うようなことばかり思ってきた。 ときに不安になり、ときに心配する。 それは、いま思えばドMに対して絶対にやってはならぬことであったと痛感する。

 なにをやっていたんだと、海斗は額に手をあてた。


 するとうしろで、サイコロがふられる音がした。


「信じられないんなら……ずっとそこでうずくまってろ。 俺たちはお前の先に行く。

 サライ、行くぞ、5が出た」


 2人は海斗の横を通り過ぎ、5つ分先に進んだ。 すると硬直した。 文字がなんと書いてあるのかはわからないが、色はわかる──赤だ。 すると、黒いバットがついたマシンが出てきた。 トリタカがしぶしぶそれに尻を向けた。

 竜巻のように回転するバットに打たれ、雄叫びが如く悲鳴をあげるトリタカを見て、海斗は決心した。 そしてそれからは早かった。 ふったサイコロの6の目を見ると、サイコロを横たわるアスモの腹に乗せ、抱きかかえ走った。 マスは赤く、ビンタを20回。 最初よりも回数が増えていることにギョッとしたが、それはアスモにとって失礼であると、首をふった。


 アスモは、唇を噛み、苦しむ海斗の顔を見上げて口元をゆるませていた。 それに海斗が気付くはずがないと見越しての笑みである。

 彼女は、彼がどんな性格であるかを見抜いていた。

 サタンやシウニーは言っていた──意味のわからない存在で、ちょっと横暴な面もあると。 そんなことはない。 だって自分に与えられる快感に対して心配の目を向けてくれたのだから。 そしてこうやって、自分を運んでくれている。

 もちろん、それが小遣い稼ぎという動機からくる行動であるとわかっていますとも。 トリタカさんの言葉に悩まされつつも、1つの答えにたどり着いたのでしょう。

 ならば突き進んでくださいまし。 貴方の代わりに、私が快楽を受け止めましょう。

 自分の周りにいる者をほおっておけない、心優しい貴方のために。 貴方が姫を、救ってくれたように。



 アスモは、みぞおち10連続パンチの前に倒れた。 足腰が、想像を絶する快楽に耐えられなかったのだ。 これでもかと言わんばかりにマスへと注がれるよだれを、彼女は制御することができなかった。

 海斗は頭を抱えた。

 ドMにはこんな特性を持っている個体が存在するのかと。 ドMは、ただひたすらに痛みを快楽に変え、求めていく者であると、限界値などないであるとばかり思っていたが、それは間違いであったのだ。 身を超える快楽を味わうと、歩けなくなってしまう個体がいるのだ。 それにしても、それがアスモじゃなくてもよかっただろうに。

 あのデンジャラスゾーンは超えた。 それはかなりうしろの方に見え、どれだけアスモが快楽を受け止めてきたのかがわかる。 サライとトリタカペアは、もう1つの分岐点でわかれ、ゴールマスへはあともう少しである。

 海斗は額をおさえながら、周りを見た。 かなりの数の脱落ペアが出たようで、もうほとんどが屈強な男だけになっている。 細身で残っているのは、自分たちとサライペア、あとはバルたちだけだった。

 ここまで来れたならば狙うは優勝。 しかし頼みのアスモは、あぶられているスルメイカのように、軽い痙攣を起こし横たわっている。

 海斗は、眉間にシワを刻むほど、強く目をつむった。

──信じてやるくらいしろや。

 トリタカの言葉が、ふわりと頭にのぼってきた。

 信じたさ、目一杯信じてやった。

 そして、彼女が凄まじい功績を残してくれたあとに、信じた者がやれることと言えば、なにかを考えた。 それは疑う余地もなく、継いでやることである。 宣旨が残してくれたことを習い、自分もやってみることである。


 海斗の足は自然と動き出していた。 サイコロをふるたびに目が合う点の数分走って、痛みに耐えた。 ビンタだろうがケツバットだろうがみぞおちパンチだろうが、ひたすら耐えた。 おかげで頬が腫れあがり、足はおぼつくようになった。 背負うアスモの重さが次第に増していくような気さえした。

 ともに、彼女の耐久力を思い知ることとなったが、それが背中を押してくれるような思いも抱いた。 いままで支えてくれた者の重みとは、かくも勇気を与えてくれる者であったとは。


「おぉーっと! もう最終マスに辿りついたペアが3組もいるぞォーッ!!」


 気づけば司会の声が観客をわかしていた。 いつの間にここまで来れたのか、はっきりと覚えていない海斗の目の前には、赤のマスの先に、それより濃い赤のカーペットが伸びていた。 マスには、カレーライスが置かれたテーブルがあった。

 司会は続ける。


「最終マスは、超激辛カレーを完食できたペアが、ゴールマスへと続くレッドカーペットを走る権利を与えられるイタズラ!! いままで積み重ねてきた痛みを負う身体で!! 辛さという痛みに耐えてもらうことになります!!

 ちなみにこのカレーは! ハバネロの1000倍のからさを誇る、ホーミンスハバネロが使われています! はたして、その、兵器ともとれるからさに耐えることができるのか!!?」


 海斗は2つのペアを見た。 シウニーとトリタカがスプーンを手に取るのが薄く見えた。 直後、海斗も反射的にスプーンを取った。

 湯気が、海斗の目をおおった。

 からかった。 カレーのからさは、舌で味わう前に、視覚と嗅覚が十分に味わった。 実食を身体が拒否するように、胃から朽ちかけて気持ち悪さがせりあがった。


 しばらくかかっただろうか。 不思議なことに、3つのペアが食べ始めたのは、ほぼ同時であった。


「う゛ぅえっ! か、かっら……! うぅ……」


 シウニーはえづくように胸をおさえ、背中を丸めてからさに耐える。

 また一口運ぶのは……しばらく、無理……ッ!

