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第三十三話 お釣り

 ウルウは、牢屋に続くみちを突っ走っていた。 流れ行く壁に埋め込まれた赤、緑といったランプが走馬灯のように過ぎ行く中で、脱出ポットに向かうシールの兵の背中がいくらか見つけた。


「あははっ!! そうだこれが運命だ!! お前らが逃げ惑って回避したかった運命が、目の前に現れたんだッ!!」


 喜びながら、その背中を掻っ捌いた。 赤黒く、尖った手を彼らの叫び声とともに吹く血にますます赤みを増させ、走った。 十数人裂いたウルウは、本当に満足そうに、頬に飛んだ血を長い下でなめとった。


「これが……運命に沈んでいった奴らの血……美味しい……美味しいいいんだよおおおおお!!!」


 入り組んだ道を駆け巡って、ウルウはついに牢屋の扉を見つけ、蹴破った。

 さきほどからの振動に驚いて、なにか脱出できる手段はないだろうかと、壁を触っていたシウニーは、鉄柵の向こうに現れたウルウを見て、ぎょっとした。

 血走らせた目を、こちらに向けて、鉄柵を掴み揺らす姿に、腰を抜かしてしまった。


「な、なんですか……っ!」


「お前の血が飲みたいしゃぶり尽くして腹を真っ赤に染めさせてェッ!!」


 そして柵を、ギュァッと外側に捻じ曲げ、1人が通れるくらいの通路を作った。

 殺される──そうシウニーが半ば覚悟した時、バルがウルウの横腹にぶち当たった。 そして飛んできたものが2つあった。 1つは血で、おそらく、いつも所持している短刀を刺したのだろうと思った。

 もう1つが目の前に転げてきて、シウニーは目を大きくさせた。 なんせ、自分の剣がそこにあるのだから。


 バルは、ウルウの長剣とつばせって、交差する得物の上で、鋭く視線を交わしていた。

 バルの頬に、一筋の汗がくだる。


「あの子を仕留めようだなんてそうはいきませんよ……血が飲みたいのなら、自分のを飲めばいい」


「そんなもの私の運命の中にはないィィ……ッ!! 飲むなら、逆らえない弱い奴を嘲りながら飲むのが心地いいひひッ」


 狂ったか……バルは眉根を強くよせた。

 そんな運命をよしとはしないバル。 だが、このままだと自分が力負けするとも思った。

 だからバルは、つばせる腕から力を抜き、身体を横にし、腕を避けたところで、ウルウの右手首を掴み、袖に隠していた小さなナイフで、彼女の腱を斬った。

 一瞬、ウルウはたじろいだが、すぐに怪しく笑んだ。


「腕を使い物にならなくしようとしたかッ。 しかしそんな傷、すぐに治してやるっ!!」


 その言葉通り、すぐに流血は止まり、傷が塞がり、腱の再生が始まった。

 ますます笑みを強くさせるウルウは、

「そしてやはり、まずはお前だッ!! 血をすするのはお前からだァッ!!」

 左手でバルの襟を掴み、再生しかけの腕を振り上げ、振り下ろした。 そこまで早いとは思わなかったバルは、すぐに小刀を手に向かって振った。 こんなものでは、大掛かりに切ることなんて不可能だがと思いつつも、希望にかけた。

 だがその希望は、シウニーが叶えた。

 バルがあの時やってくれたように、バルの横をしゃがみ駆け、ウルウの両腕を断ち切った。

 バルの目に一瞬だけ見えた白い骨を、埋め尽くすように飛び出てきた血を避けるため、シウニーの襟を掴み飛び下がった。


「姫! よくぞご無事で!!」


「無事でいなくちゃいけないんですよ……っ」


 とっさの判断で、戦況はこちらにいくらか傾いた。 ウルウは、それも再生できるとはいえ、やはり苦しみ、嘆くように叫んでいた。

 しかし、次の2人の会話で、彼女の顔は一変する。


「ところで魔王様は!?」


「エンジンルームに向かっています!! この要塞を止めるために!!」


 吹き出る血に気にもしない顔で、ウルウは2人を見た。 まさか、サライからエンジンルームのことを……!

 ここでこれを落とされれば、運命は変わってしまう。 また変わってしまう。 すでに定まった運命を、また1人の人間に変えられてしまう……!!

