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第三十四話 隠し事はいつかバレる

 夕餉を食べ終えた花音かのんは、自室の勉強机で、熱心に絵を描いていた。 黒い跳ね気味の短髪男の背中にもたれる、花音によく似た白髪ショートの女が、読書をするという、横から見た構図を。 ひとまず満足できるところまで描け、一息つき、体重を支えた椅子の背もたれがギギッと音をたてた。

 心に、なにか、違和感のような悩みを覚えて、カーテンの方を見た。

 また、海斗の部屋に、電気はついていないのだろうか……。

 最近、海斗の部屋は誰もいないかのようにまっくらで、膝でベッドを歩き、カーテンをよけ見てみると、はたして今日もついていなかった。

 海斗の家の夕餉の時間は知っている──だいたい6時過ぎである。 そしてどれだけかかっても20分くらいで食べ終わり、部屋に戻る。 だが一度、その時間に観察したのだが、少しのあいだだけ電気がついたかと思えば、すぐに消えたのだ。

 花音は、カーテンを閉じ、ベッドに横になる。

 これは……絶対なにかある。 最近、学校ではしんどそうな顔をしているから、はやく眠っているわけではなさそうだし……必ず、なにかある。 それを、いち早く解明しなければならないと、花音は、しばらくのあいだ目を閉じた。



 雲ひとつ被らぬ空から、月が、アリフトシジルを薄く照らしていた。

 昼よりもだいぶ落ち着き始めたが、それでも国から賑わいが絶えることはなかった。 大通りを挟む小さな飲食店やバーなどの小さな店から、光と賑やかな声が漏れる。 広場や道には悪魔たちの健やかで朗らかな姿が多く見れた。


「魔王様、なにしてるんですか」


 そんな外の空気を吸い、海斗の部屋に入ったシウニーは、書類では無い紙に大きく文字を書く海斗の姿を見た。

 海斗は、そんなシウニーに目もくれず、だるそうな声を出した。


「願い事書いてんだよ」


「そんなことしてどうするんですか……」


 近づいて覗いてみると、「仕事が減りますように」と書き終えたところだった。 その横には、「もうちょっと仕事がどうにかなりますように」や「ダメインヒロインが仕事を持ってこなくなりますように」など、似たようなことが書かれた紙が雑に積まれてあって、そこにまた積んだと思えば、新しい紙にも同じような内容を書き始めた。

 シウニーは眉を呆れたように落とした。

 海斗は手を止めることなく口を開けた。


「こいつらを木にはっつけてお祈りをすんだよ。 なんか願い叶いそうだろ」


「七夕の季節はもうちょっと先では?」


「願い事に季節も時期もあるかよ。 誕生日とかクリスマス以外にも、ガキん頃はおもちゃが欲しかったら、アホほど親に願ってきたんだ。 いまさら追加で願ったってバチなんか当たんねェだろ」


 シウニーは微苦笑を浮かべた。


「バチは当たらなくとも国の大損にはぶち当たりそうなんですが。

 一応魔王様の許可があって初めて国の内部は動けるんです。 だから、仕事が多いということは、それだけ国が活発というわけですから、いいじゃないですか」


 そんなことを言ったシウニーに、海斗はすっと顔を上げ、まぶたが半分降りた目で見つめた。 シウニーはピクッとなって固まった。


「その代わりに1つの尊い命が傷られても仕方がないと?

 仕事があまりにも多すぎるんだよ!! 仕事があるのは仕方ねェけど! こっちは学生! 友人との付き合いもあるし課題もあるし! なにより実家での暮らしもある!

 どうする!? いまのところバレてねェけど親にバレたら!! 普段は入ってこないけど、もし、夜中俺がいねェ部屋に入られたら……どうやって言い訳ができる!?」


 いままで胸にひめていた思いが、海斗の中から爆発した。

 前々からおかしいと思っていた。 いくら自分が魔王だからといって、まだ子どもで、しかも人間。 国の大切なことなんて、むしろわからない。 そんな人間に、一々許可を取ること自体、どこか間違っているような気がするし、非効率的だとも思う。 それなら、難しいことをバルが、簡単なことを自分がやればいいと、思い始めていたのだ。

 そんな海斗の濁流のような言葉を、シウニーは苦笑いで「まぁまぁ」と相手をしていると、三度ノックされて、バルが入室してきた。

 かなり脱力した顔の彼女を、海斗は見るや否や「元凶来たぞこれ!!」と言い放ち、一枚の紙を彼女のおでこにぺたっとはっつけ始めた。


「木にはるよりも元凶にはった方が叶いそうだな。 よし、多分これで大丈夫だろう!」


 はり付け終わって、ぺしっとおでこを軽く叩いた。

 紙で顔の全てが隠れてしまったバルが、キョンシーとかぶって見えたシウニーは、その想像を消すため顔を振り、あわてて紙をひっぺがした。


「やめてください!! 姫にそんな願いを叶える機能なんてあるわけないでしょう!? だいたい、メインヒロインが主人公を困らせるくらいの仕事を持ってくること自体が特殊です。 そんな特殊、お祈りだけで消せるとは思いません」