 そしてスプーンがカレーをすくったのは、しばらくあとのことになった。


 そのあいだに、ダウンはしてしまったトリタカは、カレー全体の半分を食べ終えていた。 サライはその強い意志を受け継ぐように、必死にカレーを食べている。

 ここまでずっと引っ張ってきてくれたんだ、ここは僕が絶対に最後まで食べきってやる……!

 スプーンに乗るカレーの量は少しずつ減っていたが、着実に量を減らしているのは間違い無くこのペアである。


 海斗は、からいのはそこまで苦手としていなかった。 それでもここまでのからさは想定外である。 苦手ではないが、たしなむ程度であった海斗の口にとっては極めて威力の高い爆弾そのものであったし、他のペアも同じであろうと、汗をかきながら頬張っていた。

 ただ、身体の条件としては圧倒的に自分が最も有利であるとわかっていた。 ここまで、痛みをペアでわけあってきたのと、相方にほぼすべてを受け持ってもらったのには、明らかな差があるであろう。 だから、負けるわけにはいかない。

 海斗はかきこむようにカレーを頬張り始めた。


 姫にはもうしわけないが、これ以上早く食べることはできないと、シウニーは眉間に汗を流した。

 チラと他のペアを目をやると、はたして必死に食べている姿が見えた。 こちらも必死である。 しかし、あのように食べることはできないと、食べたら身の危険を感じると、強制的に身体がストップをかけているように手が進まなかった。

 リタイアしたい。 そう心がわめいた。 いくら姫のためとは言え、これ以上食べられる気がしないと、テーブルに、震える手のスプーンが落ちようとしたことが、落ちるすんでにわかった。

 するとどうだ、バルがそれを取り、カレーを頬張り始めたのだ。 しかも海斗がやっているように、皿を口におしあてて。

 シウニーが呆然としていると、いつの間にか、バルはリスのように頬を膨らませ、噛みつくしたあとに、女性スタッフにカレーがなくなった口の中を見せ、走り出した。

 すると、海斗もサライたちもちょうど食べ終えたらしく、ほぼ同時にスタートラインを切った。 観客はわいた。 彼らを鼓舞するように、会場が押しつぶされんほどの声を出していた。


 始まりと同じように、ピストルの音が鳴った。 ゴールマスのテーブルに立てられた、赤く小さなフラッグを、誰かが掴み取った合図であった。



 海斗は仕事机につっぷすように、書類とにらめっこしていた。


「はぁ〜……こんだけ仕事してもキュ量少ないし、マジダルぅ〜」


「それはすまないと思っているが……うん……許しておくれ。 まったく海斗に資金をまわしたくないと思っているわけではないんだ」


 愚痴をつぶやいた海斗に、もうサインし終わった書類を集めるアイナは眉をひそめ、困った顔をした。 最近、こういった愚痴が増えているような気がする。

 確かに海斗にまわされる書類の束は厚く、いままでやってきたことを見れば、もっと給料が高くても、とは思う。 しかし「お金いっぱいあげるよ」と、簡単に言えない国の状況が続いてしまっている。 もしものときのために、国防やらなんやらにそそいでしまうと、残るお金は少ない。

 それらの意味をそえて、アイナは許しをこう言葉をかけた。


「あの大会もバルが優勝するし、どんな賞金の使い方をしたのかも知らんし……はぁ〜、マジゆーうつ」


 また苦笑するアイナは、サインされた書類を抱え、部屋を出ようとドアノブに手をかけた。 そしてアイナはあとずさった──バルが自分よりもはやく扉を開き、入室してきたから。


「はい、魔王様。 これ給料明細です」


 小さく会釈したバルは、アイナからの反応を待たずに海斗の目の前に明細を置いた。 すぐに退室しようとするバルを目で追うことなく、海斗は生返事をし、のそりとした手つきで明細をひらけた。


「……ぉ、おい! なんだこれ! なんで20万も増えてんだ!? 普通俺、俺、一桁万円のはずだろ!?」


 机を叩いて立った。 するすると逃げるように部屋を出て行く間際にバルは、「さぁ」と言葉を残した。 そしてあっという間に、部屋の中はアイナだけになった。



 シウニーは、金髪の同僚と食堂で席についていた。


「で? 前の賞金ありの大会? 優勝したっていってたじゃん」


「うん、優勝したよ。 いやぁ〜、できてよかったって感じよ。 あれだけの痛み味わって、優勝できなかった未来あってほしくないもん」


 金髪の女性は「たしかに」と笑って、さらに言葉を継いだ。


「そしたらさ、賞金ってどうなったの? もらったりしたの?」


 シウニーは微笑み、小さく頷いた。


「うん、20万。 全部国の資金になると思ってたからこれだけもらえるだなんて想定外。 またなんか奢るよ」


 そして箸を持って、味噌汁の優しくかき混ぜ始めた。


「でもさぁー……」


「うん?」


「……最後に、すんごいカレーを食べるってことになったんだけどさ。 最終的にほとんど姫が食べたのね? それが、不思議なんだぁー」


 だんだんと、食堂に賑やかさが出てきた。 あれだけ空いていた席も徐々に埋まっていき、どこに座ろうかと悩んでいる者の姿も見えるようになった。


「姫様……からい料理苦手なはずなんだけどなー……なんであんなに必死に食べたんだろ

 自分のためじゃないんだよね。 だって手元に残したのは5万ぽっちで、残りはぜんぶ国の資金にまわしたんだから」


 窓から見える空は晴れていた。 雲が1つだけ、流れゆく他の雲に置き去りにされたように、ぽっかりと浮かんでいた。

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