 いてもたってもいられず、頭をむしるように掻き、「ぐあああああああ」と雄叫びをあげながら、壁をむしゃくしゃに穿ち掘り進んで行った。

 2人の目が不安に染まり、鋭くなった。


「まさか、あいつもエンジンルームに……ッ!!」


「魔王様……ッ!!」


 ウルウは、海斗を殺す気だと、バルは感じた。 止めるだけでは飽き足らず、必ず最後には血をすする。

 そうはさせないと足が動き、シウニーはそれを追いかけた。



 これだけ入り組んでいるためか、乗組員が迷わないため、ところどころに地図のようなものがあった。 それを、時間が惜しいこの状況で、できるだけ早く、正確に頭に叩き込んだ。

 大きな廊下にあたった。 そこには、ウルウの兵がいて、ロケットランチャーのようなものを担ぎ、一列になってこちらに向けていた。


「あの人間だァッ!! この要塞の核を壊されてはならん!! 必ず打ち取れェッ!!」


 1人の掛け声で、駆け来る海斗に引き金を引いた。 ちょうど、海斗が踏む一歩先にうちこんだそれは、大きく炸裂し、煙をあげた。

 仕留めたと、少しだけ笑んだ兵たちの前に、海斗は煙を縫い破り現れた。

 握りしめた二振の木と鉄の刀で、兵をぶった斬り、跳ね飛ばした。

 そして走りに走り、後ろも見ずに駆け走り、やっと、エンジンルームにたどり着いた。 扉を蹴破った先に見えたのは、巨大な部屋の真ん中に、大きく、3本の透明な管だった。 中には、それぞれ赤、黄、緑の液体が流れていて、大小様々なあぶくが下から駆け上がっていった。

 これが、壊す要塞の中枢……海斗は、ポケットに押し込んだ札を取り出した。


 その時、奥の壁が瓦礫となって、奥から煙とともに、ウルウの姿が現れ、こちらに目を向けるや否やとんでもない速さでこちらに駆けてきた。

 ウルウとわかった海斗だったが、その姿に驚いた。

 見える腕と足は赤黒くなり、巨大なツノが額から生え、けたたましい咆哮を吐きこぼしていたのだ。

 これが悪魔、だと思える姿をしていた。

 管に張り付いたウルウは、海斗を見下ろし、距離をとって降り立った。


「貴様ァ……やらせん……この管を壊しはさせん……」


 しかし海斗はおののかず、冷静な目をぶつけていた。

 その目が腹たって、ウルウはまた叫び出した。


「これ以上お前に変えさせやしない!! ここまできたんだ!! 必ず貴様の血を浴びすすってやる!!」


 その言葉の末端らへんで、バルとシウニーも到着し、海斗を挟み立った。

 2人も、なかば呆れたような目で見つめた。

 ここまで執念深いのもご立派なことだと。 だが、到底受け止められるものではないと。


「お前の運命も、だからここで……」


「もういいよ」


 ウルウは言葉を続けようとしたが、海斗の言葉がそれを遮った。 あっけにとられたように、目を大きくさせて、海斗の冷めた目を見た。


「テメェこそ、これ以上他人ひとの形見ン中で暴れるのはやめろ。 見苦しいったらありゃしねェ」


 そして、海斗は木刀の切っ先を向けた。


「もう終わりだ、運命ごっこは。 これで、もう、本当に終わりにしようや」


 ウルウの頭に、雷が落ちた。 奥歯がカタカタ鳴って、食いしばって、心臓から湧き上がる己の力を末端まで届かせて、拳を作った。

 私を、拾ってくれたワイザ様に恩を返すのは当たり前のことなんだ。 決して間違っていない、最高の恩返しなんだ。 運命を己の力で作って、最高の道を渡り歩いてもらうのは当然のことなんだ。

 あの人以外は……あの人以外は……。


「あの人以外は……助けようとしなかったくせに……そんなこと、お前が決めるなァァァッ!!」


 海斗に跳ね向かったウルウは、左手を尖らせ、爪で身を裂くため振りかぶった。

 海斗は札を放り舞いさせ、その手で顔を下る血をべったりとつけ、

「そんなに血が飲みたいんなら、飲ませてやらァ......ッ!」

 ウルウの原木切った口と目に投げやった。

 顔を打った血に驚いたウルウは、手が狂い、爪は海斗の左の二の腕を削った。 だが身じろぎひとつしないかいとは、舞い落ちてきた札を木刀の刃先でとらえた。


「運命ってのは他人ひとが決めることじゃねェ、自分テメェで決めるもんだ」


 そのまま大きく、強く振った木刀を。


「それをやっと決めようとする奴にィッ!! お前がつっかかってこようとすんじゃねェェェッ!!!」


 ウルウの顔面にぶち当て、弾き飛ばした。 エンジン管に頭をぶつけたウルウに張り付いた札が、光輝き出した。 ウルウは、この刹那のあとに起こることが、頭にパッと浮かんだ。 あぁ、自分は終わるのだ。 最後に飲んだ血が、まだいきたあの人間ものだったとは……もう少し、うまくいけたのではないかと、そんな後悔で胸を染めながら、海斗の血を飲んだ。


