会話への入り方がわかんなかったら胸をはって黙っとけ
ベリアルは、自分の店の地下にあるラボに、海斗とバルを案内した。 ラボといってもその一角、アリフトシジルにあるガレージのような、うまく片付けられていない、煙っぽいところだったが、必要な器具はそろっていると、素人目の海斗でもわかった。
扉に背を向け、しゃがんでいるベリアルの前には、低い台の上に寝かせられた秀正の両腕があった。
血が流れることなく、肉もこぼれることなく、代わりにネジなどの金属やコードを見せ、横たわるそれは、しかしいまだ海斗とバルに、秀正がからくり悪魔であったことを信じさせられないでいた。
「あいつが……機械」
「変な人だとは思っていましたが、まさか血がオイルだとは」
2人は、苦しい顔つきで、動かぬベリアルの背中を見ていた。
その視線を感じてか、我慢しきれなくなったベリアルは唇をかんで、口をあけた。
「……正直に話すよ。 まさか、ここまでついてきてくれるとは思ってもみなかった」
海斗らの目が、いくらか膨らんだ。
「ラカリが……ヤツがなにをしたかったのか。
ヤツは、機械を1つの生命体として確立させたかったのさ。 心臓も血液も、感情も、思いも……機械で再現させたかった。 そう思い始めたのは、奥さんと子どもが交通事故で亡くしてからだった。
ちょうど中央街で起きた事故さ。 関わりは持ってたし。私もすでにここで店を構えていたからね、大型トラックが猛スピードで女とその子どもに突っ込んだと、騒ぎを聞きつけて飛んで行った。 ……酷い死に際だったよ、2つの身体は部品として飛び散ってた。 もろい関節がむきだしになった現場に、あいつは頭抱えて突っ伏してた。 泣いてばかりのヤツをつかんで道のはしにやった感触がいまも残ってるよ。
慌てて救急車を呼んで、遺体の回収作業を行ってるヤツらに近づいてって、ラカリは「わたしも2人を助ける」と言いやがったのさ。 その手にレンチを持ってね。 おかしいだろう? でもヤツの目は本気だったよ」
ベリアルは、プラスドライバーを持った。
「呼ばれた葬儀のあと、縁側に座ったアイツは一気に老けて見えたよ。 んで言ったんだ、「2人が機械として生まれてきてくれたら、どこかがちぎれても直してやれるのに」ってさ。
それから、ヤツは人工知能にも手を伸ばした。 電力さえ与えれば飼えるマシンペットを主力商品に加えたんだ。 その助手として、一番近くにいたのがカイキ。 ラカリの考えと同じだったヤツは夜も寝ないでつきあったという。 で、ラカリは完全な機械生命体を作る前におっちんだ。
それで終わり……ならよかったんだけどね。 あいつには、すべての設計図をため込んだ埋め込み式の金庫を持っていた。 それをひらけるのは、全権限を持つ、ヤツの胸に埋め込まれたチップだけ。 要するに、ラカリ本人がドアに手をかけなくちゃひらかないのさ。 そん中にゃあ、設計はしたものの危険すぎて作らなかった兵器の図もある」
海斗は眉をあげた。
「じゃあ、そのチップってのが……秀正の中に」
ベリアルは頷いた。
「多分ね。 それにカイキは元軍人。 ヤツがいた国はもうとっくにないが、好戦的な国だった。 中央街も自分たちの手に落としたいとも言っていた国だ。 それをラカリの野郎にも言ったんだがね……「人を見るときに、過去ばかりを見てはいけないよ」と言って聞かなかった。 確かに、カイキは機械の造詣が深かった。 ……ハッ、野望はそれ以上深かったってね、あんま笑えないが。
まぁ、だからカイキは秀正を狙っていたんだ」
いくらか腕をいじくっていたが、今ある工具だけではダメだと悟ったベリアルは、扉に向かって歩き出した。
「正解だ、ベリアルくん。 50点のカイキくんに見習ってほしいよ」
ベリアルは、はじかれたように振り返った。 腕から、なんと声がしたからだ。
三人の丸くなった視線を受けて、露呈した中身が、ほんのり赤みを帯びた。
「やぁ、久しぶり」
「……ラカリかい?」
より一層強く赤くなった。
「いかにも、何年振りか、あまり変わっていないものだ。
ベリアルくん、君の考えは合っている。 昔話した兵器のことも覚えているとは、いやはや、君は無駄なものは覚えないタチじゃなかったかい?」
ベリアルは微笑気味に、「兵器の設計図が残ってるなんてそんな重要なこと、忘れるわけがないだろう」と言った。
その光景に目を白黒させている海斗とバルに、腕は声をかけた。
「やぁお姫様、生前ついぞ顔を合わせることなく死んでしまいましたが、初めまして、わたしがラカリと申します」
