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第二十三話 気になったことは手を上げて聞け

 海斗は肉まんを頬張りながら、サライについて行った。 案内されるところは、小さく食べ歩きできるような店ばかりで、なんだか起伏のない案内だとは思いつつも、不満は抱いていなかった。

 サライから、団子では満たせなかった腹を埋めないかと提案された海斗だったが、首を振ったのだ。 このあと、バルたちとのショッピングが待っているために、そんなに一気に腹を満たす気は無かった。 それを伝えるとサライは笑顔で、簡単につまめるような店を案内し、たまに箸休めのように、通りのすみで地図を広げ、中央街の説明を始めたりもした。

 違う世界の人間もいるし、よく耳にする、エルフやオークなどの種族もいるらしい。 たまに、天使の姿も確認できるのだとか。 その話を聞いて、海斗は、初対面時のエレイナの話を思い出した。

 二人は、建物が入り組む路地に入った。 先ほどからサライは、地図を開いては、よくお目当の店へ続く近道を教えてくれていり。

 決して暑いと言うわけではないが、長く通りにいると段々火照っていく身体を、陽の光が当たらぬ路地が冷やしてくれると、海斗は若干路地を好んだ。

 そうして涼みながら、サライはもうとっくに食べ終えていた肉まんを口に押し込み、サライの背中を見ながら噛みほぐし、さっきから気になっていたことをより深く考えるようになった。

 バルが知らねェ委員会……。 あいつ何年も魔界にいるし、中央街には結構行ってるって言ってたし、情報もよく掴んでるとかも……。


挿絵(By みてみん)


「なぁサライ」


 海斗は、どうしても気になって口を開いた。


「ん〜?」


 サライは地図を広げながら、振り向くこともせずに、気の抜けた返事をした。


「なんで俺を案内しようと思ったんだ」


「仕事だからだよ。

 僕はあの和菓子屋が好きでさ。 特に、君たちが食べてた団子。 昨日と、二日連続で食べようとしたら君たちの会話が聞こえてさ。 こりゃあ委員会の仕事でもあるし? 案内しなくちゃいけないな〜って思ったわけさ」


「ふーん」


 すっと喉を通るような納得性は感じられなかったものの、理解はした海斗は、さらに言葉をついだ。


「そんな委員会あんだな。 俺ァ、バ……女友達から聞いたぜ? この街は、統制する奴らがいない自由の街で、ただ純粋に売買を行うところだって。 そんな委員会たてて、案内やらアンケートやらで儲かんのかよ」


「そうだな〜」


 サライは微笑んだのだろう。 少しだけ声に明るさが足されたような気がした。


「正直言って儲からないさ。 ほぼボランティア状態……だから、構成してる人たちは全員金銭的に余裕のある人だけ。 こんな僕にも、営んでる場所はあるってことさ。 今日は、完全に非番ってだけ〜」


 海斗はさっきと同じように、へ〜、とだけ返した。

 顔を無表情にしたまま、胸に、シミのような違和感が付着しているのをはっきりと認めていた。

 平然と言葉を紡ぐサライに、不思議な感情を抱かざるを得ないことに、海斗の全身は小さくざわついていた。

 その理由はもう、とっくにわかっていた。 この路地に入る前。 肉まんを二人で頬張り、地図を広げ、次の目的地の近道となる路地の存在を指で指し示して、また後ろに並んでサライの肩を見てから、疑念を常に抱くようになった。