 爆発が起ころうとしたとき、海斗は振り返り、バルとシウニーの腰を巻きいだき、扉の向こうへと駆け、跳ねた。

 倒れ込んだ三人に、巨大な爆発で生まれた煙に巻き込まれた。



 いまだ所々包帯を巻いている海斗は、縁台に座って、てっぺんを指す時計を見ながら、頂上に居座る太陽の陽を浴びていた。

 要塞が落ちてから、はや一週間が経とうとしていた。


 エンジンを失った要塞は、みるみるうちに落ちていった。

 砲弾から国を守るため、砲台に立ち向かって傷ついたベルフェとアイナ、アニマの兵を海斗たちのもとまで行かせまいと立ち向かうサライとトリタカも、その様を見ていた。

 生き残る者たちは、翼を広げ、要塞から離れた……その中に、羽を広げたバルに抱きかかえられた海斗もいた。 三人は、エンジンが爆発したあと、死に物狂いで脱したのだ。


 そして要塞が落ちた場所は、アリフトシジルの目の前だった。 もう少しでも遅かったら、国に落ちているところだった。

 その要塞の撤去には、アリフトシジルとソール・アーセナルの二国が協力しても、なんと5日かかった。 そんな巨大な浮遊要塞をたった数人で止めたことを思うと、海斗は、なんだか胸がむずかゆくなるようで、「もしも……」なんていう焦りも浮かんでくるのだ。


 海斗は、店の横に立ててある朝刊を手に取り、見出しを読んだ。


「はぁーっ、あいつ、本当のことを言ったんだなぁ……」


 シールの王、シッターは死んでいた──そんな文字が大きく書かれていた。 内容は流し読みしていくだけでも頭に入ってきた。 サライは、隠していた義父ちちの死と、自分の王の即位を語ったのだ。 魔界中から、賛否が湧き上がったようだが、「これから信頼を取り戻していく」と言いのけたらしい。

 海斗は微笑んだ。

 あんなに涙こぼして、迷ってたくせに。

 その記憶とは違うサライの姿を見れた気がして、なんだかむずかゆくなった。


「だってねぇ? それ以外言えることなんてあるかい?」


 店の奥から、茶がのったお盆を、サライは持ってきた。


「それ考えんのが王の役目だろうが、もっとひり出せ」


「王の仕事が増えたんだけど……」


 茶を挟んで、反対側に座ったサライに向かって、店のはしに立つトリタカが声をかけた。


「忙しいくらいがちょうどいいだろうが。 いままで仕事をさぼってきた罰だよ」


 サライは頭を掻きながら苦笑した。 その通りのことを言われて、どう反応すればいいのかわからなかった。

 すると、足音ともに、「あら、そちらの魔王様もサボりぐせがありましたか」という声が聞こえた。 そちらを見ると、アイナとシウニーを引き連れたバルがいた。 シウニーの手には、綿菓子をもつ小さな子供のように、ベルフェが寝る雲のはしっこを持ち連れていた。

 トリタカは薄い笑みをバルに向けた。


「そちらの魔王もサボるんで?」


「まぁ、サボるというか、やる気がないというか」


 シウニーが屈んで、海斗に流し目をやり、「お互いにそんな魔王様を持つと大変ですね〜」と言った。


「うっせまな板。 台所に帰れ」


 なんだこいつ、みたいな顔をしたシウニーの横で、アイナが口を開いた。


「まぁまぁ、今日はそんな話をしにきたんじゃなく、団子を食べにきたんだろう?

 店主、注文いいか」


 そういうと、店の奥からダゴンが歩いてきた。 その横に、サニが元気よく三色団子を走り運び、海斗の横に置いた。


「あぁ、いやぁありがたいねぇ。 いまは稼ぎ時だからね。 いっぱい稼がないと、国が崩れちまうからね。

 だから、たくさん金を落としてくれよ」


 それを聞くと、海斗はサニの頭を撫でる手を拳に変え、訴えた。


「こっちも金なんてねェんだよ!! だから一本増量券くれや!!」


 ダライがやわらかな目を向けた。


「なんで無いんだい?」


「テメェの要塞の砲弾が国の壁壊したからだよッ!! もともと余裕ねェのに壊しやがって!! むしろこっちが金要求するわ!!」


 そして海斗は、サライに襲い掛かった。 もがくサライはむさ苦しくていやそうな顔をした。


「そんなのアニマの方に言ってよ!! 操作したのはあっちの兵なんだから!!」


「うるせェ!! サタンが国民全員城に避難させてくれてたから大被害じゃねェけど金はいるんだよ!! くれやボケェッ!! 俺が払った金の一千万倍返せボケェッ!!!」


 それを止めようと、バルたちは寄って、引き剥がそうとしていたが、海斗の力が強く、がやがやと、騒がしくなり始めた。

 ダゴンは、それを観て微笑み、店から一歩出て、空を仰ぎ見た。

 サライは、こんなにも成長して、こんなにも良き友人たちに囲まれたぞ、シッター。

 この想いに、感情に、シッターがどう返してくれるかは知らない。 ただ、要塞が落とされても、嫌な顔はしないと思えた。


 ダゴンは、エプロンのポケットから、じゃらりと小銭を掴み取った。

 海斗に渡す、220円が、陽の光に当たって、鈍く、輝いていた。

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