「確かに……そんな融通が利くほど優しく無いもんなコイツ」


 2人が納得する中、バルは、なんの話か見えずに固まりきっていた。


「え、なんで私来て早々ディスられてるんですか?」



 バルとシウニーをベッドに腰掛けさせた海斗は、背もたれに全体重を預けて、胸の内を話した。 少々感情的になったところもあったが、それでも何も言わず聞いてくれたバルのおかげで、スムーズに話終えることができた。

 そしてバルは、目を閉じて、浅く頷いた。


「確かにそうですね、魔王様には魔王様の時間、生活がありますから……確かに、多くの仕事を任せる、というのはダメですね」


「だろォ!? だいたい俺、魔王になるときにゃあ、『生活優先』的なこと言ったはずだぜ? それ守ってもらわねェと困るわ」


「確かに確かに。 私の仕事の8割肩代わりは流石にキツすぎますよね……」


「8割? 数字が悪魔的なんだけど。 なに、お前そんな量を俺にやらせてたの?」


 丸くした海斗の目を、バルは見つめ返した。


「では、その半分を魔王様がここに来る前までに終わらせておきます。 一応魔王様の立場上見ていただかなくてはならないものもありますので……それで、よろしいでしょうか」


「ま、まぁそれなら……」


 そして、バルは目をそらし、にこやかに閉じた。


「そも、考えてみれば、国の英雄にこんな仕事を任せるのが間違いだったかもしれません」


 海斗はそれを聞いて、眉をひそめた。


「いやそんなんは考えんでもいいけどさ……」


 その言葉を最後まで聞く前に、立ち上がったバルは伸びをした。 ぎゅっとした顔は、だらんと眠たそうな表情になって、

「まぁなんにせよ、仕事の割り振りはそろそろ考えないといけないなぁと思ってたので」

 と、扉まで歩いて、ドアノブに手をかけると同時にあくびをした。 若干とろんとした顔で、海斗を振り返った。


「では、明日朝早いので……2人ともおやすみなさい」


 バルが出て行ったあとの部屋には、ガチッという閉扉音の余韻が長く続いた。

 残された2人は、しばらく扉を見つめていた。

 なんだか、いつもの能天気なバルでは無いと、海斗は不思議な違和感を抱いていた。 マイペースではあるのだが、どこか、隠しきれぬ大きな疲れが見えたような気がした。

 そう思っていると、自然と口が開いた。


「……なぁ、あいつって忙しいのか?」


 シウニーの視線を横から感じた。


「え、えぇ、まぁ。 貿易とか政治とか、全部あの人が見ていますので。 責任者の責任者というか……なんというか」


 普段のバルの姿を、海斗は思い浮かばせていた。

 とてもではないが、そんな重要な仕事を受け持っているようには思えなかった。 能ある鷹は爪を隠すように、忙しさもうまいこと隠してしまう人物なのだろうか。 少し前にサライとの件もあったから、その心労などもあったりするのだろうか。

過去の自分の選択を、どこかで呪ったりもしていたり……。

 そんなことを考えながら、頭を掻いた。


「……じゃあ、あんまり面倒ごとは持ってこないようにしねェとな……」


 シウニーは頷いた。


「そうですね」



 海斗は、学校での疲労を感じながら、住宅街を歩いていた。

 時刻はもう夕方で、柔らかな夕日の暖かさを背中で感じながら、ときたま住居からもれる夕餉のいい匂いを吸い、今日の仕事はどのくらいの量があるのだろうと、不安と心配を抱えた。

 しかし昨日、「おおよその仕事はやっておきます」と、バルは言っていた。 それがどのくらいの量をやってくれるのかはわからないが、減るのだと思えば、いくらか気は楽に……なればよかったが、不安なような、申し訳ないような気持ちがどうしてもあった。 国の根幹の仕事は、すべて管轄下に置いているとシウニーから聞いて、代わりにやってもらうのも、いまになって気が引けてきた。

 結局あれから話せていないし、これからどう話せばいいかもわからない。 「俺が全部やるから」と、笑顔で言えればいいのだが、そんな度胸は海斗にはなかった。


 そう悩んでいると、いつの間にか家についていた。 見知った景色が視界のはしに映らなければ、通り過ぎてしまうところだった。

 なにはともあれ、俺がやるって言わないと……。

 今日は、すぐに行かないと──すぐに食える夕食だったら良いなと、家に入った。


 海斗は、ドアを閉めて、リビングの方からただよってきた匂いをかいで、足が止まった。 この匂いはからあげだった。 これならばさっと食うことができるはずだ。 しかし、このからあげの匂いは、違う。 母親の作るそれの匂いでは無い。