 海斗は無表情のまま、サライに言い放った。


「じゃあよ、お前、最近なにか、モノを投げられなかったか」


「モノ? 例えば?」


 サライは予想もしなかった変な質問に驚き、海斗に横目だけが見えるように、一瞬だけ小さく振り向いた。


「例えば……液体とか」


「ないなぁ〜」


 海斗は目を閉じて、鼻から息を薄く吐いた。


「そ、っか」


 そして、前を向くサライからでも見えるよう、左耳をかすって木刀の先を突き出した。

 サライは何の反応なく止まった。 驚きで地図を揺らすことも、握りしめてくしゃっと潰すこともなく、立ち止まった。

 海斗は、そんな彼の後頭部に視線を突き刺し、口を開けた。


「じゃあなんで、テメェの肩にコーラのシミがついてやがる」


 後ろでわめく室外機の音のみが、路地を埋め尽くした。

 サライは動かなかった。 ただ、向こうの、路地の終わりに差す、陽の光を見つめていた。

 海斗はバルたちと別れてから、左肩のシミに気づいた。 洗ってないのか、と最初は思っていたが、食べ歩きをしていく中で、途中の自動販売機をチラと見て、昨夜の記憶が、わっと浮かび上がってきたのだ。 1人の青年が、自動販売機からコーラを取り出して友人に渡す光景を見て、アイナから渡される記憶と被った。 少ない平和な時間を過ごしたあと、現れた不審者めがけて、そのコーラをぶん投げた記憶も繋がり出た。

 コーラの缶が、左後方から向こうに切っていった覚えがある。

 判定材料は少なかったが、それでも海斗にとっては十分な不安要素になった。


 しばらく、両者動かないままだったが、やがて、サライは地図を折りたたみ始めた。

 木刀は未だ、サライの真横にあった。


「洗っとけばよかったねー。 うんうん、まぁ、いま思えばばっちいよね、いくら眠らず来たって言ってもさ」


 海斗は眉間に影を刻み、口角をあげた。


「ほんとだよ。 まず女にモテるためにゃあ清潔感が必要だぜ。 まずそっちの方に意識向けた方が良いんじゃねぇの? 下着泥棒さんよォ」


 サライは思わずけらけら笑った。


「ほんとだねぇ、モテたいから試してみるよ。 でもさ、あいにく誰かがつけた下着に興味が湧くのは、大切な人を前にした夜だけなんだよね。

 いま興味があるのは、かわいい下着をつけてる人物」


 海斗は片眉をあげた。


「そうだなぁ……わかりやすく言うと、さ」


 サライはゆっくりと海斗に横顔だけが見えるように振り向いて、微笑んだ。


「2人……いや、護衛のの方は、どうなってるかは知らないよ」


 自分たちは嵌められたんだ。──そう気づき双眸を鋭くした海斗の前へ、1枚のお札がひらりと、サライの頭上からこちらに流れ落ちてきた。

 なんなんだ、と思考が固まる遥か前に、お札は光を帯び、海斗を包み込んだ。



 海斗と別れ、2人きりになり始めの頃は元気だったシウニーも、いまではすっかり顔に暗さが落ち、歩けば歩くほど濃くなっていった。

 バルは、なぜそうなっていくのか理解していた。──姫の護衛が、自分1人しかいないという責任感があるからだと。

 だから、シウニーが好きな甘いデザートが食べられる店にこまめに寄った。 いまもポムポムリングというドーナツを食べているのだが、普段のようににこやかに食さず、心配と不安が入り混じった、ジトッとした目で周囲を気にしながら、少しずつ少しずつ口に含んでいる。

 もうほぼほぼ食べ終えているバルに対し、まだ半分も食べられていなかった。

 バルは、横目でそんなシウニーをもう一度チラと見て、その顔色の悪さをうかがった。

 おそらく、自分の実力が足りていないと思うことから来る心配もあるのだろう。 普段は快活な振る舞いを見せる娘であるが、責任を重く感じる性格をしている。 盾にするからよろしく、とふざけて言ったが、いざとなれば本当に身を捨てるように盾となるだろう。

 なんだかこちらまで心配になってきたバルは、気を緩ませようと、シウニーの顔をわっと覗いた。


「なんでそんなに食が進んでないんですかー?」


 シウニーはビクッと肩を跳ねさせた。


「えっ? い、いやぁ……なんだか、ね? 私が姫よりも先に食べるー、とか、あんまりよろしくないかな〜……って思いまして……」


 バルは思わず、小さく失笑し、

「どうせ護衛が自分1人だから緊張しているんでしょう」

と言うあいだに、シウニーは微妙な表情をして、どんどん顔を赤らめさせていった。 こらえきれなくなったのか、爆弾が爆発するように、言葉が放ち出た。


「ち、違いますよ! 私は、ただほんとに……」


 が、揃い切らずにあわあわしていた。 

 バルは薄く笑んだ。


「大丈夫ですよ。 そんなに心配しなくても」


 耳まで赤くさせていたが、バルの、今の言葉によって、さっと赤みが引いた。 図星だった気持ちを、どんな言葉で沈ませてくれるのかと、内心期待に満ちさせ、バルの横顔を見つめた。