バルは、戸惑いながらも頭を下げた。 そのとき、腕は青く光ったのだ。 なんだなんだと海斗は見つめると、今度は彼に声がかけられた。
「えーと、君は? 顔を知らないな……」
口ごもった海斗の代わりに、ベリアルが説明すると、ラカリは「ほう」と声を漏らした。 「まさかあの国に男の王がつくとは、珍しい。 バルバロッサ氏はかたくなに女1つで行くとおっしゃっていたのに」と、バルの苦笑を誘った。
ラカリが咳払いをしたら、ベリアルは、「で?」と続ける。
「カイキの野郎が赤点なのはなんでだい?」
「それは、わたしがチップを6つに分けたことに気づかなかったからだ」
彼が言うには、晩年、カイキが兵器の設計図に興味を示していることに気づき、6つにわけ、もとは悪魔だった秀正の、頭、胸両腕、両脚に分けたのだと。 そして1つ1つに自分の記憶を埋め込んだ。 だから、いま、ベリアルたちと話せているんだと。
ひとまずそれを飲み込んだ海斗は問うた──なぜ、秀正を機械に変えたのかを。
ラカリは、しばらく光るのをやめ、再び赤くなった。
「彼には、言わないでほしい。 彼は生前の記憶を、意図的に無くしたんだ」
そう前置きして、海斗たちは頷いた。
話し終え、少しの沈黙が流れたあと、幾十にも反響した男の声が聞こえてきた。 地下ではノイズ混じりだったが、外に駆け上がったらクリアに聞こえた。 その声を聞いて、ベリアルの目が鋭くなり、その腕に抱えられたラカリはいままでもっとも赤く光り輝いた。
「おぉ懐かしい、カイキだ、カイキの声だ」
これがアイツの声なのか──海斗は、カイキの言葉に耳を傾けた。 すると、「あ」とバルが指差す右のほうを見ると、ビルの中腹の巨大な電光掲示板に、でかでかとバストアップされた男が映されていた。
その真ん前に移るまでに、彼は言いたいことを言い終えたようだった。
「もう一度繰り返す、ベリアル、秀正の腕を早く渡すことだ。 お前はあのアイナを我らの追尾によこしただろう。 彼女はいま、我がラボの地下にいる。 だだっ広い空間を、犬たちに負わせている。 ヤツらはいくらでもいるぞ? もう少しで捕まることになるだろう」
カイキはそう言うと、映像を、巨大なパイプの上を犬に負われながら走るアイナに変えた。 ドローンでも飛ばしているのだろう。 つまり、カイキの言う通りほぼ囲まれていると言うことだ。
バルはいくらか眉をひそめた。
「あとは、カイトとかいう人間の王もいることだろう。 どうか、どうか君がかしこい人間であることを望む。 ベリアルを、いま、中央街中にめぐらせている我がロボットたちに渡すよう説得してほしい」
そう言ってすぐに、飲料水のCMに切り替わった。
三人とも、当然決していい顔はしなかったが、冷静に、女が炭酸飲料水を飲む映像を黙って見ていた。 周囲には、ベリアルが抱える腕を見て、「あれじゃないか」などと指差す者が増えていく。
けれど、その視線を感じてもなお、ベリアルは静かに口をあけた。
「はぁー、めんどくさ。 張り巡らせた、ってなんだソレ。 他力本願だからそんな太るんだよ、中性脂肪身体中に張り巡らせちゃって、ソイツらに命とられるよまったく」
バルもそれに続いて言葉をついだ。
「ほんとですよ。 犬張り巡らせる前に、他人からどう見られてるかを認識する意識を張り巡らせたらいいのに」
「あれ? なんかそういう大喜利的なことを言う状況? もうちょっと慌てるのかと思ってたけど大喜利でいいの?」
「そんなんだからモテないんですよ」
「第一印象センサー厳しすぎない? 中年っぽそうだからもう奥さんいんだろ」
腕が青色に光った。
「あいつに嫁なんていないぞ」
「いないの!?」
「ソープで童貞卒業した以来ヤってないぞ」
「監視してたの!? 中年の性事情ずっと見てたの!?」
またバルが口をあけた。
「じゃあもうほぼチェリーボーイじゃないですか。 ペットロボットに頼ってんのは同種族に絶望してるからじゃないですか」
「ヤメたげてェッ!! 登場回で喋れずにやっと喋れた人をイジメるのはヤメたげてェッ!!」
目を尖らせた海斗は、ベリアルを睨みつけた。
「だいたい! 野郎がいる場所も分かんねェのになに落ち着いてんだよォッ!! 悪口言う前に、ラボを探すセンサーを張り巡らせろよォッ!!」
叫び終えた怒りの海斗の顔の前に、ベリアルは碁盤の目のような線が張り巡らされた、青の画面を突きつけた。 手のひらに収まる薄っぺらい機械のふちからはみ出た、ベリアルの目を見つめ返した。
「アイナが行くときさ、とっさにミニサイズの通信機つけたんだよね」
海斗の顔がみるみるうちに、しぼんでいった。
「大丈夫さ、いつでもセンサー張り巡らせてるからさ」