 そう、これは。


「あら海斗、おかえり〜」


 廊下の末の、リビングの扉が開いて、母親の笑顔が見えた。

 海斗が返事をしようとすると、それを断つように母親が言葉をついだ。


「今日はね、花音ちゃんがご飯つくるの手伝ってくれたのよ〜。 もうすぐできるから、着替えてらっしゃ〜い。 お父さんももうすぐ帰ってくるから〜」


 そうだ、花音がつくるからあげの匂いだ。 中学生あたりから得意料理として、よく振舞ってくれたから、鼻が覚えていた。

「あ、あぁ……」 という言葉になりきれぬ声が漏れたところで、扉が大きく開き、花音が顔をのぞかせた。 少しだけ瞼を下ろした、無気力そうな目に、海斗は射抜かれたと錯覚した。 そしてどこか似ているかもと、バルバロッサの顔が頭に浮かんだりもした。

 扉が閉められ、海斗はつかのま扉を見つめ、あわてて二階の自室へと駆けていった。

 黒い上下に着替えた海斗は、しばらくベッドに腰掛け頭を抱えていた。


「まじかよ……よりによって今日かよ……」


 別に作りにきてくれるのは問題ねェ、むしろありがてェ。 ただ……ただ、あいつが作りにきた時は、必ず俺の部屋に来る……! そのまま長時間居座って、俺が風呂に入るまで帰らない!

 故に今日は苦しかった。 早く魔界に行って、仕事をするなりバルと仕事面で相談するなりしなくてはならないのに……まさか、今日花音がやってくるとは、思いもしなかったのだ。

 しかし、こうずっと悩んではいられなかった。 玄関の扉がひらく音がした。 父親が帰ってきた知らせを受け、海斗は、今日はなんとか早く帰ってもらおうと決心して、階段を降りていった。



 海斗は、いつもの通り花音の横に並べられる自分の配置を恨みつつ、食を進ませていた。

 真向かいの親の機嫌と言ったら最高で、口が空くたび花音の褒め言葉を言い放つ始末。


「いやぁ〜、うちの海斗に、こんな立派な幼なじみがいるなんて〜、ほんとに幸せね! 2人が結婚したら、海斗すぐに幸せ太りしちゃいそう!」


「遺伝があるならすぐ太るわな。 かあさんは幸せじゃないのに太ってるし」


「花音ちゃんはもう結婚のことを考えて、花嫁修行してるもんな! ぜひ、海斗をもらってほしいもんだ!!」


「あんま軽々しくそういうの言わねェほうが良いぜ父さん。 最近そういう発言多くなったな、禿げて頭が軽くなったから?」


 母も父も、こんな調子で呆れた。 なんだか外堀を埋められていくのを見ているようで、あまり気分はよろしくなかった。

 ただ、食べるスピードは落としてはならぬと、常に意識していた。 決して遅くならぬよう、しかして早くなりすぎぬよう、頬張り続けた。

 その間も、口を開けば花音の褒め言葉を放つ両親に対し、花音はどんな言葉が来ても、「いえ、私にできることをしているだけです」だの「そんな、めっそうもございません」だの、落ち着いた表情を崩さず返事をしていた。 その態度が、海斗にとっては、感情が無いように見えて、なぜだか今日はそれが目について、どこか気持ち悪かった。


 そして食べ終わった海斗は、食器に水を浸し、リビングを出て階段を登り始めた。

 すぐ後ろに、もう一人分の足音が聞こえる。

 自室の扉をひらいて、入ったと同時に閉めた。

 閉じ切る前に、バンッと音がし、海斗がベッドに腰掛けるときに閉じる音がした。


「そんな密着してついてくる必要ある?」


「すごくある」


 海斗の目の前に、見下ろす花音の姿があった。

 海斗は微苦笑を浮かべ、眉をひそめた。


「なにがあんだよ、ストーカーでもそんな密着しねェぞ」


「海斗がこれからなにをするのか、どの時間帯でどんなことをするのか、知りたいから密着するの」


「考え方がストーカーなんだけど。 幼なじみがストーカーとか知りたくなかったんだけど」


 海斗の苦笑が大きくなった。

 一体なにを考えているのだろうかと思った。 いままで、なんども花音を家に招いたが、こんな言動なんてしたことはなかった。 自分が自室に戻ってから、両親といくらか会話してからこちらに来る……そんな感じだったはずだ。

 そんな、尽きぬ「なぜ」に頭を悩ませると、ふと、花音の発言にひっかかりを覚えた。


「……え、知りたい?」


 花音は頷いた。


「今日は、聞きたいことがあって、来たの」


 海斗は、ひそめた眉を戻した。


「……なんか、怪しいところとか、あったかよ」


 花音は頷き、静かに答えた。


「なんで、夜中、電気をつけないの?」

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