「本当に危なくなったら、襟首掴んで盾にしますので」


「心配しかないんですけど!! より濃くなったんですけど!!」


 バルは残りのポムポムリングを一気に頬張った。 それを横目に、シウニーも少しだけ頬張った。

 でも、そうやってしてくれるならば、自分の判断ミスで守れなかった、なんて悲惨な結果が残るよりも良いと、シウニーは感じた。

 通り過ぎようとしている本屋の上の時計が、1時30分をさしていた。 海斗と合流するまで、まだ時間がある。 バルは、それまでなにをしようかと、下唇を噛んで視線を向こうの空へやった。

 が、ふと、前の群衆を掻き割って現れた男が見えて、視線を前に戻し、かわすために、シウニーを肩で弱く押した。 シウニーもその意図を読み取って、人1人分、右に寄った。

 そして男がバルの横を通り過ぎようとしたとき、シウニーは驚いて男を見た。

 バルが男の手を掴み、尻もちをつかせるように倒し、肘に膝を当て、関節技を決め始めたからだ。 そして、男の手から漏れたナイフがはじいた陽の光に、もっと驚いた。

 目を緊張で濡らし、開かせ、剣の柄を持ち、構えた。

 痛がる男を見下ろし、バルは口角を緩ませた。


「へぇ……私に、この手の技で喧嘩を売るなんて、かっこいいことするじゃありませんか。 風俗くらいならモテるんじゃないですか」


 男はなかなかに筋肉質で、2人の単純な力量差は明らかだった。 が、わめき暴れようとしても離れられない。 シウニーは、その、バルが持つ小さな力でも技をキメられる技術に目を見張った。

 そしていつの間にか自分たちから距離をとって、円状に囲まれていたのが、いま、わかった。


「シウニー……私たち、いつの間にか囲まれていたようですよ。 まったく、いつからでしょうね。

 でも、アイナたちに言わなくてよかった。 無料で護衛してくれるなんて、なんてお優しい方たちなのでしょう」


 シウニーは苦い顔を浮かべた。

 もうとっくに、自分たちは囲まれていたのだ。 権力者を守るガードマンのように、周りにぴったりと歩いていたのだ。 顔ぶれはいつも変わっていたように思うので、バレないよう、たち変わっていたのだろう。

 男たちが剣を構えれば、その向こうにいる通行人の大部分は逃げ、離れた影から見守る者もいた。

 自分もこいつをおさえねば、と、シウニーが慌てて苦しむ男の首筋に剣の切っ先をやると、男たちをかき分け、2枚目の男が近づいてきた。

 バルの眉が一度、跳ねた。


「あら、風俗以外でもモテそうな男」


 紺の衣のその男は、ある程度の距離まで詰めると止まり、鋭い目をバルにぶつけた。


「トリタカと言う。

 バルバロッサ姫と、護衛のシウニー・ブランとお見受けする。 何も言わず、我々についてきてもらえないだろうか」


 バルは小さく笑んだ。

「人違いですよ、嫌ですね〜。 美女、というだけで美しき姫君と間違えられてしまう……美しいとは、罪なものですね〜」


「なら」


 トリタカは腰に差した刀を抜き取った。


「そのサングラスの奥の目を、拝見したい」


 その言葉を皮切りに、男たちは一斉に、わっと距離をつめてきた。

 シウニーは慌てて少し屁っ放り腰になりながらも構えた。 どうやってバルを守ろうかと、思考を張り巡らせていると、こんな状況下でも、バルは呆れ気味に微笑み、「もう、いやですね〜」と、長い髪をかき分けてうなじを掻いているのが見えた。

 なにをやっているのかと横目をやっていると、

「ついてきてもらえないだろうか、なんて言ってたのに……最初っから強制連行する気満々だったっていうことじゃないです、かッ」

うなじから手を引き抜いて、迫るトリタカに何かをなげた。

 かろうじてなんとか刀で弾いたトリタカから、光る何かが遠ざかっていくのが確認できた。

 針だ。

 針を、バルは投げたのだ。──そう思った途端に、関節をキメていた男をぐるんと簡単に持ち上げ、肩を思い切りぶつけて、後ろから迫る男たちにぶち当てた。 すると、ボーリングのピンのように弾け飛んだ。

 シウニーは眉間にしわを刻んだ。

 自分はなにもできていない。 過ぎ去った時間は一瞬だったが、護衛らしいことは一切できておらず、焦った。 なにかできることはないかと、切っ先を、迫る男たちに向けていると、バルが短剣を懐から取り出すのが見え、前に飛び出した。

 そして距離を完全に潰したトリタカの刀を受け止めた。 加勢しようと思うものの、自分にも刀が振り下ろされた。 相手の力が強く、峰を左手でおさえてなんとか受け切ったが、震えもとまらない。 自分が切られた時の痛みよりも、バルが切られてしまうのではないかという恐れで、シウニーはたまらなくなった。

 その不安を抱いたまま、唸るように叫びあげながら、なんとか受け止めた刀を右に弾き流し、横っ腹を蹴り飛ばして、横にいた男もまとめて倒した。

 すぐさま身体をひねって、トリタカめがけて剣を突いた。 ところが、すんでのところで離れかわされ、シウニーの勢いは止まらず、足がもつれてこけてしまった。 反射的に起こそうとバルは手を伸ばした。

 これを好機とした1人の男は、バルに向かって剣を振り下ろした。

 それは許されないと、シウニーはとっさにバルの前に出て、目をぎゅっとつむって、両腕を広げた。

 姫は足が早い……自分1人が犠牲になって逃がすことができるならば、と、諦めのような覚悟を抱いた。

 が、そうはさせぬように、バルはシウニーの右腕の下をくぐり抜けながら反時計回りに一回転し、勢いを短剣にのせて、刀を弾き飛ばした。

 シウニーの額を、バルは手の甲で弾くように叩いた。

 シウニーは立ち上がり、2人は背中を合わせた。

 だがその瞬間、トリタカは2人に迫り始めると同時に、札を数枚周りに投げた。

 あれはなんだろうかと、ともかく避けねばならないと、2人が離れようとしたとき、地面すれすれにまで落ちた札は、爆発した。

 そこまで衝撃は大きくなく、腕で顔を覆う程度で済んだが、黒々と、放出された煙は濃かった。 煙に包まれた2人は、続けて数発、炸裂する音を聞いた。──周りの男たちも投げているのだろうか。


 バルは、地面にべたっと張り付くように身を低くした。 煙が張られる前に、刀を振りかぶってくる男を数人見たからだ。

 シウニーにもこの体勢をとらせようと、ズボンを掴もうとしたが、その手は空を切った。

(いない……!?)

 さっきまですぐ後ろにいたシウニーが、見えなかった。 いくら濃い煙幕を貼られているとはいえ、あそこまで近ければ見えてもおかしくないと思った。 もしかしてやられてしまったのか、とも思ったが、声もしていないし、血も降りかかってはいない。

 つかの間、疑問の中にいると、急に男たちの足音が遠ざかっているのが聞き取れた。

(もしかして)

 自分には興味はないのかもしれない。 そう感じたバルは、訪れるかもしれない攻撃も気にせず、薄くなった煙の中から急いで這い出てみると、路地の方へと消えていく男たちが見えた。 そのうちの1人が、ぐったりとしたシウニーを担いで消えていくのも。 なにかの薬品を吸わされたのだろうか。

 思わず追おうとすると、ふと煙の中から気配を感じ、足を止めた。 するとトリタカが煙から軽快に縫い出て、振り下ろした刀を受け止めた。

 いつの間にか外れたサングラスに気づいて、バルは震えながら小さく笑んだ。


「ずるいですよねぇ……。 こんなか弱い女2人に、大勢で相手するなんて……魔王様を、見習って欲しいですよ……ッ!」


「悪いが、こりゃあ雇い主の命令だ。 文句垂れるなら、俺らじゃなく、そいつに言い、なッ!!」


 バルは鳩尾みぞおちを蹴られた。 激痛に目を見開かせ、後ろに飛んだバルだったが、なんとか受け身をとってトリタカに視線をやった。 が、彼はもうとっくに路地へと走っていた。

 逃がすものかと走り出したと同時に、ビルの向こうから、大きなバイクのようなものが上空へと飛んで行くのが見えた。


「待っ……ッ!」


 久しぶりに開かせる翼を広げさせ、飛ぼうとするも、鳩尾の痛みが急に、づっと身体中に放射状に走って、しばらく丸くなって動けなかった。

 しかし、2色に燃える鋭い双眸は、あれが飛んで行く方向を見失いはしなかった。

 あちらの方に……なにがある。

 中央街内、そのはるか向こうにある国や施設まで、叩き込んだ知識を掘り返すように思い出してゆく。 そして、浮かんだ答えはいくつかあった。 ならばそれらに近づくように行動しようかと、痛む身体を立たせようとした時。

 後ろからの、大勢の気配に気づいた。 かなり近く、バルは、一瞬痛みなど忘れ、弾かれるように振り返った。


 目の前に、放たれた刃物の切っ先が見えた。



 路地は黒々とした煙で埋まっていた。 海斗は煙のないところを探し、身を低くしても、新たな札が光を帯び、炸裂して、新しい煙が辺りを埋め、息苦しくなって顔をしかめた。

 木刀を握る手に、痛みが走った。

 目の前に流れ落ちてきた1枚目の札の異変に気づいた、あの時、とっさに木刀を持つ手を顔の盾にした。 そこまで大きくないが、爆発をまともにうけとめた右手は赤黒く染まり、破れ、血が流れていた。 少しでも力を込めると、痛みが走った。

 煙の向こうに、いるはずのサライを、海斗は睨んだ。

 ふと、目の前を埋め尽くす煙の流れが変わったような気がした。 むわっと、こちらに押されたような。

 そして急に、煙を縫い破って、刀の切っ先が現れた。 目を大きくさせた海斗は、とっさに転がって避けた。 ビルの壁に背中を打つと、自分がいたところに、こちらを見るサライの目が一瞬見え、また爆発音とともに煙に紛れ、見えなくなった。

 この煙の中で動くことを、サライは慣れている。 どう考えても分が悪い戦況の中、海斗の脳裏を何かがかすめた。 そして耳をすますと、爆発音のわずかなあいだに、ボーッという音が聞こえた。

 室外機がぽっと浮かんだ。 ここに来る途中に、通り過ぎた、四つの塊になっているそれを思い出した。

 その前ならば、煙が薄くなって戦いやすいのではないかと、望みを浮かばせ、そちらに走った。 すれば案の定、プロペラが煙を外へ外へと押し返している。

 この前ならば戦えるのではないかと、右手の痛みをぐっとこらえて、構えた。

 その直後、なにかがふっと、大量に、海斗の頭上から降ってきた。 驚いて見開いた目に見えたのは、数枚の札。 上に石をのせている札だったのだ。

(アイツ気づい……ッ!!)

 ドァッと荒々しい爆発から、海斗は前に転がり避けた。 もはや顔に当たる風はなく、元いた方を見ると、煙のあいだからへしゃげた室外機が一瞬見えた。

 しまったと、背をビルにつけて悔しそうな顔をすると、ふと、爆発がいつの間にか止まって薄くなった煙が動くのを感じた。

 次の瞬間また刀が煙を縫い破り、目の前に現れた。 見開いた目には、その奥に、かすかに笑んだサライの顔が見えた。 また転がり避けようとしたが、電気のように痛みが全身を駆け巡って、顔を横にそらす程度でしか避けられず、真横の壁に刀が刺さった。

 ほぼほぼなくなった煙から現れたのは、サライ。

 次の一手を考え始めた海斗の視界には、大量の札が舞っていた。

 とっさに顔の前にやった腕のあいだから、最後に見えたのは、光に包まれていく、薄ら笑んだサライの顔だった。


挿絵(By みてみん)


 それから刹那もなく、路地から爆音が轟くとともに、黒煙がぶあっと膨らみ飛び出た。

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